【コラム/1月5日】日本はカーボンニュートラルで何を目指すのか?

2021年1月5日

福島 伸享/元衆議院議員

菅首相が10月26日の所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」とぶち上げて以降、にわかに「カーボンニュートラル」すなわち温室効果ガスをネットでゼロにすることがブームになっている。日本人の特性なのかもしれないが、こうして一斉に同じような方向を向いて多くの情報が流れてくる時こそ、冷静に現実を見据えなければならない。

まず第一に、日本がカーボンニュートラルを目指す目的を明確にしなければならない。言うまでもなく、1992年の気候変動枠組条約の採択によって国際的に温室効果ガスの削減に取り組む取り組みが始まり、1997年の京都議定書、2015年のパリ協定によって削減に向けた具体的な枠組みが定められているが、これらの条約交渉の過程で繰り広げられたのはまさに国益と国益のぶつかり合いであり、自国がいかに利益をあげられるかという観点から国際ルールや枠組みが作られてきた。言い換えれば、国際ルールや枠組みという土俵をうまく利用して、自国産業が利益をあげることを目指してきた。学校の校則のように、単にルールを守ればいいというものではないのだ。

今、世界中で再生可能エネルギーなどカーボンニュートラルに関連する新たな産業が勃興しているが、これらは京都議定書以降に作られた国際ルールや枠組みという土俵の中の競争であり、風力発電やグリッド技術など多くの分野ですでに日本は欧米各国のみならず中国などの新興国にも大きく遅れを取っている。技術や産業のみならず、石炭火力の位置付けなど規制や制度の分野でも、ドッグイヤーの世界のエネルギー政策の分野で周回遅れとなっている。菅総理は、所信表明で「世界のグリーン産業をけん引」などと言っているが、井の中の蛙か厚顔無恥でない限り、こんな恥ずかしいことを総理に言わせる原稿は書けないだろう。

 だから、私は、カーボンニュートラルを掲げるのであれば、今の世界の中の日本の位置や現実を冷静に見つめた上で、2050年までに一体今の状況から日本の産業構造やエネルギー供給構造をどのようなものにして、それが世界の中でどのような位置を占めるものになるのか、政策目的を明確に示すべきであると言っているのである。

 その第一歩になるのかどうかわからないが、12月8日に閣議決定された第三次補正予算では、コロナ禍に対応する喫緊の財政需要があるにも関わらず、「グリーン社会の実現」という項目で目玉政策として大盤振る舞いがなされている。しかし、その中身を見てみると、「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発事業」などの旧来型の政府主導型技術開発予算や、各省ごとの「海事・港湾分野のカーボンニュートラルの推進」、「畜産バイオマス地産地消対策」「産業・業務部門における高効率ヒートポンプ導入促進事業」といった補助的事業の羅列である。この30年間にすでに失敗したか、成果の見られない政策の延長の先に一体何が生まれるというのか。

 カーボンニュートラルの実現とは、国際ルールや枠組みを利活用した自国産業の発展である。それを実現するための政策は、たとえば膨大なグローバルマネーを活用した民間による技術開発や世界的な企業のアライアンスを促進するための環境の整備であり、あらたな科学技術をいち早く社会において活用するための前例にない社会的な規制や制度の創設である。総合的な戦略の下、それらの政策を相互に結び付け、自国に有利な土俵を作るための国際交渉を行うことこそが政府の役割である。平成の30年間に、ITだバイオだと惰性で繰り広げられ成果を上げてこなかった政策の延長に、日本の未来は何もない。2050年に、日本の温室効果ガスの排出は著しく減ったけど、日本の産業も著しく衰退して、アジアの二流国になっていたということにならないようにするためには、相当な危機感をもってこれまでの政策体系そのものを転換し、政策立案の仕方そのものも変えなければならない。残念ながら、これまでの菅総理の言動や政府が打ち上げられる政策からは、そのような兆しは見えない。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。