
第14 回「プロジェクトE~エネルギーDX・GX時代を切り開く」

6月13日、「核の脅威を取り除く」という名目の下、イスラエルがイランに先制攻撃を加えた。イランの報復によって全面的な戦闘状態へと拡大。そこに米国が参戦、イランの核施設3カ所を空爆した。12日間という短期間で停戦に至りエネルギー市場への影響も限定的だったとはいえ、イスラエルが攻撃を再開する可能性はくすぶっており、中東の不安定な情勢は続く。
一方で、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻で勃発した両国間の戦争は、停戦の兆しが今なお、見えてこない。侵攻直後には、ロシアから欧州向けの天然ガス供給が不安定化し、世界的な需給ひっ迫と価格高騰を招いた。今後も、米国をはじめとする西側諸国の対露制裁次第では、世界の石油・ガス需給や価格に大きな影響を与える可能性がある。
そして、この二つの戦争に共通しているのが、エネルギー関連施設への武力攻撃だ。ウクライナではサポリージャ原発がロシア側に占拠され、ロシアの天然ガスをヨーロッパに供給するパイプライン「ノルドストリーム(NS)1」「NS2」が破壊された。こちらは、ウクライナによる爆破と見られる。イスラエルは、イランのウラン濃縮施設に加え、ガス・石油貯蔵施設や首都近郊の発電所を攻撃対象とした。イラン議会はホルムズ海峡封鎖を承認するなどし、やはりエネルギーを武器に対抗する姿勢を見せた。
こうしたエネルギーを巡る国際秩序の激変に、日本政府はあまりに無策であるように見える。だが、ロシア、中国、北朝鮮といった国家に囲まわれたわが国にとっては、エネルギー資源争奪戦や核開発問題と無関係ではないどころか、新たな安全保障上の脅威として対応せざるを得ない時期が到来しつつある。
そのような危機意識の下、本誌は、東京、米ボストン、仏パリ在住の専門家らをオンラインでつなぎ座談会を実施した。参加したのは、会川晴之・毎日新聞客員編集委員、大場紀章・ポスト石油戦略研究所代表、小山正篤・国際石油アナリスト、白川裕・国際エネルギー機関(IEA)アナリストの4人。日本は今そこにある新たなリスクをどう捉え向き合うべきか、率直に語り合った。
コラム:要地正義(ジャーナリスト)
6月22日の深夜「真夜中の鉄槌」と名付けられた米軍の作戦は、イラン国内にある3カ所の核濃縮施設の完全な破壊に成功した。専門家は将来的にイランが核兵器を保有し、世界の脅威になることを懸念した「予防攻撃」の側面があると解説する。イランは核保有をちらつかせ、長年米国を刺激していたことは否めない。
しかしなぜこのタイミングで攻撃なのか。どうも腑に落ちない点が多い。奇想天外、破天荒なトランプ流といえばどことなく納得してしまうが、 ある外交関係者が言う。「米国と中東だけに着目するから解が得られないのでは。トランプ大統領はイランを攻撃することで、親密なロシアをけん制している」
今回の米軍の攻撃は圧倒的なパワーを見せつけた。作戦から24時間もたたぬうちにターゲットを破壊、その攻撃には「バンカーバスター」と呼ばれる地中を貫通する特殊兵器を使った。作戦では最新型の「GBU―57」という爆弾が投下され、地下60mまで到達。厚さ10mのコンクリート壁を破壊する凄まじい威力の爆弾だ。核開発は察知されないために地下でされることが多く、イランも査察の目をそらすため地下で開発に着手していたとされている。
この圧倒的な軍事力を前に、イランは屈服するしかなかった。そしてイランと軍事的なつながりが強いロシアも米軍のパワーを目の当たりにして身構えたに違いない。トランプ大統領の視線の先には、軍事力を背景に長引くウクライナ戦争の収束を狙ったものではないかという一つの仮説が成り立つ。あくまでイランはスケープゴードに過ぎないというわけだ。
ロシアだけでなく、中国や北朝鮮に対しても波及する可能性がある。こうした中で、米国と仲良くするのは有益だと考える国も一つや二つではないだろう。相乗効果が大きく、すでに日本を含む同盟国に対して、防衛費をGDP比3.5%にしろと要求してきているとも聞く。米国支配を強めるトランプ流の手法は実は相当緻密な戦略の上に成り立っているかもしれない。
米国の力の誇示はエネルギー問題や金融市場の安定に寄与するという見方もある。日本のメガバンク関係者は「今回の軍事作戦は長期的に見てプラス要因が強い」と見通す。
原油とガスを握る中東情勢が安定すれば、世界のエネルギー価格や金融市場が乱高下するリスクが低くなる。インフレも収まってくる。中長期的には、先進国経済の好転が見込めるかもしれないという見通しが市場関係者の間ではささやかれている。 イラン核施設への攻撃は、米国がリーダーシップを発揮する新世界秩序づくりの一端という気がしてならない。
今年は太平洋戦争の終結から80年の節目だ。当時、米国が日本への石油輸出を禁止したことで、特に軍事面のジェット燃料の調達が大打撃を受けた。石油調達をかけたこの戦争を経て、日本人はエネルギー戦略の誤りが国家の存亡に直結すると身をもって学んだ。
その後、日本のエネルギー安全保障に影を落とした出来事が、第4次中東戦争から始まった第一次石油危機(1973年10月~74年8月)だ。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)がイスラエル寄りの国々への原油輸出を禁じた上、原油公示価格の大幅引き上げを宣言し、消費国経済は大混乱となった。日本エネルギー経済研究所の十市勉・客員研究員は「世界の石油需給ひっ迫時にOAPECが石油を『政治的武器』として使った。ただ、長い目で見ると石油では市場機能による需給調整が働き、産油国の国家運営に支障が出ない価格水準に収まっている」と解説する。
78年10月~82年4月の第二次石油危機では、イランが原油輸出を全面停止し、イラン革命を経て輸出が再開された。その間油価は上昇し、イラン・イラク戦争で一層高騰したものの、他の産油国が増産し価格は下落へ向かう。また、90~91年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争勃発時は価格が上昇せず。この時期は需給が緩んでいたため、価格が反応しなかった。
経済産業研究所の藤和彦コンサルティングフェローは「石油は需要の価格弾力性が低いとされるが、不景気だと価格弾力性が上がる。油価は世界の景気に左右される面が大きく、地政学リスクがあまり影響しなくなってきた」と説明。その意味で、これまで中国がけん引してきた石油の需要増が反転し始めており、「年末に1バレル50ドルを割ってもおかしくない」とみる。
さらに価格以外の面で、エネルギーと戦争の関わり方に変化が生じたのが22年2月に始まったロシア・ウクライナ戦争だ。第一次石油危機とは逆に、消費国側が制裁としてエネルギー輸入停止に踏み切った。ただ、石油の輸出先は中国やインドなどにシフトし世界全体で大きな需給ひっ迫は起きず、むしろ天然ガス危機を誘発したことは記憶に新しい。加えて特筆すべきは、国際法違反である民間エネルギーインフラへの攻撃が平然と行われたこと。ロシアとウクライナ双方が相手国のエネルギー施設への攻撃を繰り返している。
そして直近に起きたイラン・イスラエル戦争では、米国によるイラン核施設への攻撃が注目された。イランは核兵器開発を継続する可能性があり、予断を許さない状況が続く。
中東有事のたびに指摘されるホルムズ海峡封鎖リスクについては、専門家の間では起こらないとの見方が強い。十市氏は「イランの石油輸出に打撃となり、既に米国の経済制裁で傷んだ状態をさらに悪化させる。また、現在中東原油の最大輸入国である中国は、サウジアラビアとイランの国交正常化を仲介しており、中国が望まないことをイランは実行しないだろう」と分析。藤氏も「可能性はゼロ。近辺に米国の第5艦隊の基地がありすぐ機雷除去できる。歴史をみても本当の危機は想定外から始まる」と断ずる。
【レポート:近藤重人/日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員】
6月13日のイスラエルによるイラン攻撃によって始まった「12日間戦争」は、中東からのエネルギーの安定供給に全く影響を与えなかった。原油価格は一時的に高まったものの、24日のトランプ米大統領の突然の停戦発表によって攻撃前の水準に戻った。ではなぜ今回の戦争が中東地域からのエネルギーの安定供給の障害とならなかったのか。その理由を3点挙げるととともに、今後の展望についても考察したい。
今回の攻撃において、エネルギー安全保障上の観点から決定的に重要だったのは、イスラエルがイランの原油輸出に関係するインフラを一切攻撃しなかったという点である。仮にイスラエルがイランの経済力の壊滅的な破壊を目指すのであれば、同国の経済的支柱である石油インフラ、特に同国の原油の9割が輸出されているハールグ(カーグ)島の輸出ターミナルを破壊することが最も手っ取り早かったが、ここは慎重に攻撃対象から外された。
では、なぜイスラエルはイランの原油輸出に関係するインフラを攻撃対象から外したのか。それは、攻撃に対する米国の支持を獲得するためだったのだろう。仮に今回イランの原油輸出に関係するインフラを攻撃していたとしたら、原油価格は高騰し、国内のガソリン価格の高騰を嫌うトランプ大統領や米世論の反発を招いていただろう。イスラエルとしては米国を今回の戦争に参加させることが重要であり、いたずらに同国の反発を招くような行動は慎まなければならなかった。こうした配慮がなければ、恐らく6月22日の米国によるイランの核施設への攻撃も実現していなかった。
もう一つのポイントは、イランが理性的に対応し、過度の報復措置を取らなかった点である。イランはもちろん攻撃を仕掛けたイスラエルに対して多数のミサイルを発射して最大限に報復し、また核施設を攻撃した米国に対しては、米軍が駐留するカタールの基地を攻撃することによって報復した。しかし、イランは基本的に攻撃を仕掛けた相手にのみ報復をしており、過度に報復の対象をその他の国々に広げるようなことはしていない。カタールの基地への攻撃は、事前に米国に通告した上でのものであった。
イランはホルムズ海峡に機雷をまくなどして同海峡を封鎖し、対岸の湾岸アラブ諸国の原油や天然ガスの輸出を止めることも可能だが、それは同海峡しか原油輸出の出口がない同国を最も苦しませることになる。仮に政権の存続が絶望的となり、世界経済も道連れにしようとすれば、そのような行動も考えられないわけではなかったが、イランが政権の存続を目指し続ける限り、そのような自暴自棄な行動を見せる可能性は低いだろう。
【インタビュー:河野克俊/元統合幕僚】
─米国によるイラン核施設への攻撃をどう見ますか。
河野 日本の安全保障にとってはプラスに働くでしょう。世界の安全保障に関与しないという見方があるトランプ政権が、「やる時はやる」という姿勢を示したからです。アメリカとイスラエルに同盟関係はありませんが、アメリカはイスラエルの自衛権が侵害されているとして、集団的自衛権を根拠にイランを攻撃しました。
東アジアに目を移せば、アメリカと台湾は同盟関係を結んでいません。アメリカは台湾有事の際に軍事介入するかどうかを明言しない「あいまい戦略」をとっていて、軍事介入する場合の根拠が不明確でした。ただ今回のイラン攻撃を受けて、中国が「台湾有事の際にアメリカが集団的自衛権を行使する可能性がある」と認識したなら、抑止力が高まったと言えます。
─今回の攻撃はアメリカの自衛権の範囲を逸脱しているのではないか、国連安全保障理事会の決議がない武力行使は国際法違反だといった声があります。
河野 重要なのは「アメリカが集団的自衛権を行使してイランを攻撃した」という事実です。それが合法か違法かの議論は、学界では重要なのかもしれませんが、現実社会においてはあまり意味がありません。国際法上、武力行使が許されるのは、自衛権の行使か、安保理決議がある場合のみです。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻や台湾有事は、安保理の常任理事国が当事者で、国連が機能しないことは自明の理です。「国際法違反だ」と言ったところで、事態が変わるわけではありません。
【立憲民主党 /重徳和彦 政調会長】
─エネ代補助金に意義・効果はあったか。
重徳 もともとは緊急的な「激変緩和策」としてスタートしたので、一定の意義はありました。ただ、その後は政治的な思惑で継続・復活するなど、政策の一貫性がありません。緊急的・一時的に補助金を投じながら、省エネのインセンティブを仕掛けるなど戦略性のある政策が必要であり、3年以上にわたり多額の税金を特定業界につぎ込み続けたことには疑問を抱きます。
─党のエネルギー価格抑制策は。
重徳 多額の国費を業界に補助金という形で渡すやり方が持続可能なのでしょうか。わが党と与党の政策で根本的に異なるのは、真に困窮している需要家に対して、直接支援を行うという点です。また、これまで行ってきた「1kW時当たり何円」という一律補助では、節電や省エネに対する動機が働きません。国民には省エネや節電に努めてもらい、それでも苦しい方々は適切な支援が受けられる仕組みにすべきです。全世帯の6割程度に支援が行きわたるような制度設計を考えています。日本は、エネルギー価格高騰というピンチをチャンスとして捉えるべきで、断熱住宅や省エネ家電、EVやハイブリッド車の購入を促進する補助も効果があるでしょう。
─暫定税率廃止法案を提出した。
重徳 「暫定」と言いながら半世紀以上続いているのはおかしな話です。法案が成立すれば、ガソリンを40ℓ入れる場合に約1000円安くなり、国民生活を支えることができます。参院選では最大の争点になる可能性もあると考えています。来年度以降の恒久財源としては、法人税の租税特別措置の見直しや所得1億円以上の方への金融所得課税の強化など応能負担を念頭に確保を目指します。
【インタビュー:田中弥生 会計検査院前院長/東京大学公共政策大学院客員教授】
─エネルギー代補助は価格低下に効果をもたらしたのですか。
田中 ガソリン補助金は元売りに補助金を入れるため、価格が抑制されたのかが分かりにくい構造になっています。他方、電気・ガス補助金は小売り事業者に直接補助金を出し、その分を価格に反映するので、価格抑制状況は確認しやすいです。
投入したガソリン補助金が適切に使われたかどうかについては、財務省や資源エネルギー庁が調査を行い、投入した補助額ほど価格が下がっていない事実が明らかになりました。例えば財務省は2022年3~7月までのガソリン販売実績を基に、補助金によるガソリン価格の抑制効果を機械的に推計しました。すると補助額が価格抑制額を110億円上回ることが判明したのです。財務省はこの結果を受け、エネ庁にサービスステーション(SS)の価格調査を行い、補助金の価格転嫁を促すよう求めました。会計検査院はこの補助金が適切に使われているかを検査しました。
22年2月~23年3月までの補助金投入額と価格抑制額の比較を行いましたが、200億円ほど補助額が抑制額を上回っていました。とはいえ、SSのガソリン価格は小売り事業者が決めています。物価も変動していますし、補助額が抑制額を上回っていたからといって、補助金の効果が全くなかったとまでは言い切れません。
電通の次は博報堂 1カ月の委託額は14億!
─経済への影響を評価しないまま続けている印象を持ちます。
田中 エネルギー価格はわが国の生産活動に広く影響するので、経済活動にどのようなプラス、マイナスの影響をもたらしているのかの検証が必要です。例えば、補助金が物価上昇率やインフレ率の抑制につながっていたのか、脱デフレ政策と矛盾をきたさないかなどです。そのエビデンスは、政策立案の根拠になるはずです。
実際、経済活動にネガティブな影響も出ました。電力先物取引は、補助金によって価格が抑制されたために取引が停滞してしまったのです。本来、市場で形成されるはずの価格に、政府が長きにわたり介入することで市場活動をゆがめていないか。こうした視点からも、政策を見つめ直す必要があります。
─会計検査院は補助金業務の多重下請け構造を指摘しました。
田中 ガソリン、電気・ガスともに、補助金の事務局を受託したのは博報堂でした。大規模な作業だったからでしょうか、複数にわたって再委託を繰り返していることが分かりました。再委託は80%を超えるものもあり、かつ多重となっていました。
新型コロナ禍の持続化給付金で電通の多重委託が問題となり、以前からあった委託のガイドラインが強化され、50%を超える委託・再委託には、妥当であることを証明する説明責任が求められています。会計検査院は再委託時の記録を確認しましたが、抽象的な表現の説明のみで、審議プロセスの資料は残されていませんでした。再々委託になると見積書が見つからないというケースさえありました。
─ほかの問題についても教えてください。
田中 電気・ガス補助金では、料金値引きによって「小売り事業者のキャッシュフロー上問題が生じる」ということで、博報堂が小売り事業者にお金を前払いしていました。すると博報堂は、事業者が倒産してお金が戻ってこないリスクを抱えることになります。そこで「保険(信用保証)」をかけることにしました。ところが、保証料の毎月の支払額をチェックすると、補助金の額以上に保証額を計算している月があったのです。しかも、保証料は業務の間接経費の算定対象に含まれ、その額は約4億円に上ります。エネ庁は保証料がかさむと判断し、委託先をデロイトトーマツに変更しました。1カ月当たりの委託額は博報堂が14・5億円、デロイトは2億7000万円です。
ガソリン補助金では、説明がつかない支出が存在しました。博報堂の再委託先で、小売価格の悉皆調査を受託しヴァリアス・ディメンションズ社には約62億円が支払われていました。この調査は補助金の額を算定する際に用いられるはずでした。しかし、同社の調査結果は全く使われていません。結局、エネ庁のサンプリング調査が補助金額の算定に用いられていたのです。サンプリング調査の方が信頼性は高いと思います。その意味でこの調査にかかる委託の必要性には疑問が残ります。
問題の動画は、日本維新の会の斉木武志衆院議員(比例・福井2区)が発信している『ガソリン代・電気代補助金は金のなる木!? 各社史上最高益のカラクリ』。ここで使われているフリップでは、「補助金スタート→各社最高益更新」と題し、ガソリン元売り3社と大手電力10社の純利益の推移を並べる形で紹介している(写真参照)。
斉木氏は、ガソリン補助金の支給が始まってから元売り各社の純利益が大幅に増加している状況に触れ、「補助金が適正に使われているのかどうか」「各社の利益に乗っかっているんじゃないかとの疑念が生じる」などと説明した。そして石油に続ける形で、大手電力の問題についてこう言及しているのだ。
「(北陸電力地域では)884億円の赤字だった決算が、この6月に規制料金値上げした途端、一気に568億円の黒字になっている。実は各会社をご覧いただくと、真っ赤だった赤字決算が補助金支給開始、そして規制料金の値上げによって一気に各社とも黒字転換をして、各社ここで会社始まって以来の史上最高益を達成していることが分かってきます」
例えば、東京電力を見てみますと、前年が1236億円の赤字だったものが、補助金支給開始と規制料金値上げ後は2678億円。一気に4000億円の黒字化を達成している。中部電力さんもそうですし、関西電力さんは176億円の黒字が4418億円。ケタが一桁伸びて25倍増という、私も見たことがないような好決算、大幅増益を果たしています」
「この中で、中部さん、関西さん、九州電力さんは、23年6月の規制料金値上げは申請しませんでしたけれども、やっぱり補助金支給開始後、これだけ会社によって、25倍の増益を達成しているというのは不透明じゃないかという疑問が……」
16分ほどの動画の中から抜粋したコメント部分だけを見ても、電気代補助の仕組みや大手電力会社の決算状況を知っている専門家からすると、明らかな事実誤認が見受けられる。
「まぁ政治ですな、これは……」。自民党の経済閣僚経験者が漏らした言葉に、エネルギー補助金の本質がにじむ。
2022年1月に「激変緩和措置」として始まったガソリンなど燃料油への補助金は、世界的な原油高騰や円安、そして政局を巡る駆け引きに翻弄されながら、4年以上続く「恒久的措置」に変質した。その場しのぎの対応、中長期的視点の欠如、ゆるみ切った財政規律……。電気・都市ガスと合わせて12兆円を超える巨額の予算を投じながら、終わりの見えない〝補助金中毒〟は、日本政治が抱える病巣を浮き彫りにしている。
「原油価格の安定は新型コロナウイルスからの経済回復を実現する上で大変重要な課題だ」「ガソリン、石油の急激な値上がりに対する激変緩和措置もしっかりと行いたい」全てはここから始まった。2021年11月24日、岸田文雄首相(当時)は石油の国家備蓄の初放出とともに、ガソリン価格の「時限的・緊急避難的な激変緩和措置」を発表した。翌年3月末まで、レギュラーガソリンの全国平均価格が1ℓ当たり170円を超えたら、上限5円の補助金を発動する。補正予算で計上したのは800億円だった。
図1を見れば分かるように、当時はコロナ禍からの世界的な経済活動の回復に伴い、原油価格が急騰していた。補助金の投入は、野党がガソリン税のトリガー条項の凍結解除に向けた法案を提出しており、税の議論を封じるという狙いが透けたが、表向きの目的は「ガソリン価格の高騰が経済回復を妨げないように」というものだった。
ところが22年2月、ロシアがウクライナに侵攻し、原油価格は一段と高騰した。政府は補助金の延長を決め、4月末に基準価格を168円に下げ、支給上限を35円へと大幅に引き上げた。図2が示すように、補助金を投入しなかった場合、6月には215円を超えた週があり、確かに価格は「激変」していた。「この時点での延長はやむを得なかっただろう。ただ、出口戦略は明確に打ち出しておくべきだった」(エネルギー業界関係者)
その後、価格は10月頃に下落へと転じ、年末から23年の夏前にかけては182円前後で安定的に推移。安くはないが、激変という状況は脱していた。そこで政府は、6月を起点に補助金を段階的に縮小し、9月末に終了する方針を打ち出した。この時点ですでに6兆2000億円もの予算を投入しており、方針の堅持が求められていた。ところが夏に産油国による自主減産が本格化、円安の進行も相まって、7月を起点にガソリン価格は再び上昇を始めた。
「足元、原油価格、為替の動向などによって、ガソリン価格が過去最高水準になってきていますので、国民生活、経済活動に与える影響を考えますと、やはり負担軽減に向けた取組は当面継続する必要がある」
当時の西村康稔経済産業相は9月1日の閣議後会見でこのように述べ、補助金の再々延長を表明した。いつしか、経済回復を妨げないという当初の目的は消えていた。
業界では「激変緩和というなら、せいぜい1、2年だ。3年続ける政策ではない」という声が大半だ。実際に諸外国は、補助金や減税をスパッとやめている。ドイツは22年6~8月の3カ月間の減税、フランスは同年4~12月までの割引で手仕舞いした。
【インタビュー:熊野 英生/第一生命経済研究所主席エコノミスト】
多くの人が知らない事実であるが、日本の消費者物価上昇率は主要7カ国(G7)の中で最も伸び率が高い。これは単月だけのことではなく、昨年11月から今年4月まで6カ月間も継続する状況である(図参照)。
そう述べると勘の良い人は、「あっ、コメ高騰のせいだ」と直感する。確かにそれも一因である。答えは、エネルギー要因の下落が、主要国では物価押し下げに効いているのだが、日本だけはそれが明確に表れていないからだ。日本では、ガソリンなど4油種への補助金と電気ガス料金支援がエネルギー価格の上昇を抑え込んでいる。そのため、原油市況が上がったときに消費者物価が上がりにくい。その代わり、原油市況が下がったとしても、これまでエネルギー価格を抑えてきた分、消費者は価格下落の恩恵を受けにくくなる。日本だけは値下がりしていないという要因によって、他の主要国の物価上昇率と比べて日本はプラス1ポイントほど押し上げられる形だ。コメ高騰がプラス0・6ポイント程度の押し上げなので、併せるとプラス1・6ポイントほど日本の物価上昇要因となってしまう。
エネルギー代補助金は、止めるに止められない補助となっている。理由は、補助を止めた途端に値上がりして、国民から反発が起こるからだ。「値上がり」と言っても、補助があって下がっていた分が元に戻るのだから仕方がない。補助が当たり前になって、ありがたみが薄くなる代わりに、その当たり前がなくなると、それが痛みに思えてくる。そこは本来、政治が説明を尽くすべきだが、まともな説明をすることも嫌がられてしまう。こうした補助は既得権ではないし、エネルギー価格は基本的にマーケットが決めるものだ。
すでにおかしなことが起きていると思えるのは、原油市況を円ベースで見たものが、2022年2月のウクライナ侵攻の時点を割り込むような場面が起きているからだ。ガソリン支援は、同年1月に激変緩和措置として始まった。ウクライナ侵攻が始まって、原油市況が急騰したときには意味があったと思う。しかし、そうした危機的局面はすでに去っている。こうした局面変化に、この「激変緩和措置」は対応できていない。つまり、あらかじめ出口戦略を決めておかなかったので、止められない状態に陥った。
今の円安局面も一面として、日銀が13年以降、量的質的金融緩和の出口戦略をあいまいにしていたために起きている。植田和男総裁に交代して、超緩和からの脱却に取り組んではいるものの、ゆっくりとしか金利水準を引き上げられないために、過度な円安が起こり、それは物価上昇という弊害として表面化している。
エネルギー代補助金は、脱炭素化に反する。近年の農水産物などの生鮮食品価格高騰が、異常気候を一因にしていることは疑いないことだ。補助金を続けることは、いずれ人類の危機を助長する。電気代を引き下げるには、原発再稼働という出口が存在する。批判は根強いと思うが、エネルギー価格の抑制とCO2排出削減を両立させる道をもっと前進させるべきだ。
【インタビュー:永井岳彦/資源エネルギー庁 燃料供給基盤整備課長】
―次世代燃料の導入はまずバイオ燃料、その後合成燃料と段階的に取り組む方針の下、6月10日にはガソリンのバイオエタノール導入拡大に向けたアクションプランを策定しました。
永井 コストを考えると合成系に一足飛びに向かえず、現実的な選択肢としてバイオ系を挟んだアプローチが必要です。ガソリンへのバイオエタノールの導入拡大は、E10、E20の車両対応や設備導入などが事業者にとって二重の負担とならないことが重要です。E20の導入目標である2040年代はガソリンの消費量が大きく減る可能性があり、足元でE10用として投資するバイオエタノール用タンク容量は、40年代には必然的に20%混合にマッチする規模となると見込んでいます。今回のアクションプランでは、当初からE20の導入を見据えて投資してもらうことで二重の負担にならない工夫をしています。
―燃料油補助金が終了しない限り、次世代燃料の導入が進まないように思えますが。
永井 補助金はあくまで物価高に苦しむ国民生活を支える緊急避難的な対応です。現在の定額引き下げ措置は、ガソリンの旧暫定税率の扱いが決まるまで継続するとしており、状況を踏まえて出口が見えてくるのではないでしょうか。一方、中長期的には26年度からの排出量取引制度、28年度からの化石燃料賦課金で次世代燃料を導入しやすい環境を作り上げる方針です。
―補助金の導入に伴い価格競争が起きていませんが、販売店に経営余力があるうちに先行投資を促す仕掛けも必要では?
永井 補助金は小売価格の上昇分を全国一律に抑える目的であり、ガソリンでは卸価格に1ℓ10円の支援を平等に行い、今の競争環境を維持したまま全国の価格を引き下げています。表面上は分かりにくくても、現場ではこれまで通りの競争が起きています。ウクライナ侵略以降、補助金がなければガソリン小売価格は一時200円を超えており、まさに激変緩和の役割を果たしたと考えます。足元の状況を無視し無理やり短期的支援を終了すれば社会にひずみが生じます。補助金は本来の役割を終えつつありますので、出口に向け、冷静に議論できる環境も醸成されつつあります。
並行し、脱炭素に向け10年で20兆円というGX移行債による先行投資を行うとしています。かつてのサンシャイン計画以上の大胆さであり、この方針の下、バイオ燃料・合成燃料の普及を進めています。バイオ燃料導入に必要な販売店での設備投資は直ちに必要ではなく、設備改修には別途支援を検討する必要があると思っています。このように短期と中長期それぞれに必要な措置を講じることが大切です。