需給バランスは危機的水準へ 休廃止計画を阻止できるかが鍵


2030年前後に火力発電設備の休廃止が集中し、中長期で需給バランスが厳しくなる――。そんな実態が、電力広域的運営推進機関が3月28日に公表した25年度供給計画(25~34年度)で明らかになった。政府の30年に向けた石炭火力フェードアウトの方針を踏まえて事業者が休廃止の計画を具体化させるほか、長期脱炭素電源オークションで落札された29年度以降に運開予定の新設LNG火力に、既設火力からのリプレース案件が含まれているため、工事期間中の20年代後半に供給力が減少することが主な要因だ。

27~29の各年度に休廃止する設備容量は、昨年度の供給計画(24~33年度)よりも増加。この結果、新増設から休廃止を差し引いた設備の減少量が昨年度の供給計画との比較で2倍以上に拡大した。30年度以降は新増設の設備量も増加するが、設備量の減少傾向は続く。一方で、データセンターや半導体工場などの建設に伴い、需要は昨年度計画よりも増加するとの想定だ。これにより、供給信頼度の指標となる年間EUE(停電予測量)は、27年度に北海道、東北、東京、九州の広いエリアで、28~34年度には東北、東京、九州で目標停電量を上回り、その基準を満たせない見通しとなった。

火力発電の新増設および休廃止計画の推移 出所:電力広域的運営推進機関

補修量の増加による影響も 電源確保の費用負担の検討不可欠

広域機関は同日、供給計画の結果を基に現状の課題を整理し経済産業相に意見を提出した。既設火力を維持するための方策として、低稼働の設備を供給力・調整力・慣性力として活用するなど、脱炭素と供給力確保の両立を図るための制度的措置についての検討継続を求めた。さらには、同機関が供給計画の内容を精査し、電源の休廃止やリプレースの時期が一時期に集中しないよう調整の余地を検討するとし、国にも連携して必要な対応を採るよう要請した。また、事業者に対しては、需給バランスに与える影響を考慮した休廃止やリプレース計画の再検討につながることへの期待を示した。

火力の休廃止のみならず、補修量の増加が需給バランスに与える影響も大きい。20年度以降、火力の設備容量が減少する一方で補修量は増加する傾向にある。背景には、設備の経年劣化に加え、建設業の「働き方改革」による工期の長期化や、再エネ拡大による出力調整の頻度増、起動・停止の繰り返しによる機器への負荷がある。同機関は、端境期に需給ひっ迫が生じやすいことからも、年間の補修停止可能量の見直しが必要であると指摘。見直しの際には、その妥当性のコンセンサス醸成や、見直しに伴う電源確保量の増分費用の負担の在り方について検討するよう求めた。

【特集2】供給量と輸出量の拡大に注力 日本のリーダーシップに期待


バイオエタノール大国である米国は輸出拡大を推進中だ。
日本での本格導入による展望や期待について話を聞いた。

インタビュー:セス・マイヤー(米国農務省 首席エコノミスト)

―米国でのバイオエタノールの現状と取り組みについて教えてください。

マイヤー 米国はバイオエタノールの世界最大の生産国であり消費国です。ガソリンへのエタノール混合が義務化されていることで、農村地域のビジネスチャンスになっています。エタノール混合率は2024年に10.4%に達し、エタノールが15%含まれるE15ガソリンの通年販売も許可されました。CO2排出量の低減、生産効率のさらなる向上、供給量や輸出の拡大などを推進するため、米国の関係者は日々努力しています。

―世界のエネルギーを取り巻く環境において、バイオエタノールの果たす役割は。

マイヤー 温室効果ガス(GHG)排出の削減、化石燃料依存度の低減、エネルギー安全保障の促進、世界中の農村経済活性化などをもたらす重要な再生可能エネルギー源です。世界の輸送部門の脱炭素化において、農業が重要な役割を果たします。生産国また消費国にとってエネルギーの持続可能性を高め、エネルギーミックスの多様化に貢献できるウィンウィンの関係を構築し維持することができます。

―日本でバイオエタノールが普及すると、どのような効果がありますか。

マイヤー 低炭素社会実現への移行につながり、バイオ燃料インフラの需要創出が期待されます。その結果、アジアでバイオエタノール導入がさらに進む可能性もあります。GHG排出の削減において日本の環境目標達成にも貢献するでしょう。

―2月の日米首脳会談後の合同記者会見で石破茂首相からバイオエタノールについて言及したことをどう受けて止めていますか。

マイヤー 良い意味でのサプライズでした。両国政府のトップから米国産トウモロコシ由来のエタノールに対する支持表明がなされたことを大変喜ばしく思っています。米国のバイオ燃料を安定的に輸出することで、日本の消費者の皆さんにとって信頼に値するエネルギー源となることを期待しています。

―バイオエタノールの将来をどのように展望していますか。

マイヤー 将来の展望は非常に明るいです。バイオエタノールは、食糧と競合しないセルロース系エタノールやCCS(CO2の回収・貯留)技術などの発達で、さらにサステナブルに進化しています。低炭素燃料を求める世界のエネルギー転換戦略に重要な役割を果たし、日本の動向を注視するアジア諸国に、日本は強いリーダーシップを発揮できると思います。

せす・まいやー アイオワ州立大学で学士号と修士号、ミズーリ大学で農業経済学の博士号を取得。ミズーリ大学食糧農業政策研究所(FAPRI)の研究教授、副所長を歴任。

【特集2】地の利を生かして大転換を図る 発電・熱・原料を先駆的に利用


【川崎市】

水素に取り組む先駆的な自治体の一つが川崎市だ。国の「水素基本戦略」より2年早く、2015年に「川崎水素戦略」を策定。菅元首相が「カーボンニュートラル宣言」を表明した20年には、ブルネイからメチルシクロヘキサンに変換した水素を運び、発電所使用で実証するなど確かな実績を築いてきた。

こうした経験を踏まえ22年、新たに「川崎市カーボンニュートラルコンビナート構想」を策定した。その背景にあるのが川崎ならではの産業構造だ。川崎臨海部には石油・化学コンビナートをはじめ、約2700もの事業所が立地する。製造品出荷額は政令指定都市の中でトップクラス。一方、臨海部立地企業の上位30社が市全体のCO2排出量の7割以上を占めている。臨海部国際戦略本部成長戦略推進部カーボンニュートラル推進担当の江﨑哲弘担当課長は「CO2を限りなくゼロにしつつ、高い産業競争力の維持・強化も図っていく」と話す。

同構想のポイントは、「地の利」を最大限に生かすこと。柱の一つが、コンビナートに近接する川崎港で海外からCO2フリー水素などを受け入れ、カーボンニュートラルエネルギーの供給拠点を作ることだ。川崎臨海部には800万kW以上の火力発電所が集積する。燃料を水素に置き換えるとともに、CO2フリーの電力供給で一般消費者など、脱炭素化も進めていく。

二つ目が、同じく臨海部に立地する素材・化学プラントや廃プラスチック工場などを活用した炭素循環型コンビナートの整備構築だ。将来、水素などへのエネルギー転換が進むと石油に代わる炭素資源が必要になる。そこで、首都圏からの廃プラスチック回収やCO2などの再資源化を進めることで、炭素資源から素材・製品などを製造する体制を構築する。三つ目の柱としては、臨海部の企業間連携・ネットワーク化により、水素をはじめとするカーボンニュートラルなエネルギーの地域最適化を進める方針だ。

企業や自治体との連携強化 協議会設立で93社が加盟

臨海部全体での取り組みにはさまざまな連携が必要だ。こうした中、川崎市は「川崎カーボンニュートラルコンビナート形成推進協議会」を設立。臨海部の企業をはじめ、技術面や資金面で連携が見込まれる企業を含む93社が加盟している。また、京浜工業地帯を構成する東京都や横浜市とは連携協定を結んだ。

商用化を見据えたプロジェクトも動く。川崎市が低未利用地の活用を進める中、市内の扇島におけるJFE東日本製鉄所の高炉休止後の跡地に、日本水素エネルギーが行う「液化水素サプライチェーン商用化実証」の液化水素国内基地の整備が決まった。30年度の商用運転に向けた実証事業の拠点とする。

市が民間企業と連携して実施した調査によると、川崎臨海部の水素需要は年間約42万t、近隣の羽田空港および周辺エリアの水素需要は年間約4~6・6万tと潜在需要がある。水素エネルギーの「商用化」という次なる目標に向け、川崎市の取り組みが注目される。

「市の特色を出したい」と江﨑さん

【特集2】法人車両のドラレコを活用 AIを活用した新保安システム


【岡山ガス】

業務効率の改善に向けて、DXの導入を検討する都市ガス事業者が増えてきた。そうした中、岡山ガスはこのほど、保安業務の向上に寄与する「AI道路工事検知ソリューション」をNTTコミュニケーションズ(コム)と協力して開発した。

都市ガスや電気、通信、上下水道、道路などのインフラ工事では着手前に事業者が相互に情報を共有し、設備の破損事故を防止するよう努めている。岡山ガスではこの情報共有に加え、独自に道路情報を収集するため、社用車でエリア内のパトロールを行ってきた。

河原勲供給部長は「道路情報を精緻に知ることは安定供給を維持するために重要だ。同ソリューションは社用車での巡回作業を減らしながら、道路情報を取得できるため、保安の精度向上と同時に、業務改善、コスト削減、人材不足への対応に寄与する」と説明する。

NTTコムの技術と融合 最新の道路状況が判明

今回のソリューションは、NTTコムのサービス「モビスキャ」を活用する。モビスキャはNTTドコモの5G回線で通信しながら、街中を走行するバスやタクシーなどのドライブレコーダーに収録した映像データを効率的に収集するサービスだ。岡山ガスはモビスキャのデータ活用パートナーとして、企画段階からAIの学習担当を担い、実証試験を重ねるなど検知精度の向上に協力してきた。

同サービスでは、映像データから道路とその近辺での自社以外のインフラ工事をAIが判定し、必要な情報のみを抽出してサーバーに蓄積する。また、AI技術がデータ容量を削減し、個人情報の保護を行った上で有効なデータのみを受領する仕組みになっている。
岡山ガスでは同サービスと既存の「保安管理システム」を連携させ、工事の未知/既知の判定をしながら、工事の危険度レベルを把握することで、より効率的な現場管理を行っている。

モビスキャにおいては、バスやタクシーなどの他に宅配業者や貨物トラック、営業車なども、ドライブレコーダーとカメラを搭載して映像を提供するモビリティパートナーとなり得ると考えている。この採用台数が増えると、より多くの高品質な道路映像データの提供が可能になり、リアルタイム版「グーグルストリートビュー」のようなソリューションが構築できる。これを利用すれば、高齢者の徘徊や子どもの通学路の監視、交通情報の高度化など、インフラ保安にとどまらず、さまざまな用途に活用できると想定する。

同社では、他の点検業務に利用しているドローンにもAIカメラを搭載し、収集する画像を増加することや、工事情報だけでなく、地域の顧客の安全性を向上させるさまざまなサービスなども検討中だ。
「当社は新技術をまず試して見る企業文化がある」(河原供給部長)。今後も、新技術を積極的に利用して新たなサービスやソリューションの創出に取り組んでいく構えだ。

AI道路工事検知ソリューションで監視する

【特集2】LPガスの安全をメーターで維持 集中監視システムも早期に構築


【東洋計器】

第1世代のスマートメーター(スマメ)の設置を終えた電力業界と、スマメ導入を進める都市ガス業界。両業界が検針業務の効率化や災害からの早期復旧の観点でスマメの導入を促す中、LPガス業界も着々とメーターで実績を積み上げてきた。実は同業界はいち早く、通信網を通じて「集中監視」と呼ばれるシステムを構築してきたのだ。

LPガスの消費量、地震によるLPガス容器の揺れ、ガス漏れによる異常検知など、販売や保安に関する細かなデータをメーターから一括して収集するシステム、まさに「スマメの源流」ともいえる仕組みを手掛けてきた。このLPガスメーターの分野でトップシェアを誇るのが、長野県松本市に拠点を置く東洋計器だ。

同社による集中監視の歴史は、昭和にさかのぼる。「固定電話のアナログ回線から始まり、PHS、3G、4G回線と通信技術の発達に伴いシステムを改善し、運用コストを低減してきた」(総合企画部)。
電力や都市ガス業界と大きく異なる点は、メーターメーカーが大きな役割を果たしていること。メーカーが集中監視のインフラを構築し、LPガス事業者・販売店がそのインフラを利用する構図だ。
それぞれのエネルギー事業形態や事業法が異なるため、一概には比較できないが、メーカーの存在感が際立っているのがLPガス業界である。

そんな業界で存在感を発揮する同社は、土田泰秀会長の編著のもと「計量の価値を高めて~東計会41年をふりかえる~」を今年発行した。この内容をひも解くと、大震災のたびに集中監視が保安で威力を発揮してきたという歴史を垣間見ることができる。

東日本大震災や阪神淡路大震災の発生後に実施したアンケートでは、「ガスの元栓を閉めていたことを忘れていた。ガスが使えなくなった理由が分かり安心した」(消費者)、「遮断した顧客に遮断弁を復帰してもらい、出動が1件もなかった」(販売店)、「ガス容器からガス機器までをつなぐ配管の間の漏れを発見して対応できた」(販売店)といった声が寄せられた。

他産業への広がり 都の水道局でも活用

現在主力とする製品が「IoT―R」だ。集中監視システムに対応する最新の通信端末で、18年に販売し、累計で400万台出荷した。KDDIの携帯電話網を活用し、検針値やガス漏れ通報などを同社のマルチセンターに自動通報する。

さらに遠隔での開閉栓も可能だ。最近では都市ガスのほか、灯油や産業ガス、水道といった他のユーティリティーでも利用されている。

「東京都水道局に納入し、検針の合理化や効率的な漏水管理を支援している。全国各地で老朽化に伴う漏水や設備維持に課題を抱える水道事業にとって都の取り組みは参考になると思う」と総合企画部の担当者。保安や災害対応のみならずインフラの維持でも、今後もメーターと通信端末が大きな役割を担っていきそうだ。

主力製品の「IoT―R」

【特集1】新市場に挑戦し成長軌道へ 業界を政策側から後押し


安定供給の使命と脱炭素化で揺れるエネルギー業界。

石油産業を巡る政策の今後の方向性は。和久田肇資源・燃料部長に話を聞いた。

【インタビュー:和久田 肇/資源エネルギー庁資源・燃料部長

―脱炭素社会を目指す中で、エネルギーとしての石油に求められる役割とは。


和久田 脱炭素化とは言っても、あくまでも排出されるCO2をいかに削減するかが鍵であり、安定供給の観点から石油が引き続き重要なエネルギー源であることに変わりはありません。例えば自然災害の際には、機動性、可搬性などに優れる石油がなければ、復旧の現場や避難所へのエネルギー供給に支障をきたしてしまいます。運輸部門では、脱炭素燃料を導入しながら既存のエンジン車を活用していく選択肢が重要になってきます。さまざまな脱炭素技術の中で、今、直ちにどの技術が優れているかを決めることはできません。過渡期においても必要なエネルギーがきちんと供給されるよう、脱炭素化の努力をしつつ、石油の供給体制を適切に維持していかなければなりません。


―世界的にも、石油をはじめ化石燃料に対する風向きが変わりつつあるようです。

和久田 確かに、各国がカーボンニュートラル(CN)を宣言した2020年ごろは、各国政府、企業ともに3E(安定性、経済性、環境性)のうち「環境」に重きを置く傾向にありましたが、最近はバランスを取る政策、事業戦略に転換する動きが目立ってきました。3Eのバランスの重要性は日本政府がかねてから主張してきたことであり、ようやく世界が歩調を合わせてきたと実感しています。

高止まりの中東依存度 調達の多角化が課題

―調達における中東依存度の高止まりが課題です。

和久田 なるべく多様な調達のポートフォリオを構築することは、エネルギー安全保障上、大きな意味があります。こうした観点から、中東に過度に依存している現状は、必ずしも強じんな調達構造であるとは言えません。1970年代のオイルショック以降、アジア地域やロシア、米州などからの調達を増やすなど、さまざまな形で多角化を目指してきましたが、経済発展によりアジア地域が輸入国に転じたこと、最近ではロシア・ウクライナ戦争などが影響し、理想通りに中東依存度を下げることができていないのが実情です。一方で足元では、OPEC(石油輸出国機構)の協調減産を緩めれば、日量550万~600万バレルの供給余力があると言われています。幸いにも、需給に余裕があり、ファンダメンタルズ面では価格が大きく上昇するような状況には陥っていませんが、高い地政学的なリスクにさらされていることは間違いなく、引き続き緊張感を持って中東情勢を注視していきます。

―長期的な需要の不確実性が高まっています。自主開発比率の目標設定についてはどう考えますか。


和久田 どのような状況下においても、日本企業が上流開発に参画する重要性は変わりありません。単なる調達に依存してしまえば、処分権を持つことができず、価格決定に関与することもできないからです。第6次エネルギー基本計画では、そのための重要な指標として自主開発目標を見直し、30年度に50%以上、40年度に60%以上という目標を明記しました。その方向性は変わることなく、第7次エネ基においても、自主開発目標の在り方を議論していくことになると考えています。

石油政策の行方は……

【特集2】24時間体制で保安管理 丁寧なヒアリングを基に営業


【八戸ガス】

北東北有数の工業都市で知られる青森県八戸市で都市ガスの供給を担う八戸ガスは、重油よりCO2排出量が少ない天然ガス燃料に転換する取り組みをけん引している。

その展開で大きな役割を担っているのが、ENEOSエルエヌジーサービスが運営するLNGの輸入・供給基地「八戸LNGターミナル」だ。この基地が2015年に運営を始めたことをきっかけに、工業設備向けボイラー燃料を重油からLNGに置き換える事業者の数が増加。脱炭素化の潮流に乗って、LNGが工場地帯を支えるエネルギーとして市内に広がっている。
燃転の際の売りが防災面の対応力だ。取締役の舘綾子営業部部長は「万全な保安管理が強みだ」と強調。有事に備え、素早く現場に向かい24時間体制で需要家のガス利用をサポートする体制を整えている。

舘氏が日々の営業活動で心がけている取り組みが「丁寧なヒアリング」。ガスを利用する工場を定期的に訪問して吸い上げた現場の声も、防災対策に生かされている。今後もこうした取り組みを武器に、市内産業の燃転ニーズの開拓を目指す。

保安管理に強みを持つ八戸ガス

岸田首相は総裁選に出馬せず 電力側の評価は高かったが……


8月14日、岸田文雄首相が次期総裁選に出馬しない意向を表明した。政治資金パーティを巡る政治と金の問題などで支持率が低迷するなど、世間的には厳しい評価にさらされている岸田政権だが、エネルギー、とりわけ電力業界からは高評価の声が少なくない。安倍晋三政権時代に行き詰まっていた重要課題を一挙に解決へと導いたからだ。大手電力の幹部が言う。

次期総裁選への不出馬を表明した岸田首相(8月14日) 提供:首相官邸

「何よりも福島第一原発から出る処理水の海洋放出を実現させた。地元漁業関係者との交渉や、中国をはじめとした海外諸国の反発を抑え込んでの英断は見事だった。また原子力政策では脱炭素電源法に基づく運転期間延長を実現させたほか、エネルギー政策全般でも3・11以降の脱原発から原発推進へと大きくかじを切った。嶋田隆首相秘書官ら官邸スタッフの功績も大きいが、岸田首相の思い切った政治決断があればこそだと思う」

14日の会見で、岸田首相はエネルギー政策についてこう言及した。「原発の再稼働、革新炉設置を含めたエネルギー政策についても、電力自由化が進む中で、いかに電力投資資金を確保するか。電力安全保障と脱炭素化をいかに両立させるか。第7次エネルギー基本計画の下で方向性を確かなものにしていかないといけない」

9月27日投開票が決まった自民党総裁選を巡っては、小林鷹之前経済安全保障相、小泉進次郎元環境相、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相のほか、斎藤健経済産業相、高市早苗経済安全保障相、上川陽子外相ら計11人の名前が挙がる。エネ政策のかじ取りに注目だ。

【特集2】ガスタービンで水素30%混焼に成功 アンモニア燃焼システムも開発中


三菱重工業が水素・アンモニア発電用ガスタービンの開発に注力している。次世代ニーズに対応するため近年中の完了を目指す。

【三菱重工業】

三菱重工はカーボンフリー燃料として水素・アンモニアを利用するガスタービンの開発に注力する。水素ガスタービンの早期商用化に向けては同社高砂製作所内に「高砂水素パーク」を整備、水素の製造から発電までにわたる技術を一貫して検証している。

水素ガスタービン開発では昨年11月、実証発電設備で最新鋭の「M501JAC形」ガスタービンによる水素30%混焼運転に成功した。今後、中小型ガスタービンは25年、大型ガスタービンは30年以降の水素専焼での商用化を目指し、新型燃焼器の開発を進めていく。

水素は天然ガスに比べて燃焼速度は7倍と高く、燃焼器で天然ガスと水素を混焼、または専焼すると、天然ガスのみを燃焼した場合よりも火炎位置が上流に移動し、空気と十分混合する前に高い火炎温度で燃えるため、NOXが増加する。また、燃焼器の上流に火炎が遡り、逆火が発生するリスクも高くなる。そうした課題を解消するため、専焼用のマルチクラスタ燃焼器では混焼用燃焼器より、高流速かつ混合距離が短縮可能で、逆火耐性が高いものを目指す。また、火炎を多数に分散することでNOX低減を図る。

アンモニアでは2方式を検討中 安定した火炎保持が課題

一方、アンモニアは天然ガスに比べて発熱量が3分の1、燃焼速度が5分の1と低いため、燃焼が不安定になりやすく、火炎を安定して保持することが難しい。また、窒素分を含んでいるため、燃焼の過程で発生するフューエルNOX(燃焼由来)が生成されるため、NOXを低減する手法が必須だ。そこで同社はアンモニア燃焼システムとして、直接燃焼GTCC(ガスタービン複合発電)と分解GTCCの2方式を検討中。直接燃焼GTCCはNOX排出量を低減するアンモニア用燃焼器と高効率脱硝装置を組み合わせた。同システムは中小型H-25形ガスタービンで開発を進め、25年以降の実機運転、商用化を目指す。分解GTCCは実用化を検討中だ。

長期脱炭素電源オークションに参加するうえで、火力発電の次世代燃料への対応は必須条件となる。こうした発電ニーズに三菱重工はさまざまな開発を進めて応えていく構えだ。

高砂水素パークで混熱運転を進める

【特集2】供給体制から手掛けた燃料転換 点在する工場の低炭素化に貢献


【旭化成延岡地区】

旭化成延岡地区は複数点在する工場を自営線ネットワークで結び電力を供給している。電力の約90%は自家発電から賄われており、昨年3月にその電源の一部をコージェネに更新した。

旭化成延岡地区はグループ最大の生産拠点だ。1923年に合成アンモニアの製造を開始した同社発祥の地であり、現在も繊維、基礎化学品、樹脂・医薬品原料、メディカル製品、エレクトロニクス製品などを製造している。
工場は宮崎県延岡市内に複数点在しており、使用する電気の約90%を五ヶ瀬川水系にある水力発電所9基と、火力発電所4基でつくり、自営線で送って自給している。
このうち、火力発電所では昨年3月、CO2削減と、水力発電の利用拡大を目的とした需給調整力確保のため、第3火力発電所を石炭火力からガスタービンコージェネ(3万7000kW)にリプレースし運用を開始した。
コージェネ導入に当たっては、「燃料転換によるコスト増に耐えられるのかといった議論もあった。しかし、低炭素化、その先の脱炭素化に向けて天然ガスでいこうとの結論に至った」。延岡動力部動力課の弓削輝泰課長は、経緯をこう振り返る。

導入したガスタービンコージェネ


年間CO2排出量を削減 運用面でも改善効果大

従来の石炭火力では、石炭焚き水管ボイラーと抽気復水式蒸気タービンを組み合わせたボイラータービンジェネレーターを使用していた。蒸気需要に合わせて抽気蒸気量を、電力需要に合わせて復水蒸気量を制御するものだったが、蒸気タービンの運用制約上、復水蒸気量をゼロにすることができず、復水器で常時放熱ロスが発生していた。
これに対し、導入したコージェネは蒸気・電力需要の変化に対し柔軟な制御が可能であり、80?90%と高い総合運転効率を実現。経済的な価格差を縮小するとともに、年間CO2排出量を約16万t削減することに成功した。
運用面での改善効果も大きい。石炭火力ではミルで燃料を擦り潰してボイラーに投入する。この過程で石などの異物が混入するといったトラブルが多かった。着火するまでの時間もかかる。天然ガスは燃えやすく、需要への追従性が高い。負荷調整において1分で1000kWは楽にこなすとのことだ。コージェネでつくった蒸気と電力は、延岡地区の複数工場間で融通している。夏は空調など電力需要、冬は熱需要が高まる。これに合わせて、コージェネは出力を1万2000kWまで低減して運転できる仕様になっている。
コージェネ導入においては、燃料供給体制の構築も課題となった。同プロジェクト以前は、宮崎県内に大型内航船の受入基地がなく、新たな基地を建設する必要があったからだ。そこで旭化成、地元の都市ガス事業者である宮崎ガス、基地建設や設備に強い大阪ガスが中心となり、どのような規模と設備で、基地を建設すべきか検討を進めてきた。
その後、18年12月に同工場への天然ガスの安定供給と普及拡大を目的に「ひむかエルエヌジー」を設立。宮崎ガス、大阪ガス、九州電力、日本ガス、旭化成が出資する合弁会社で、宮崎県内最大規模のLNG基地と約6㎞のガス導管を建設した。同社によって、内航船で調達したLNGをタンクに受け入れ、気化したガスを導管に送出し、コージェネまでガスを送り届けている。基地とコージェネ間は通信回線で結ばれており、緊急時はガス製造を制御するなど、保安面での連携も行っている。

新設した「ひむかエルエヌジー」の基地


延岡地区の電力設備は50 Hz マイクログリッド運用に対応


旭化成延岡地区には、ほかにもユニークなエネルギー事情がある。創業期にドイツから50 Hzの発電設備を調達し、電源・送電網を自社で整備したため、西日本エリアでありながら、各工場では50 Hz対応の製造設備を運用しているのだ。自社で有する50 Hzの発電所や自営線、九州電力送配電からの60 Hzの系統電力が混在する。系統電力は周波数変換装置で50 Hzに変えて供給。導入したコージェネは社内環境に合わせた50 Hz仕様となっている。
エネルギーマネジメントにおいては、各工場のエネルギー情報を集約し、電力需要と各水力発電所の電力供給を精度良く予測し、60 Hz系統電力とコージェネを含めた自家発電設備の運用計画へ反映させている。
9基ある水力発電所は流れ込み式で、川の水をそのまま発電所に引き込み発電する。貯水槽を持たないため、夏の豊水期や冬の渇水期などは水量変化に伴い発電量が変化してしまう。これには、過去30年間に及ぶ発電実績データを基に水力発電の発電量を予測し、60 Hz系統受電と自家発電設備の運転を効率的に組み合わせて運用する。「台風シーズンは水量が増えて、土砂や流木が流れて取水できないこともある。水力を最大限活用していくが、できないときのバックアップとして、コージェネは一役買っている」(弓削氏)
また落雷の発生など、非常時にはその影響を回避するため、一般送配電線網から独立した運転を行う場合がある。こうした非常時には、延岡地区に分散する自家発電設備と各工場間を結ぶ自営線ネットワークで地域マイクログリッドを形成し電力供給を継続する。導入したコージェネは、こうした運用にも対応できるように機種を選定し、他の自家発電設備との負荷分担も考慮した制御を行っている。
同社では、今後も低・脱炭素化に向けた取り組みを継続していく方針だ。「稼働中の石炭火力発電がまだある。使用率の低減を図りながら、コージェネへのリプレースを含め検討中だ。バイオマス発電の拡大、水素やアンモニアなどの次世代燃料、CO2クレジットによる相殺などあらゆる選択肢を模索している」と弓削氏は話す。
製造業において、新たな設備やエネルギーを導入する際、コストは重要なファクターとなる。これをクリアできる低・脱炭素化技術の登場が従来にも増して望まれている。

【特集2】強風下での地震発生を想定 グループ大で複合災害の訓練実施


【東京ガスグループ】

「災害時における他社への応援をこれまで何度も経験し、復旧活動のノウハウは蓄積されているが、自社が被災した際の初動対応の経験はほとんどない。今回の防災訓練を通じて課題をしっかり抽出し、災害対策を強化したい」。東京ガスグループは7月12日、今年度の防災訓練を実施した。冒頭、東京ガスの笹山晋一社長はこのように述べた。

東京ガスでは、マイコンメーターの安全機能が作動し、限られたエリアで部分的にガス供給が止まる事態はこれまで何度も経験している。しかし、関東大震災以来、都心部で大規模な面的供給停止のような事態には幸いなことに直面していない。

関東大震災100年目のタイミングで行われた今回の訓練は、当時の状況を模して進められた。

複合災害を初めて想定 スパーリングで事前演習

1923年9月1日、関東エリアでは能登半島付近に位置していた台風により全域で強風が吹く中、神奈川県西部を震源とするマグニチュード7・9の地震が起きた。関東大震災は、強風下での地震・火災発生という「複合災害」であった。そうした複合災害を想定した訓練は、東京ガスグループとしては今回が初めてのことだ。今回の訓練にはグループ全体、協力企業含めで約2万人の従業員が参加している。

訓練は地震発生を休日と想定。オンライン併用型の体制とした。まず、台風接近の予報に対応して東京ガスネットワーク(NW)の沢田聡社長が災害対策本部の本部長を務める「第一次非常事態体制」を敷いた。

その後、台風がそれ、大規模地震による発災を受け、よりシビアな状況に対応する笹山社長を本部長とした「第二次非常事態体制」へと移行した。

一次と二次の違いは供給エリア内における災害度合いで決まる。供給区域内で震度6弱以上の地震が発生した場合は、自動的に東京ガスの社長が本部長を務める体制を設置する。

訓練に先立ち、東京ガスグループでは、「スパーリング」と呼ぶ演習を実施している。想定された情報に基づきガス製造、導管、小売り、広報、人事などあらゆる部門が対応方針などを検討・整理し、訓練事務局がその対応方針などを確認。質問や確認を重ねることでより具体的な災害時の想像力や対応力を高めるものだ。東京ガスNW関係者は「徹底したスパーリングを実施してきた」と話す。

実際の訓練では、各班から、リアルな情報が矢継ぎ早に上がってきた。

「台風の接近に伴う公共交通機関の運休を想定し、合計〇〇名の人員を確保」「LNG船の配船調整を終了」「ホームページやツイッターで注意喚起を実施中」「被害が軽微なエリアでは供給指令センターから遠隔操作で復旧作業中」「通信障害が発生。通信の代替手段を案内済み」「〇〇ガス発電所では地震後も稼働を継続していたが、津波警報の発令を受けて緊急停止」「東京消防庁から面的な供給停止の要請を受けて、二次災害防止のために〇〇エリアでブロック停止」―。

これらの情報をグループ全体で共有。本部が最善の対策を検討し指示を出していく。

また、各班に対しては「他社による応援部隊のロジスティック面や、当社側の受け入れ体制に問題はないか」「情報発信について、日本ガス協会と連携しながら行っていくのか」「応援部隊の都市ガス会社が台風被害を受けている場合、復旧計画にどのように影響するのか」など、さまざまな「シナリオレス」な質問が投げかけられていた。こうした取り組みは「実戦力」を強化するために欠かせないものだ。

警視庁との連携強化 状況を共有し早期復旧

今回の訓練では警視庁が参加したことも大きな特徴である。「東京ガスNWからの地震情報を基に〇〇道路の状況を確認し、通行禁止にしました。また、緊急自動車専用路を走行する際は、赤色灯、サイレンを吹鳴して走行ください。緊急車両の指定がない車両は、現場の警察官の指示に従って走行ください」など、警視庁はウェブ上で参加した。

警視庁と東京ガスNWは今年2月、大規模な災害発生時に相互に連携し災害応急対策や復旧作業を円滑に行うことを目的に協定を結んでいた。

平時では定期的な情報交換を行うほか、災害時や復旧作業時では交通規制情報の共有、東京ガスNWの高密度リアルタイム地震防災システム「SUPREME」で把握した情報の共有を図っていく。今回はそれらの取り組みを踏まえた訓練だった。

訓練冒頭で笹山社長は物理学者の寺田寅彦の言葉を借りこうも述べている。「正しく恐れることが大事。過大に恐れることでもなく、過小に評価するでもなく、適切に課題を抽出し、対策を強化しましょう」

安全・安定的にエネルギーを供給する事業者としての使命を果たすべく、限りなくリアリティーを追求した防災訓練だった。

【特集2】大地震での供給力被害を想定 グループの技術力を活用し対策


【中部電力グループ】

「中部地域では過去から大規模地震発生が危惧され、昭和50年代から大地震を想定して対策を進めてきた」―。

こう語るのは、中部電力防災・危機管理グループの中司賢一副長だ。2003年に中央防災会議が公表した東海・東南海・南海の地震に対し、中部電力グループは被害想定を行い、電力供給力と保安の確保を目的とした対策工事を計画。11年の東日本大震災を契機に、計画のさらなる見直しを進めた。14年に自治体などが公表した「過去5地震最大クラスの南海トラフ地震」(レベル1)、「理論上最大クラスの南海トラフ地震」(レベル2)による地震動・津波に基づき、電力供給力に対する被害想定を再評価し、早期供給力確保、減災、被災後の復旧について方針を取りまとめた。

変圧器基礎・本体を高上げし、津波から守る

レベル1の地震の場合、伊勢湾周辺の火力発電所全ての地点で震度6弱以上が発生するため、主要施設に被害、発電にも支障が出るとの想定の下、早期供給力確保を目指し、耐震対策として海水の取放水設備などを補強した。津波の場合、一部の自治体で津波浸水を受け、沿岸部の送変電設備の一部で被害が出るとの想定の下、変電設備の高上げ工事や防水壁の設置工事などの対策を行った。

レベル2のような地震の場合は、公衆保安の確保を基本として、減災の観点で電力供給確保を目指す。

事前対策だけでなく、発生後の復旧対策でも同社グループの技術力を生かす。中部電力パワーグリッド(PG)では、ドローンを用いた山間部の設備被害状況の巡視点検を行う。中部電力PG総務部総括グループの濱口宗久課長は「地震による停電などの被害は電力設備自体の損壊よりも、倒木や土砂崩れ、建物倒壊などの外的要因に左右されることが多い」と語る。特に山間部では、被害箇所へ人員を送ることが困難な場合もあり、ドローンで周りの環境変化を調べ、断線箇所を早期に発見し、より迅速な対応が可能となった。

そのほかスマートメーターやIoTデバイスを用いた現場管理の運用・保守サポート「らくモニIoT」は冠水感知、傾斜計などにも対応。早期復旧対策としては応急送電用の発電機車や、非常用通信手段などの資材を各事業場に配備している。

1万5千人参加の防災訓練 初動対応の迅速化が狙い

中部電力グループ全社を挙げての訓練も欠かさない。東日本大震災以降、毎年実施する防災訓練には、グループ全体でおよそ1万5千人が参加。南海トラフ巨大地震に伴う大規模な停電や浜岡原子力発電所のトラブル対応などを想定した訓練を行う。今年も11月に開催を予定しており、初動対応の迅速化を狙い、訓練シナリオは非公開とし、訓練の間は何が起こるか知らされていないという。

「台風や大雨などの災害は、予報による事前予見性がある。しかし、地震はいつ襲ってくるか分からない」(中司副長)。地震に対する適切な初動は、訓練を行い培うしかない。大規模災害発生時にも安定供給が求められる中部電力グループは、その職責を果たすため、対応力の向上にこれからも努める方針だ。

【特集2】欧州事情に見る合成燃料の行方 投資を呼び込む仕組みが必要


脱炭素化に向けて議論をリードしてきた欧州のエネルギー施策が変わってきた。日本においてはこれらを検証し現実に即した方法を見極める必要がある。

橋﨑克雄/エネルギー総合工学研究所プロジェクト試験研究部 部長

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現の議論を先導してきた欧州。エネルギー転換部門(発電)からの石炭撤廃、再生可能エネルギー電源の導入、水素主力のCO2フリー燃料の活用、EVの普及と、転換を進めてきた。ドイツが国家水素戦略を20年6月に発表して以来、欧州各所でグリーン水素へ燃料転換を進めようと液体水素などを利用した各種デモンストレーションも大々的に行われた。しかし、昨今のエネルギー転換策は、エネルギートランジション時期(移行期)に合致したより現実的な施策になってきた感がある。

これらのCO2削減対策の一つに21年7月に欧州委員会(EC)より乗用車や小型商用車の新車によるCO2排出量を35年までにゼロにする規制案の発表があった。欧州議会(EP)も22年10月に欧州自動車団体の猛反発にあいながらも26年に見直す旨を追記することでEU加盟国といったんは合意した。

内燃機関の販売継続 既存インフラとの融合政策

ところが今年2月に自動車を基幹産業とするドイツ、イタリアなどがCO2排出をゼロとみなせる合成燃料の一つ、e―フューエルの利用に限り販売を認めるべきだと主張し、35年の内燃機関車の新車販売を禁止する方針は事実上撤回された。

これには、ECが25年7月からの施行を目指している欧州での乗用車の次期自動車環境規制「Euro7」が、実質エンジン車を排除するような非常に厳しい法案であったことも少なからずとも影響したと思われる。

日本でも21年6月の「グリーン成長戦略」には、「35年までに新車販売でEV100%(ハイブリット車を含む)を実現する」旨が明記されているが、合成燃料はハイブリット車にも使えるため、その開発に対する意義は揺るぐものではないだろう。ハイブリット車の方が燃費の向上とともに、搭載燃料量が少なくなるため、高いといわれる合成燃料の受容性は高くなるとみられる。

同じような展開は、CO2排出削減の困難な船舶・航空分野にも見られる。昨今、船舶分野では農業残渣や都市ごみなどを原料としたバイオメタノール(グリーンメタノール)、航空分野でも同様の原料を用いて製造したSAF(再生航空燃料)が注目されている。いずれもCNな炭化水素系燃料で、現有インフラを活用可能であり、早期に社会実装が可能な燃料だ。

技術成熟度レベル(TRL)も高い。デンマークの海運大手マークスは、すでにCNなメタノール燃料を使う船を19隻発注し、40年には温室効果ガス排出量実質ゼロを目指している。航空分野でも多くの航空会社が、50年実質排出量ゼロを宣言しており、すでに国際認証機関であるATSMインターナショナルの規格「ASTMD7556」に適合したSAFをドロップイン(上限50%で混合した)した燃料で航空機の実飛行も行われている。

さらに、都市ガス代替ガスについてもe―メタンやバイオガス(バイオメタン)の導入が注目されており、現有インフラを活用できる点が社会実装する上で重要な判断要素になっていると思われる。

エネルギーセキュリティーの確保は、資源の無い日本にとって最も重要な生命線だ。このような移行期の場面で重要なのは、最終目標を目指した開発だけを行うのではなく、現在のインフラと目指すべきインフラとのギャップを埋め合わせる技術開発である。あわよくば、今ある技術、あるいはその延長線上の技術で、どこまで最終目標に近づけられるかを考えることこそが社会実装への近道ではないか。その意味で、前述した各種合成燃料製造に必要な技術は「古くて新しい技術」ばかりだ。

大量の再エネが必要 セキュリティー確保に向けて

合成燃料の製造方法フローを左の図に示す。発酵、ガス化、熱分解、水素化処理、メタネーション、FT(触媒反応)合成、メタノール合成、水電解などの技術は、多くの開発がすでに行われている。これら技術を社会実装する上での最大の課題は、代替エネルギーという観点から規模感(量)と経済性であろう。日本の一次エネルギー(化石燃料)消費量は約1万9000PJ(ペタジュール)である。CNな合成燃料にその一部を担わせるとしても、相当量の再エネとバイオ燃料源の確保が必要だ。その解決策の一つとして、日本では、都市ごみの積極的利用や安価な海外再エネの活用が望まれるところだ。

経済性を持たせるためには、既存エネルギーに対する環境価値をお金に換算し導入しやすくさせる施策、例えば、欧州で取り組みが進む炭素排出量取引(ETS)、炭素差額決済契約(CCfD)、さらには炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入、米国のインフレ削減法(IRCセクション45Q)による税制控除のような設備導入支援策が必要であろう。

その効果は多くのスタートアップ企業の出現や産業間連携プロジェクト数の増加に見ることができる。ESG投資も増えている。惜しむらくは、この類の海外投資家による国内投資はほぼ聞かれず、国内企業の海外投資ばかりだ。日本のエネルギーセキュリティー確保に向け、日本独自の移行期にマッチした必要技術を見極め、国内投資を促進するためにも欧米のような仕組み作りが早急に望まれる。

合成燃料の製造方法のフロー図

はしざき・かつお 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学博士課程修了(工学博士)。2021年三菱重工業からエネルギー総合工学研究所に移籍。専門は、火力発電、CCUS、水素・水電解、リチウム二次電池、化学プロセス。

【特集2/座談会】合成燃料をGXの切り札に ガス・石油業界の果敢な挑戦


ガス・石油業界にとって合成燃料の開発は、自らの生き残りに関わる事柄だ。しかし技術面、コスト面で課題は多く、国の支援や協働での技術開発が欠かせなくなっている。

〈司会〉橘川武郎/国際大学 副学長

奥田真弥/石油連盟 専務理事

早川光毅/日本ガス協会 専務理事

橘川 国がGX(グリーントランスフォーメーション)政策を進める中、再エネや原子力発電が注目されています。しかし、石油、ガスは一次エネルギー消費の約6割を占め、同分野の脱炭素化を進めなければ、とてもカーボンニュートラル(CN)を達成できません。

ガス・石油業界はそれぞれe―メタン、e―フューエルといった合成燃料の開発を進めており、これらはGXの現実的な方策に欠かせないと思っています。

早川 先般のG7(主要7カ国首脳会議)で、CNには多様な道筋があると示されたことは意義深いことだと思っています。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給や調達が危ぶまれた事例などからも、エネルギーを多様化することの重要性が増しています。

 また、価格のボラティリティーが増す中で、お客さまにとってもエネルギーを選択することでリスクを軽減できることからも多様化は欠かせない。さらに最近では、地震に加えて風水害など頻発化・激甚化する災害に対して、S+3Eの観点でもエネルギーの多様化が求められています。

 そうした中で合成燃料は環境性に優れ、既存のインフラをそのまま利用できる利点もある。お客さまに選択していただける多様なエネルギーを供給するという点で、大きな意味があると考えています。

業界としては、2030年までにe―メタンの都市ガス導管への注入1%以上の供給を目指しています。その目標に向けて技術開発を進め、サプライチェーンの構築にも取り組んでいます。

奥田 石油は今でもエネルギーの主役ですが、温暖化対策ではCO2排出削減が最も難しいといわれる運輸部門で大量に使われています。石油のCO2排出量は約4億t弱(19年度実績)で、製油所などで消費する分のスコープ1からの排出は約3千万tです。残りの約3・5億tがスコープ3、つまりガソリン、軽油、ジェット燃料などの石油製品からの使用排出です。ここを削減しないとCNは実現できません。しかし、これは非常に困難なことです。

困難なスコープ3の削減 まずSAFの供給から

橘川 大きな課題になりますね。

奥田 石油業界は昨年末にCNに向けたビジョンを改定し、スコープ3での実質ゼロにもチャレンジすることにしました。具体的な取り組みがe―フューエルであり、SAF(再生航空燃料)です。これらを開発して市場に提供しなければ、世の中は変わらない。そういう強い使命感で取り組んでいます。e―フューエルは30年代前半までの商用化を目標にし、SAFは25年頃からの国内製造・供給開始を目指して既に製造プラントへの投資が行われています。

 一方、早川さんが指摘されたように、エネルギー供給で多様な道筋を残すことも大切だと考えています。EV化の大きな流れは変わらないと思いますが、経産省の報告によると、50年の時点でも走行している車の約半分は内燃機関車です。われわれは、ガソリンや軽油を引き続き、できるだけCNな形で供給していかなければなりません。

橘川 CNというと、急速に電化が進んで、車が全てEVに置き換わるような印象が世間にはあります。しかし、決してそうはならないことが知られていません。

早川 供給側の論理で将来の姿を考えるべきではないと思っています。健全な競争環境の中でお客さまに選んでいただくことで、生き残っていくものと考えています。仮に選択肢を電気エネルギーだけに限定し、そのために全ての社会インフラを作り直したとすると、環境的には良いのかもしれないが、お客さまとしてはコスト増により経済活動が成り立たなくなり、ひいては産業がますます海外に流れていってしまうリスクもある。一番肝心な日本経済の活性化が成り立たなくなる。

橘川 奥田さんがスコープ3の排出削減に力を入れると言われましたが、たとえe―フューエル、e―メタンが普及しても、この部分でのCO2排出は残ります。

奥田 スコープ3を完全にゼロにすることは不可能です。そのことを前提にCCS(CO2回収・貯留)などを活用する、新しい技術を開発する、あるいはカウント(CO2排出量算定)ルールの制度を整えるなどの必要があります。

 e―フューエルの場合、非常に心強く思っているのは、各国で開発が進んで世界に仲間がいることです。ただ、米国やEU諸国との違いは、日本にはCO2フリー水素をつくるためのクリーンエネルギーの絶対量が足りないことです。

 では、どうするか。オーストラリアなどで太陽光発電を使って水素をつくることになる。すると、カウントルールが重要になります。本当は国際ルールにすべきですが、米国、EUは積極的ではないと思います。そうなると、国同士が話し合って、2国間でルールを決めていかなければならない。その戦略を国にきちんと考えていただき、ルールをつくっていただくことが大切になると思います。

橘川 日本にはクリーン開発メカニズム(CDM)という2国間クレジット制度があります。ただ、ほとんどが発展途上国向きで、合成燃料の製造とCCSの可能性も含めると米国、オーストラリア、マレーシアなどと2国間クレジット制度の仕組みを作らなければならなくなる。

早川 奥田さんが言われたように、いきなり国際ルールにするのは難しい。まずは、民間がプロジェクトを進めながら、それを通じて2国間で交渉し実績を積み上げていくことが現実的だと思います。

 例えば米国で進んでいるキャメロンLNG基地でのe―メタン製造のプロジェクトでは、米国で排出計上済みのCO2を使用するため、e―メタン利用時の排出をゼロカウントとすることは合理的と考えられます。

 まずは民間ベースでこれを合意した上で、それを基に国での二国間交渉に入るようにする。そういうことを積み上げていくことが必要でしょう。

奥田 同感です。いきなり国際ルールにするのはかなり難しい。まず民間で先方とプロジェクトを進め、その実績を積み上げていったうえで国に乗り出してもらう。そういうステップを踏んでいくことが現実的であると思います。

橘川 一方、合成燃料の製造では再エネでつくるグリーン水素が欠かせませんが、普及が進むと量が足りなくなる。化石燃料由来のブルー水素を使わざるを得なくなります。するとCCS、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)が普及の鍵を握ることになります。

 JX石油開発は米テキサス州で石炭火力から排出されるCO2を回収して、生産量が落ちた油田に圧入するCCUSのプロジェクトを進めています。これは世界最大規模のCCUSプロジェクトです。