【3分で読める小説】シェイク

2020年10月1日

小さな頃から、おれは親によく言われたものだ。

貧乏ゆすりはやめなさい、と。

その言葉の通り、おれは椅子に座っていたりすると、両膝を上下に小刻みに揺さぶる癖があった。

貧乏ゆすりというその呼び方が嫌でたまらず、何度も直そうと試みた。しかし、気がつくとやってしまっていて、注意されてからハッと気がつくのが常だった。

高校生のころ、テスト中に友達から指摘されたこともあった。おれの貧乏ゆすりがうるさくて、テストに集中できなかった、と。

大学生のころ、恋人から頼まれたこともあった。なんだか怖いからやめてほしい、と。

そのたびに、おれはコンプレックスにさいなまれたが、どうしても癖は直らず、うまく付き合っていかざるを得なかった。

大きな転機となったのは、就職活動をしていたときだ。

ある会社の面接中、緊張がピークに達したとき、おれは無意識のうちに貧乏ゆすりを始めてしまった。

それに気がついたのは、面接官からこんな一言を言われたからだ。

「きみの足は、ずいぶん力を持て余しているようだね」

その瞬間、おれは恥ずかしさと情けなさがこみあげてきた。

ああ、こんな大事な場面でも、またやってしまった──。

面接が終わってからも、印象は最悪だっただろう、絶対に落ちたに違いない、と落ちこんだ。

しかし、その会社からしばらくたって届いたのは、内定を告げる通知だった。

さらに驚いたのは、入社してみてからのことだ。

配属された発電課という部署に初めて足を踏み入れたとき、奇妙な光景が飛びこんできたのだ。

その部署の人たちは、それぞれが自分の座席に着席していた。が、しばらく観察していると、その全員が貧乏ゆすりをしているらしいと気がついた。

そのとき、声をかけられた。振り向くと、面接のときのあの面接官がそこにいた。

「久しぶりだね。私が発電課の部長でね」

部長は名乗ると、おれの肩をポンと叩いた。

「きみは粗削りだが、抜きんでたシェイクの素質がある。磨けばきっと、ダイヤになれる」

おれは尋ねた。

「あの、シェイクというのは……」

「うん? ああ、説明が必要だったね。シェイクというのは、俗にいう貧乏ゆすりのことだ。うちの会社ではそう呼んでいて、それができる人材をシェイカーと言っている」

「シェイカー……」

まったく意味がわからずに、おれはポカンとしてしまった。

部長は笑いながら、つづけて言った。

「まだ理解できていないようだね。では聞くが、うちの会社の事業は何だい?」

「振動発電の技術開発をする会社です」

「その通り。で、目の前の光景と照らし合わせて、何かつながらないかな?」

「……あっ!」

おれは叫んだ。

「もしかして、ここにいるみなさんは……振動発電をしてるんですか!?」

「ご名答」

振動発電とは、物体が振動するときのエネルギーから電気を生みだす発電法だ。うちの会社は、小さな振動から大きなエネルギーを取りだすための研究を行っていて、いまや数多ある振動発電の会社の中でも実際に高効率の発電素子の開発に成功している一社だった。

「発電課のメンバーは、実証実験も兼ねて、うちの製品で発電をするのがミッションなんだ。オフィスの電気は、すべて彼らがまかなってくれている。生来の貧乏ゆすりの天才である、彼らがね」

部長は言った。

「きみのデスクは一番端だ。活躍を期待しているよ」

おれは不思議な気持ちで、自分の席に腰掛けた。

その日から、シェイカーとして勤務する日々が始まった。

シェイカーの仕事は、ひたすら席に座って貧乏ゆすり──つまりはシェイクをしつづけるということだった。

足元には発電素子が組み込まれたマットが敷き詰められていて、振動を感知するとすぐに電気エネルギーへと変えてくれる。電気は蓄電池にいったん貯められ、会社の内外で活用されることになる。余剰電力は国に買い取ってもらったりもしているらしい。

先輩たちに交じり、おれは出社してから退社するまで、ひたすら自席でシェイクに励んだ。積極的に残業もした。

「若いからって、あんまりがんばりすぎるなよ。時には膝を休めることも大事だぞ」

「大丈夫です! まだまだ行けます!」

努力の甲斐もあり、おれはめきめきと頭角を現していった。もともと床を踏む力は他の人よりも強いらしく、一秒間に振動できる回数も社内でトップクラスになり、やがて月間発電量の記録を打ち立てた。

「私の目に狂いはなかった!」

自らも現役シェイカーの部長も激賞してくれ、おれは有頂天になっていた。

しかし、そんな日々も、長くはつづかなかった。

入社して半年ほどがたったときだ。いつも通り朝からシェイクに勤しんでいると、右膝にピリッと痛みが走った。

おかしいな、とは一瞬思った。

が、そんなことは初めてで、おれは気にせず足を上下に動かしつづけた。

だが、その日を境に膝の痛みはひどくなり、やがてまったく動かせなくなってしまった。その段階で、おれはようやく社内のドクターに相談した。すると、膝の靭帯を損傷していることが判明し、すぐに手術の日取りが決められた。

幸い手術は成功したが、つらいリハビリの日々が始まった。医者からは、元の仕事に復帰できるかは五分五分だと言われていた。

それでもおれは、あきらめずにリハビリをつづけた。かすかに残るかつての感覚を頼りにして、必死で膝を上げ下げした。エースシェイカーに返り咲ける日を夢想して──。

ところが、運命とは皮肉なもので、そのリハビリのさなかに、おれは新たに左膝も故障した。無意識で右膝をかばうばかりに、左膝に過度な負担がかかっていたのだ。

再びメスが入れられて、半年後にはなんとか現場に復帰した。が、もはや全盛期の貧乏ゆすりを繰りだすことはできない身体になっていた。

おれは現役を引退することを申し出た。同時に、会社を去る意思も部長に伝えた。

シェイクができない人間に、会社にいる価値などない。

自分でそう判断したからだ。

しかし、そんなおれを引き留めたのは部長だった。

「きみの芸術的なシェイクが見られなくなったのは残念だ。が、きみにしかできないことは、まだまだたくさんあるんじゃないか?」

おれはいま、次世代のシェイカーを育てるためのコーチとして、選りすぐりの学生を集めた選抜チームで指導をしている。

「おまえら、甘いぞ! もっと力強く! もっと小刻みに!」

「はいっ!」

学生たちはトップシェイカーになるために、貧乏ゆすりに磨きをかける。

トレーニングだけではなく、おれは自らの体験にもとづいて、膝のケアに関する講習会を開いたり、一人ひとりの素質に応じた理想的なフォームづくりを手伝ったりしている。

若い原石を見つけるために、全国各地も飛び回る。

そんなある日、おれはたまたま訪れた小学校で衝撃的な場面と出くわす。授業中、ひとりの生徒が、床を踏み抜かんばかりの猛スピードで貧乏ゆすりをしていたのだ。

おれは目を見開いて、その子をつかまえ名刺を差しだす。

自然と出たのは、こんな言葉だ。

きみの足は、ずいぶん力を持て余しているようだね──。

(了)

ショートショート作家 田丸雅智氏

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/