【3分で読める小説】ネガ発電

2021年2月1日

人の感情はエネルギーを内在している。

感情エネルギーである。

それを集めて、うまく利用できないものか。

そんな考えのもと秘密裏に進められていた研究が、ついに結実するときがきた。

ネガティブ感情発電、通称、ネガ発電というものだ。

言うまでもなく、そもそも感情にはさまざまな種類が存在している。希望にあふれたもの、喜びに満ちたもの、思わず泣いてしまうもの。

そんな中でも、とりわけ高エネルギーであったのが、ネガティブな感情の持つそれだった。

恨み、妬み、憎しみ。

怒り、嫌悪、不満。

研究の結果、同じネガ感情の中でも、そういった悪意のあるものほど高いエネルギーを保有していることが明らかになった。そして、そんなネガな感情を活用して発電する技術、それがネガ発電というわけだった。

しかし、資源となりうる肝心の悪意は、果たして効率的に手に入るだろうか──。

当初、研究者たちは懸念した。

が、それはまったくの杞憂であった。

悪意は現代において、そこかしこに蔓延しているものだったからだ。

特に有り余るほどに悪意に満ちていた場所は、SNSの世界だった。

──またどこぞのご身分の高い方が、ご発言なさったらしいけどさー

──たまたまタイムラインに流れてきた例のアニメの件、ツッコミどころが満載なんだが

──こいつら低能すぎるだろwww

苦言、警鐘、議論、批判。

言葉が媒介となり、SNSの世界には膨大なエネルギーが流れこんでいた。

それらの中には悪意が先行していない、低エネルギーのまっとうなものも当然あった。が、いずれにしても反応が連鎖していくうちに悪いほうへと転がっていき、最終的には悪意を増幅させる結果となっていた。

このエネルギーの宝庫に目をつけた研究者たちは、さらに研究を進めていき、ついにSNSからエネルギーを取りだす方法を確立した。

それをもとに国主導で建設されたのが、ネガ発電所である。

その建設計画が持ち上がった当初、予定地近隣の住民たちは猛反対した。

自分たちは騙されないぞ。ネガ感情という表現で濁していても、つまるところは悪意の塊のことである。もし、その悪意そのものが漏れ出したらどうするのか。

それに対して、国はこう説明した。

リスクはほとんどゼロに近い。漏れ出すことなどあり得ない。安心・安全の技術をつぎこむ所存だ。

それでもなお住民は反対したが、最後は国が給付金を出すという条件で押し通し、ネガ発電所はついに建設されるに至った。

その発電所では、事前の目論見通り電気がどんどん生みだされた。

いや、実際は目論見以上の成果をあげた。

SNSには当初の試算よりも加速度的に悪意ある言葉が増えており、得られるエネルギーもうなぎのぼりになっていたのだ。

そこから生まれた電力は、国に多大なる活力を与えてくれた。

有り余る電力はふんだんに使われ、日本中はギラギラと輝いて不夜城と化した。

国は大いに気をよくした。

資源採集の手間がかからず、発電コストが格段に安い。もとより人間の感情を利用しているので、温室効果ガスの排出の心配もない。資源は放っておいてもどんどん増えていく一方なので、埋蔵量を気にする必要もない。

悪意とは、なんと素晴らしい資源だろうか。

国は早々にネガ発電所を増やすことを決め、全国各地で建設ラッシュがはじまった。

発電所がいくら建設されようとも、悪意という資源の増加はとどまるところを知らなかった。

有名人への誹謗中傷。病気の対策法についてのデマ。マウントの取り合い。

その中には、ネガ発電そのものに対する見解もあった。

──発電所の近くで採れた野菜を食べたら、性格が悪くなるって研究結果が出たらしいよー

無論、そんなデータなどはありやしないが、投稿はどんどん拡散されていき、周囲の論調もエスカレートする。

そんなものは、ひどいデマだ。

そう指摘した投稿には、こんなコメントが返ってくる。

──おまえ、どうせネガ地区の住民だろ?

──給付金で食ってるやつらが何言ってもなwww

噂では、国の関係者が人を雇い、悪意を増やすためにSNSでわざと煽っているのではないかともささやかれた。が、真相のほどは定かではない。

そうこうするあいだにも、いつしか日本はエネルギー大国となるに至っていた。

海外からの視察団も殺到し、世界中にネガ発電所が建てられはじめる。

ところがあるとき、東京近郊の発電所で予期せぬことが起こってしまう。

膨れあがった悪意が施設の処理限界を超え、大爆発を起こしたのだ。

建屋から真っ黒なものがもうもうと立ちのぼる中、国のトップはこう説明した。

今まさに、大量のネガ感情が漏出しており、東京全体を急速に汚染している。都民はすぐに避難してくれ──。

人々は戦慄すると同時に憤慨した。

リスクがゼロだと言ったのは誰だったか。あれは全部ウソだったのか。

国も国で反論する。

誰もゼロだとは言ってない。ほとんどゼロということは、例外があることを意味している。

突然のことで多くの都民が逃げ遅れ、漏出した悪意に“被悪”した。

どんな健康被害が出るのだろうか……。

国全体が戦々恐々とする中で、やがてもたらされた報告は意外なものだった。

健康への悪影響は一切ない。むしろ、“被悪者”たちの健康状態は極めて良好であると言わざるを得ない──。

その要因は、被悪者たちに起きた変化にあった。彼らは日常的に悪意を周囲に振りまくようになっており、それがストレス発散につながっているようだったのだ。当然ながら、彼らの周囲では罵詈雑言の浴びせ合いになるような事態が頻発していた。が、彼らは互いに相手の言葉など聞いておらず、自身の悪意を存分に周囲に垂れ流していた。

そんな彼らの嬉々とした表情は、世に多大なるショックを与えた。

が、うらやましいと思う者たちも少なくなかった。

自分たちは人目を気にして、こそこそとSNSをはけ口にしている。にもかかわらず、あいつらは堂々と好き勝手なことを言いつづけ、とがめられても気にもしてない。

ずるい。こんなのは不平等だ。

ネガ発電所の爆破テロが行われたのは、ほどなくしてだ。

テロリストたちは、こんな声明を発表した。

悪意は人に幸福をもたらす。国はその事実をひた隠しにし、一部の限られた人間だけが悪意の恩恵を享受している。そんなことは許されない。悪意は世界に解放されなければならない。

それを機に、ネガ発電所は次々にテロの標的となった。

悪意はどんどん漏れ出して、汚染は各地で進行していく。

人々は、テロリストたちをあらゆる言葉で罵った。しかし、そういった人々の大半はすでに被悪しており、批難の声をあげながらも恍惚の表情を浮かべている。

同様のテロは世界中で巻き起こり、ネットに加えて現実世界も悪意であふれかえるようになる。そして、悪意はさらなる悪意を呼び、地上は禍々しい黒いもやで覆われはじめる。

が、その満ちあふれるエネルギーを利用しない手など、あろうはずもない。

国は、新たなネガ発電所の建設をどんどん行い、電力はどんどん生みだされた。

こうして人類は、有史以来の無尽蔵のエネルギーを手中に収めることと相成った。

世界中で過剰なほどに生み出される電力は、昼夜の別なく目がくらむほどの景色をもたらした。街という街は光り輝き、サングラスをせねば直視できないほどであった。

そんな中、地上を遥か上空からとらえた衛星写真が撮影されて、世に出回ることとなる。

それはさぞ、煌びやかなものなのだろう──。

そう考えるのは早計だ。

写っていたのは、そんなものとは程遠い光景だった。

写真を見た人々は、おもしろおかしくあげつらう。

──撮影者が悪いんじゃね?

──この人工衛星の開発者、出自がマスコミっぽいですよ。

──ふざけたCG、お疲れさまっすwww

真偽のほどは、人々にとってはどうでもいい。

自己が満たされれば、それでいいのだ。

その一枚の写真からは、電力のもたらす明かりは微塵も感じられなかった。

そこに写っていたのは、何かに染まったどす黒い天体だった。

(了)

ショートショート作家 田丸雅智氏

田丸雅智(たまる・まさとも)
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。
田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/