【コラム/12月11日】ETS導入は延期すべき GXはDXに転進を

2025年12月11日

火力の活用なしにAI競争勝てず 政策の看板かけ替えを

米国はいまAIブームに湧いている。米国の電力消費は日本の4倍程度だが、今後10年間でさらに日本丸々1つ分、約1000TW時(1TW時=10億kW時)の電力需要が増えるという。米国の発電の主力は天然ガスであり、AIによる需要爆発も8割方がガス火力で賄われる見込みだ。ペンシルバニア州などではトランプ政権肝入りでガス火力を主力とした電力インフラとデジタルインフラの一体開発が進んでいる。

中国でも米国に次ぐ規模でデータセンターが建設されている。中国の電力は依然として石炭火力が6割を占め主力である。次々に新設されていることも前述の通りだ。つまり米国と中国は、化石燃料による安い電力で熾烈なAI開発競争を制しようとしている。

翻って日本はどうか。新しい電源整備はGX電源を使うという計画になっている。だが原子力発電所の再稼働はよいとしても、それだけでは需要増に追いつかない。そして再生可能エネルギーでは安価で安定的な電力など望めない。現実的にはまずは既存の火力発電所を、次いで新設の火力発電所を使うべきであることは明らかだ。しかし日本政府は石炭火力にペナルティを課し続けてきた。加えてETSによってこれが一層ひどくなる。現実を見れば、日本も石炭火力・LNG火力を活用するしか短期の電力需要爆発を支える手段はない。だが現行のGX計画はこれを阻害している。これでは日本はAI競争にも敗北する。

日本政府の癖で、前任者のやったことは否定できない。だが昔から「撤退」はできなくとも「転進」はできる。その転進策を提案するならば、「GXからDXへの移行」がある。看板をかけ替えて、中身も変えるのである。

現在のGXには2つの要素がある。「悪いGX」はコスト要因であり、再エネ、水素、CCS、アンモニア、EV、非経済的な省エネなどである。これを止める。「良いGX」は経済成長に資するものであり、原子力とDX、それに経済的な省エネである。これは推進する。法律や組織などの名称はことごとくGXからDXに変える。新生のDX法とDX機構との目的は「安価で安定的なエネルギー供給によってデジタルをはじめ日本の産業振興を支えること」とすればよい。

ETSなどのCO2規制強化は、ただちに1年間延期すべきである。その間に、安価で安定的なエネルギー供給に資するGXからDXへの転進の在り方を検討する。そうすればETSは結局、導入中止となるであろう。他にも、石炭火力の省エネ規制強化や電力小売りへの非化石比率義務の60%への引き上げなどの、経済抑圧的な規制は撤廃されることになるだろう。

かつて日本の対米開戦を決めた大東亜戦争の指導者たちは、ヒトラーの欧州での快進撃に酔い、ドイツが英国を制圧し、ソ連を屈服させるという想定の下、日本が米国と戦っても敗北しないというシナリオを描いた。しかしドイツはソ連で敗れた。日本も、真珠湾攻撃の半年後にミッドウェーで大敗した時点で、もはや敗色が濃厚であった。それでも指導者たちは誤りを認めず、敗けをひた隠しにし、国民を欺いて戦争を続け、日本は焦土と化した。

世界の情勢も、技術の進歩も、予想通りにはならず、ましてや願った通りになどならない。何年も前に決めた方針を変えられず、そのまま突き進み、国民を奈落の底に突き落とすことはあってはならない。今のままでは、後年「あの時の経産省の指導者はなぜ国を誤ったのか」と責任を問われることになるだろう。そしてそれは、そう遠い将来ではなさそうだ。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。近著に『データが語る気候変動問題のホントとウソ』(電気書院)最近はYouTube「杉山大志_キヤノングローバル戦略研究所」での情報発信にも力を入れる。

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