【コラム/10月30日】今の暮らしと未来の不安を考える~新政権の経済政策は現実直視で

飯倉 穣/エコノミスト

1、気懸かりな物価対応と財政状況

自民党総裁選が終了し、アベノミクス踏襲観測で株価の上昇があった。証券界は、積極財政・金融緩和を持ち上げ、高市トレードの言葉が飛び出た。先行きに期待と不安が入り混じる。高市総裁は、「今の暮らしそして未来への不安を、なんとか希望と夢に変えていきたい。」(総務会25年10月7日)と発言した。政治的思惑と駆引きで与党少数自民維新連立内閣が成立した(同21日)。各党・メデイアは、今日の暮らしの不満(不安)として物価高を強調し、その対策を話題とする。

幾つか報道があった。「高市内閣発足、経済政策策定指示」「物価高対策や成長投資表明、 ガソリン旧暫定税率速やかに廃止」(朝日同22日)、「新政権、探る財政拡張」(日経同)、「「サナエノミクス」安倍氏の影響強く 積極財政 日銀利上げ牽制」(朝日同10日)。

今の暮らしと物価状況に対し、政治サイドの物価対策は適切だろうか。円安が継続しているが、日米金融政策の違いに加えて、貿易収支の動向も気に掛る。また未来の不安もある。日本経済に資産価格崩壊や財政破綻の危機は来ないだろうか。現在も「経済あっての財政」の考え方や「経済成長で財政健全化」(骨太の方針25年6月)という語りが続いている。不透明な成長期待だけで財政不安払拭は可能だろうか。

新政権の経済政策は、未だ焦点が定まらないが、今後の展開で必要なことは何だろうか。経済変動、経済成長、経済均衡を念頭に次期政権の課題を考える。


2、今の物価対応に困惑

日本経済は、コロナショックを乗り越え、ウクライナ戦争前後のエネ資源価格上昇に端を発した物価上昇の影響で名目GDPは23年590兆円(前年比5.4%)24年608兆円(前年比3%)に膨張した。他方実質GDP前年比は、23年1.2%増、24年0.1%だった。25年も第1四半期年率0.3%、第2四半期同2.2%と一進一退で推移している。トランプ相互関税(15%)の影響もあり、経済は成長率0~1%の状況が継続している。

輸入物価は、24年2.7%の後、25年に入り横ばい(9月円ベース前月比0.3%、前年比△0.8%)で落ち着いている。企業物価は前年比24年2.4%と低下するも、25年上期3%超から下期2%台(9月2.7%)で、やや下げ止まり感がある。消費者物価は、前年比24年2.7%の後、25年上期3%強が続き、8月2.7%である。直近の企業・消費者物価の動きは、海外エネ資源価格上昇でなく、円安や国内コスト上昇・便乗値上げの影響が大きいようである。輸入物価上昇による海外への所得移転で経済停滞はやむを得ないが、国内要因(物価の影響)なら困惑である。


3、経済専門家から見た物価対策

消費者物価の上昇を受けて、物価対応が問われている。政治レベルでは、選挙対策もあり、消費税引き下げ、給付金交付の話が継続している。適切だろうか。

日経は、物価対策で幾つかの考察(経済教室)を紹介している。例えば、物価水準の財政理論(FTPL)である。政府が将来の財源の裏付けなしに財政支出を行い、中央銀行がその需要拡大に伴うインフレ容認、低金利政策継続となれば、インフレ生起となる。故に給付金や減税は物価押上げとなり対策にならない。物価対策は、日銀の物価コントロール、政府の持続可能な財政運営重視が重要で、インフレには金融政策が基本である(砂川武貴「物価高と財政金融政策下 給付は消費を押し上げない」(日経25年8月26日)。

他の論考もあった。物価安定のマクロ経済の標準的な処方箋は、政府はモノの供給をすぐ増やす手段を有しないので、基本的には需要を抑える政策となる。有効な政策手段は金融政策で、名目利子率の操作で経済全体の需要量を抑制する物価安定策が基本である。財政政策は脆弱な人への対応となろう。全体として財政政策は緊縮的か中立的スタンスが必要である(青木浩介「物価高と財政金融政策上 全体は緊縮で支援の的絞れ」(同8月25日)。

いずれの論考も消費税減税や給付金に懐疑的で、金融政策が基本(引締め)、財政拡大に慎重である。

超低温に対応する合金を開発 熱制御への活用で産業支える

【技術革新の扉】超低温対応合金/東北大学

東北大学の大森俊洋教授らは、マイナス200℃で形状記憶効果を発揮する合金を開発した。

これを可能にする新合金の形状記憶効果は、思いがけず発見されたものだった。

従来の限界だったマイナス100℃を下回るマイナス200℃の超低温でも元の形の戻る形状記憶合金を、東北大学を中心とした研究チームが開発した。電気や磁気などを動力に変える装置「アクチュエータ」として、低温域での駆動が必要な宇宙分野や水素の運搬などに活用できる。形状記憶合金は数あるアクチュエータ用の材料の中でもエネルギーの発生量が大きいが、マイナス20℃以下の環境では作動が難しく、特にマイナス100℃以下では機能を維持できなかった。これらの課題を克服する新たな合金の開発は、地道な基礎研究の中で「偶然」発見したものだった。

形状記憶合金は、加熱すると元の形に戻る「形状記憶効果」と、加えた力を外すとすぐに形が戻る「超弾性」というに二つの性質を有する。中でも超弾性は、歯科矯正用のワイヤーといった医療用途などで実用化が進んでおり、同チームはより加工性に優れた、複雑形状に対応できる材料として、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)を主成分とした合金の開発に取り組んでいた。この銅系合金の高い加工性能を生かし、2017年には建築物の耐震部材としての実証に成功。次のフェーズとして、「形状記憶効果」に焦点を当てた。

図1 新合金が低温下でも構造変化が起きることを示している
出典:東北大学 大森俊洋「形状記憶合金 説明資料」


構造変化時の抵抗力に特徴 開発は偶然の発見から

形状記憶効果は、温度変化に伴って金属原子の結晶構造が切り替わることによって生じる。最小構造である単位結晶格子は元々立方体だが、冷却されれば直方体に近い格子に変化し、加熱すれば立方体に可逆的に戻るという性質で、この構造変化が起こる温度帯でのみ、合金は形状記憶特性を発揮できる。ただ、これまで実用化されてきたチタン(Ti)、ニッケル(Ni)系の合金などは、マイナス20℃以下の環境において、構造変化を起こす抵抗が高く、低温下では形状記憶性能を得ることは困難だった。

こうした合金の課題を背景に基礎研究を進める中で発見したのが、Cu―Al―Mn系合金の「低温下でも抵抗力が小さい」という特徴で、マイナス200℃まで冷却しても構造が変化することを突きとめた。研究をけん引する東北大学大学院工学研究科の大森俊洋教授は、「これらの性質をあらかじめ予想していたわけではなく、ある意味〝偶然〟だった」と振り返る。その偶然は、先行研究の例がない同分野で、粘り強く可能性を模索し続けたからこそ生まれたものだ。

この形状記憶性能は、低温域でのエネルギー制御に利用できる。開発した合金をアクチュエータとして用いて、熱の流れを制御するヒートスイッチを試作するなど実証にも取り組んできた。ヒートスイッチには、中央に合金を設置し、その左右にバネを、上部に固定板を配置した(図2)。合金は冷却すると伸びて上板と接触し熱を伝えるが、加熱すれば形状記憶効果の働きで縮む(元の形に戻ろうとする)ため、上板との間に隙間が生まれ、熱伝導を抑制できる。実証では、これらの働きがマイナス170℃でも維持されることを確認済みだ。

図2 合金の伸び縮みで上板との接触/非接触を切り替える
出典:大森俊洋ら、communications engineering 2025

これまで、マイナス100℃以下の低温域で機能するアクチュエータ用の材料は存在しなかった。大森氏は、「ピエゾ(圧電セラミックス)やTi―Ni系合金といった従来材料は、いずれも常温付近でしか十分な性能を発揮できない。低温で動作する合金の必要性は年々高まっており、新合金はこれに応えるものだ」と意義を強調する。

具体的な応用先として有力なのが、赤外線望遠鏡といった宇宙用途の観測機器だ。赤外線領域での観測には、望遠鏡自体から発生する熱放射を除去するために、装置を低温に保つことが欠かせない。そのため、宇宙研究の現場では、過酷な状況下でも安定的に機能する熱制御システムが求められており、新合金技術を要望する声も多いという。


実用化に向け製造網を強化 従来超えるエネ変換装置に

大森氏は今後に関して、「5年以内に、宇宙用途に活用できるヒートスイッチを実用的に製造できる体制を整えたい」と意気込む。さらに長期的には、水素分野での活用も視野に入れる。大容量の水素は液化して輸送するのが効率的だが、その際、マイナス253℃の液化状態で作動するアクチュエータとして力を発揮できる。

宇宙から水素まで、幅広い応用を見据え、低温技術の新たな可能性を切り開いていく。

徐々に発行額が減少 3年目となるGX移行債の評価

【多事争論】話題:GX経済移行債の評価と課題

GX経済移行債の発行から3年目を迎え、さまざまな課題が浮き彫りになってきた。

エコノミスト、エネルギーアナリストがそれぞれの視点で問題点を指摘する。

〈 移行債が抱える五つの課題 関係者の信認高める努力を 〉

視点A:木内登英/野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト

GX経済移行債(クライメート・トランジション利付国庫債券)は、2050年のカーボンニュートラル(CN)実現を目指す政府の脱炭素政策の一翼を担っている。総額約20兆円の政府の脱炭素関連投資に必要な財源を賄うために発行される。GX移行債は「つなぎ国債」と呼ばれる国債の一種だ。増税など将来の特定の収入を償還財源として確保した上で発行される国債であるため、赤字国債とは区別される。

GX移行債は、入札方式で23年度に約1.6兆円、24年度に約1.4兆円発行され、25年度には約1・2兆円の発行が予定されている。発行額が次第に減少してきているのは、発行環境の悪化など、予期せぬ支障が生じていたことを反映している面があると考えられる。発行環境も含め、以下ではGX移行債の課題を5点指摘したい。

第一は、政府がグリーン国債といえるGX移行債を発行することの是非だ。企業が脱炭素に貢献する活動に必要な資金を、通常の社債とは異なるグリーンボンドの発行で調達する場合、その金利は通常の社債よりも低くなり、企業の資金調達コストの軽減を助ける。企業の脱炭素活動を社会貢献として評価し、投資家がそれを支援するためにより低い金利を受け入れるからだ。

しかし政府活動の目的は、そもそも社会に広く貢献することにある。この点から、企業のように脱炭素関連投資を賄う特別な国債を発行することの必要性があるのか疑問が残る。

これに関連して、第二は金利と市場流動性の問題だ。企業のグリーンボンドは通常の社債よりも低い金利で発行でき、両者の差が「グリーニアム(グリーン+プレミアム)」と呼ばれる。政府が通常の国債とは別にGX移行債を発行する理由の一つは、より低い金利で資金を調達できることを期待した、いわゆるグリーニアム狙いの面もあるだろう。

実際、GX移行債の当初2回の入札では、小幅ながらもグリーニアムが確認された。しかしその後グリーニアムは消滅し、通常の国債よりも金利が高くなる逆グリーニアムが確認されたこともある。

国債発行残高全体と比べてGX移行債の発行額は小さい。それは市場の流動性を低下させるため、投資家は流動性リスクがある分、むしろ高い金利をGX移行債に要求する面がある。これが逆グリーニアムが生じた背景であり、今後も通常の国債よりも高い金利で政府はGX移行債を発行することを強いられる可能性がある。政府がGX移行債の発行を抑制しているのは、そのためではないか。


CN実現や財源確保に不確実性 トランジション債への懐疑も

第三は、政府の脱炭素政策とGX移行債発行との関係が必ずしも明確でないことだ。GX移行債によって調達された資金は、再生可能エネルギーの導入支援だけでなく、原子力発電の新型炉建設や水素・アンモニア燃料のインフラ整備など、幅広い分野に充てられる予定だ。これらの投資が本当に脱炭素化に資するのか、また社会的合意を得られるのかについては疑問も残る。さらに、GX移行債で資金を調達した政府の20兆円の脱炭素関連投資が、50年のCN実現につながる保証はない。こうした不確実性が、GX移行債の発行と政府の脱炭素政策に関する国民の信認を損ねている面があるのではないか。

第四は、GX移行債の償還財源確保に関する不確実性だ。将来のGX移行債の償還に充てるため、28年度に化石燃料賦課金の導入、33年度からは発電部門への排出枠制度の有償化が段階的に始まる計画だ。しかし、本当に20兆円の償還財源が確保されるかには不確実性が残る。財源確保ができず、GX移行債が通常の赤字国債となり、財政環境を悪化させる懸念がある。それが国債市場の潜在的な不安定性を高めることに寄与しかねない。

第五は、国際的な信認である。GX移行債は世界初の政府によるトランジション・ボンド(低炭素社会への移行を目的とした投資などに資金を供給するための債券)として政府が世界にアピールすることが発行の狙いの一つだ。ただし、欧州などでは再エネへの直接投資を目的としたグリーンボンドが主流であり、原子力や化石燃料関連の投資を含む日本型トランジション・ファイナンスには懐疑的な見方もある。

GX経済移行債は、日本の脱炭素戦略を象徴する重要な政策手段でもある。政府は、以上で指摘した課題に一つひとつ丁寧に対応することで、金融市場の信認、国民的理解、国際的信認をそれぞれ高めていく努力を進めていくことが求められる。

きうち・たかひで 1987年野村総合研究所入社。欧米の経済分析を現地で担当した後、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミストなどを歴任。2012~17年日本銀行政策委員会審議委員。17年7月から現職。

【エネルギーのそこが知りたい】数々の疑問に専門家が回答(2025年10月号)

電力料金高騰のインパクト/電力全面自由化の経緯

Q 電力価格の上昇は、経済活動にどのような影響を及ぼしますか。

A 日本は省エネ努力を積み重ねてきていますので、電力価格の上昇による省エネ効果は限定的です。政府は省エネの実績や見通しを過大評価しますが、そこには電力多消費的な財を輸入に切り替えたことの影響が多分に含まれています。

電力価格高騰が内外価格差として際立てば、海外生産の選択は避けられません。特にエネルギー多消費産業では、国内生産が不連続に落ち込む閾値(臨界点)が出現すると考えられます。

実際に、脱炭素政策が加速した2010年代後半からの分析によれば、実質的なエネルギー価格差(米国比)でドイツは2.3倍、日本は1.9倍を超えたころ、それぞれの国内でエネルギー多消費産業の生産が不連続に減退しました。日本の閾値がドイツより低いのは、官民協調型の脱炭素政策の下、必ずしも価格高騰を待たずとも海外移転が早期に促されたためと見ています。

特に日独では、鉄鋼や化学などエネルギー多消費的な製造業は競争力のある産業基盤です。こうした産業の生産減退は地方中核都市の経済を弱体化させ、都市部のサービス業にも波及し、内需停滞を深刻化させています。さらに素材産業の衰退は自動車など最終財の国内生産を制約していき、もう一段の空洞化を招きかねません。

国際的な調和を欠く電力価格高騰の弊害は甚大です。長期的には、AIの利用や開発を遅らせ、生産性の低迷をもたらす懸念もあります。しかし国内で電力市場が閉じ同調圧力も強い日本では、こうした懸念を棚上げしたまま、電気事業者に価格転嫁を約束したり、あるいは負担を押し付けたりして安定供給を損なう政策を採用し、弊害を現実化しやすい土壌を抱えているのです。

回答者:野村浩二/慶應義塾大学 産業研究所 教授


Q なぜ、電力小売り全面自由化に至るまで16年もの時間を要したのですか。

A 自由化は発電部門への参入自由化と小売り電気事業者の選択を軸に行われますが、小売りについては諸外国含めて規模の大きな電力ユーザーから進めていくケースがあります。これは自由化範囲のユーザー規模に応じて契約を引き継ぎ、料金を精算するシステムの構築などにコストがかかるという事情と、小売り事業者の選択によって生じる値上がりなどの不利益に責任を持てるユーザーから始まるという政策的留意があります。

日本の場合、2000年3月から05年に4月にかけて、まず全ての高圧ユーザーで小売り自由化をスタートしました。その時点での判断は、圧倒的に数が多い家庭用ユーザーを含む低圧分野に拡大しても、システム投資などのコストとユーザーが得られる便益が合わない、というものでした。

それから10年を経て、11年の東日本大震災を契機とした既存電気事業制度や経営への国民の不信感の高まりも受け、必要なスイッチング支援システムやルール整備を行った上で、日本も小売り全面自由化に踏み切りました。

その後、家庭用の自由化は多くのスイッチングを生み出し、家庭用に参入する事業者もガス・携帯電話といった業種を中心に多く現れました。ところが20年以降は小売り事業者の規律が十分でないため、燃料危機・卸市場急騰の極端な値上げや事業者破綻が社会問題化しました。また、旧一般電気事業者だけが燃料調整上限付きの経過措置約款を持ち続けた結果、エネルギー危機下では顧客の大量戻りが起こり、持続的な競争環境とは言えないことなどの制度課題もあります。全体として現時点で日本の全面自由化は功罪ない交ぜの状態だと言えましょう。

回答者:西村 陽/大阪大学招聘教授

【鈴木健太 秋田県知事】「国は洋上風力をやり切る覚悟を」

すずき・けんた 1975年大阪府生まれ、神戸市育ち。2000年京都大学法学部卒業後、陸上自衛隊に入隊。06年に退職し、妻の地元秋田へ移住。司法書士事務所代表社員などを経て15年、秋田県議会議員選挙に初当選。今年4月の秋田県知事選で初当選。

関西育ち、陸自の元幹部という異例の経歴を持つ50歳が秋田県知事に就任した。

観光資源や再エネのポテンシャルを県民の豊かさへと変えるべく、県政を力強く進める。

大阪府で生まれ、新聞販売店の息子として神戸市で育った。子どもの頃は〝陽キャ〟で「何かと勘違いしがちで自信過剰だった」と振り返る。小学校から高校まで打ち込んだ野球は決して上手くはなかったが、何となく「上に行ける」と思い込んでいた。ただ周りが阪神ファンの中で、あえて巨人ファンを貫くような一面もあったと笑う。

将来の夢は変遷したが、パイロットや考古学者など「大きくて面白いこと」に興味をそそられた。高校時代に国際連合に興味を抱いたのをきっかけに京都大学法学部に進学。外交官を目指したが、当時の外務公務員採用Ⅰ種試験は狭き門だった。そんな時、自宅に自衛隊員募集のハガキが届いた。「外交と防衛は表裏一体だ」との思いから、陸上自衛隊に幹部候補生として入隊した。東ティモールでの国連平和維持活動(PKO)やイラク人道復興支援活動などに従事した。

ところが、陸自は30歳で退職する。当時の職場環境では、中級幹部になって以降、単身赴任が続くだけでなく、週末しか家に帰れない未来が目に見えていた。子どもの誕生をきっかけに、家族との生活を大事にしたいと思ったという。

その後、秋田県に移住する。妻の実家に転がり込み、一念発起で司法書士の資格を取得した。なかなか就職先が見つからなかったが、後継者不足にあえぐ県内最大の司法書士事務所に採用された。これを機に「秋田でずっと頑張ろう」と決意した。

司法書士として働きながら、「秋田はもったいない」という思いが募っていった。食や酒、観光資源などの魅力が、どうしてこんなに知られていないのか……。最終的に鈴木氏を政治の道へと突き動かしたのは、当時、秋田県の人口減少率が日本で断トツの1位だと知ったことだ。「縁があって〝よそ者〟の私が秋田にやってきた。秋田のために頑張るのが自分の使命だ」と腹をくくった。2015年の県議会議員選挙に立候補し、初当選を果たした。ただ、県議を続ける中で「秋田を大きく変えるには知事になるしかない」と痛感し、今年4月の県知事選に挑戦。前副知事を破って当選した。

「普通の審査」の実現へ 事業者との素直な対話を重視

【巻頭インタビュー】金子修一/原子力規制庁長官

原子力の最大限活用に向けて、原子力規制庁は審査の長期化などの課題をどう克服するのか。

7月に就任したばかりの金子修一長官に、国民や事業者からの疑問の声をぶつけた。

かねこ・しゅういち 1965年横浜市出身。90年東京工業大学(現東京科学大学)大学院理工学研究科修了、通商産業省(現経済産業省)入省。2022年原子力規制庁次長。今年7月に長官に就任。

─7月に長官に就任しました。意気込みを聞かせてください。

金子 長官の仕事は、委員会と事務局を合わせた約1400人の組織を上手く機能させることです。次長時代から「働き方改革」を担当しており、フレックスタイム制やリモートワークの積極的な活用、会議時間短縮など職員が柔軟に働ける環境づくりを進めてきました。これからも、働きやすく、やりがいを持って成果を出せる職場をつくっていきます。

―審査の長期化をどう見ていますか。申請から10年以上が経過したサイトもあります。

金子 もっと早く審査が終わるようにしなければなりません。特に時間がかかっているのは、地震や津波といった自然ハザードの評価です。その最大の要因は、規制側と事業者側で、何をどこまで立証すれば基準を満たしたことになるのかという「ハードル」の認識が共有できなかったことにあります。

最初は事業者が提出したものに対して「それだけでは不十分だ」と突き返すようなやり取りが続いて時間を要しました。この経験から、まずはどのような論点があり、それをどの程度のレベルで説明すれば理解が得られるのか、「予見性」を互いに共有することが重要だと分かりました。初期段階の「粗ごなし」を丁寧に行うことで、その後の審査が納得できるものとなります。事業者とのコミュニケーションを改善し、行政手続法上の標準処理期間2年で終わるかは分かりませんが、「普通の審査」にしていくことが必要です。


ドライサイトをどう見るか 運転中審査は非現実的

―審査に必要なリソースは足りているのでしょうか。

金子 特に自然ハザードの評価では、専門的な知見を持つ人材が日本全体で不足しているという構造的な問題があります。これは事業者も同様で、われわれも募集をかけていますが、原子力発電所の審査という需要が急増したため、なかなか人材を確保できない状況です。可能な範囲で最大限の努力をしています。

―事業者からは、例えば津波対策で敷地内に海水を一滴も入れてはならない「ドライサイト」の見直しなど、規制の柔軟性を求める声があります。

金子 私たちはドライサイトそのものを要求しているわけではありません。もし海水の侵入を許容する設計を選んだとしても、それで安全機能が維持できればよいのです。ただ、ドライサイト以外の方法を選ぶと、人員や車両のアクセスルートの確保など考慮すべき事項が格段に増え、前例のない対策を検討する必要が生じます。事業者にとって説明のハードルが見えにくいのは事実で、前例のないアプローチへの対応は双方にとって課題と言えるでしょう。

―運転中審査を認めるべきという意見はどう思いますか。

金子 2011年の東日本大震災後は「怖いものは止めよう」という空気が日本社会を覆っていました。その状況で規制機関が運転中審査を認めるのは無理でした。仮にそれを認めたならば、数多くの訴訟が提起され、その対応に追われて、かえって審査が進まなくなった可能性さえあります。

規制庁・規制委は発足から13年を迎えた


外部の意見に傾聴 信頼関係を築く覚悟

―敦賀2号機の不許可判断は物議を醸しました。原子炉安全専門審査会(炉安審)などを活用して外部の声に耳を傾けるべきではないですか。

金子 それは規制委・規制庁にとって重要なポイントです。行政事業レビューなどで私たちの活動に対する外部の意見を聞いていますし、山中伸介委員長は若手とのコミュニケーションに積極的です。ただ、規制の判断の最終的な意思決定は規制委が行わなければなりません。

というのも、福島第一原発事故の大きな反省として、基準を作る組織(原子力安全委員会)と審査・許認可をする組織(原子力安全・保安院)の間で責任の所在が曖昧になっていた点があります。そこで震災後は、規制委が基準の策定から審査、監督まで全責任を負うことになりました。重要な判断をするときに「ほかの有識者がこう言っていたから」という形にはしてはいけません。

――事業者とのコミュニケーションで重要なことは。

金子 絶対にダメなのは、表に出ない形で合意形成をする「バックドアコミュニケーション」です。規制の内容に関わる対話は、必ず議事概要を作成し、オープンにすることを徹底しています。設立当初はお互いにやり方が分からず、非常に硬直した関係でした。しかし10年以上が経ち、ようやく建設的な対話ができるという認識が共有されつつあると感じています。

─最後に事業者へのメッセージをお願いします。

金子 悩んだり困ったりしたら、まずは遠慮せずに直接ぶつけてきてください。小出しにしたり、探りを入れたりするのではなく、素直に話をしていただいた方が、早く、良い解決策が見つかります。これは間違いありません。立場は違えども、信頼関係を構築し、対話に臨む覚悟はできています。

【需要家】三菱の洋上風力撤退で露呈 経済性の根本課題

【業界スクランブル/需要家】

8月27日、三菱商事が3海域の洋上風力発電事業からの撤退を発表し、内外のエネルギー・GX関係者に衝撃が走った。中西勝也社長は会見で、発電した電力が当初の落札価格の2倍の価格で30年間買い取られても投資回収が不可能と判断した、としている。甘い見通しで落札した同社への批判は当然としても、この発言は洋上風力の経済性に本質的な欠陥があることを示している。

実は同日、欧州でも産業界から衝撃的な発表があった。欧州自動車工業会と欧州自動車部品工業会が欧州委員会に向けた公開書簡で「車両のCO2排出を2035年までに100%削減する」とのEUの規制がもはや実現不可能との見解を示したのである。EUは30年までに乗用車のCO2排出を21年比で55%、商用車は50%削減し、35年までにいずれも100%削減という野心的な目標を掲げる。

両工業会の会長は連名で、欧州の自動車産業は電池をアジアの企業に全面依存、また域内の充電インフラ整備の遅れに加え、電気料金の高騰による生産コスト上昇、中国車との競争、米政府による高関税導入に直面し、30・35年目標の達成は「不可能」と断じ、「世界が大きく変化する中、EUの戦略も変化しなければならない」と欧州委員会に政策転換を迫っている。

日本政府も野心的な目標を掲げたGX戦略を経済成長につなげると意気込むが、一筋縄ではいかない事例が世界各所で顕在化する中、既定方針や目標にとらわれず、現実に合わせた見直しを図ることが肝要だ。いくら補助金で支援しても、本質的にもうからない事業に民間投資は行われないのである。(T)

〝安保ただ乗り〟は許されない NATOに走る亀裂と欧州の憂鬱

【原子力の世紀】晴山 望/国際政治ジャーナリスト

安全保障に関して米国が欧州に対して長年抱く不満が、ついに限界を迎えた。

米欧の不協和音が鳴り響く今、核と同盟の再構築を巡る舞台裏に迫る。

第二次トランプ政権が1月に発足して以後、米欧関係がギクシャクしている。脅威の対象を中国とみる米国と、ロシアとみる欧州の違いに加え、米国への「安保ただ乗り」が、限界を迎えたことも重なった。米国への不信を募らせる欧州は、英仏を中心とする欧州独自の「核の傘」を模索する。核を巡る世界地図が一気に変わり、その影響はアジアにも及ぶのか……。

欧州批判を行うトランプ政権の主要メンバー
出所:ホワイトハウスのX


中国の脅威を優先 本気の欧州嫌い

米欧の不協和音が表面化したのは、トランプ政権発足直後の2月だった。

2月12日にブリュッセルであった北大西洋条約機構(NATO)の国防相会合に出席したヘグセス米国防長官は、国防費を国内総生産(GDP)の5%に増やすよう加盟国に求めた。さらに、「米国は中国の脅威への対処を最優先させる」と述べ、欧州の安全保障は、欧州自身が先頭に立って対処するよう促す。

その2日後、ドイツ南部のミュンヘンであった安全保障会議で、今度はバンス副大統領が型破りな欧州批判を展開する。

バンス氏は、欧州各国の政権が移民政策やLGBT問題などに寛容な姿勢を示し、それに反対の声を上げる反体制派の言論や行動を封圧していると批判した。「私が最も懸念している脅威はロシアでも中国でもない。(欧州)内部からの敵だ」と述べるなど、欧州を敵視するかのような発言を繰り返した。さらに、トランプ政権は欧州諸国とは価値観を「共有していない」とまで言い放った。バンス氏はドイツ滞在中、移民反対など排外主義的な主張を続ける極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のワイデル共同党首との会談に臨んだ。一方で、ショルツ(当時)首相とは会わず、演説内容を行動で示した。

トランプ政権の「欧州嫌い」はポーズではなく、本気だと世界に知らしめる事件が翌月に起きる。

中東イエメンのイスラム武装組織「フーシ派」が、紅海を航行する船舶への攻撃を続けることに業を煮やした米国は、3月15日にフーシ派への空爆に踏み切った。その際の非公開のやりとりが、米誌に暴露された。

「また欧州を救うことになることが気に入らない」。口火を切ったのはバンス氏だ。米国船が紅海を利用するシェアは3%にとどまるが、欧州は4割に達する。米国の税金を使ったフーシ派攻撃が成功を収めれば、最も恩恵を受けるのが欧州になる。それが不満だと訴える。ヘグセス氏は「欧州のただ乗りを嫌悪するあなたの気持ちはよくわかる」と同調、ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当=当時)は、攻撃費用を「欧州に請求する」と息巻いた。

【再エネ】洋上風力「失われた3年」 制度改正の正念場

【業界スクランブル/再エネ】

三菱商事が千葉沖や秋田沖の3海域で洋上風力事業からの撤退を表明した。最大の理由は経済情勢の激変で、世界的なインフレや円安の影響によりコストは当初計画の2倍以上に膨らんだという。国は可能な限り早期に事業者を再公募する見通しだが、そんな状況で手上げができる事業者は果たしてどれだけいるのだろうか。

2021年、三菱商事の入札価格は破格と称された。今や発電事業者が変更となっても三菱商事の見立て以上には経済状況が改善しない恐れが極めて高いと言わざるを得ない。国は今般の3海域同時撤退を非常に遺憾であると述べているが、民間主導の事業である限りこのような判断は当然に起こり得る。欧州など先進国を見ても、労働力不足や化石燃料の高騰、為替などが深刻な影響を与えており、撤退やゼロ入札が発生している状況だ。ただし各国は入札方式や上限価格の引き上げ、契約期間の延長など迅速な対応とともに野心的な目標を掲げ続けている。

洋上風力の特徴は発電規模の大きさだ。だからこそエネルギー基本計画の再エネ目標達成に向けた期待が大きく、関連産業への経済波及効果も大きい。一方、特に浮体式の施工は不確実性が高く、送電網の建設や港湾整備の費用も大きな負担だ。加えて許認可制度は複雑で長期化している。国内事業者の市場参入を促すのであれば、単に補助金ではなく、まずは入札条件や許認可手続きの緩和などの見直しが必須だ。社会的に丁寧な合意形成が求められる中でも、今回の撤退で失われた3年を取り戻すよう、どれだけ迅速に制度改正を進めることができるか正念場だ。(K)

酷暑の甲子園を観て願う 2050年も変わらず熱闘を

【リレーコラム】豊田康平/国際協力銀行資源ファイナンス部門次世代エネルギー戦略室長

8月5日、群馬県伊勢崎市で国内最高気温を更新する41・8度が観測されたその日に、甲子園では史上初の夕方に開会式が行われた。試合を午前と夕方に分けて行う「朝夕2部制」が6日目まで採用されるなどさまざまな暑さ対策が導入され、連日熱闘が繰り広げられた。

筆者が3年前まで駐在していたUAE(アラブ首長国連邦)のドバイでは夏の間、日中は40度を超えて外出もままならず、活動はもっぱら夕方以降となるが、巨大な国際会議場を夏季限定で改装した施設では、日中でもサッカーやバスケ、テニスなどさまざまなスポーツをエアコンの効いた快適な環境で楽しむことができた。高校野球もドーム球場で開催すれば、暑さの問題は解決するだろう。

しかしながら多くの球児が目指す夢の舞台は「甲子園」なのだ。暑さを乗り越えて甲子園を目指す全ての高校球児の努力と情熱こそが、人を成長させ、見る人を感動させる。成長した高校球児の明るい未来を願うとともに、これ以上暑くならないことを祈るばかりだ。


不確実性に立ち向かう胆力問われる

筆者は友人の大学教授の紹介で、国内の大学で理系学生200人近くに向けて、本業である水素を題材に、エネルギーの安定供給と低価格、環境への配慮を同時に達成するのが難しい「エネルギーのトリレンマ」について考えてもらう講義を2年続けて担当した。講義中に学生にアンケートを取ると、ほぼ全員が「気候変動問題に取り組む必要がある」とし、8割近くの学生が「自らも貢献したい」と答えた。

また、多くが「政府資金を投入してでも再生可能エネルギー・原子力発電・次世代エネルギーの導入を進めるべき」と考え、国費の投入に反対する声は1割程度であった。当然のことながら気候変動問題は若者にとっても重要な問題なのだ。同時に「パリ協定の長期目標(2050年1・5℃)を達成できると思う」と答えた学生は1割にも満たなかった。現実もよく分かっている。過度な楽観論は必要ない。困難な目標であってもそれに向かって歩み続けることが求められている。

エネルギーを取り巻く環境は不確実性が一層高まり、目標の達成はさらに困難になりつつある。秋になり少し暑さが緩んでも、エネルギーに携わるわれわれが立ち止まるわけにはいかない。不確実性の中でも事業を進める胆力が求められている。政府による継続的な支援も不可欠だ。国際協力銀行も政策金融機関として、不確実性を乗り越えて前に進む事業をファイナンス面からしっかりと支えたい。

50年においても甲子園の熱闘が続いていますように。

とよだ・こうへい 神戸大学卒業。1997年日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)に入行。電力・水・鉱物分野のプロジェクトファイナンス、ロンドン・ドバイの駐在および経済産業省への出向などを経て2022年7月より現職。

※次回は、JERAの大滝雅人さんです。

【火力】スペイン停電の教訓 無効電力確保の重要性

【業界スクランブル/火力】

スペインで今年4月に発生した大規模停電については、ざっくり言うと系統電圧の上昇と、それによる連鎖的な電源停止が原因であるとされている。この系統の電圧制御が追い付かなかったという話を聞くと、1987年7月に東京電力エリアで発生した大停電が思い出される。

スペインの停電は、再生可能エネルギー比率の増大に伴い、電圧調整に必要な無効電力の供給量が不足したことが一因である。一方、東京エリアの停電は、猛暑により冷房需要が急増する中で、当時急速に普及し始めたインバータエアコンが予想を超えて系統電圧低下に影響したことによる。直接の原因は異なるものの、負荷側・供給側双方の特性変化に系統運用が追いつかなかったという点で共通しており、対策として電圧調整に必要な無効電力を供給する調整力をいかに確保するのかということも同様である。

スペインでの事例を受けて、無効電力の供給源や制御性の向上が検討されることになり、直流電源を系統に接続するためのインバータの制御性向上や同期調相機の導入などが検討されているが、実は東京エリアの事例の知見が大いに参考になるのではないか。

当時東電は、今も話題の同期調相機の導入を試みたが、火力など大型電源の励磁制御強化の方が圧倒的にコスパが良いことを経験したのである。

再エネを調整力として活用するための新式インバータの開発も行われているが、今のところ社会実装レベルには至っていない。「技術的には可能」という表現は、商用利用には乗り越えるべき課題が残っている、という意味と同義であることを理解しておく必要がある。(N)

【シン・メディア放談】総撤退の影響は甚大 三菱商事に問われる責任

〈エネルギー人編〉電力・石油・ガス

洋上風力撤退、メガソーラー批判などで再エネ機運が低下する中、メディアの在るべき姿とは。

―三菱商事が、秋田・千葉両県沖の3海域で進めていた洋上風力事業からの撤退を発表した。

石油 当初からあの入札価格ではもうかるはずがないと言われていた。ここ数年で事業環境が大きく変化したことは事実だが、見通しが甘かったと言わざるを得ない。先日行われた法定協議会で資源エネルギー庁は、制度を見直して速やかに再公募を進めるとしたが、商事が撤退した案件に手を挙げられる事業者はいるだろうか。朝日は社説で、「持続可能な制度の再設計が急がれる」としていたが、これも上っ面の指摘だ。事業撤退が与える影響をきちんと報道しているメディアがないのは残念だ。

ガス ラウンド2、3の事業者を含め国内の洋上風力はどこも厳しい状況で、商事の撤退も取り沙汰されていたが、総撤退は驚きだ。事業性はそれぞれ異なるだろうから、継続できる海域もあったはず。それでも全てから撤退したのは、地元対応を考慮した上での判断だろう。FIP(市場連動買い取り)転が正式に制度化されればもう逃げられず、その意味ではギリギリのタイミングでの意思決定だった。

電力 商事はもちろん、制度設計においても見通しが甘かった。容量市場や長期脱炭素電源オークションにも言えることだが、当時はデフレを前提としており、物価変動分をどう織り込んでいくかという視点が抜け落ちていた。価格に反映できないのであれば、制度でどう手当てするのかを示しておく必要があった。

―洋上風力全体の信頼を損ないかねない。

石油 入札した海域の自治体では一部投資が始まっていたわけで、撤退後にこれらの処遇をどうするのか。一度こうしたことが起こると、地元の協力は得にくくなるし、責任は大きい。商事の中西勝也社長は「地域共生策を継続したい」ときれい事を言っているが、撤退したら資金援助も許されないわけだから。

ガス 洋上事業が総崩れしないか心配だ。コストの問題はあるものの、再生可能エネルギーの容量拡大に最も寄与する洋上風力が立ち行かなくなれば、第7次エネルギー基本計画とも齟齬が生じてくる。国全体でサプライチェーンの構築を進め、事業環境を整備する必要がある。


メガソーラーは世論主導? 一貫性のある報道を

―釧路湿原周辺で進むメガソーラー建設計画に対し、地元団体や著名人を中心に批判の声が広がっている。

電力 感情論で議論が進んでいる印象。湿原一帯がパネルで埋め尽くされている光景はインパクトが大きい上に、最初に宇大々的に取り上げたのはネットメディアだったからそうなるのも仕方がないが。ただ、本来は規制区域の外で許可を得て進めているのであれば問題はないはずで、こうした観点から建設の事業性や妥当性が検証されるべきだった。一連の報道ではマスメディアが否定的な世論を助長しているだけに見えた。

ガス 北海道が森林法違反を理由に工事中止を勧告しており、その点については批判されても仕方ない。もっとも、これには「違反項目を後出ししてきた」との声もある。

石油 新聞はこの件をあまり取り上げていない。日経も、本紙での掲載はなかった。産経こそ大きく取り上げたが、読んでみればSNSの発信を後追いしたに過ぎず、現地取材に基づいて問題提起をするような内容ではなかった。千葉県鴨川市のメガソーラーについても取り上げているが、これもアルピニストの野口健氏の発信ベースだ。

―再エネを取り巻く状況が変わってきた。

ガス 以前はメリットばかりを強調するような報道が見受けられたが、コスト面など現実的な側面が語られるようになってきており、勢いやスピード感は落ち着いてきた。事業者としては、トーンダウンしている今のうちに技術開発や設備投資を進めておくのがベターだ。

電力 再エネ自体に後ろ向きの流れができてきている中で、左派系メディアのスタンスが変わりつつある。朝日も再エネを直接批判こそしないが、制度の問題点や実現性を指摘し出している。否定的な世論に迎合するのではなく、地に足のついた報道をしてほしい。

石油 右派系メディアの論調は一貫している。むしろ、これまで「右寄り」とされてきた主張が、いまでは中間的な立場に近づきつつある。

電力 同時に見直されてきたのが原子力だ。関西電力が美浜4号機の建設に向けて現地調査を再開できたのも、こうした流れがあってのこと。計画自体は以前からあったが、以前はとても実行できる空気ではなかった。今なら、地元でも大きな反対の声は出にくいのではないか。

―中間貯蔵施設では、中国電力が山口県上関町での建設を技術的に「可能」と判断した。

電力 関電は一昨年、「年内に県外で施設を確保する」と福井県と約束していたが、当初搬出先として検討が進んでいた青森県むつ市の中間貯蔵施設の共同利用は、当時の宮下宗一郎市長に反対されたこともあり、うやむやになっていた。ここにきて上関での建設が前進し始めたのは、関電としては大きい。

ガス 山口県としても、使用済み核燃料税などを考えればメリットがあるはずだ。

石油 いずれにせよ長年止まっていた話が動き出したわけだ。県がどう判断するか、注目だね。

―停滞してきた議論が活発になる中、メディアが世論形成に果たす役割もまた、問われようとしている。

【原子力】出費がかさむだけ 廃炉をこれ以上増やすな

【業界スクランブル/原子力】

わが国は福島第一原発事故の後、福島県の強い要請で東京電力が廃止した事故炉以外の6基に加え、他電力が11基を廃止した。その理由は、新規制基準対応の費用が莫大で市場で戦えず、残寿命の間に回収不可能との判断だった。

今日では長期脱炭素電源オークションが整備され、再稼働に必要な安全対策工事費は固定費回収対象として認められた。さらに60年超の運転が可能となり、投資回収が確実となって廃炉の必要はなくなった。停止中の施設管理を適切に実施しつつ、再稼働の準備を行えば良い。

そもそも、新規建設より既設炉の運転延長が安いのは明白だ。米国では廃炉を決めた炉の復活すら準備されている。廃炉は電気を生まず(収入を得られず)、出費がかさむだけだ。廃炉負担金が集められているが収入途絶の影響は大きく、電力会社が実際の廃炉工事の出費を抑えようとするのは当然で、消費者も電気料金の抑制は歓迎である。多数の廃炉は電力自由化の制度整備がずさんなために貴重な発電設備を失った政策上の失敗で、これ以上に廃炉を増やしてはならない。

しかるに、新潟県での柏崎刈羽原発の再稼働容認を巡り、先行炉の廃炉計画の表明を交換条件として厳しい態度を装う某市長の要求は、大きな間違いと言わざるを得ない。固定資産税収はもちろん、法人住民税・法人事業税・核燃料税収もその分減ってしまう。そして地元雇用を大きく損い、地元経済を悪化させる。市長としての見識が疑われるし、原発運転に対する同意権限を利用しており、国家にとって大きな損失で適切な対策が必要である。(T)

【石油】暫定税率廃止の奇策 時限的措置で時間稼ぎ

【業界スクランブル/石油】

9月7日、石破茂首相が辞意を表明した。いわゆるガソリン税の暫定税率について、8月に与野党で廃止に向けた具体的協議が始まったが、どう決着するか全く見えなくなった。任期中の決着を急ぐかもしれないし、新首相が決まってからの仕切り直しになるかもしれない。廃止自体は昨年末に合意されたものの、減税分の代替財源(約1兆円)をどう手当てするか決まっておらず、これが協議の中心的論点だ。決まれば、すぐにでも廃止できる。

野党側は、税収の上振れや特別会計の黒字の活用などを主張するが、与党側は景気や税収に左右されない「恒久財源」が必要と譲らない。物価対策として早急な廃止、国会対策も重要だが、他方、法律上は一般財源化されたものの、老朽化する国家インフラの維持管理財源は必要だし、EVからはガソリン税は取れないので、脱炭素時代にはガソリン税の代わりも必要だ。

こうした中、検討時間を稼ぐための与野党の〝休戦協定〟として、財務省あたりから出てきそうな解決策がある。

「暫定税率の暫定廃止」だ。租税特別措置法で1年か2年の期限を定め、暫定税率を廃止、その間に代替財源をじっくり検討する。当面は円安で企業高収益、株高は続くから税収上振れも続く。円高転換ができないなら、物価対策が必要だ。ただ、道路特定財源も暫定税率も、国土づくりのための田中角栄の知恵だった。その半分を止めるのだから、慎重な検討は必要だろう。

9月上旬のNHK世論調査では、暫定税率については「財源を検討したうえで廃止」が46%で「すぐ廃止」の32%より多かった。意外にも、世論は冷静だ。(H)

トランプ2.0と国際社会〈下〉 停戦交渉はどれも行き詰まり

【ワールドワイド/コラム】国際政治とエネルギー問題

原油価格(WTI)は9月上旬、62~65ドルで推移している。石油供給面では対露経済制裁の一環としてロシア産化石燃料の段階的廃止の可能性が大きく、先行き不安が払拭できない。そうした中で、国際政治にはウクライナ戦争とイスラエル・ハマスの停戦交渉が行き詰まりを見せている。

ウクライナ停戦に関しては、8月15日にアラスカで米露会談が行われたが、停戦に向けた協議は進展しなかった。その後、9月7日にロシアはこれまでで最大規模となるウクライナ各地への攻撃を行った。ロシアは、安価で製造できる無人機を大量に飛ばし、ウクライナの防空網を圧倒するとともに、迎撃ミサイルの備蓄を枯渇させようとしている。無人機の多くは実際にはおとりで、結果、7日にキーウの防空網は初めて破られた。

こうした展開を受けトランプ大統領は8日、対露制裁の第二段階に入ると述べ、経済的圧力を強める構えを示した。第二段階措置に関しEU(欧州連合)は10日、新たな対露制裁の一環として、ロシア産化石燃料の段階的廃止を加速することを検討していると明らかにした。EUは現在策定中の第19弾対露制裁の一環として、ロシアの化石燃料、影の船団、第三国の段階的廃止の迅速化を検討している。本措置に関しては9日未明に発生したロシアのドローン機によるポーランド領空侵犯も影響したとみられる。ロシアはNATO(北大西洋条約機構)の防衛態勢を試そうとしている。

一方、中東情勢においては9日、ガザ地区における戦闘の終結に向けて、トランプ政権が停戦と人質全員の解放を盛り込んだ新たな停戦案を提示した。新提案ではハマスは停戦初日に人質全員を解放し、イスラエル側はガザ市への攻撃を停止し、刑務所に収容しているパレスチナ人を釈放した後、米国の監督の下に戦闘の終結に向けた協議を行うとされた。この提案に対しハマスは受け取ったとの声明を出したが、その矢先、カタールのドーハで9日、イスラエル軍はハマスの指導部を狙った作戦を実行した。イスラエルのネタニヤフ首相はハマスの指導部メンバーが2023年10月にイスラエルを奇襲した作戦に責任があると主張。首相府はハマス指導者らに対する行動はイスラエルによる独立した作戦だったと発表した。

両国の仲介に当たってきたカタール政府は、イスラエルの攻撃は明白な国際法違反であるとの声明を出し、同国を強く非難した。さらに、イスラエルは10日、イエメンの反政府勢力フーシの拠点を標的とした空爆を行った。周辺諸国からはイスラエル非難が相次ぎ、国連の安全保障理事会の全ての理事国は11日、9日のドーハ攻撃を非難し、カタールへの連帯を表明する声明を出した。

こうした展開は、ディールを手法とするトランプ外交の破綻を意味しているように見えるが、停戦を求めていないロシアやイスラエルの対応から考えれば、当然の帰趨であろう。両国を交渉の席に着かせるには、第二段階措置(経済制裁)の効果に期待するほかないのだろうか。

(須藤 繁/エネルギーアナリスト)