【特集1まとめ】バイオエタノールの総力戦 運輸部門CNレースで勝ち残れるか


トウモロコシやサトウキビなどの植物を原料とする「バイオエタノール」が、
運輸部門のカーボンニュートラルの現実解として再び脚光を浴びている。
これまで主流だったEV(電気自動車)は、全世界で普及速度が鈍化。
エネルギー密度が高く運搬性や貯蔵性に優れる液体燃料の優位性が見直される中、
合成燃料「eフュエル」の商用化は2030年代前半まで待たなければならない。
そこで、既に製造技術が確立し製造コストもeフュエルに比べ安価な
バイオエタノールに白羽の矢が当たった形だ。
とはいえ、安定調達や燃料品質、供給インフラの整備、車両対応など、
社会実装に向けてはさまざまな課題が立ちふさがる。
政府、石油業界、そして自動車業界―。
バイオエタノールの導入実現に向け、官民一体の総力戦が幕を開けた。

【アウトライン】世界からの遅れ取り戻せ 官民を挙げた導入拡大策が始動

【レポート】「第2世代」で公道を走行 福島で動き出した燃料の未来

【レポート】輸出拡大で熱量上がる米国 日本はメリット享受できるか

【レポート】「食料か燃料か」から「食料も燃料も」へ 課題を克服する技術開発に注力を

【座談会】キーパーソンが語り合う バイオ燃料の将来像

【特集1】「食料か燃料か」から「食料も燃料も」へ 課題を克服する技術開発に注力を


バイオエタノールの大量生産には、トウモロコシやサトウキビといった農作物が欠かせない。
反対派が主張する「食料か燃料か」の懸念に、どう向き合うべきだろうか。

【レポート:本間正義/アジア成長研究所特別教授 東京大学名誉教授】

バイオ燃料への関心が高まっている。1970年代から高騰する石油に代替するエネルギーとして導入され、特に米国では、2007年にブッシュ大統領(当時)が中東に依存する石油の比重を下げ、10年間でガソリン消費量を20%削減するとの目標を打ち出し、トウモロコシ由来のエタノール生産に拍車がかかった。

しかし今日では、代替エネルギーとしての価値を超え、脱炭素という喫緊の気候変動対策の一環として注目されている。ガソリンに混合することで化石燃料の消費を抑え、それによりCO2を削減する取り組みは世界中で行われている。電気自動車(EV)の普及にはまだ時間がかかると見られ、その間に果たす役割は小さくない。日本を含むバイオ燃料の普及と混合率の拡大は大きな意義がある。

さらに、巨大な市場である航空機燃料への導入の動きが加速している。航空機の燃料は「持続可能な航空燃料(SAF)」に置き換わりつつある。現在、製造方法として確立しているのは、腐食油などを原料にする技術だが、腐食油の供給は限られている。原料として潜在的供給量が多いと見られているのが、米国・ブラジル産のバイオエタノールである。

特に、トウモロコシやサトウキビから生産されるバイオエタノールを脱水・重合し、水素化処理を経て製造する「Alcohol to Jet(ATJ)」の技術が注目され、バイオエタノール生産の活発な米国・ブラジルで大規模生産事業が立ち上がっている。米国では自動車用ガソリンのエタノール混合が停滞していることもあり、ATJに対する期待は大きい。

食料と競合するのか

【特集1】「第2世代」で公道を走行 福島で動き出した燃料の未来


福島県では地元で生産した原料でバイオエタノール製造が行われている。
実用化に向けた一歩を踏み出したが、第2世代ならではの課題が立ちはだかる。

トウモロコシやサトウキビ、大豆など食用作物由来のバイオエタノールを「第1世代」と呼ぶのに対して、非加食植物や廃木材などを原料にしたものは「第2世代」と定義されている。この研究・製造を行う施設が福島県大熊町の「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合」、通称ラビット(raBit)だ。国内の自動車メーカー5社に加えて、ENEOS、豊田通商が参画している。

ラビットが製造するバイオエタノールの原料は、隣接する浪江町で栽培した「ソルガム」というイネ科の穀物。多くは家畜の餌や農地用の肥料として用いられている。

2022年に設立されたが、今年10月13日に一つの節目を迎えた。製造したバイオエタノールを燃料として、E10・E3対応の自動車5台とバイク1台が福島県の公道を100km走行したのだ。中田浩一理事長は「トラブルを経験しながら、よくここまで来られたなと感動している。理屈では分かっていても、実際に公道を走ることで『やれる!』と再確認できた」と笑みを浮かべた。ラビット製造の第2世代バイオは、来年の全日本スーパーフォーミュラ選手権の燃料としても使用される予定だ。

副産物をどう活用するか CO2は合成燃料の原料に

ただ、第2世代ならではの課題がある。第1世代と異なり、原料の前処理工程として、酸・アルカリ・蒸気爆砕などでセルロース構造を破壊しなければならない。この工程はエネルギー消費量が多く、コスト増の要因となっている。その後、セルラーゼなどの特殊酵素でセルロースを糖に分解する必要があるが、セルラーゼはコストが高く、酵素の吸着ロスや反応効率の低さもハードルだ。

副産物として、バガス(繊維質の搾りかす)、リグニン(木質成分)が発生することも第2世代の特徴と言える。バイオマス燃料や飼料としての再利用を検討中で、中田氏は「コストを下げるためには、副産物の価値を高める必要がある。基礎研究を進めていきたい」と展望を語った。また発酵過程で発生する高濃度のCO2は、将来的に合成燃料(eフュエル)の原料として活用する予定だ。

地域資源・脱炭素・技術革新の融合モデルとして先進的なラビットの取り組み。いつの日か、給油所で「福島産バイオエタノ―ル」の看板を見る日がやってくるかもしれない。

発進式でのテープカット

【特集1】輸出拡大で熱量上がる米国 日本はメリット享受できるか


米トランプ大統領は、穀物由来の自国産バイオエタノールの売り込みに躍起だ。
その裏にある政治的背景に迫り、受け入れ側の日本が取るべき道を探った。

【レポート:石井孝明/ジャーナリスト】

米国は穀物由来のバイオエタノールの世界最大の生産国だ。同国内では自動車向けの混合燃料として普及している。トランプ大統領はこの輸出拡大を目指し、トウモロコシ生産者など関係者はそろって日本への期待感を示す。その熱意は、様子見姿勢の日本側と対照的だ。

自ら動くトランプ氏 関税交渉の重要テーマ

米国の農業は国際的に競争力があり、国内にも強い影響を及ぼしている。その農家の動きを気にしてか、トランプ氏はバイオエタノールの輸出拡大に自ら動いている。2月の日米首脳会談では、自ら議題にして記者会見でも言及。各国との関税交渉でも売り込んだ。

米国の発表によると、9月にまとまった日米関税合意で日本は米国の農作物、バイオエタノール、SAF(持続可能な航空燃料)などの製品を80億ドル(1兆2000億円)購入することになったとしている。ただし、具体的な内容と期日は決まっておらずあいまいなままだ。国の規模が大きい日本でいまだにバイオエタノールが普及していないことから、その結果が注目されている。米国の関係者は、日本での販売拡大の好機到来と売り込みに積極的だ。

9月8日には、「米国バイオエタノール供給カンファレンス」が都内で開催された。日米のビジネスに関わる約300人が集まる盛況ぶり。講演したネブラスカ州知事のジム・ピレン氏(共和党)は、農家として生産したトウモロコシなどを日本に輸出していた経験を持つ。

「日本とのビジネスで裏切られたことはない。私たちは信用できる人とつながりたい。ネブラスカの農作物とバイオエタノールが日本で使ってもらえれば、それで両国の関係は一層深まる」と、双方にメリットがあることを強調した。

また、トウモロコシとそれを原料とするバイオエタノールの生産地であるアイオワ、イリノイ、ネブラスカの米国中西部各州の農業団体の関係者も登壇した。彼ら全員が農業団体の活動をしつつ、農家でもある。いずれも精力的な経営者という印象で、米国の農業が優秀な人材によって支えられているとの実感を抱いた。彼らは、「友好国日本の皆さまに、安心してわが州の穀物とバイオエタノールを使ってほしい」と、口々に述べた。

ただし、バイオエタノールに関しては、同国の共和党、民主党が農家の支持獲得で競い合う、政治的に複雑な背景がある。

筆者は今年6月、米国中西部の産地、そしてワシントンで、バイオエタノールビジネスに関わる人々を取材した。そこでトウモロコシ生産者のロビイストの話を聞いた。ロビイストとは米国の制度で、政府の認定の下で、PRや議員への陳情、政策作りを行う人々だ。

この人物によると、これまでの民主党政権と同党の政治家は「脱炭素」を支援した。だが現在の政権と、上下両院の多数派を占める共和党の政治家の大半は「クリーンエナジー推進に反対、化石燃料が好きだ」という。業界側は「バイオエタノールで農家のために新しく市場を広げ、収入を増やそう」と陳情のポイントを変え、政権もそれを受け止めた。「トランプ大統領は農家を愛している。連邦政府が負担をせずに農家の利益になることなら、何でもする。日本へのバイオエタノールの売り込みのお願いは、トランプ政権中は続くだろう」と断言していた。

だが一方で、中西部選出の民主党所属の連邦議員スタッフが指摘したのは、トランプ政権が合理化の名目で中西部の諸地域での農家支援プログラムを次々と停止しているという現実だ。「エタノールの輸出拡大は支援するが、攻撃的な関税交渉を重ねるため、農作物輸出の先行きを見通せなくなっている」と言い、「トランプ氏は衝動的に行動するので農家は不安に思っている。日本との通商交渉も注視したい」と、不満をにじませた。

どの国でも野党は政権のミスを攻撃するものだが、バイオエタノールを巡る問題は、米国の農家の関心が高いために政争の材料になりやすいのだろう。この米国内の問題に日本政府と石油業界は意図せずに関わり、日米外交で重要な責任を負うことになってしまった―というわけだ。

トランプ政権は同盟国への配慮なく自国の利益を優先する。もし日本が「約束を破った」などと勝手に大統領に認定されれば、激しい批判を浴びかねない。

トランプ大統領自らがバイオエタノールを売り込む
提供:AFP=時事

【特集1】世界からの遅れ取り戻せ 官民を挙げた導入拡大策が始動


国内CO2排出量の2割を占める運輸部門の対策は、2050年カーボンニュートラル実現の絶対条件だ。
その一つの手段としてバイオエタノールを社会実装しようと、官民を挙げた取り組みが始まっている。

バイオ燃料の一種であるバイオエタノールは、燃焼時に発生するCO2を原料であるトウモロコシやサトウキビといった植物が生育過程で大気や土壌から吸収するCO2と相殺することで、「カーボンニュートラル(CN)な燃料」として位置付けられている。これをガソリンに混合して使用し、自動車由来のCO2排出量を削減できるというわけだ。

既に海外では、ガソリンへのバイオエタノール混合利用が活発に進んでおり、混合率10%の「E10」が多くの国で導入済みであるほか、特にインドでは2025年までに全土で「E20」、ブラジルでは30年までに「E30」の実現を目指すなど先駆的に取り組まれている。

出遅れ感がある日本だが、資源エネルギー庁が昨年11月に「バイオエタノール導入拡大に向けた方針」を取りまとめ、30年度までに最大混合率10%(E10)、40年度以降に同20%(E20)の低炭素ガソリンを供給する目標を示し、導入拡大へとかじを切った。

今年6月には「アクションプラン(行動計画)」を策定し、30年度のE10本格展開を前に、28年度をめどに一部地域で先行導入することなどを明記。アクションプランを官民一丸となって実行することで課題を洗い出し、必要な投資や政策の実行につなげ、供給規模の早期拡大を図る狙いがある。

図1 各国のバイオエタノール混合率
出典:アメリカ穀物バイオプロダクツ協会

【特集1】キーパーソンが語り合う バイオ燃料の将来像


第7次エネ基でバイオエタノールの導入目標が示され、官民の動きが活発に。
インフラ整備や合成燃料との共存など、課題と将来像を官学民の4人が議論した。

【出席者】:東 哲也(経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料供給基盤整備課長)、大立目 悟(ENEOS 次世代燃料部長)、近藤元博(愛知工業大学 総合技術研究所 教授)、林 倫(日本自動車工業会 環境技術・政策委員会 燃料・潤滑油部会 部会長)

左から近藤氏、大立目氏、林氏、東氏

―第7次エネルギー基本計画でバイオエタノールの導入拡大目標が示されたことで、議論が本格化している印象です。

近藤 エネ基で運輸分野における脱炭素の取り組みとしてバイオ燃料の導入が示され、脱炭素燃料政策小委員会で2030年度までに最大濃度10%、40年から同20%の低炭素ガソリンの供給を開始するといった目標が明記されたことで、バイオエタノールを取り巻く状況は大きく変わりつつあります。今年6月にはアクションプランも示され、官民連携の基盤が整ってきています。

 カーボンニュートラル(CN)達成には、液体燃料の低・脱炭素化は極めて重要です。EV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)など多様な技術を並行して進めるマルチパスウェイの考え方に沿って、排出削減コストの小さい手段から段階的に導入していくことが現実的です。その点、バイオエタノールは早期に社会実装できる有力な選択肢と言えます。

大立目 供給側から見ても、エネルギー効率を踏まえれば、水素製造や水素とCO2を反応させるなど変換工程が多い合成燃料(eフュエル)へ一足飛びに移行するのは難しく、バイオエタノールをCN移行期の打ち手に位置付けるのが自然です。現状、供給量・コストともにバイオエタノールに分があります。

ただ、これまで日本では既存インフラを活用しやすいことから、石油由来のイソブテンを混ぜたETBE(エチル・ターシャリー・ブチル・エーテル)を使用してきました。こうした経緯も踏まえつつ、さらなる低炭素化を追求して直接混合の検討が始まったわけですが、将来的にどの方式を主流とするかは慎重な見極めが必要です。

 日本自動車工業会としてはマルチパスウェイを前提としていますが、当面の現実的な液体燃料での低炭素化という点では、ガソリン系で言えばバイオエタノールが中核を担う技術となります。国内の自動車メーカーはE10、E20に対応する技術力を有していますし、3%までなら全ての既存車に、すぐにでも使用することができます。CO2削減効果の即効性という点でも、積極的に導入を進めるべきだと考えています。

供給面では市場規模の小ささが懸念 投資環境の整備が不可欠

―社会実装に向けて、具体的にはどのような課題がありますか。

 自動車メーカーにとっての課題は、まずエタノールに対応するための部材変更です。エタノールは腐食性や溶解性が高く、これに耐える素材や表面処理を採用する必要があります。発熱量なども異なるので、燃焼制御の変更が必要な場合もあります。足元ではメーカーごとに車両の販売戦略が異なり、対応状況に差があるため、国内全体としてはE10認証を取得しているのは、現在は新車販売の約4割程度です。ですが、時間さえ確保できればどのメーカーもE20まで技術的に対応可能であることを確認していますし、自工会として引き続き対応を推進していきます。

大立目 ①供給量の確保、②インフラ整備の構築―の二点が主な課題として挙げられます。まず供給量ですが、世界のバイオエタノールの生産量は約1億3千万㎘で、そのうち国際市場に出回っているのは600万~700万㎘と全体の5%程度にすぎません。日本のガソリン消費量の1割を代替するだけでも年間で440万㎘程度の供給が必要ですから、これだけでもマーケットに影響を及ぼしかねません。市場の動向を注視しながら、供給を安定化させることが重要です。次にインフラ面ですが、受け入れ基地の整備や製油所などでのブレンディング設備の新設、SS(サービスステーション)の改修などが必要となります。特に地方のSSなどは、採算性の問題から新たな投資に踏み出しにくいといった事情がありますので、官民が連携し、投資環境を整えることが不可欠です。

近藤 国民理解の促進も重要です。環境技術は普及して初めてその効果が発揮できます。自動車分野は他の脱炭素領域とは異なり、一般消費者が最大のユーザーとなるわけですから、社会的認知が普及の鍵となります。燃料や車両の特性を理解してもらい、価格も納得感のある水準でなければ定着しません。私自身、トヨタ在籍時に車両の現地生産企画を担当しましたが、例えばブラジルでは、環境対応はHV車の導入のみではなく地域で関心の高いバイオ燃料の利用ができないと環境車の普及が進まない、つまりFFV(フレックスフュエルビークル)と組み合わせたHV車の必要性を痛感した経験があります。

海外では既にE10が広く導入されているが……

【特集1】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(3)


【インタビュー:松永圭司/東芝エネルギーシステムズ パワーシステム事業部 原子力技師長】

静的システム導入で有事に備え 特殊素材で外部衝撃耐性も強化

─革新軽水炉「ⅰBR」を開発しました。全体コンセプトと特長は?

松永 福島第一原子力発電所事故の教訓を基に、重大事故への対策を設計段階から組み込みました。交流電源を失っても炉内を冷却できる「静的安全システム」の導入や、航空機衝突(APC)にも耐える建屋構造を備えており、万一の事態でも放射性物質を漏えいしないように設計しています。

─静的安全システムとはどのようなものですか。

松永 重力や圧力差などの自然の力を利用し、交流電源なしで原子炉や格納容器を冷却するシステムです。蒸気は水より密度が低く上に流れる性質がありますが、ここに冷却プールを設置しておくことで、ポンプなどを使わずとも水を循環させることができます。さらに、プールには十分な水量を確保しており、自然冷却機能は7日間維持することが可能です。加えて、多様な電源を配置し動的システムも強化しました。これらのシステムは、建屋内に分散配置することで独立性を確保しているので、共通要因で安全機能が同時に喪失することもありません。

─それでも炉心を冷却しきれない場合にはどのように対処するのでしょうか。

松永 炉心溶融などの事態に陥った場合は、静的安全システムの一つの「静的格納容器冷却設備」で格納容器内を冷却しつつ、放射性物質は静的なフィルターでろ過した後に、ろ過できない水素はそのまま「二重円筒格納容器」に閉じ込めます。また格納容器の下部には、溶け落ちたデブリを静的に冷却する「コアキャッチャ」を設置しています。このように安全設備を多重化することで、仮に冷却が間に合わなくても放射性物質の放出を抑制し、地域住民の方が緊急避難や長期移住を迫られる可能性を極限まで低減しました。

─外部ハザードへの耐性強化についてはいかがですか。

松永 建屋は、これまでの原子力発電所と同様に鉄筋コンクリート(RC)で作られていますが、建屋の上部は「鋼板コンクリート(SC)」で保護しています。鋼板とコンクリートを一体化した構造で、衝撃による剥離崩壊が起きにくく、同強度で比較するとRCよりも壁厚を薄くできるのが特長です。ⅰBRでは、一連の安全機能をRC構造の複数の壁とSCの上部構造物の内部に収めることで、APCなどの外部ハザードに耐えられる構造としています。

─今後の建設に向け、国や原子力規制庁に求めることは。

松永 革新炉の開発は不確実性が高く、自社だけでコストを負担するのはリスクを伴うため、補助事業などの支援をお願いしたいです。規制庁には、現在ATENA(原子力エネルギー協議会)を通じて「SRZ―1200」の検討が行われていますが、これに続いてⅰBRについても議論を進めてもらうことを期待しています。

まつなが・けいじ 1966年生まれ。静岡県出身。東京大学大学院修了後、東芝に入社。原子力システム設計部主幹、パワーシステム事業部技監を経て現職。日本機械学会発電用設備規格委員会副委員長。

【特集1】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(2)


【インタビュー:近藤貴夫/日立GEベルノバニュークリアエナジー 原子力計画部 チーフプロジェクトマネージャ】

安全性・経済性を兼備する革新炉 新たな投資モデルの選択肢も

─将来の原子力発電所建設に向けた開発状況について教えてください。

近藤 当社が開発中の革新軽水炉「HI―ABWR」は、福島第一原子力発電所事故後の英国・欧州の規制要求を満たすよう改良した国際標準「ABWR(改良型沸騰水型軽水炉)」をベースに設計しています。航空機衝突対策、内部火災・溢水対策を強化し、加えて、万が一の事故に備えた収束信頼性を向上させるという概念の下、運転員が操作することなく24時間の炉心冷却を可能とするなど、人的過誤を抑制し動的設備の故障の対策となる静的設備を導入します。また、外部環境への放射性物質放出を抑制するため、従来のフィルタベントだけではなく、ベントガスから放射性希ガスを除去するフィルターの導入を目指しています。欧州の厳しい規制を通ったABWRがベースですから、安全性はもちろんのこと、実現性・許認可適合性、そして他の電源に対する競争力のある経済性を兼ね備えた炉型だと考えています。

─カナダでSMR(小型モジュール炉)「BWRX―300」の建設が決まりました。

近藤 オンタリオ州営の電力会社が5月、2030年末までの初号機運転開始を目指し、ダーリントンサイトにて西側諸国として初のSMR建設を決定したのをはじめ、北米・欧州でプロジェクトが具体化しています。初号機では、炉内構造物、改良型制御棒駆動機構、制御棒水圧ユニットといった当社が高い技術力を持つ主要機器を供給します。

BWRX―300は、小型・簡素化により安全性と経済性の両立を目指した次世代小型軽水炉であり、画期的な安全思想を取り入れています。隔離弁一体型原子炉を採用するほか、外部動力なしで最短7日間の冷却維持が可能な非常用復水器(ICS)を3系列に多重化し、安全性を確保するとともに設備の簡素化による経済性向上を実現します。

─二つの革新炉により、大型、小型双方のニーズに対応できるわけですね。

近藤 はい。それだけではなく、120万kWの電力が必要となった際、BWRX―300であれば30万kW級を1基ずつ建設し、需要拡大を見据えながら発電して得た利益を次の建設投資に回すといった選択肢も生まれます。こうした投資モデルも電力会社のニーズにマッチするのではと考えています。

─国内では10数年間にわたって新設がありませんでした。技術伝承への懸念は。

近藤 かなり厳しい状況にあることは事実です。ただ、島根原子力発電所3号機は事故後、初めて試運転するプラントとなりますし、大間原子力発電所1号機も建設の進ちょく率は40%程度。こうした「既設」として位置付けられているものの、震災時に建設途上だったプラントを商業運転まで持っていくことや、SMR初号機への機器供給が、技術伝承の一つのフィールドになると期待しています。

─行政機関への要望はありますか。

近藤 やはり、規制の予見性がなければ事業者は投資計画を立てられません。既にPWR(加圧水型軽水炉)の革新軽水炉では、設置許可申請に先立ち規制当局との意見交換が行われており、海外のように建設サイトを決めずに型式証明の審査を実施するといったプロセスにつながればと期待しています。

こんどう・たかお 1996年東京大学大学院工学系研究科システム量子工学専攻修士修了、日立製作所入社。原子力発電所の炉心設計や安全設計などに従事。2023年から次世代革新炉の開発を担当。

【特集1】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(1)


国内の重電大手3社は安全性と合理性を追求した革新炉を開発している。
既設炉との違いや導入した新技術、建設への期待と課題を聞いた。

【インタビュー:三牧英仁/三菱重工業 執行役員・原子力セグメント長

新規制基準ベースに合理的設計 初号機建設へ高まる期待感

─革新軽水炉「SRZ―1200」の特長は何ですか。

三牧 新設ならではの安全対策を設計段階から組み込んでいる点です。福島第一原子力発電所事故以降、再稼働した既設のプラントには新規制基準に基づき、追加で設備を導入していますが、SRZ―1200は新規制基準をベースに合理的な安全対策を講じています。例えば、地震・津波対策では、建屋自体を頑健化したほか、低重心化を図ることで耐震性を向上させました。さらに敷地の高さを上げる「完全ドライサイト」設計により、津波が届かないレベルにしています。テロ対策としては、従来の約2倍の厚さのコンクリート壁で構成した外部遮へい壁と鋼製格納容器の二重構造を採用し、大型航空機の衝突にも対応可能です。万が一の事故に備え、冷却・閉じ込め機能を担う安全系設備は従来の2系列から3系列に多重化を強化しました。加えて、非常用発電機やポンプといった安全系設備を系列ごとに区画分離することで、共通要因による安全系設備の全喪失を防止しています。さらにシビアアクシデント(SA)対策設備用に、別の専用区画を設けています。これらの設備は頑健化した建屋内にあり、大型航空機の衝突時にも健全性を維持できるため、特重施設(特定重大事故等対処施設)を別に設置する必要はなく、同一機能を有するSA設備と特重施設の機能統合が可能だと考えています。さらに、万が一、炉心溶融が起きた場合を想定して原子炉容器の下部に設置した「コアキャッチャ」により溶融デブリを受け止め、格納容器内で冷却する方針です。このコアキャッチャは「ドライ式」を採用しており、溶融デブリを薄く広げて表面積を稼いだ後に、運転員操作や電源を必要としない静的システムにより注水することで、より確実に冷却できるように工夫しました。

─建設費はどの程度になりますか。

三牧 経済産業省の発電コスト検証ワーキンググループでは、120万kWのプラントの建設費を約7200億円と試算しました。

─関西電力が美浜原子力発電所1号機の後継機設置に向けて自主的な現地調査の再開を発表しました。新設・建て替えへの期待感と課題を聞かせてください。

三牧 SRZ―1200は2019年以降、北海道電力、関西電力、四国電力、九州電力の4社と共同で開発を進めてきました。電力会社での新設・建て替えへの動きが見えてきたことで、「ようやくここまで来たか」という思いです。当社だけでなく、サプライヤーの方々も期待感を高めていると感じています。

─政府や規制当局に望むことは。

三牧 政府には今後の新設基数または設備容量も含めた定量的な原子力発電の必要規模を国の方針として明示していただくことを期待しています。そうすることでサプライヤーも含めて事業計画が立てやすくなります。原子力規制庁には、現在進めている新設規制に関する対話を継続してもらいたいです。それにより、新設に関するスケジュール遅延のリスクを減らし、プロジェクトを円滑に進めることができます。投資回収を巡る制度設計など、電力会社が投資しやすい環境整備も重要です。

みまき・ひでひと 1987年東京大学原子力工学科卒、三菱重工業入社。原子力事業部機器設計部長、同部事業部長代理、原子力セグメント副セグメント長などを務め、2024年から現職。

【特集1】原子力の逆襲 本格化する「新設・更新」の最新事情


東京電力福島第一原子力発電所事故から十余年─。
長く続いた不遇の時代が終わり、日本の原子力は“逆襲”の時を迎えている。
エネルギー安全保障、電力安定供給、GX・DX推進、料金低廉化など、
原子力は世界的に見ても時代の要請に応える数少ない選択肢だ。
しかし、わが国では2009年以来、新たに運転を開始した原子力発電所はない。
このままだと国内の発電所は遠くない未来に“大廃炉時代”を迎え、
安定的な供給力が急速に先細っていくことになろう。
そこで求められるのが新設・建て替え(リプレース)だ。
ただ、その実現には乗り越えなければならない壁が立ちはだかる。
制度、規制、技術、社会的な理解……。
横たわる課題と未来への希望を現場の声とともに探った。

【アウトライン】「原子力立国」の再来なるか 大手電力が検討着手も課題山積

【座談会】有力政治家・有識者・業界人が提起 日本の役割と解決すべき課題

【インタビュー】新型炉は現行基準の解釈とズレ 建設に向け早期に結論を

【レポート】立ちはだかる「資金調達」の壁 英国はなぜ新設炉に投資できたか

【インタビュー】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(1)三菱重工業 

【インタビュー】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(2)/日立GEベルノバニュークリアエナジー

【インタビュー】安全性を飛躍的に向上 革新炉が拓く〝原子力新時代〟(3)/東芝エネルギーシステムズ

【特集1】立ちはだかる「資金調達」の壁 英国はなぜ新設炉に投資できたか


英国では7月に新設炉プロジェクトが建設フェーズに突入した。
どのようにして民間出資を取り付けたのか。日本が学ぶ点は多い。

【レポート:服部 徹電力中央研究所 社会経済研究所 研究参事】

初期投資が巨額で、長期の建設期間を要する原子力発電所への投資は大きなリスクがつきまとう。そのため、投資に必要な資金調達は困難を伴い、特に事業者が競争環境下にある西側諸国では、ファイナンス面での政府の支援が不可欠とされている。
原子力発電所の新増設におけるファイナンス面でのいくつかの課題について、英国の事例で考えてみたい。

建設期間中の収入なく RABモデルで課題改善

電力市場を自由化していた英国では、法的拘束力のある脱炭素目標の達成には、国内での原子力発電所の新増設が不可欠であるとの認識から、政府は自由化後の最初の新設炉となるヒンクリーポイントC(HPC)発電所に、新規の再生可能エネルギー電源にも適用していた差額契約(CfD)を適用した。長期にわたり発電した電力を実質的に固定価格(ストライクプライス)で買い取り、卸電力市場の価格変動リスクを回避して収入の予見性を高めることで投資を促そうとしたのである。

しかし、建設前に決められるストライクプライスの下で建設費用が想定より増加した場合に利益が減少するリスクは、投資家が負うことになる。また収入が発生するのは運転開始後であり、長期にわたる建設期間中、投資家はリターンなしで投資リスクを負担する必要があった。そのようなリスクを負担するため、結局は巨額のリスクプレミアムが必要となり、それだけでストライクプライスの約4割を占めることとなった。HPCに続く新設計画に対しても差額契約が適用される予定だったが、コスト削減圧力にさらされる中、政府は低いストライクプライスを提示したとされ、事業者は撤退を余儀なくされた。

またHPCには当初、国による債務保証の供与も予定されていたが、完工リスクなどの懸念から、資金需要の大半をカバーするための条件が厳しく設定されていた。結局、債務保証の利用には至らず、銀行からの低金利での借り入れなどが難しくなった。HPCは最終投資決定に至ったが、ファイナンス面で大きな課題を残していたのである。

原子力ファイナンスの課題を克服し、費用の低減につなげるため、英国政府は差額契約に変わる新たな投資回収の仕組みとして新規の原子力発電所への「規制資産ベース(RAB)モデル」の導入を決め、サイズウェルC(SZC)発電所への適用を進めてきた。

原子力RABモデルでは、新設炉による発電事業を規制事業として扱い、規制当局が査定で適正と認めた費用に基づく認可収入で小売事業者から投資の回収を行う。一定の限度は設けられているが、この枠組みにより、事後に建設費が増加しても費用の回収を見込めるようになっている。また建設期間中から、投下した資本に応じて資金調達コストに相当する収入が得られるようになっている。すなわち、差額契約の下での資金調達に関わる大きな課題を克服する仕組みを採用したのである。これは、投資家が負担していたリスクを需要家も負担することを意味するが、資金調達コストを大きく引き下げ、総費用を削減することで、需要家もメリットを得ることが期待されたのである。

こうしたRABモデルの適用に加えて、国もSZCの運営会社の株式の半分を取得することを表明し、民間による投資を促そうとしていた。

今年7月にSZCの最終投資決定が下された。株式の約45%を政府が取得するほか、フランス電力(EDF)を含む4者が出資することが明らかになった。他方で、現時点では負債による調達が8割程度となる見込みであり、その大部分は英国政府が設立した基金、ナショナル・ウェルス・ファンド(NWF)からの融資で賄われる。

サイズウェルC原子力発電所

【特集1】「原子力立国」の再来なるか 大手電力が検討着手も課題山積


東日本大震災から14年の時を経て日本の原子力は復活の時を迎えている。
ただ新設・リプレースに向けて残された課題は多く、国を挙げたサポートが必須だ。

『原子力立国計画』。およそ20年前、日本はこの堂々たる国家戦略を掲げ、国益の拡充を目指した。計画の基本方針にはこんな一文がある。中長期的にブレない確固たる国家戦略と政策枠組みの確立─。これほど今日の原子力政策に求められるものを的確に表した言葉はない。
日本は2011年の東日本大震災で未曽有の原子力災害を経験したが、時代は再び原子力を求めている。エネルギー自給率の向上や脱炭素の要請はもとより、近年ではデータセンターや半導体工場の需要増という要因も加わった。そして22年、当時の岸田文雄政権が原子力の活用へとかじを切り、今年策定した第7次エネ基では原子力発電所の建て替え(リプレース)を容認した。震災後の雌伏の時を越えて〝原子力の逆襲〟に向けたのろしが上がったのだ。

迫りくる発電所の寿命 建て替えの時間的猶予なし

巻き返しは再稼働から始まった。震災後、PWR(加圧水型軽水炉)を中心に全国で14基が再稼働を果たしたが、現状で原子力規制委員会の審査に合格済みの4基、審査中の8基は早期再稼働が不可欠だ。

同時に進めなければならないのがリプレースだ。日本の原子力発電所の多くは1970~80年代に運開したが、現行の規制での運転可能年数は60年で、多くの発電所が2045年以降に〝寿命〟を迎えてしまう。

その上、原子力発電所は運転開始までに要する期間が長い。太陽光が約8年、地熱でさえ約13年と言われる中で、20年近くもかかる。既設炉からのバトンを受け継ぐ意味で、リプレースに残された時間的な猶予はほとんどないのだ。そうでなければ、GXに取り組もうとしている製造業やIT産業が、国内の設備投資をためらいかねない。
リプレースに動き出さなければならない理由は、もう一つある。国内の原子力産業の技術・サプライチェーン維持のためだ。

故勝俣恒久・東京電力元会長は『原子力立国計画 日本の選択』の中でこう記している。「原子力は技術集約型のエネルギーで、その推進基盤は技術力の維持と人材の育成にあるといえます」。国内の原子力発電は日本の技術力の結晶だ。多くの発電所の国産化率は9割超で、部品から圧力容器までほとんどを国内で供給している。この状態を維持する意義の大きさは計り知れない。

年間2兆円、8万人規模の雇用効果や地域経済への貢献はもちろん、不確実性が高い現代では、為替などの影響をあまり受けずに、安定した価格と納期で機器・部品を調達できる。
世界に目を向ければ、ロシアや中国といった権威主義国が輸出や革新炉開発をリードしている。特にロシアは東欧や中央アジア、エジプトなどに輸出し、使用済み燃料を受け入れるケースもある。グローバルサウスの国々がロシア依存を強めれば、国際政治の構図を揺るがしかねない。発電所建設の際に日本という選択肢を提供できることは、外交力に直結するのだ。

こうした中で、日本の原子力産業に一筋の光が差し込んでいる。九州電力は今年5月公表した新たな経営計画で、次世代革新炉の開発・設置に向けた検討を進めると明らかにした。九電は玄海原子力発電所1、2号機の廃炉を決めており、川内原子力発電所の敷地で新設が可能だ。

エネ庁が作成した「原子力立国計画」の冊子

【特集1】有力政治家・有識者・業界人が提起 日本の役割と解決すべき課題


福島事故以降の原子力縮小方針が第7次エネ基で一変し、ようやく前向きな兆しが見えた。
その推進に向け、誌上座談会を通じて、日本が担うべき役割や課題を提起する

【出席者】増井秀企(日本原子力産業協会 理事長)、寺澤達也(日本エネルギー経済研究所 理事長)、稲田朋美(自由民主党 衆議院議員)

左から増井氏、寺澤氏、稲田氏

―関西電力が美浜発電所の後継機建設に向けた調査を再開し、注目を集めています。


稲田 第6次エネルギー基本計画と第7次を比べると背景が大きく変わり、DXやAIなどで電力需要が増えていく中、原子力に対する姿勢も変わりました。再生可能エネルギーと原子力の二項対立ではなく、エネルギー安全保障に寄与し脱炭素効果の高い電源を最大限活用するとし、リプレースについても、廃炉を決定した事業者ごとのサイト内での次世代革新炉への建て替えを進めていく、と書き込まれました。美浜での調査再開は、まさしく第7次エネ基に則り日本が抱える課題解決に向けた第一歩だと前向きに捉えています。

寺澤 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員としてエネ基の議論に参加しました。稲田議員が指摘された背景、そして方針転換がなされたことがポイントです。特にデータセンター(DC)や半導体工場には量・質が安定的な電気〝24/7〟が必要で、原子力の政策的必要性が高まっています。まずは安全性を大前提に既設炉の再稼働を図るべきですが、運転期間の延長にも限度があります。2050年以降を見据えて発電所の建て替えを進めることは重要で、美浜の件は意義深い。

増井 第7次エネ基の40年の需給見通しでは原子力を20%程度としましたが、実は何年までに何基必要という数字は示されていません。計算上は30数基必要かと思いますが、既設炉は建設中含めて36基。いくつかは廃炉になることを考えれば、やはり新設・リプレースは必須です。美浜の件は、持続的に原子力を活用していくための重要な一歩として歓迎しています。ただ、関西電力のプレスリリースにある通り、革新炉の開発状況、規制方針、投資判断を行う上での事業環境整備といった課題があり、動向を注視していきます。

―地元の期待も大きいでしょうか。


稲田 美浜1、2号機は廃止措置中、36年には3号機が運転開始から60年を迎え、このままでは敷地内に原子炉が1基もなくなります。建設のリードタイムを考えれば、この局面での調査再開を地元の方々も前向きに捉えています。福井県民は今までも皆で原子力政策を国策として支えてきましたから。

深刻なサプライチェーンの毀損 国産比率向上は目指せるか

―さて、日本の原子力サプライチェーンは国産比率が高かったのですが、福島事故以降建設がなくなり、維持がぎりぎりと聞きます。


増井 日本初の商用炉である東海発電所が営業運転を開始したころの国産比率35%程度から順次上昇し、最盛期は99%。しかし5年前の調査結果ではサプライチェーン企業が20社ほど撤退し、現在さらに増えている可能性があります。また建設の空白期間が長期化し、最後に運開したプラントは09年の泊3号です。島根3号、東京電力の東通1号、電源開発の大間が建設中ですが、アクティブに進んではいません。さらに規模の経済が働かない点も問題です。建設が複数進行することでサプライチェーンはより強固になりますが、現状は程通い。他方、新規制基準に即した安全対策工事に伴い、新たな技術開発や設備製造が進むなど、プラスの面もあります。


稲田 約400社に及ぶ原子力関係のサプライヤーを総合的に支援するため、経済産業省は2年前に「原子力サプライチェーンプラットフォーム」を立ち上げ、関係企業とのコミュニケーションや、設備投資、人材育成などを支援しています。原子力関連企業の撤退が進む中、政府としてさらなる後押しをしていきたいと思います。

増井 プラットフォームでは海外に関係者を派遣し知見を深めるといった活動を展開しており、非常にありがたい取り組みです。

―建設が進めば問題は改善されますか。


増井 はい。ただ、最盛期の国産化比率達成には課題があるため、選択的なサプライチェーン維持も考慮する必要があります。圧力容器や燃料、制御系など安全に直結する機器は国産に、一般汎用品は輸入に頼るという形も有効でしょう。

サプライチェーンの維持は大きな課題(写真は柏崎刈羽)
出典:東京電力ホールディングス

【特集1】新型炉は現行基準の解釈とズレ 建設に向け早期に結論を


安全性能を大幅に向上させた「SRZ―1200」を巡り、規制庁との間で議論が進んでいる。
議論の長期化は建設の停滞を招きかねない。進捗を当事者に聞いた。

【インタビュー:佐藤 拓/原子力エネルギー協議会 理事】

─昨年12 月に原子力規制庁との間で、革新軽水炉「SRZ―1200」に関する意見交換会が始まりました。進捗状況は。

佐藤 SRZ―1200は、福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえて設計された革新軽水炉です。既存のPWR(加圧水型軽水炉)をベースに、事故後に規制基準に加わった重大事故への対応を設計段階から組み込んでいます。

ただ、既設炉を前提に作られた現行の規制基準の解釈とは一部で齟齬が生じます。そこで、新型炉の建設を進める上で支障となり得る論点を、①重大事故対応を常設設備にすること、②特重施設(特定重大事故等対処施設)と重大事故対処設備の一体化・統合、③新技術であるドライ式コアキャッチャの導入―の三つに整理しました。現在はこの三点とSRZ―1200の基本設計などを規制庁に説明しています。

対処設備の在り方を提示 規則自体の見直しも必要

─まず重大事故対応について聞かせてください。

佐藤 既設炉では、「可搬型」設備を中心とした安全対策がとられています。これは既存設備に後付けする形で安全性強化を図ったことが背景にありますが、SRZ―1200ではこれらを「常設」しておくことで、より重大事故対応に適した体制を取ることができます。

─二つ目の論点である特重施設の扱いはどうでしょうか。

佐藤 現行の規制基準の解釈では、原子炉建屋と特重施設が同時に破損するのを防ぐため、それぞれの独立設置が求められています。一方、SRZ―1200は建屋を頑健化し、格納容器防護を前提にしているため、これらを統合しても安全性を確保することが可能です。 また、統合といっても、それぞれの機能を分けて独立性を確保することで、有事にも一部の機能が使用できる可能性を高めています。

─ドライ式コアキャッチャの導入については。

佐藤 溶け落ちた燃料を低粘性化してから冷却する仕組みで、水蒸気爆発の可能性を一層低減できるという利点があります。しかし、現行基準は炉心下部に水を張って冷却する方式を前提としており、この技術は想定されていません。

今回示した論点のうち、①と②に関しては、規制基準の「大枠」に合致しているかという点を確認してもらいたい。③については対応する規則自体がないため、新たに位置付けを整理する必要があります。

─規制庁の対応については。

佐藤 新型炉の建設を進めるためにも、できるだけ早く結論を出してほしいというのが率直な思いですが、規制庁は真摯に耳を傾けてくれており、不満はありません。 引き続き、粛々と議論を続けていきます。

さとう・たく 1968年生まれ。愛知県出身。名古屋大学大学院修了後、関西電力に入社。同社原子力事業本部・副事業本部長を経て2023年に原子力エネルギー協議会(ATENA)理事に就任。