【SNS世論/5月21日】エネルギー代補助金の議論はなぜ盛り上がらないのか!?

2025年5月21日

石破茂首相は4月22日、物価高対策としてガソリン価格の段階的10円値下げ、また7~9月の電気・ガス料金の引き下げを表明した。いずれも補助金によるが、こうしたエネルギー代補助金の累計は12.5兆円の巨額になる。SNSで調べる限り、政権与党への感謝や高評価には結びついていない。一方で、その補助金の負の側面についての意見や分析も少ない。巨額の税金が投入され、さまざまな問題を内包しているのに、SNS世論が静かになっている。

累計12・5兆円の巨額支援

電気・ガス料金の補助は今年3月まで止めては2回復活し、今回が4回目だ。ガソリンの補助(灯油、軽油も含む)は2022年1月に開始され、一時的措置のはずが継続されている。東京電力福島第1原発事故の後で、電力とエネルギーの自由化が政治主導で進み、エネルギー価格は市場の働きに任せることになったはずだ。また脱炭素は国策となり、政府はエネルギーと化石燃料の使用抑制を国民に求めてきた。それなのに、その使用が値下げでうながされる。一連の補助金はこれまでの政策と矛盾する。しかも、いま原油、天然ガス、石油といったエネルギー資源価格は高騰しておらず、落ち着いた水準で推移している。率直に言って、高騰していないのだ。

武藤容治経済産業相は5月20日の閣議後会見で、ガソリン代補助を巡る問題への見解を問われ、次のように回答している。「足元では原油価格が低下傾向にあります。この従来の支援方式では、補助額はゼロとなっておりますけれども、新たな支援策であれば価格を低下させることができ、物価高に苦しむ国民の皆さんの負担軽減につながると考えております」、下落傾向にあるのに支援するという、よく考えれば意味不明。物価高対策であれば、エネルギーではなく、別の形で生活支援を行うべきではないか。

こうした状況にもかかわらず、代表的なSNSであるXとLINEで「ガソリン補助金」「電力補助金」などの言葉を検索しても、数日に一回ぐらいしか出てこない。あまり話題になっていない。政府や与党が狙う、国民からのばらまきによる支持の拡大効果もほとんどなさそうだ。

複雑な問題をメディアはスルー

私たち庶民の生活からすると、エネルギー価格の抑制は生活のプラスになる。けれども諸物価の上昇の中で、この補助金は目立たなくなってしまった。電力・ガス料金は、たいてい通帳からの引き落としで負担が目に見えづらい。これまで据え置き目標の全国平均ガソリン価格は1リットル170円だった。コロナ流行中の2020年には、リッター120円前後だった。それと比較してしまうと高い。だから満足感はなかなかでないのだろう。

SNSである問題の議論が盛り上がる場合には、きっかけとなる既存メディアの報道があることが多い。しかしメディアも、このエネルギー補助金について熱心に報道していない。これは短期的には国民の負担を軽減する政策だが、長期的にはこれまでの政策との矛盾(エネルギー小売り自由化政策との矛盾、カーボンニュートラル・省エネ政策との矛盾など)のほか、日本の財政負担の増大など、問題を考えるさまざまな論点がある。そして立場ごとに評価が異なる。複雑で報道が難しい問題であるために、メディアもあまり動かないのかもしれない。

いつもは政府批判に熱心な朝日新聞だが、この問題では歯切れが悪い。社説「経済政策の迷走 必要性の見極め怠るな」(25年4月19日記事)では、この巨額補助金を「理由と財源を明確に説明する責任がある」と一文だけ言及したが、解説記事は薄いものばかりだ。

産経新聞「新聞に喝! 12兆円超のエネルギー巨額補助金 検証報道がないままだと次の無駄遣いの呼び水に」(5月18日)では、新聞・メディアが深掘り報道をしないことを批判した。この記事をめぐって「12兆円も?」などという、驚きのコメントがSNSで一時的に広がったが、一過性で関心は終わってしまった。普通に考えれば、12.5兆円という税金はとてつもない規模であるにもかかわらずである。参考までに、国のエネルギー特別会計の年間予算総額が約1.9兆円という現実を踏まえれば、その規模の異常さが分かるだろう。

技術革新でなく、ばらまきに広がる戸惑い

筆者はエネルギー業界の片隅にいるが、このエネルギー補助金のおかげで需要が下支えされ、石油会社をはじめエネルギー各社の決算は好調だ。個人的には最近は行き当たりばったりのエネルギー自由化に振り回され、この補助金で会社の経営はようやく一息つけた感じがある。しかし「国の補助金で助けてもらっていいのだろうか」という思いもある。周囲の人からも「儲かっていると大きな声で言えない」と、戸惑いの声が聞こえる。

かつて1970年代の日本ではオイルショック、そしてインフレに直面した。その際に日本政府とエネルギー業界は、省エネ、新エネの技術革新に取り組み、それに金を使った。ばらまき補助金ではなかった。このエネルギー補助金は、適切なのかと、私たちのエネルギー業界人は複雑な思いや感想を抱えている。それをSNSで表明したくても、業界や会社に迷惑をかけそうなのでなかなか表に出せない。代弁者を探しているのだが、なかなかいない。

短く、センセーショナルな映像や文書が、SNSでは好まれる。このために、エネルギー補助金のような複雑な問題は、話題になりづらい。また問題を分析できて、それを広げることができる人も足りない。アメリカでは、ネットには専門家がサイトを開設しそれがSNS世論を深いものにしているという。エネルギーや気候変動問題では、そうした場での議論が社会や専門家、時には政府に影響を与える。

SNS世論の成長と深まりに期待

日本ではまだそうしたネット言論の裾野が狭い。日本ではエネルギー系ユーチューバー「電気予報士 なな子のおでんき予報」を運営する伊藤奈々さんが頑張っているが、数は少ない。SNS世論の足りなさを補うべき立場にある、日本のメディアは深掘り報道が少なく頼りない。ちなみに、エネルギーフォーラムでは最近開設したYouTubeチャンネルで、「ずんだもん」がエネ代補助金の問題を分かりやすく解説する動画を掲載している。

SNSでの言論は、可能性に満ちている。しかし複雑な問題を集合知で解析する、そして答えを見つける、世論を引っ張るなどの力はまだ乏しいようだ。今回のエネルギー補助金の検証でそれを感じてしまった。健全な世論が、ネット発で作り出すことを期待したい。それが健全に発展すれば、12.5兆円をばら撒いた、今回のエネルギー補助金のような、さまざまな問題を持つ無駄遣い政策は起きづらくなるだろう。