【3分で読める小説】電子ゴミ

2021年4月1日

ある日、会社の先輩から一枚のチラシを渡された。見ると、ゴミ処理場の見学会という字が書かれていた。

「ほら、おれはエコ委員をやってるだろ? エコ意識向上の一環で、今度の休みにゴミ処理の現場を見に行くことにしたんだよ」

おれは正直、めんどくさいなぁと思った。その先輩は変わっていて、ただでさえ普段からなるべく避けるようにしていたのだ。

おれは早々に断っておこうと、先回りして口を開いた。

「そうなんですね。ぼくはその日、ちょっと用事がありまして……」

すると、先輩は言った。

「はぁ? おまえは強制参加だよ」

「ええっ?」

「前からエコ委員として目をつけてたんだ。おまえはエコ意識が低いからな。これを機に、意識改革をしてもらう」

「そんな、でも」

「じゃ、当日はここに集合な。おれとおまえしかいないから、遅れるなよ」

パワハラだと訴える暇もなく、先輩はどこかに行ってしまった。

一部始終を見ていた周囲の人からは同情の声を掛けられた。が、下手に関りすぎると自分もメンバーに加えられると思ったのだろう。誰も助けてくれはせず、おれは見学会に参加せざるを得なくなった。

その当日、指定された場所を訪れると、先輩は先についていた。

「やっときたか! 待ちくたびれたぞ!」

張り切る先輩のあとにつづいて、おれは渋々施設に足を踏み入れた。

中に入ると、あまりやる気のなさそうな若い係員が迎えてくれた。

「どもー。じゃ、案内しまーす」

歩きだした係員に、おれはせっかく来たのだからと質問してみることにした。

「あの、ここではどんなゴミを扱っているんですか?」

すると、先輩が横から口を挟んだ。

「なんだ、そんなことも調べずに来たってのか? おまえにはホント呆れるな。ここはな、電子ゴミの処理場だ」

「電子ゴミ?」

おれは少し考え、口にした。

「というと、電子機器とかのゴミっていうことですか?」

しかし、先輩は首を振った。

「あー、そういうゴミも同じ名前で呼ぶんだったな。だが、違う。おれの言った電子ゴミは、電子的なゴミのほうの電子ゴミだ。ほら、見てみろよ」

先輩は、ちょうど現れた大きな窓の奥を指差した。そこには広い空間が広がっていて、作業車に乗った人たちが集まったゴミの山を前に作業をしていた。

しかし、そのゴミが妙だった。まるでパソコンで画像を映しだしたときのように、デジタルっぽい細かな粒からできているように見えたのだ。

先輩は言った。

「あれこそが電子ゴミだ。おまえもパソコンなんかで、電子データをゴミ箱に捨てるだろ? ここには、そういうゴミが集まってきてんだ」

「そういうゴミって……えっと、データはゴミ箱に捨てて削除したら、完全に消えてしまいますよね?」

「アホか。じゃあ聞くが、おまえが捨てたアナログのゴミは、ゴミ捨て場から消えたら即、この世からも消えるのか?」

「いえ、それは……」

「だろうが。本質は、アナログにしろデジタルにしろ、おんなじなんだよ。だからおまえはエコ意識が低いって言ってんだ。だいたいな……」

先輩からぶつぶつと文句を言われながら、おれは目の前の光景を改めて眺めた。

先輩の話は俄かには信じがたかった。

が、もしも電子データを粉砕することができるのならば、それはたしかにこういうものになりそうだと思わされたのも事実だった。

気がつくと、やる気のない係員は後ろに下がり、先輩の独壇場になっていた。

「この場所ではな、都内のパソコンから日々送られてくる電子ゴミの仕分け作業をやってんだ」

「仕分けですか……?」

「大雑把に言うと、テキスト系の軽いデータは燃えるゴミに、画像系の重いデータは燃えないゴミに分別してるっていうわけだな」

おれは尋ねる。

「あの、燃えるゴミは燃やすのだとして……その燃えないゴミというのは、どうするんですか?」

「粉々に砕いて、東京湾に埋めるんだよ」

「埋める!? データをですか!?」

「おまえはそんなことも知らないのか」

やれやれと、先輩は言う。

「社会の時間に東京湾での公害のことも習っただろうが。まあ、その調子だと習ってても覚えてないってところだろうから教えてやるよ。まだパソコンが普及しはじめてすぐの頃、東京湾の埋立地のひとつから汚染水が漏れだしたことがあってな。それで一時期は海が電子化されちまって、普通の魚がドット状のデジタルの魚になったりして大問題になったんだ」

「ヤバイじゃないですか!」

「ああ、実際けっこうヤバかった。当時は大騒ぎになって、訴訟とかも大変だったみたいだな。まあ、いまはここみたいにしっかりした処理場ができたおかげで、さすがに大丈夫になったわけだが。ただ、最近じゃあ、またそれとは別の問題も持ち上がってきててな。このまま行くと、そう遠くない将来にゴミが溢れて埋立地が足りなくなるって言われてるんだ」

「そんな! どうするんですか!?」

「騒いだって、できることをやるしかない。まあ、まずは燃えないゴミは埋め立てればいいっていう発想自体を変えていかないとダメだろうな。それから、燃えようが燃えまいが、アナログだろうがデジタルだろうが、いずれにしても限りある資源なんだから、エコ意識を持って大事に使っていくことが重要だろう。おまえも当事者なんだから、変わらないといけないんだぞ。わかってるか?」

「は、はい!」

おれは慌てて返事をした。知らないことだらけで、頭はパンク寸前だった。

「よし、じゃあそろそろ、次の場所に移動しよう。今度は燃えないゴミの粉砕現場が見られるはずだ」

意気揚々と歩きはじめた先輩を、おれは慌てて追ったのだった。

見学会に行ったその日から、おれの中では明らかに意識が変化した。

自分ができるのは、微々たることに過ぎないかもしれない。しかしそれでも、できることをしていこう。そう思うようになったのだ。

おれは資料を新しく作らねばならないときは、前に作った古いファイルを探しだし、中身を書き換えることでファイルのリユースを心がけるようになった。そもそも余計なデータを増やさないよう、本当に必要なデータだけを作成するようにもなった。

電子ゴミの量は自然と減って、先輩からも褒められた。

「いい感じでエコになってきたじゃないか!」

「ありがとうございます! 先輩のおかげです!」

その先輩が社に提案し、やがて素晴らしい取り組みも実現された。

それは電子ゴミをリサイクルして作られた電子再生紙の導入で、これによってパソコンで新しいファイルを作成するとき、希望する社員はそれを選べるようになったのである。

言うまでもなく、おれはエコなほうを積極的に選択している。

ただ、電子再生紙はリサイクルの過程でどうしても色が落ちるので、おれの作る資料はいつも薄い茶色を帯びている。それでもおれは、堂々と胸を張る。

なんといってもその色は、限りある資源を守るための誇り高き茶色であるから。

(了)

シショートショート作家 田丸雅智氏

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/