【3分で読める小説】月光樹脂

2021年9月1日

満月の夜に、その会は開かれた。


ある町工場が、おもしろいものを開発した。そのお披露目会を近しい人だけで行うことになったから、あなたもお越しにならないか──。


知人にそう誘われて、私は興味本位で足を運んでみることにした。


工場を訪れると、機械に囲まれた空間にはすでに何人かの人がいた。


その中に知人を見つけ、私はそちらに近づいた。


「で、何を見せてもらえるんです?」


尋ねると、知人は少年のような笑みを浮かべた。


「言ったでしょう? それはご覧になってみてからのお楽しみです。ほら、間もなくですよ」


気がつくと、工場内には人がだいぶ増えていた。


ひとりの男性が輪の中心に進み出たのは、そのときだった。


「みなさん、今日はお越しくださってありがとうございます」

あの人がここの社長なのだと、知人がそっと教えてくれる。


「それではさっそくですが、いまから私たちが開発したものをお見せしましょう」


社長はみんなに向かってそう言うと、足元の大きな容器に手をかけた。蓋を開け、中から何かを取りだすような仕草を見せる。


「こちらがその樹脂──月光樹脂です」


社長がつまんでいたのは米粒のようなものだった。


私はすぐにピンときた。それはプラスチック製品をつくるための樹脂の粒──ペレットだと思われた。


が、社長が手にしていたものは、私の知る白や透明のよくあるペレットとは違っていた。みずからが淡く光っているようだったのだ。


「月光樹脂はその名の通り、月の光を精製してつくった樹脂です。石油からつくった樹脂にはないおもしろい特性をいろいろと備えているんですが、その説明をする前に、まずは成型の様子をご覧ください」


社長はその月光樹脂というものを、足元の容器からスコップですくった。そして、そばに置かれた機械のラッパ口のようなところに、それをどんどん入れていく。


私は知人に、あの機械は何なのかと尋ねてみた。


「あれはペレットから製品をつくる、射出成形機というものですよ。ペレットを熱で溶かして、先に取りつけてある金型に流しこんで製品の形にするんです」


社長はペレットを入れ終えて、機械を操作しはじめた。


作動音が耳に届き、しばらくのあいだはみんなで機械の様子をじっと見守る。


「そろそろ冷却が終わるくらいでしょうかね」


しばらくたって、知人がそう口にしたときだった。


機械の動きが止められて、社長はグローブをした手で金型を外して中のものを取りだした。


そのできあがったものを見て、私もみんなも思わず、おおっ、と声をもらした。


社長が手にしていたもの。


それは黄金色に輝く小さな満月だったのだ。


「月光樹脂で作ったグラスです」


社長はその丸いグラスを傾けて、こちらに見せる。上に開いた小さな飲み口が目にとまる。


「月光樹脂は、こんなふうに成形後も輝きつづけます。あくまで樹脂製なのでグラスにしても割れづらいことはもちろんですが、質感もガラスに引けを取りません。強靭性や耐熱性、耐薬品性もとても高く、自然のもの由来なので安全性にも優れています」

それもあって、と社長はつづける。


「この樹脂はグラスのほかに、哺乳瓶などの安全性が強く求められるものにも使っていただけるだろうと考えています」


そのとたん、私の中にある光景が浮かんできた。

深夜に赤ちゃんがミルクを飲んでいる光景だ。


暗い部屋で、優しい光をみずから放っている哺乳瓶。その光に包まれながら、安らかにミルクを口に含んでいる幼い存在。


やがてその子は、口を半開きにしたままでうとうとしだす。


そしていつしか、黄金色の深い眠りの中へといざなわれていく──。


「環境への影響についてはどうなんですか? プラスチックは自然の中に残るものが多いですが」


ひとりが尋ね、社長が答える。


「月光樹脂は微生物が分解してくれる生分解性も備えているので、その点も問題ありません。もっとも、この樹脂の場合は普通のプラスチックのように水と二酸化炭素になって土に還っていくのではなく、月の光に戻って空に還っていくわけですが」


それから、と社長はつづける。


「この素材のおもしろい特性は、もうひとつありまして」


その瞬間のことだった。


私は、えっ、と目を見開いた。


社長が突然、手にしたグラスをぽーんと放り投げたのだ。


いったい何を──。


さらに驚いたのは直後のことだ。


手放されたグラスはスローモーションのようにゆっくり落下し、床に着く前に社長が再び手にしていたのだ。


場が騒然とする中で、社長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「びっくりさせてしまってすみません。じつは月光樹脂でつくったものは、こんなふうに落下速度が遅くなるんです。測るとだいたい地球の六分の一くらい、つまりは月の重力下にあるときの落下速度と同じでして。


なぜこうなるのかはわかっていません。月の光には元々そういう作用があるものなのか、月光を精製する過程で何らかの変化が起こっているのか、素粒子あたりが関係してのことなのか、未知の力が働いているのか……研究はつづけていかねばなりませんが、いずれにしても月光樹脂でつくったものは落ちるのが遅くなるので、グラスをうっかり落としても中身がこぼれる前に拾うことができるんです」


まさかそんなことが、と度肝を抜かれた。が、自分で目撃したばかりなので、疑う余地なんてない。


「さて、デモンストレーションはこのあたりで終わりにして」


呆然とするみんなをよそに、社長はパンッと両手を叩く。


「ここからは、実際にみなさんにも味わっていただく時間にいたしましょう。おーい」

その声で、従業員と思しき人たちがお盆を持って入ってきた。

そこに載っていたのは、社長が見せてくれたものと同じ月光樹脂製のたくさんの丸いグラス、そして瓶ビールだった。

社長は再び笑みを浮かべる。

「味わっていただくのは月光樹脂だけではありません。ぜひ中のものも、ということで」


淡い輝きを放つグラスは、やがて私のところにも回ってきた。


ワクワクしながら、それを手に取る。何も持っていないかのように、まったく重さを感じない。


私は知人のグラスにビールを注いだ。知人もなみなみ、こちらのグラスに注いでくれる。


ビールの色味の影響なのか、グラスはいっそう輝きを増したように見えている。


この感じだと、赤ワインでも入れたらストロベリームーンみたいに、青いカクテルでも入れたらブルームーンみたいになるのかなぁ。


そんなことを考える。


「みなさん、お手元にグラスをお願いします」


社長がそう言ったその直後、工場内の電気が消えた。


停電かと思いかけたが、これも演出のうちなのだとすぐにわかった。


電気が消えても、場は真っ暗にはならなかった。


みんなが手に持つ丸いグラスが、あたりを照らしていたからだ。


「それでは、月光樹脂の門出を祝って……」


その声に、私は胸のあたりにグラスを構える。

声高らかに社長は言う。


「乾杯っ!」

私もみんなも、乾杯、と声をあげる。

この素材の発展を願いつつ──。

私はグラスを宙に掲げる。

そして優しい黄金色に包まれながら、小さな満月をみんなとぶつけた。

(了)

ショートショート作家 田丸雅智氏

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/