【特集1】このままでは将来の需要満たせず 産業育成に公的支援が必須


【インタビュー:山内弘隆/武蔵野大学経営学部特任教授】

R1の顛末で民間の競争に任せるだけでは洋上風力の導入拡大が難しいことが明らかになった。
三菱商事撤退の検証や今後の政策見直しを進める政府WGの山内弘隆座長にポイントを聞いた。

やまうち・ひろたか 慶応大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。1988年から2019年まで一橋大学大学院商学研究科教授。現在、一橋大学名誉教授、武蔵野大学経営学部特任教授。総合資源エネルギー調査会・洋上風力促進WG座長を務める。

──経済産業省洋上風力促進ワーキンググループ(WG)と国土交通省小委員会の合同会議でR1の検証が進んでいます。

山内 三菱商事陣営撤退の要因分析については、11月10日の合同会議で一区切りとなりました。個別事業者の競争上の地位などを害する恐れがあり非公開としましたが、この結果を今後の政策に生かすことが重要です。可能な限り情報公開する必要性は政府も認識しており、今後レポートを出す予定です。

──過去の公募制度やこれまでの政策を今どう見ていますか。

山内 正直、選定の仕方自体に問題があった可能性は否めず、特に価格を重視し過ぎました。第6次エネルギー基本計画で再生可能エネルギーの主力電源化を明示し、その中心に洋上風力を据え、2030年までに1000万kWの案件形成といった目標を示し、政策の流れができました。
 これまでは国民負担の抑制を重視してきましたが、産業として独り立ちさせることの必要性も改めて認識しなければなりません。FIT(固定価格買い取り)制度初期のような過度な国民負担を課すことはできませんが、負担の拡大が一定の予測範囲内に収まるのであれば、フレキシブルなやり方があってもよいのではないでしょうか。

 また、洋上風力のポテンシャルが以前から指摘される中、結果として6次エネ基以降に政策が本格化したことは、助走期間が短すぎたとも言えます。事業者も情報が不十分な中で事業計画を立てざるを得なかったという事情があります。

フレキシブルに見直し 過度な国民負担は回避

──政策の大幅見直しが避けられない中、欠かせない視点とは。

山内 私は第7次エネ基の議論でも、公的な関与を増やしていかないと大規模脱炭素電源の確保は難しいと主張してきました。R1撤退はそれを裏付けるもので、合同会議ではこうした認識の下で検討を進めています。

 例えば原子力の新増設に向けては、英国のRAB(規制資産ベース)モデルが参考になります。これはPFI(民間資金活用型公共事業)的な制度で、洋上風力でもここまで強力な仕組みとするかは未定ですが、いずれにせよ公的支援がなければ、AIやデータセンター、半導体といった将来の巨大な電力需要を満たすことはできません。長期脱炭素電源オークションはその先取りと言えます。

 そして、浮体式を含めて洋上風力産業を国内で育成するという大きな目標もあります。エネルギー自給率を高め、国内のサプライチェーン構築につながり、その意味でも踏み込んだ公的支援を行う価値は十分あります。ただし、同時に国民負担とのバランスも欠かせない視点です。

【記者通信/8月29日】洋上風力撤退に見る三菱商事の甘さ 経産相・知事から批判相次ぐ


総取りからの“総撤退”──。三菱商事が8月27日、秋田・千葉両県沖の3海域で進めていた洋上風力事業からの撤退を発表した。中西勝也社長から報告を受けた武藤容治経済産業相は「3海域全て撤退の判断に至ったことは、洋上風力の導入に後れをもたらすもので大変遺憾だ。全国の関係者も大変注目している案件で、洋上風力全体に対する社会的信頼を揺るがしかねない案件だ」と苦言を呈した。破格の価格で洋上風力公募の第1ラウンド(R1)を総取りした三菱商事だが、見通しの甘さが露呈した形だ。

武藤経産相と面談する三菱商事の中西勝也社長(左)と岡藤裕治常務

武藤氏は「3海域における事業を確実に実現すべく、地元の理解を得た上で再公募に向けて進んでいきたい」と再公募に進む方針を示した。中西社長も、データの提供など再公募までの時間が短縮できるように最大限協力する姿勢を示した。

振り回された市場

三菱商事が撤退を決めたのは、建設費用が入札時の見込みから2倍以上に膨らんだことで、採算が合わなくなったからだ。また「フィードインプレミアム(FIP)制度に転換して、当時決めたFIT価格の2倍以上の水準で販売できたとしても、開発継続は困難と判断した」(中西氏)という。

実際に今年3月には、R1の海域などでFITからFIPへの移行が認められた。入札ルールの事後的な変更で、一部では「商事救済措置」とも言われた。市場価格上昇のメリットを享受できるようになり、FITよりも高い収入が期待できるからだ。ただ商事は破格の価格で応札し窮地に陥り、「後出しジャンケン」でルール変更という救済措置をとってもらった挙句、最後には全ての海域で撤退に至った──。結果的に市場秩序をかく乱したと受け取られても無理はない。

報道によれば、25年3月期に524億円の損失を計上しているため、追加の損失は限定的とみられるが、全体の損失額が数千億円を超えるとの見方もある。また武藤氏の発言にあるように、社会の信頼を揺るがし、日本のカーボンニュートラル政策をゆがめたのは事実。27日の会見では記者の質問も甘く、中西社長の責任問題にはほとんど触れられなかったが、破格の応札を主導した意思決定の妥当性は改めて検証されるべきだ。

地元や競合他社は

三菱商事の撤退について、3海域中2海域を占める秋田県の鈴木健太知事は27日、「極めて残念かつ極めて遺憾。国家肝いりのプロジェクトで、国を代表する企業が落札して、よもや撤退はないだろうと思っていたので、大変な衝撃だ」と述べた上で、「三菱商事には説明責任にとどまらず、さまざまな社会的な責任もあると思う」と今後の対応を求めた。一方、千葉県の熊谷俊人知事は28日、県庁で中西氏と面会し、「県としても地元としても事業の準備をしてきたが、振り回された形になった」と失望の意を示した。

第2、3Rで落札し、8月に英bpと洋上風力専門の合弁会社「JERA Nex pb」を発足させたJERAは「他社の事業判断に対してコメントする立場にないが、事業環境が著しく厳しくなっていることは事実だ。当社が落札した洋上風力発電事業は一定のコスト上昇、予備費を織り込んだ事業計画を策定しているが、幾多の困難とリスクを抱えており、三菱商事が発表した事業環境と大きな差はない」との見方を示した上で、「国内の洋上風力産業の育成と発展のために責任を持って進めるべく、国に対しても事業環境の整備に向けた理解をいただけるように努めていく」とした。第2RでJERAとともに秋田県沖を落札したJパワーは「他社事業に関することなのでコメントは控える」と具体的な回答はなかった。

武藤経産相のコメント

「信じられないというのが正直な気持ちだ。洋上風力は再生可能エネルギーの主力電源化に向けて内外からの期待が大きかった。3海域すべて撤退の判断に至ったことは、洋上風力の導入に後れをもたらすもので、大変遺憾。地元関係者は事業に期待をしてさまざまな協力をしてきた。撤退は地元の期待を裏切るものだ。また全国の関係者も大変注目している案件で、洋上風力全体に対する社会の信頼そのものを揺るがしかねない案件だ。3海域における事業を確実に実現すべく、地元の理解を得た上で再公募に向けて進んでいきたい」

◇  ◇  ◇

中西社長の記者会見でのやり取りは以下の通り。

――安値での落札に無理があったのでは。

「応札した2021年当時、見通せる事業環境やインフレ、金利なども含めて十分な採算を確保できると判断しFIT価格を決めた。だが、経済情勢が激変し投資回収すら難しい状況になった。たとえFIP制度に転換して、当時決めたFIT価格を2倍以上の水準で販売できたとしても、開発継続は困難と判断した」

――事業継続の選択肢はなかったのか。

「何千億円も投資するのにリターンがマイナスとなる案件では、民間企業ではそのリスクを取れない」

――振り返って反省する点は。

「欧州の洋上風車メーカーの値上げに伴う価格変更がプロジェクトに影響を与えた。サプライチェーンの再構築に迅速に対応できなかった点を反省したい」

――地元の企業は運転開始に備えて投資を進めてきた。

「洋上風力事業による地域共生策には期待されていた。裏切ることになってしまい、大変申し訳ないと思っている。28日以降に千葉県や秋田県に伺い経緯を報告しに行く。撤退という結果に終わったが、地域共生策の継続については引き続き地元と密にコミュニケーションしていきたい。」

――地域経済への影響は大きい。

「三菱商事グループが撤退してもこの案件がなくなるわけではない。秋田・千葉両県沖の3海域は海岸から近く風況が良い。昨今、政府の審議会で議論されている法制度が整えば継承される見込みがある案件だ。当社は撤退する形となったが、事業権を獲得した本案件については、日本のエネルギーに関する施策に貢献するような努力を続ける」

――今後、洋上風力の開発自体は続けるか。

「国内については軽々しく言えない。国外において当社は小会社のオランダ・エネコと洋上風力事業を順調に展開している。こうした欧州での開発経験も生かし、日本のエネルギー自給率の向上につながる取り組みに尽力する」

――社長としての責任をどう捉えている。

「本案件は日本初の大型洋上風力案件で、重要な位置付けにあるため、結果的にプロジェクトを進めることができなかったのは断腸の思いだ。とはいえ、データの開示など後続の企業につないでいく取り組みはやらなければいけない。日本のカーボンニュートラルに道筋をつけることはできなかったが、当社としてやれることはあると考えている。引き続き、社長としての責務を全うして当社をけん引していきたい」