【3分で読める小説】kettle

2021年7月1日

男性三人組のバンド“kettle”のデビューライブは鮮烈だった。

ライブがはじまるまでの彼らは、まったくの無名。kettleを目的に来た客など一人もおらず、大勢の客がいたのは、たまたま別のバンドのファンがたくさんいたからに過ぎなかった。

そんな中、彼らの演奏がはじまった瞬間、場の空気は一変した。

あれ? このバンド、なんかよくね……?

いや……めちゃくちゃいいじゃんか!

気づいたときには居合わせた誰もがその音楽の虜になって、客はステージ前に殺到し、飛び跳ねながら声の限りに叫んでいた。ライブが終わってからも、熱気は長く会場に残った。人々は時間を忘れ、いつまでも彼らのことを熱心に語り合った。

これが伝説の幕開けだった。

kettleの噂はまたたく間に広まった。

彼らの楽曲は、すべてバンドのリーダーでありボーカル兼ギターの糀谷光が手掛けていた。そこからベースの志村薫とドラムの相川蒼佑をまじえてアレンジしていき、完成へと持っていく。

一度彼らの音楽を耳にした者は必ず熱狂的なファンになり、ライブのチケットはすぐに手に入らなくなった。

そんな彼らのライブには、ある大きな特徴があった。

会場に居合わせた人たちが異様に熱くなるということだ。

それは、単に気持ちの面だけではない。kettleの音楽を聴いていると身体もどんどん火照りはじめ、いつしか全身から蒸気が立ちのぼるほどに熱くなるのだ。

そのモクモクとあがる白い蒸気でステージはすぐに見えなくなるので、会場側は窓という窓を開け放ち、換気扇をフル回転させ、ときには扇風機なども使いながら換気を行わなければならなかった。それでも蒸気は次から次へと噴きだしてくるので、機材を防水仕様に変更することを余儀なくされたり、客にこまめな水分補給を呼びかけたりする必要にも迫られた。

が、その手間やコストを差し引いても、彼らの集客力には十分な魅力があった。何より、どの会場のスタッフたちも、すでにバンドのファンになっていた。

一人の研究者がkettleの引き起こす現象に着目したのは、そんな折だ。研究者はkettleに魅了されて以来、足しげくライブに通っていたのだが、あるとき不意にこんなことを考えた。

この客から立ちのぼる蒸気を使って、発電できやしないだろうか?

研究者は居ても立ってもいられなくなり、すぐに研究に着手した。そして試行錯誤の末、ついにライブ会場にとりつけられる高効率の小型タービンの開発を成し遂げた。

研究者はkettleに宛てて熱い手紙をしたためて、自らが作ったタービンと一緒に事務所に送った。自分はkettleの熱烈なファンであること。こういうタービンを開発したので、もしよければライブのときに使ってみてはもらえないか──。

その提案はkettleの三人のもとへと届き、快く受け入れられることとなった。一番は、リーダーの糀谷が環境問題に積極的であったことに起因する。

こうして次のライブでは、会場の天井に何台ものタービンが設置された。

ライブの日、研究者が見守るなかでkettleの演奏がはじまると、客たちの全身からはいつものようにモクモクと蒸気が立ちのぼりはじめた。そしてそれは天井へと向かっていって、勢いよく、しかしほとんど無音でタービンを回転させる。

ライブが終わってみると、得られた電力は予想をはるかに上回る量になっていた。

実験は大成功だった。

この日を境にkettleのライブではタービンが常設されるようになり、ファンが放つ蒸気はどんどん電力に変換されるようになった。自分たちの熱狂がエネルギーとなり、メンバーやスタッフを喜ばせるということで、ファンも大満足だった。

やがてkettleはメジャーデビューを果たし、ファーストシングルが発売されるとチャートの首位を独占した。

彼らは一躍、時の人となった。

そんな中でも、kettleは精力的にライブをつづけた。

ライブで生みだされる電気の量は、彼らの人気に比例するように増加した。そしてそれはライブ会場の電気をまかなうのみならず、電力会社に売れるほどになっていく。

メディアも、こぞってkettleのことを取り上げた。

省エネバンド。

エコミュージシャン。

kettleが、なぜファンの身体を文字通り沸騰させられるのか。それについて本格的に解明しようとする者も現れた。

その人物が唱えた仮説はこうだった。

kettleの楽曲やボーカルの糀谷の発する声が、人体に含まれる水分を激しく振動させる。その結果としてファンの身体は沸騰し、蒸気の発生に至っている。

しかし、その仮説には致命的な欠陥があった。理論的に、人体の水分だけではタービンを回せるほどの蒸気は得られないはずなのだ。

その事実をもって、こう主張する者もいた。

これこそ、kettleの音楽のマジックだ。彼らは無から有のエネルギーを取りだせる、人類の救世主なのである。

その真偽のほどは定かではなかった。

いずれにしても、彼らの音楽はタービンを回し、電力を生む。それだけは確かなことだった。

kettleの人気はとどまるところを知らなかった。

ライブ会場の規模は、どんどん大きくなっていき、史上最速での武道館ライブにこぎつけた。会場の天井には、無論あのタービンが取りつけられた。それに加え、タービンは会場を取り囲むように屋外に設置されたりもした。わずかに漏れる音を外で聞いている人たちが、みんな沸騰するからだ。

人気に伴い、kettleの生みだす電力量はまだまだ増加していっていた。一度ライブを行えば、数日間はその地域の電力をすべてまかなえるほどになる──。

しかし、やがて彼らの音楽は深刻な問題を引き起こす。

要因は、kettleの影響がライブ以外でも現れはじめたことにあった。

CD、ストリーミング、ラジオ、有線……。

視聴方法にかかわらず、その音楽を聞いた人々の多くが沸騰し、蒸気を放つようになったのだ。

蒸気が出るだけならば、まだよかった。

問題は、各地で火災が頻発するようになったことだ。

その件に関して、糀谷はじめメンバーたちはひどく胸を痛めているという。

このままでは活動を自粛せざるを得ない。とにかくみんな、こまめに水分をとってほしい──。

そんな声明が発表されるも、熱狂の渦中にある人々に自制心などありはしない。

火災は今日も、各地で起こる。

水分なしで彼らの音楽を聞きつづけたことによる、空焚きによって。

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。 田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/