【コラム/12月11日】ETS導入は延期すべき GXはDXに転進を
世界は脱・脱炭素に向かう 米国はもとより欧州でも終焉へ
世界を見回しても、もはや脱炭素は潮流などではない。完全に逆である。脱炭素は終焉に向かっている。世界第1位の排出国である中国は、23年の1年間だけで5000万kWの石炭火力発電所を運転開始させている。5000万kWといえば、日本の全ての石炭火力発電所を合計した設備容量に匹敵する。排出量第2位の米国はパリ協定から離脱して、化石燃料利用を国家安全保障の重要な柱に据えている。このことは先日公表された国家安全保障戦略文書に明記してある。排出量第3位のインドはロシアからの石油の購入を止めず、また石炭火力発電所の新設を進めている。排出量第4位はロシアだが、ロシアが石油やガスの採掘を自ら減らすなどということは全く考えられない。ロシアの経済、そして軍事力は石油とガスで賄われているからだ。
日本の排出量は世界で第5位であり、その排出量はわずか3%である。日本より排出量の多い大国がCO2を増やし続けているときに、なぜ日本が経済自滅的なCO2削減をしなければいけないのか。
しかも、日本がCO2を削減しても地球環境にはほぼ何の影響もない。今から日本が年間10億tのCO2排出量を50年までに直線的にゼロにすれば累積125億tのCO2削減になるが、これによる気温の低下は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が公表している過渡気候応答の数字を使って計算すると0.006℃に過ぎない。
ヨーロッパにおいてすら、もはや脱炭素(ネットゼロ)は終焉に向かっている。温暖化防止国際会議・COP30において、EUはNDC(国別目標)を提出することができなかった。東欧諸国などが抵抗したからである。
国ごとに見ても、いずれも人気の高いイタリアのメローニ政権、ハンガリーのオルバン政権は、EUが規制を強化しようとするたびに反対している。
英国、ドイツ、フランスにおいても、もはやネットゼロへの反対勢力の方が強くなっている。
英国では政権与党である労働党の人気は地に堕ちている。支持率が30%程度とダントツでトップの改革UKは「スクラップ・ネットゼロ(ネットゼロ撤廃)」と綱領に書いている。支持率を20%弱で労働党と競う野党保守党も、やはりネットゼロの廃棄を明確に政策文書に記している。英国の次の総選挙は29年1月までに実施されることになっているが、労働党が政権を失い、改革UKまたは保守党が勝って政権を取る可能性は極めて高い。つまり英国はネットゼロを放棄する政権に変わる。
ドイツでも、CDUとSPDからなる今の連立政権の人気は極めて低い。今、支持率トップはAFDである。AFDもネットゼロに反対する立場を明確にしている。共同党首アリス・ヴァイデルは、演説のたびに移民問題とネットゼロの問題を取り上げる。再生可能エネルギーの導入に強く反対し、「恥の風車」を無くせと述べている。英国でもドイツでも、光熱費が高くなったことに国民は怒っている。ガソリン車の禁止などの規制にも怒っている。
ドイツの総選挙は29年に予定されている。今のままならAFDが圧勝するだろう。そうなれば、これまでAFDとの連立を拒んできたCDUも連立に参加せざるを得なくなる。AFDが政権を取るならばドイツもネットゼロを放棄する。
フランスではマクロン政権がネットゼロを推進してきた。だがマクロン政権は極めて支持率が低く、指名した首相は次々に辞任に追い込まれている。最も有力な野党はマリーヌ・ルペンらが率いる国民連合であるが、やはりネットゼロに否定的である。フランスでは制度上、大統領の選挙は27年の4月か5月ごろまでに実施することになっているが、次の大統領は国民連合から出る可能性がある。そうなればフランスもネットゼロをやめるだろう。
英国、ドイツ、フランスのいずれも、現政権は、寛大な移民受け入れ、DEI(多様性・公平性・包括性)、ESG(環境・社会・統治)、ネットゼロなど、あらゆる左翼的政策を進めてきた。だが国民はこれにうんざりしている。これはトランプ政権が誕生した米国とよく似た状況だ。つまるところ、普通の国民は普通の暮らしをしたいだけなのだ。男は男、女は女。自分の街に、どこの誰だか分からない人々が押し寄せることを嫌がる。ガソリン車に普通に乗りたい。安い光熱費で済ませたい。ただ普通に生きたいだけである。トランプは自らの政策を「常識革命」と呼んでいるが、欧州の右傾化と呼ばれる現象も、実態としてはほぼ同根のものだ。
早ければ26年にも、欧州での右傾化、つまり常識革命は一気に進むかもしれない。きっかけとなり得るのはウクライナの敗戦である。ゼレンスキー政権は全ての失地の回復を勝利の条件と定義しているが、実現の見込みはほとんどない。むしろ26年にも、トランプ政権が提示した28か条の提案に近い形で停戦となる可能性が高い。すなわち東部4州とクリミア半島はロシアの支配下に入り、残るウクライナには冷戦期のフィンランドのような新ロシアの中立政権が成立する。ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)にもEU(欧州連合)にも入らない。このような停戦が成立しないならば、ロシアはさらに軍事圧力を強め、ウクライナの土地も人員もさらに失われていくだろう。
ウクライナの敗戦が明らかになれば、これまで戦争を指導してきた英国、ドイツ、フランスの政権は責任を問われる。ただでさえ支持率が低迷するこれら政権は、もはや持ちこたえられない。いずれかの国で政権崩壊が起きる可能性は高い。そうなれば28年や29年を待たず、26年にも英独仏の一角が崩れる。右派政権が誕生すれば、米国と共にロシアとの国交正常化に動く一方で、ネットゼロは放棄されるだろう。
20年誕生の菅政権以来、岸田政権、石破政権と3代続けて日本は脱炭素を推進してきた。初めは抵抗勢力だった経産省が、官邸の圧力の下、脱炭素を推進するようになり、今や最大の利権を有するようになった。すなわち23年5月にGX法が成立し、外郭団体としてGX機構ができ、国債を発行して補助金を支給し、その償還のためにETSと化石燃料制度を導入する。外郭団体を新設し、特別会計を持ち、国民からお金を徴収し、それを補助金として配る。役所的には百点満点のスキームなのだろうが、問題は国益を損ねていることだ。
経産省は「脱炭素の流れは変わらない」と言い続けている。しかし根拠はない。言い続ける最大の理由は、自らの誤りを認められないという、日本政府の昔ながらの体質である。


