【3分で読める小説】砂モデル

2021年10月1日

久しぶりの帰省は二日もするとやることがなくなって、暇つぶしにと、おれは実家の押し入れをあさりはじめた。

「うわっ、懐かしい……」

しばらくガサゴソやっていると、思わずそう呟いてしまうほどのものたちが、ごろごろ出てきた。何十年ぶりに目にしたことだろう。昔よく遊んでいた電車のおもちゃ、祖父の仕事場で集めた砂鉄の袋、カラフルな針金で作ったティラノサウルスの骨格……。

そんな中に混ざって、おれはあるものを発見した。

それは、古びた小箱だった。

なんだろうと、奥の暗がりからそれを引きだす。

色褪せたパッケージを目にした途端、子供時代の記憶が鮮明によみがえってきた。

――砂モデル――

それは昔、おもちゃ屋で買った代物だった。

三津の商店街にある、おもちゃ屋「ルアド」。砂モデルはルアドの目玉商品で、学校が終わると友達とよく遊びに行ったものだった。

「砂モデル、買いに行こうぜ」

あれは小四くらいのことだっただろうか。

砂モデル。

その言葉をはじめて友達から聞いたとき、おれは何のことだろうと首を傾げた。

「モデルって、雑誌とかに出てくる人?」

そう尋ねると、友達は意外そうな顔をした。

「知らないの? 砂の模型、いまみんなやってるじゃん」

「砂? 模型?」

「プラモデルはプラスチックの模型でしょ? それと同じで、砂モデルは砂でできた模型なの。ルアドの店長が浜の砂で作っててさ」

そのときはまだ、ルアドのことを自分はほとんど知らなかった。不思議なおもちゃばかりが並ぶ店があるらしい。そんな噂を耳にしたことがある程度だった。

砂で作られた、砂モデル。ルアドには、そんなおもちゃが置いてあるのか……。

おれは胸が高鳴ってきて、身を乗りだして申し出ていた。

「行く行く、行くよ!」

ルアドは三津の商店街の奥のほう、精肉店と八百屋の間に挟まれてたたずんでいた。のちにシャッター街となってしまった商店街も、昔は多くの人で賑わっていた。行き交う人々の合間を縫って、おれは店の中へと入っていく。

ちまたでは人気のプラモデルも、ルアドではその座を砂モデルへと明け渡していた。

砂モデルのコーナーには、ほかとは比較にならないほどに子供たちが押し寄せていて、おれは友達と一緒に前が空くのを待ち望んだ。

ようやく順番が回ってくると、高く積まれた小箱のタワーに圧倒された。

パッケージには、模型の完成図が描かれてある。ロボットの模型、鉄道の模型、戦闘機の模型、戦車の模型……ラインアップを見るだけで心が躍る。

ひとつ気づいたことがあり、おれはこぼした。

「色がぜんぶ同じだねぇ……」

「そりゃそうだよ。どれも砂でできてるんだから。ほら」

友達は箱をひとつ手にとると、勝手に開けた。

その途端、ふわっと潮の香りが立ちのぼった。

おれは中をのぞいてみた。そこには長方形のフレームに固定されたパーツが収まっていて、そのどれもがパッケージの完成図と同じ黄味がかった色をしていた。

そのとき、店内のざわめきの中に、おれは妙な音を聞いた気がした。

「ねぇ……波の音が聞こえない?」

友達はすぐにうなずいた。

「もちろん。砂モデルは海とかかわりがあるからね」

「海と……?」

おれはよくわからないまま、なんとなく顔を箱に近づけた。耳を澄ますと、ざざぁっと波が砂をなでる音が遠くに聞こえ、まるで浜辺を散歩しているかのような気分になる。

干からびた海藻や小魚。流木にビーチグラス。

波は寄せては引いて、引いては寄せてを繰り返し、渚に残されたあらゆる痕跡を白くさらう。

「ほら、どれにするかそろそろ決めなよ。後ろもつっかえてるしさ」

言われて、おれは我に返った。と同時に、今更ながら大事なことに思い至った。

「そういえば、あんまりお金ないんだった……」

財布の中には、せいぜい駄菓子が買えるくらいしか入っていない。高かったら買えないな、と内心で焦りはじめる。

すると友達は笑って言った。

「砂モデルは安いから大丈夫だと思うけど」

「そうなの!?」

慌てて値札を確認すると、まさに駄菓子と同じくらいの値段が書かれていた。

「こんなに安いの!?」

これなら買えると、おれは一気に砂モデル選びに夢中になった。

これにしようか、あれにしようか……。

選び切れないおれに向かって、友達は再び笑った。

「あとで別のがほしくなったら、また来たらいいだけじゃんか」

その一言で、おれはようやく心を決めた。

「これにする!」

そうなると、とにかく早く組み立ててみたくてウズウズしてくる。

会計を済ませるとさっさと友達に別れを告げて、おれは急ぎ足で帰途についた。

「ほぉ、それは」

家に帰ると、祖母がすぐに見つけて口にした。

「ルアドが最近売りだしたっていう、おもちゃだね?」

「ばあちゃん、知ってるの?」

「浜の砂をとりに、よく店長がこのへんをうろついてるからね」 「砂モデルっていうんだって」

へぇ、と応じると、祖母は無駄遣いだけはしないようにと釘をさす。

「わかってるよ」

適当に返事をしつつ、おれは自分の部屋にひきこもる。

箱を開けると砂のパーツが現れて、高揚感はおのずと高まる。

おれの買った砂モデルは、はめこみ型のものではなく、接着型のものだった。難易度の高そうな模型だったが、ひるむことなくパーツに向かう。

説明書には、接着剤の代わりに海水を使うようにと書かれてあった。海水をスポイトで垂らして接着するのが、砂モデルのやり方らしい。

おれはプラモデルで使うニッパーを取りだすと、丁寧にパーツを切りとった。そして、家の裏の岸壁でくんできた海水を一滴ずつ垂らしながら、砂のパーツを組み立てていく。 時間も忘れて夢中になった。

模型は下のほうからできあがる。

基礎ができ、壁ができ、徐々に高さを増していく。

「できたぁ……」

ようやく完成したころには、窓の外に闇が迫ってきていた。

できた模型をひとり眺めて、悦に入る。

完成したのは、立派な西洋の城だった。

砂遊びでは、誰もが一度は砂の城に憧れる。が、自分で作りあげることは容易でない。だからこそ、おれは砂の城が描かれたパッケージに強く惹かれた。

ヨーロッパの山奥にでも聳えていそうなその城は、蛍光灯に照らされて黄色く輝いていた。自分の手で作りあげたのだと思うと、誇りが芽生える。いつまでだって眺めていられる。

夕食で中断されたあとも、おれは自分の城に眺め入った。

やがて寝る時間になり、惜しまれつつも城を離れる。

幸福感に包まれながら、眠りに落ちる──。

しかし、翌朝起きておれは愕然とする。

城の姿が消えていたのだ。

残っていたのは床に崩れてならされた、黄色い砂のみだった。

「ばあちゃん!」

起こしに来た祖母に、おれは事情を説明した。

すると、こんな言葉が返ってきた。

「きっと、夜のあいだに潮が満ちてしまったんだね」

「ええっ!」

おれはとっさに砂に耳を傾ける。寄せては返す波の音が、かすかに聞こえる。

「それじゃあ、お城は波にさらわれたっていうの!?」

頷く祖母に、おれは言う。

「がんばって作ったのに、あんまりだよ!」

そう騒ぐほどのことじゃない、と祖母は言った。

「なんであれ、遅かれ早かれ、いつかはなくなるものなんだからね。物だけの話じゃないよ。人だって、町だって、分け隔てなく」

穏やかな口調で、祖母はつづけた。

「そういうことを子供に教えるために、この模型はあるのかもね。ま、あの店長がそこまで考えてるとは思えないけど」

当時はその言葉の意味がよく理解できなかった。

が、今なら少しはわかる気がする。

人も町も、いつかはなくなる……。

いまではこの三津の町も、かつてのような活気を失ってしまった。

それはそれで、悪いことばかりではないのかもしれない。古くなっていく町には歴史が宿るし、そこで暮らす人々からは洗練されたたくましさを感じることもある。

一方で、祖母の言葉も重みをもって迫ってくる。

あらゆるものは、失われていく。

あの砂の城のように──。

おれは再び幼いころを回想する。

砂の城が消えてしまったあとも、おれは懲りずに砂モデルを買いつづけたものだった。どの砂モデルを買おうとも、一晩たつとすべては波にさらわれ消えていた。にもかかわらず、おれは何度も買いつづけた。そのどうしようもない儚さに惹かれたから、なのかもしれない。

しかし、そのうち興味はおのずと別のことへと移っていって、やがて砂モデルから卒業するときがやってくる。

おれは手元の箱に視線を落とす。

この砂モデルは最後に買って、作らないまま放っておいたものだろう。それがいま、時を超えて自分の前に再び姿を現した――。

おれは箱のふたに手をかけた。

色褪せたパッケージからは、完成図は読み取れない。

中にはどんなパーツが眠っているのか。想像するだけで昔のような高揚感がわき起こる。

おれはおもむろにふたを開ける。

潮の香りが鼻をつく。

ワクワクしながら、箱の中をのぞきこむ──。

しかし、思い描いていたものは、そこにはなかった。

広がっていたのは、年月を経てすっかり変わり果てた光景だった。

箱の中は半分ほどが海水で満たされて、たぷりたぷりと波打っていた。

その上昇した海面を、おれは呆然と眺めつづける。

パーツはひとつも見当たらない。

あるのはときおり波に巻かれて舞いあがる、底にたまった黄色い砂のみだった。

(了)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。 田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/