【特集2】法人車両のドラレコを活用 AIを活用した新保安システム


【岡山ガス】

業務効率の改善に向けて、DXの導入を検討する都市ガス事業者が増えてきた。そうした中、岡山ガスはこのほど、保安業務の向上に寄与する「AI道路工事検知ソリューション」をNTTコミュニケーションズ(コム)と協力して開発した。

都市ガスや電気、通信、上下水道、道路などのインフラ工事では着手前に事業者が相互に情報を共有し、設備の破損事故を防止するよう努めている。岡山ガスではこの情報共有に加え、独自に道路情報を収集するため、社用車でエリア内のパトロールを行ってきた。

河原勲供給部長は「道路情報を精緻に知ることは安定供給を維持するために重要だ。同ソリューションは社用車での巡回作業を減らしながら、道路情報を取得できるため、保安の精度向上と同時に、業務改善、コスト削減、人材不足への対応に寄与する」と説明する。

NTTコムの技術と融合 最新の道路状況が判明

今回のソリューションは、NTTコムのサービス「モビスキャ」を活用する。モビスキャはNTTドコモの5G回線で通信しながら、街中を走行するバスやタクシーなどのドライブレコーダーに収録した映像データを効率的に収集するサービスだ。岡山ガスはモビスキャのデータ活用パートナーとして、企画段階からAIの学習担当を担い、実証試験を重ねるなど検知精度の向上に協力してきた。

同サービスでは、映像データから道路とその近辺での自社以外のインフラ工事をAIが判定し、必要な情報のみを抽出してサーバーに蓄積する。また、AI技術がデータ容量を削減し、個人情報の保護を行った上で有効なデータのみを受領する仕組みになっている。
岡山ガスでは同サービスと既存の「保安管理システム」を連携させ、工事の未知/既知の判定をしながら、工事の危険度レベルを把握することで、より効率的な現場管理を行っている。

モビスキャにおいては、バスやタクシーなどの他に宅配業者や貨物トラック、営業車なども、ドライブレコーダーとカメラを搭載して映像を提供するモビリティパートナーとなり得ると考えている。この採用台数が増えると、より多くの高品質な道路映像データの提供が可能になり、リアルタイム版「グーグルストリートビュー」のようなソリューションが構築できる。これを利用すれば、高齢者の徘徊や子どもの通学路の監視、交通情報の高度化など、インフラ保安にとどまらず、さまざまな用途に活用できると想定する。

同社では、他の点検業務に利用しているドローンにもAIカメラを搭載し、収集する画像を増加することや、工事情報だけでなく、地域の顧客の安全性を向上させるさまざまなサービスなども検討中だ。
「当社は新技術をまず試して見る企業文化がある」(河原供給部長)。今後も、新技術を積極的に利用して新たなサービスやソリューションの創出に取り組んでいく構えだ。

AI道路工事検知ソリューションで監視する

【特集2】LPガスの安全をメーターで維持 集中監視システムも早期に構築


【東洋計器】

第1世代のスマートメーター(スマメ)の設置を終えた電力業界と、スマメ導入を進める都市ガス業界。両業界が検針業務の効率化や災害からの早期復旧の観点でスマメの導入を促す中、LPガス業界も着々とメーターで実績を積み上げてきた。実は同業界はいち早く、通信網を通じて「集中監視」と呼ばれるシステムを構築してきたのだ。

LPガスの消費量、地震によるLPガス容器の揺れ、ガス漏れによる異常検知など、販売や保安に関する細かなデータをメーターから一括して収集するシステム、まさに「スマメの源流」ともいえる仕組みを手掛けてきた。このLPガスメーターの分野でトップシェアを誇るのが、長野県松本市に拠点を置く東洋計器だ。

同社による集中監視の歴史は、昭和にさかのぼる。「固定電話のアナログ回線から始まり、PHS、3G、4G回線と通信技術の発達に伴いシステムを改善し、運用コストを低減してきた」(総合企画部)。
電力や都市ガス業界と大きく異なる点は、メーターメーカーが大きな役割を果たしていること。メーカーが集中監視のインフラを構築し、LPガス事業者・販売店がそのインフラを利用する構図だ。
それぞれのエネルギー事業形態や事業法が異なるため、一概には比較できないが、メーカーの存在感が際立っているのがLPガス業界である。

そんな業界で存在感を発揮する同社は、土田泰秀会長の編著のもと「計量の価値を高めて~東計会41年をふりかえる~」を今年発行した。この内容をひも解くと、大震災のたびに集中監視が保安で威力を発揮してきたという歴史を垣間見ることができる。

東日本大震災や阪神淡路大震災の発生後に実施したアンケートでは、「ガスの元栓を閉めていたことを忘れていた。ガスが使えなくなった理由が分かり安心した」(消費者)、「遮断した顧客に遮断弁を復帰してもらい、出動が1件もなかった」(販売店)、「ガス容器からガス機器までをつなぐ配管の間の漏れを発見して対応できた」(販売店)といった声が寄せられた。

他産業への広がり 都の水道局でも活用

現在主力とする製品が「IoT―R」だ。集中監視システムに対応する最新の通信端末で、18年に販売し、累計で400万台出荷した。KDDIの携帯電話網を活用し、検針値やガス漏れ通報などを同社のマルチセンターに自動通報する。

さらに遠隔での開閉栓も可能だ。最近では都市ガスのほか、灯油や産業ガス、水道といった他のユーティリティーでも利用されている。

「東京都水道局に納入し、検針の合理化や効率的な漏水管理を支援している。全国各地で老朽化に伴う漏水や設備維持に課題を抱える水道事業にとって都の取り組みは参考になると思う」と総合企画部の担当者。保安や災害対応のみならずインフラの維持でも、今後もメーターと通信端末が大きな役割を担っていきそうだ。

主力製品の「IoT―R」

【特集1】新市場に挑戦し成長軌道へ 業界を政策側から後押し


安定供給の使命と脱炭素化で揺れるエネルギー業界。

石油産業を巡る政策の今後の方向性は。和久田肇資源・燃料部長に話を聞いた。

【インタビュー:和久田 肇/資源エネルギー庁資源・燃料部長

―脱炭素社会を目指す中で、エネルギーとしての石油に求められる役割とは。


和久田 脱炭素化とは言っても、あくまでも排出されるCO2をいかに削減するかが鍵であり、安定供給の観点から石油が引き続き重要なエネルギー源であることに変わりはありません。例えば自然災害の際には、機動性、可搬性などに優れる石油がなければ、復旧の現場や避難所へのエネルギー供給に支障をきたしてしまいます。運輸部門では、脱炭素燃料を導入しながら既存のエンジン車を活用していく選択肢が重要になってきます。さまざまな脱炭素技術の中で、今、直ちにどの技術が優れているかを決めることはできません。過渡期においても必要なエネルギーがきちんと供給されるよう、脱炭素化の努力をしつつ、石油の供給体制を適切に維持していかなければなりません。


―世界的にも、石油をはじめ化石燃料に対する風向きが変わりつつあるようです。

和久田 確かに、各国がカーボンニュートラル(CN)を宣言した2020年ごろは、各国政府、企業ともに3E(安定性、経済性、環境性)のうち「環境」に重きを置く傾向にありましたが、最近はバランスを取る政策、事業戦略に転換する動きが目立ってきました。3Eのバランスの重要性は日本政府がかねてから主張してきたことであり、ようやく世界が歩調を合わせてきたと実感しています。

高止まりの中東依存度 調達の多角化が課題

―調達における中東依存度の高止まりが課題です。

和久田 なるべく多様な調達のポートフォリオを構築することは、エネルギー安全保障上、大きな意味があります。こうした観点から、中東に過度に依存している現状は、必ずしも強じんな調達構造であるとは言えません。1970年代のオイルショック以降、アジア地域やロシア、米州などからの調達を増やすなど、さまざまな形で多角化を目指してきましたが、経済発展によりアジア地域が輸入国に転じたこと、最近ではロシア・ウクライナ戦争などが影響し、理想通りに中東依存度を下げることができていないのが実情です。一方で足元では、OPEC(石油輸出国機構)の協調減産を緩めれば、日量550万~600万バレルの供給余力があると言われています。幸いにも、需給に余裕があり、ファンダメンタルズ面では価格が大きく上昇するような状況には陥っていませんが、高い地政学的なリスクにさらされていることは間違いなく、引き続き緊張感を持って中東情勢を注視していきます。

―長期的な需要の不確実性が高まっています。自主開発比率の目標設定についてはどう考えますか。


和久田 どのような状況下においても、日本企業が上流開発に参画する重要性は変わりありません。単なる調達に依存してしまえば、処分権を持つことができず、価格決定に関与することもできないからです。第6次エネルギー基本計画では、そのための重要な指標として自主開発目標を見直し、30年度に50%以上、40年度に60%以上という目標を明記しました。その方向性は変わることなく、第7次エネ基においても、自主開発目標の在り方を議論していくことになると考えています。

石油政策の行方は……

【特集2】24時間体制で保安管理 丁寧なヒアリングを基に営業


【八戸ガス】

北東北有数の工業都市で知られる青森県八戸市で都市ガスの供給を担う八戸ガスは、重油よりCO2排出量が少ない天然ガス燃料に転換する取り組みをけん引している。

その展開で大きな役割を担っているのが、ENEOSエルエヌジーサービスが運営するLNGの輸入・供給基地「八戸LNGターミナル」だ。この基地が2015年に運営を始めたことをきっかけに、工業設備向けボイラー燃料を重油からLNGに置き換える事業者の数が増加。脱炭素化の潮流に乗って、LNGが工場地帯を支えるエネルギーとして市内に広がっている。
燃転の際の売りが防災面の対応力だ。取締役の舘綾子営業部部長は「万全な保安管理が強みだ」と強調。有事に備え、素早く現場に向かい24時間体制で需要家のガス利用をサポートする体制を整えている。

舘氏が日々の営業活動で心がけている取り組みが「丁寧なヒアリング」。ガスを利用する工場を定期的に訪問して吸い上げた現場の声も、防災対策に生かされている。今後もこうした取り組みを武器に、市内産業の燃転ニーズの開拓を目指す。

保安管理に強みを持つ八戸ガス

岸田首相は総裁選に出馬せず 電力側の評価は高かったが……


8月14日、岸田文雄首相が次期総裁選に出馬しない意向を表明した。政治資金パーティを巡る政治と金の問題などで支持率が低迷するなど、世間的には厳しい評価にさらされている岸田政権だが、エネルギー、とりわけ電力業界からは高評価の声が少なくない。安倍晋三政権時代に行き詰まっていた重要課題を一挙に解決へと導いたからだ。大手電力の幹部が言う。

次期総裁選への不出馬を表明した岸田首相(8月14日) 提供:首相官邸

「何よりも福島第一原発から出る処理水の海洋放出を実現させた。地元漁業関係者との交渉や、中国をはじめとした海外諸国の反発を抑え込んでの英断は見事だった。また原子力政策では脱炭素電源法に基づく運転期間延長を実現させたほか、エネルギー政策全般でも3・11以降の脱原発から原発推進へと大きくかじを切った。嶋田隆首相秘書官ら官邸スタッフの功績も大きいが、岸田首相の思い切った政治決断があればこそだと思う」

14日の会見で、岸田首相はエネルギー政策についてこう言及した。「原発の再稼働、革新炉設置を含めたエネルギー政策についても、電力自由化が進む中で、いかに電力投資資金を確保するか。電力安全保障と脱炭素化をいかに両立させるか。第7次エネルギー基本計画の下で方向性を確かなものにしていかないといけない」

9月27日投開票が決まった自民党総裁選を巡っては、小林鷹之前経済安全保障相、小泉進次郎元環境相、石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相のほか、斎藤健経済産業相、高市早苗経済安全保障相、上川陽子外相ら計11人の名前が挙がる。エネ政策のかじ取りに注目だ。

【特集2】ガスタービンで水素30%混焼に成功 アンモニア燃焼システムも開発中


三菱重工業が水素・アンモニア発電用ガスタービンの開発に注力している。次世代ニーズに対応するため近年中の完了を目指す。

【三菱重工業】

三菱重工はカーボンフリー燃料として水素・アンモニアを利用するガスタービンの開発に注力する。水素ガスタービンの早期商用化に向けては同社高砂製作所内に「高砂水素パーク」を整備、水素の製造から発電までにわたる技術を一貫して検証している。

水素ガスタービン開発では昨年11月、実証発電設備で最新鋭の「M501JAC形」ガスタービンによる水素30%混焼運転に成功した。今後、中小型ガスタービンは25年、大型ガスタービンは30年以降の水素専焼での商用化を目指し、新型燃焼器の開発を進めていく。

水素は天然ガスに比べて燃焼速度は7倍と高く、燃焼器で天然ガスと水素を混焼、または専焼すると、天然ガスのみを燃焼した場合よりも火炎位置が上流に移動し、空気と十分混合する前に高い火炎温度で燃えるため、NOXが増加する。また、燃焼器の上流に火炎が遡り、逆火が発生するリスクも高くなる。そうした課題を解消するため、専焼用のマルチクラスタ燃焼器では混焼用燃焼器より、高流速かつ混合距離が短縮可能で、逆火耐性が高いものを目指す。また、火炎を多数に分散することでNOX低減を図る。

アンモニアでは2方式を検討中 安定した火炎保持が課題

一方、アンモニアは天然ガスに比べて発熱量が3分の1、燃焼速度が5分の1と低いため、燃焼が不安定になりやすく、火炎を安定して保持することが難しい。また、窒素分を含んでいるため、燃焼の過程で発生するフューエルNOX(燃焼由来)が生成されるため、NOXを低減する手法が必須だ。そこで同社はアンモニア燃焼システムとして、直接燃焼GTCC(ガスタービン複合発電)と分解GTCCの2方式を検討中。直接燃焼GTCCはNOX排出量を低減するアンモニア用燃焼器と高効率脱硝装置を組み合わせた。同システムは中小型H-25形ガスタービンで開発を進め、25年以降の実機運転、商用化を目指す。分解GTCCは実用化を検討中だ。

長期脱炭素電源オークションに参加するうえで、火力発電の次世代燃料への対応は必須条件となる。こうした発電ニーズに三菱重工はさまざまな開発を進めて応えていく構えだ。

高砂水素パークで混熱運転を進める

【特集2】供給体制から手掛けた燃料転換 点在する工場の低炭素化に貢献


【旭化成延岡地区】

旭化成延岡地区は複数点在する工場を自営線ネットワークで結び電力を供給している。電力の約90%は自家発電から賄われており、昨年3月にその電源の一部をコージェネに更新した。

旭化成延岡地区はグループ最大の生産拠点だ。1923年に合成アンモニアの製造を開始した同社発祥の地であり、現在も繊維、基礎化学品、樹脂・医薬品原料、メディカル製品、エレクトロニクス製品などを製造している。
工場は宮崎県延岡市内に複数点在しており、使用する電気の約90%を五ヶ瀬川水系にある水力発電所9基と、火力発電所4基でつくり、自営線で送って自給している。
このうち、火力発電所では昨年3月、CO2削減と、水力発電の利用拡大を目的とした需給調整力確保のため、第3火力発電所を石炭火力からガスタービンコージェネ(3万7000kW)にリプレースし運用を開始した。
コージェネ導入に当たっては、「燃料転換によるコスト増に耐えられるのかといった議論もあった。しかし、低炭素化、その先の脱炭素化に向けて天然ガスでいこうとの結論に至った」。延岡動力部動力課の弓削輝泰課長は、経緯をこう振り返る。

導入したガスタービンコージェネ


年間CO2排出量を削減 運用面でも改善効果大

従来の石炭火力では、石炭焚き水管ボイラーと抽気復水式蒸気タービンを組み合わせたボイラータービンジェネレーターを使用していた。蒸気需要に合わせて抽気蒸気量を、電力需要に合わせて復水蒸気量を制御するものだったが、蒸気タービンの運用制約上、復水蒸気量をゼロにすることができず、復水器で常時放熱ロスが発生していた。
これに対し、導入したコージェネは蒸気・電力需要の変化に対し柔軟な制御が可能であり、80?90%と高い総合運転効率を実現。経済的な価格差を縮小するとともに、年間CO2排出量を約16万t削減することに成功した。
運用面での改善効果も大きい。石炭火力ではミルで燃料を擦り潰してボイラーに投入する。この過程で石などの異物が混入するといったトラブルが多かった。着火するまでの時間もかかる。天然ガスは燃えやすく、需要への追従性が高い。負荷調整において1分で1000kWは楽にこなすとのことだ。コージェネでつくった蒸気と電力は、延岡地区の複数工場間で融通している。夏は空調など電力需要、冬は熱需要が高まる。これに合わせて、コージェネは出力を1万2000kWまで低減して運転できる仕様になっている。
コージェネ導入においては、燃料供給体制の構築も課題となった。同プロジェクト以前は、宮崎県内に大型内航船の受入基地がなく、新たな基地を建設する必要があったからだ。そこで旭化成、地元の都市ガス事業者である宮崎ガス、基地建設や設備に強い大阪ガスが中心となり、どのような規模と設備で、基地を建設すべきか検討を進めてきた。
その後、18年12月に同工場への天然ガスの安定供給と普及拡大を目的に「ひむかエルエヌジー」を設立。宮崎ガス、大阪ガス、九州電力、日本ガス、旭化成が出資する合弁会社で、宮崎県内最大規模のLNG基地と約6㎞のガス導管を建設した。同社によって、内航船で調達したLNGをタンクに受け入れ、気化したガスを導管に送出し、コージェネまでガスを送り届けている。基地とコージェネ間は通信回線で結ばれており、緊急時はガス製造を制御するなど、保安面での連携も行っている。

新設した「ひむかエルエヌジー」の基地


延岡地区の電力設備は50 Hz マイクログリッド運用に対応


旭化成延岡地区には、ほかにもユニークなエネルギー事情がある。創業期にドイツから50 Hzの発電設備を調達し、電源・送電網を自社で整備したため、西日本エリアでありながら、各工場では50 Hz対応の製造設備を運用しているのだ。自社で有する50 Hzの発電所や自営線、九州電力送配電からの60 Hzの系統電力が混在する。系統電力は周波数変換装置で50 Hzに変えて供給。導入したコージェネは社内環境に合わせた50 Hz仕様となっている。
エネルギーマネジメントにおいては、各工場のエネルギー情報を集約し、電力需要と各水力発電所の電力供給を精度良く予測し、60 Hz系統電力とコージェネを含めた自家発電設備の運用計画へ反映させている。
9基ある水力発電所は流れ込み式で、川の水をそのまま発電所に引き込み発電する。貯水槽を持たないため、夏の豊水期や冬の渇水期などは水量変化に伴い発電量が変化してしまう。これには、過去30年間に及ぶ発電実績データを基に水力発電の発電量を予測し、60 Hz系統受電と自家発電設備の運転を効率的に組み合わせて運用する。「台風シーズンは水量が増えて、土砂や流木が流れて取水できないこともある。水力を最大限活用していくが、できないときのバックアップとして、コージェネは一役買っている」(弓削氏)
また落雷の発生など、非常時にはその影響を回避するため、一般送配電線網から独立した運転を行う場合がある。こうした非常時には、延岡地区に分散する自家発電設備と各工場間を結ぶ自営線ネットワークで地域マイクログリッドを形成し電力供給を継続する。導入したコージェネは、こうした運用にも対応できるように機種を選定し、他の自家発電設備との負荷分担も考慮した制御を行っている。
同社では、今後も低・脱炭素化に向けた取り組みを継続していく方針だ。「稼働中の石炭火力発電がまだある。使用率の低減を図りながら、コージェネへのリプレースを含め検討中だ。バイオマス発電の拡大、水素やアンモニアなどの次世代燃料、CO2クレジットによる相殺などあらゆる選択肢を模索している」と弓削氏は話す。
製造業において、新たな設備やエネルギーを導入する際、コストは重要なファクターとなる。これをクリアできる低・脱炭素化技術の登場が従来にも増して望まれている。

【特集2】強風下での地震発生を想定 グループ大で複合災害の訓練実施


【東京ガスグループ】

「災害時における他社への応援をこれまで何度も経験し、復旧活動のノウハウは蓄積されているが、自社が被災した際の初動対応の経験はほとんどない。今回の防災訓練を通じて課題をしっかり抽出し、災害対策を強化したい」。東京ガスグループは7月12日、今年度の防災訓練を実施した。冒頭、東京ガスの笹山晋一社長はこのように述べた。

東京ガスでは、マイコンメーターの安全機能が作動し、限られたエリアで部分的にガス供給が止まる事態はこれまで何度も経験している。しかし、関東大震災以来、都心部で大規模な面的供給停止のような事態には幸いなことに直面していない。

関東大震災100年目のタイミングで行われた今回の訓練は、当時の状況を模して進められた。

複合災害を初めて想定 スパーリングで事前演習

1923年9月1日、関東エリアでは能登半島付近に位置していた台風により全域で強風が吹く中、神奈川県西部を震源とするマグニチュード7・9の地震が起きた。関東大震災は、強風下での地震・火災発生という「複合災害」であった。そうした複合災害を想定した訓練は、東京ガスグループとしては今回が初めてのことだ。今回の訓練にはグループ全体、協力企業含めで約2万人の従業員が参加している。

訓練は地震発生を休日と想定。オンライン併用型の体制とした。まず、台風接近の予報に対応して東京ガスネットワーク(NW)の沢田聡社長が災害対策本部の本部長を務める「第一次非常事態体制」を敷いた。

その後、台風がそれ、大規模地震による発災を受け、よりシビアな状況に対応する笹山社長を本部長とした「第二次非常事態体制」へと移行した。

一次と二次の違いは供給エリア内における災害度合いで決まる。供給区域内で震度6弱以上の地震が発生した場合は、自動的に東京ガスの社長が本部長を務める体制を設置する。

訓練に先立ち、東京ガスグループでは、「スパーリング」と呼ぶ演習を実施している。想定された情報に基づきガス製造、導管、小売り、広報、人事などあらゆる部門が対応方針などを検討・整理し、訓練事務局がその対応方針などを確認。質問や確認を重ねることでより具体的な災害時の想像力や対応力を高めるものだ。東京ガスNW関係者は「徹底したスパーリングを実施してきた」と話す。

実際の訓練では、各班から、リアルな情報が矢継ぎ早に上がってきた。

「台風の接近に伴う公共交通機関の運休を想定し、合計〇〇名の人員を確保」「LNG船の配船調整を終了」「ホームページやツイッターで注意喚起を実施中」「被害が軽微なエリアでは供給指令センターから遠隔操作で復旧作業中」「通信障害が発生。通信の代替手段を案内済み」「〇〇ガス発電所では地震後も稼働を継続していたが、津波警報の発令を受けて緊急停止」「東京消防庁から面的な供給停止の要請を受けて、二次災害防止のために〇〇エリアでブロック停止」―。

これらの情報をグループ全体で共有。本部が最善の対策を検討し指示を出していく。

また、各班に対しては「他社による応援部隊のロジスティック面や、当社側の受け入れ体制に問題はないか」「情報発信について、日本ガス協会と連携しながら行っていくのか」「応援部隊の都市ガス会社が台風被害を受けている場合、復旧計画にどのように影響するのか」など、さまざまな「シナリオレス」な質問が投げかけられていた。こうした取り組みは「実戦力」を強化するために欠かせないものだ。

警視庁との連携強化 状況を共有し早期復旧

今回の訓練では警視庁が参加したことも大きな特徴である。「東京ガスNWからの地震情報を基に〇〇道路の状況を確認し、通行禁止にしました。また、緊急自動車専用路を走行する際は、赤色灯、サイレンを吹鳴して走行ください。緊急車両の指定がない車両は、現場の警察官の指示に従って走行ください」など、警視庁はウェブ上で参加した。

警視庁と東京ガスNWは今年2月、大規模な災害発生時に相互に連携し災害応急対策や復旧作業を円滑に行うことを目的に協定を結んでいた。

平時では定期的な情報交換を行うほか、災害時や復旧作業時では交通規制情報の共有、東京ガスNWの高密度リアルタイム地震防災システム「SUPREME」で把握した情報の共有を図っていく。今回はそれらの取り組みを踏まえた訓練だった。

訓練冒頭で笹山社長は物理学者の寺田寅彦の言葉を借りこうも述べている。「正しく恐れることが大事。過大に恐れることでもなく、過小に評価するでもなく、適切に課題を抽出し、対策を強化しましょう」

安全・安定的にエネルギーを供給する事業者としての使命を果たすべく、限りなくリアリティーを追求した防災訓練だった。

【特集2】大地震での供給力被害を想定 グループの技術力を活用し対策


【中部電力グループ】

「中部地域では過去から大規模地震発生が危惧され、昭和50年代から大地震を想定して対策を進めてきた」―。

こう語るのは、中部電力防災・危機管理グループの中司賢一副長だ。2003年に中央防災会議が公表した東海・東南海・南海の地震に対し、中部電力グループは被害想定を行い、電力供給力と保安の確保を目的とした対策工事を計画。11年の東日本大震災を契機に、計画のさらなる見直しを進めた。14年に自治体などが公表した「過去5地震最大クラスの南海トラフ地震」(レベル1)、「理論上最大クラスの南海トラフ地震」(レベル2)による地震動・津波に基づき、電力供給力に対する被害想定を再評価し、早期供給力確保、減災、被災後の復旧について方針を取りまとめた。

変圧器基礎・本体を高上げし、津波から守る

レベル1の地震の場合、伊勢湾周辺の火力発電所全ての地点で震度6弱以上が発生するため、主要施設に被害、発電にも支障が出るとの想定の下、早期供給力確保を目指し、耐震対策として海水の取放水設備などを補強した。津波の場合、一部の自治体で津波浸水を受け、沿岸部の送変電設備の一部で被害が出るとの想定の下、変電設備の高上げ工事や防水壁の設置工事などの対策を行った。

レベル2のような地震の場合は、公衆保安の確保を基本として、減災の観点で電力供給確保を目指す。

事前対策だけでなく、発生後の復旧対策でも同社グループの技術力を生かす。中部電力パワーグリッド(PG)では、ドローンを用いた山間部の設備被害状況の巡視点検を行う。中部電力PG総務部総括グループの濱口宗久課長は「地震による停電などの被害は電力設備自体の損壊よりも、倒木や土砂崩れ、建物倒壊などの外的要因に左右されることが多い」と語る。特に山間部では、被害箇所へ人員を送ることが困難な場合もあり、ドローンで周りの環境変化を調べ、断線箇所を早期に発見し、より迅速な対応が可能となった。

そのほかスマートメーターやIoTデバイスを用いた現場管理の運用・保守サポート「らくモニIoT」は冠水感知、傾斜計などにも対応。早期復旧対策としては応急送電用の発電機車や、非常用通信手段などの資材を各事業場に配備している。

1万5千人参加の防災訓練 初動対応の迅速化が狙い

中部電力グループ全社を挙げての訓練も欠かさない。東日本大震災以降、毎年実施する防災訓練には、グループ全体でおよそ1万5千人が参加。南海トラフ巨大地震に伴う大規模な停電や浜岡原子力発電所のトラブル対応などを想定した訓練を行う。今年も11月に開催を予定しており、初動対応の迅速化を狙い、訓練シナリオは非公開とし、訓練の間は何が起こるか知らされていないという。

「台風や大雨などの災害は、予報による事前予見性がある。しかし、地震はいつ襲ってくるか分からない」(中司副長)。地震に対する適切な初動は、訓練を行い培うしかない。大規模災害発生時にも安定供給が求められる中部電力グループは、その職責を果たすため、対応力の向上にこれからも努める方針だ。

【特集2】欧州事情に見る合成燃料の行方 投資を呼び込む仕組みが必要


脱炭素化に向けて議論をリードしてきた欧州のエネルギー施策が変わってきた。日本においてはこれらを検証し現実に即した方法を見極める必要がある。

橋﨑克雄/エネルギー総合工学研究所プロジェクト試験研究部 部長

2050年のカーボンニュートラル(CN)実現の議論を先導してきた欧州。エネルギー転換部門(発電)からの石炭撤廃、再生可能エネルギー電源の導入、水素主力のCO2フリー燃料の活用、EVの普及と、転換を進めてきた。ドイツが国家水素戦略を20年6月に発表して以来、欧州各所でグリーン水素へ燃料転換を進めようと液体水素などを利用した各種デモンストレーションも大々的に行われた。しかし、昨今のエネルギー転換策は、エネルギートランジション時期(移行期)に合致したより現実的な施策になってきた感がある。

これらのCO2削減対策の一つに21年7月に欧州委員会(EC)より乗用車や小型商用車の新車によるCO2排出量を35年までにゼロにする規制案の発表があった。欧州議会(EP)も22年10月に欧州自動車団体の猛反発にあいながらも26年に見直す旨を追記することでEU加盟国といったんは合意した。

内燃機関の販売継続 既存インフラとの融合政策

ところが今年2月に自動車を基幹産業とするドイツ、イタリアなどがCO2排出をゼロとみなせる合成燃料の一つ、e―フューエルの利用に限り販売を認めるべきだと主張し、35年の内燃機関車の新車販売を禁止する方針は事実上撤回された。

これには、ECが25年7月からの施行を目指している欧州での乗用車の次期自動車環境規制「Euro7」が、実質エンジン車を排除するような非常に厳しい法案であったことも少なからずとも影響したと思われる。

日本でも21年6月の「グリーン成長戦略」には、「35年までに新車販売でEV100%(ハイブリット車を含む)を実現する」旨が明記されているが、合成燃料はハイブリット車にも使えるため、その開発に対する意義は揺るぐものではないだろう。ハイブリット車の方が燃費の向上とともに、搭載燃料量が少なくなるため、高いといわれる合成燃料の受容性は高くなるとみられる。

同じような展開は、CO2排出削減の困難な船舶・航空分野にも見られる。昨今、船舶分野では農業残渣や都市ごみなどを原料としたバイオメタノール(グリーンメタノール)、航空分野でも同様の原料を用いて製造したSAF(再生航空燃料)が注目されている。いずれもCNな炭化水素系燃料で、現有インフラを活用可能であり、早期に社会実装が可能な燃料だ。

技術成熟度レベル(TRL)も高い。デンマークの海運大手マークスは、すでにCNなメタノール燃料を使う船を19隻発注し、40年には温室効果ガス排出量実質ゼロを目指している。航空分野でも多くの航空会社が、50年実質排出量ゼロを宣言しており、すでに国際認証機関であるATSMインターナショナルの規格「ASTMD7556」に適合したSAFをドロップイン(上限50%で混合した)した燃料で航空機の実飛行も行われている。

さらに、都市ガス代替ガスについてもe―メタンやバイオガス(バイオメタン)の導入が注目されており、現有インフラを活用できる点が社会実装する上で重要な判断要素になっていると思われる。

エネルギーセキュリティーの確保は、資源の無い日本にとって最も重要な生命線だ。このような移行期の場面で重要なのは、最終目標を目指した開発だけを行うのではなく、現在のインフラと目指すべきインフラとのギャップを埋め合わせる技術開発である。あわよくば、今ある技術、あるいはその延長線上の技術で、どこまで最終目標に近づけられるかを考えることこそが社会実装への近道ではないか。その意味で、前述した各種合成燃料製造に必要な技術は「古くて新しい技術」ばかりだ。

大量の再エネが必要 セキュリティー確保に向けて

合成燃料の製造方法フローを左の図に示す。発酵、ガス化、熱分解、水素化処理、メタネーション、FT(触媒反応)合成、メタノール合成、水電解などの技術は、多くの開発がすでに行われている。これら技術を社会実装する上での最大の課題は、代替エネルギーという観点から規模感(量)と経済性であろう。日本の一次エネルギー(化石燃料)消費量は約1万9000PJ(ペタジュール)である。CNな合成燃料にその一部を担わせるとしても、相当量の再エネとバイオ燃料源の確保が必要だ。その解決策の一つとして、日本では、都市ごみの積極的利用や安価な海外再エネの活用が望まれるところだ。

経済性を持たせるためには、既存エネルギーに対する環境価値をお金に換算し導入しやすくさせる施策、例えば、欧州で取り組みが進む炭素排出量取引(ETS)、炭素差額決済契約(CCfD)、さらには炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入、米国のインフレ削減法(IRCセクション45Q)による税制控除のような設備導入支援策が必要であろう。

その効果は多くのスタートアップ企業の出現や産業間連携プロジェクト数の増加に見ることができる。ESG投資も増えている。惜しむらくは、この類の海外投資家による国内投資はほぼ聞かれず、国内企業の海外投資ばかりだ。日本のエネルギーセキュリティー確保に向け、日本独自の移行期にマッチした必要技術を見極め、国内投資を促進するためにも欧米のような仕組み作りが早急に望まれる。

合成燃料の製造方法のフロー図

はしざき・かつお 九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学博士課程修了(工学博士)。2021年三菱重工業からエネルギー総合工学研究所に移籍。専門は、火力発電、CCUS、水素・水電解、リチウム二次電池、化学プロセス。

【特集2/座談会】合成燃料をGXの切り札に ガス・石油業界の果敢な挑戦


ガス・石油業界にとって合成燃料の開発は、自らの生き残りに関わる事柄だ。しかし技術面、コスト面で課題は多く、国の支援や協働での技術開発が欠かせなくなっている。

〈司会〉橘川武郎/国際大学 副学長

奥田真弥/石油連盟 専務理事

早川光毅/日本ガス協会 専務理事

橘川 国がGX(グリーントランスフォーメーション)政策を進める中、再エネや原子力発電が注目されています。しかし、石油、ガスは一次エネルギー消費の約6割を占め、同分野の脱炭素化を進めなければ、とてもカーボンニュートラル(CN)を達成できません。

ガス・石油業界はそれぞれe―メタン、e―フューエルといった合成燃料の開発を進めており、これらはGXの現実的な方策に欠かせないと思っています。

早川 先般のG7(主要7カ国首脳会議)で、CNには多様な道筋があると示されたことは意義深いことだと思っています。ロシアのウクライナ侵攻でエネルギーの安定供給や調達が危ぶまれた事例などからも、エネルギーを多様化することの重要性が増しています。

 また、価格のボラティリティーが増す中で、お客さまにとってもエネルギーを選択することでリスクを軽減できることからも多様化は欠かせない。さらに最近では、地震に加えて風水害など頻発化・激甚化する災害に対して、S+3Eの観点でもエネルギーの多様化が求められています。

 そうした中で合成燃料は環境性に優れ、既存のインフラをそのまま利用できる利点もある。お客さまに選択していただける多様なエネルギーを供給するという点で、大きな意味があると考えています。

業界としては、2030年までにe―メタンの都市ガス導管への注入1%以上の供給を目指しています。その目標に向けて技術開発を進め、サプライチェーンの構築にも取り組んでいます。

奥田 石油は今でもエネルギーの主役ですが、温暖化対策ではCO2排出削減が最も難しいといわれる運輸部門で大量に使われています。石油のCO2排出量は約4億t弱(19年度実績)で、製油所などで消費する分のスコープ1からの排出は約3千万tです。残りの約3・5億tがスコープ3、つまりガソリン、軽油、ジェット燃料などの石油製品からの使用排出です。ここを削減しないとCNは実現できません。しかし、これは非常に困難なことです。

困難なスコープ3の削減 まずSAFの供給から

橘川 大きな課題になりますね。

奥田 石油業界は昨年末にCNに向けたビジョンを改定し、スコープ3での実質ゼロにもチャレンジすることにしました。具体的な取り組みがe―フューエルであり、SAF(再生航空燃料)です。これらを開発して市場に提供しなければ、世の中は変わらない。そういう強い使命感で取り組んでいます。e―フューエルは30年代前半までの商用化を目標にし、SAFは25年頃からの国内製造・供給開始を目指して既に製造プラントへの投資が行われています。

 一方、早川さんが指摘されたように、エネルギー供給で多様な道筋を残すことも大切だと考えています。EV化の大きな流れは変わらないと思いますが、経産省の報告によると、50年の時点でも走行している車の約半分は内燃機関車です。われわれは、ガソリンや軽油を引き続き、できるだけCNな形で供給していかなければなりません。

橘川 CNというと、急速に電化が進んで、車が全てEVに置き換わるような印象が世間にはあります。しかし、決してそうはならないことが知られていません。

早川 供給側の論理で将来の姿を考えるべきではないと思っています。健全な競争環境の中でお客さまに選んでいただくことで、生き残っていくものと考えています。仮に選択肢を電気エネルギーだけに限定し、そのために全ての社会インフラを作り直したとすると、環境的には良いのかもしれないが、お客さまとしてはコスト増により経済活動が成り立たなくなり、ひいては産業がますます海外に流れていってしまうリスクもある。一番肝心な日本経済の活性化が成り立たなくなる。

橘川 奥田さんがスコープ3の排出削減に力を入れると言われましたが、たとえe―フューエル、e―メタンが普及しても、この部分でのCO2排出は残ります。

奥田 スコープ3を完全にゼロにすることは不可能です。そのことを前提にCCS(CO2回収・貯留)などを活用する、新しい技術を開発する、あるいはカウント(CO2排出量算定)ルールの制度を整えるなどの必要があります。

 e―フューエルの場合、非常に心強く思っているのは、各国で開発が進んで世界に仲間がいることです。ただ、米国やEU諸国との違いは、日本にはCO2フリー水素をつくるためのクリーンエネルギーの絶対量が足りないことです。

 では、どうするか。オーストラリアなどで太陽光発電を使って水素をつくることになる。すると、カウントルールが重要になります。本当は国際ルールにすべきですが、米国、EUは積極的ではないと思います。そうなると、国同士が話し合って、2国間でルールを決めていかなければならない。その戦略を国にきちんと考えていただき、ルールをつくっていただくことが大切になると思います。

橘川 日本にはクリーン開発メカニズム(CDM)という2国間クレジット制度があります。ただ、ほとんどが発展途上国向きで、合成燃料の製造とCCSの可能性も含めると米国、オーストラリア、マレーシアなどと2国間クレジット制度の仕組みを作らなければならなくなる。

早川 奥田さんが言われたように、いきなり国際ルールにするのは難しい。まずは、民間がプロジェクトを進めながら、それを通じて2国間で交渉し実績を積み上げていくことが現実的だと思います。

 例えば米国で進んでいるキャメロンLNG基地でのe―メタン製造のプロジェクトでは、米国で排出計上済みのCO2を使用するため、e―メタン利用時の排出をゼロカウントとすることは合理的と考えられます。

 まずは民間ベースでこれを合意した上で、それを基に国での二国間交渉に入るようにする。そういうことを積み上げていくことが必要でしょう。

奥田 同感です。いきなり国際ルールにするのはかなり難しい。まず民間で先方とプロジェクトを進め、その実績を積み上げていったうえで国に乗り出してもらう。そういうステップを踏んでいくことが現実的であると思います。

橘川 一方、合成燃料の製造では再エネでつくるグリーン水素が欠かせませんが、普及が進むと量が足りなくなる。化石燃料由来のブルー水素を使わざるを得なくなります。するとCCS、CCUS(CO2回収・利用・貯蔵)が普及の鍵を握ることになります。

 JX石油開発は米テキサス州で石炭火力から排出されるCO2を回収して、生産量が落ちた油田に圧入するCCUSのプロジェクトを進めています。これは世界最大規模のCCUSプロジェクトです。

危機の時代の国際石油情勢〈前編〉 西側脱露政策とOPEC減産の実情


【識者の視点】小山正篤/石油市場アナリスト

ロシアのウクライナ侵攻などの影響で、石油情勢は国際的な危機を迎えている。

西側諸国の脱露政策やOPEC減産の実情について、米ボストン在住のアナリストが解説する。

日本を含む西側諸国は、ロシアのウクライナ侵略に対抗する中で、国際石油秩序の担い手としての広い視野を回復し、その上で秩序基盤の再構築を図る必要がある。

このような視点に立って昨年の世界石油需給動向および西側の対応を振り返ってみよう。なお本稿は私見を述べるもので、筆者の所属する組織とは無関係である。

世界は露産石油依存が顕著 複雑化する西側の脱露政策

ロシアを除く世界全域における広義の石油需給を、国際エネルギー機関(IEA)統計に基づいて概観すると、昨年平均の需要量・日量約9600万バレルに対し域内生産量は日量8900万バレル。不足量は日量700万バレルを超える。これは日本の石油消費量の2倍以上に相当する規模だ。この不足分を埋めているのが、ロシアの石油輸出であり、昨年の輸出量は原油・日量約500万バレル、軽油など石油製品が日量250万バレル強と推定されている。

一方、世界の実効的な原油生産余力は石油輸出国機構(OPEC)加盟諸国、中でもサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)に集中しているが、昨年12月時点で両国合わせた余力は日量約250万バレル強にすぎない。すなわち、ロシア外の世界は、ロシア産石油を排除するに足るだけの石油生産力を持たないわけだ。

2022年の世界(除ロシア)石油需給

世界はロシア産石油を必要とする―。この簡明な事実は何を意味するか。英国とEUはロシア産石油の海上輸入を、原油は昨年12月、石油製品は今年2月以降、それぞれ禁ずる措置を採った。実際、昨年12月時点でロシアのEU、英国、米国向け石油輸出量は、年初に比べて日量計200万バレル強の大幅減少となった。

一方でインド、中国の2カ国向けは、合わせてほぼ同量の増加を見た。すなわち欧州・西側とロシアの分離に伴い、石油貿易ルートが新たに組み替えられた格好だ。

インド・中国などのロシア産石油輸入増を問題視する向きが多いが、それは自家撞着だ。非ロシア世界の域内石油供給不足という条件下では、ロシア産石油を追加的に引き取るインド、中国のような輸入国があってこそ、欧州・西側の脱ロシア依存が円滑に達せられる。両者は補完関係にあるのだ。

EU・英国はロシア産石油に対する海上保険を制裁対象に加え、これに米国が介入して上限価格(原油1バレル当たり60ドルなど)内であれば不適用とした。同制裁を事実上無効化する措置だが、これもロシア産石油輸出が阻害されれば、世界的な石油危機に直結し得る現実を反映している。本来、海上保険を制裁対象とする必要はなく、インド、中国などがリスクに見合う割引価格でロシア産石油を引き取れば済むことを、わざわざ西側が複雑にしている。西側自身の脱ロシア産石油依存は、ロシアに石油を外交的恫喝の「武器」として使われないように図る防御的措置だ。それをロシア経済に打撃を与える攻撃的措置として表明するので、取り組みが混乱する。

ロシアの石油輸出収入を断つとは、ロシア産石油の国際市場からの排除を意味する。それは、非ロシア世界の域内供給不足の解消と同義だ。大幅な石油増産と消費抑制がそこで並行して起こらなければならない。

これは少なくとも10年単位の射程を持つ中・長期的目標でなければならず、かつ、段階的な達成を順次図るほかない。また昨年時点で非ロシア世界の石油生産の4割はOPECが握っている。今後の増産にはとりわけサウジアラビアを筆頭とする中東OPEC産油諸国の同調が不可欠となる。

サウジアラビアの現実主義 OPEC減産報道の誤りとは

2021年6月から昨年10月までの間、サウジアラビアの原油生産量は日量200万バレル増加。米国の増産量・日量100万バレルをはるかにしのいだ。

同国は「OPECプラス」(OPEC側10カ国、非OPEC側からロシアを含む産油10カ国が参加)が合意した原油生産目標量に従って21年8月以降も継続的に増産し、その生産量はすでに21年12月時点で日量1000万バレルの大台に乗った。

昨年11月、OPECプラスは生産目標総量を削減し、これが「大幅減産」として広く報じられて波紋を呼んだ。削減されたのは名目的な生産目標量であり、基準とした昨年8月時点の日量4400万バレル弱から日量4200万バレル弱へと、確かに日量200万バレルの削減だ。しかし、同じ基準月の生産実績は日量4000万バレル強にとどまっていたため、もし当該の生産枠がそのまま実現すれば、日量約150万バレルの増産となった。

サウジアラビアのように実生産量と生産枠が合致する場合には減産だが、実生産が目標量と乖離して低迷する国々に対しては、反対に増産が求められた。実際、昨年11~12月の、ロシアを除くOPECプラス原油総生産量は、同年8月対比で日量50万バレル弱の減少にとどまり、対前年同期比では逆に日量100万バレルの増大を示した。つまり、かかる生産調整を大幅減産と見たのは誤りだ。

むしろサウジアラビアの動向から伺えるのは、自国の生産量を高位に保ちつつOPECプラスを通じた生産調整によって、国際石油需給の均衡を図る、いわば実務本位の冷めた姿勢だ。同国は緊急時の備えであるべき生産余力も堅持し、また27年を目途に、日量100万バレルの原油生産能力の増強計画を進めている。

このサウジアラビアの現実主義的な姿勢は、対ロシア産石油依存からの脱却と非ロシア世界の域内自給率向上という西側の目標に呼応している。この点はよく理解されなければならない。

※1 本稿での石油需給、貿易および在庫に関する数値はIEA統計(Oil Market Report)による。広義の石油は、NGLやバイオ燃料など、非石油由来の燃料を含む。

※2 ロシアに加えOPECプラスのうち8カ国が今年5月以降の追加減産を決めたが、昨年11月の減産がさほど大きくないと示した形だ。これも現状を供給過剰と見た実務本位の対応と考えてよいだろう。

こやま・まさあつ 1985年東京大学文学部社会学科卒、日本石油入社。ケンブリッジ・エナジー・リサーチ社、サウジアラムコなどを経て、2017年からウッドマッケンジー・ボストン事務所所属。石油市場アナリスト。

【特集2】初期費用ゼロの太陽光発電 定額料金サービスで導入加速


【東京ガス】

2030年までにGHG(温室効果ガス)の排出量を20年比で半減させる〝カーボンハーフ〟を推進し、脱炭素化に取り組む東京都。25年4月から大手住宅メーカーが都内に新築する一戸建て住宅には、太陽光発電システムの設置が義務付けられている。

「この義務化の影響で、提供するサービスの引き合いが増えている」と話すのは、エネルギーサービス事業推進グループの小田明翔主任だ。

東京ガスは22年4月、新築住宅向けに「ずっともソーラー フラットプラン」(フラットプラン)のサービスを開始した。19年から提供してきた「ずっともソーラー」をブラッシュアップし、新築一戸建て住宅の太陽光発電導入に貢献。設備材料費などを東京ガスが負担し、顧客は月々の定額料金で太陽光発電を利用する。

フラットプランの主な特徴は、①初期費用ゼロで太陽光発電を導入、②割安な定額料金で自家消費を使い放題、③サービス期間終了後は全ての太陽光を自由に利用できる―の三つだ。

初期費用をゼロにすることで、顧客は建築費を抑えられる。電力会社への余剰電力の売電債権(売電収入)は顧客から東京ガスに譲渡する仕組みで、東京ガスはあらかじめ費用の総額から想定する売電分を差し引く。顧客は残りの費用を10年の契約年数で計算した月々の定額料金として支払う。

一般的なリース契約と比較すると、あらかじめ想定する売電分を差し引いている分、毎月の支出が減るため、導入のハードルが下がる。さらに面倒な書類審査が不要。利用可能なクレジットカードを保有していれば導入できる。住宅ローンに影響することなく、顧客は住まいのアップグレードに予算を充てられるのだ。

一例として、フラットプランの10年契約で初期費用ゼロの場合、月々の定額料金は6500円。初期費用として工事費を負担すれば、月々の料金を半額近くに減らすことも可能だ。

ずっともソーラー フラットプランの仕組み

調達・施工は東京ガス 十数社との提携進む

21年ごろまでは、太陽光発電を導入する住宅メーカーは大手が中心で、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及が目的だった。昨今は都の太陽光設置の義務化や電気代高騰で、顧客からの問い合わせが増加している。フラットプランでは、これまで太陽光設備を取り扱ってこなかった住宅メーカーに対し、設備の調達から施工まで全て東京ガスが請け負うことも可能だ。都の住宅事情に合わせ、2kW台の低用量帯から対応する。

首都圏で狭小な住宅を得意とするメーカー、オープンハウス・ディベロップメントでは、フラットプランをいち早く採用している。割安な定額料金で導入できるというシンプルなプランも相まって、顧客からも好評とのこと。

「わかりやすいサービスなので住宅メーカーにも顧客にもプラスに働いている」と同グループの中野亮課長は胸を張り、こう続ける。「分譲系やオール電化の住宅メーカーなど数十社と提携が進み、19年の『ずっともソーラー』スタートからわずか3年でターゲットが広がった」

さらに東京ガスは、電気代の高騰で自家消費として太陽光発電のニーズが高まっていることに注目。22年11月からオプションの提供を始めた。

セットプランも用意 全国の一戸建住宅に拡大

太陽光をより有効利用できるよう、蓄電池のセットプランを用意。一例として、5kW時の蓄電池を初期費用ゼロ、月々1万3000円の定額料金で追加できる。また、太陽光発電と親和性の高いハイブリッド給湯器やエコキュートを組み合わせるセットプランも用意した。東京ガスの電気で、これらのオプション設備を利用する場合は系統からの電気料金を3%、利用しない場合は2%割引きする。

サービスの導入で光熱費削減効果も見込める

フラットプランは全国で導入可能だ。小田主任は「脱炭素社会に貢献することが私たちの使命。その促進に向け、各地の住宅メーカーが抱える課題を解決し、顧客のニーズに応えることで、より選んでもらえる仕組みやサービスを拡充していきたい」と展望を語る。今後は既築住宅への展開も視野に入れていく。

ニーズに応えたいと話す中野課長(左)と小田主任

【特集2】受け継がれる「150年」の挑戦 LNG大国の経験が未来開く


都市ガス事業は、安定供給を支えながら日本や世界の産業を発展させてきた。過去の経験や蓄積から業界は何を学び、どのように次代につなげるべきか。

【出席者】

司会=橘川武郎/国際大学大学院国際経営学研究科教授

広瀬道明/東京ガス取締役会長

柳井 準/三菱商事顧問

橘川(司会) 都市ガス事業の歴史を振り返ると、いくつかの転機を乗り越えてきたと思っています。まずは1872年に横浜の馬車道通りにガス灯がともります。しかし、ガス灯は電球に、その座を奪われます。太平洋戦争後、エネルギーの主役は石炭になりましたが、50年代の終わりごろからエネルギー流体革命が起こり、石油の時代がきます。ところが大気汚染対策という環境規制のニーズから、1969年11月、米国アラスカ州からLNGを積んだポーラアラスカ号が東京ガスの根岸工場に到着した。ここからクリーンエネルギーのLNG時代が始まります。

 制度面でも転機がありました。システム改革が進む中で、2017年には小売り全面自由化、22年には大手3社の導管の法的分離が行われました。20年10月には菅義偉元首相がカーボンニュートラル宣言を行い、CO2排出の天然ガスも逆風の時代を迎えかねません。これらは大きな課題になると思います。150年の間、困難な課題をさまざまな知恵と努力で乗り越えました。その恩恵の上に今の業界があると思います。

広瀬 いろいろなところでお話する機会がありますが、そのテーマを「歴史に学び、時代を駆ける」としています。現在まで、先人たちは何を考え、何をしてきたかを振り返ることは大切です。今、将来展望を描きながら課題に向き合っていますが、それがまた歴史になります。橘川先生が指摘されたように、都市ガス事業は挑戦と革新の歴史です。昨年の大河ドラマで渋沢栄一は若い時パリを訪れ、ガス灯が照らす街や劇場の明るさに驚き、日本でもできないものかと考え、帰国後、自ら東京府ガス局長を10年間、初代東京ガス会長を25年間勤め、都市ガス事業の「黎明期」を切り開きました。

 これまでガスの製造、供給、利用の全分野で変貌を遂げましたが、常に新しいものに挑戦し、また時代の変化とともに革新する。この繰り返しでした。ただ一貫して変わらなかったのは、公益的な使命と社会的責任を果たすという渋沢の理念、これはDNAとして脈々として受け継がれ、将来も変わらないと思います。

柳井 商社から考えると、やはり最大の転機はLNG輸入です。ガスは本来、地産地消で使い、周辺へはパイプライン供給が常識でした。しかし、日本ではそれができません。そこで新しい発想として、アラスカからのLNG輸入を東京ガスさんと東京電力さんが決断された。このやり方は当時、北アフリカから欧州の一部エリアで実験的に小規模に行われていました。ところが両社の決断は、長距離かつ大規模に運ぶものでした。送り出す側や受け入れ側で、液化設備、LNG基地など、設計から建設まで膨大な投資が必要だったことを踏まえると、当時の経営決断に感銘を覚えます。

 その後、台湾、韓国などパイプラインの恩恵を得られない国が、LNGを調達することとなり、今では世界規模でLNG貿易が盛んです。その先駆者の役割を果たしたのは、東京ガスさんをはじめとした日本の事業者です。三菱商事はアラスカでのLNGプロジェクトで代理人に指名していただきました。その役割を果たせたことは非常に光栄で、幸運だったと思います。

熱量変更の大事業 インフラ整備も進展

橘川 その後、世界のエネルギー産業に恩恵をもたらしました。その先駆けとなったアラスカプロジェクトは、東京ガスの安西浩社長の提案を東京電力の木川田一隆社長が受け入れて、輸入のロットを大きくし、少しでも調達費を抑えるために両社が組んだものでした。ただ、使い方はだいぶ異なります。電力会社は、気化した天然ガスを発電するだけです。しかし、都市ガスは違います。それまでの5000kcalが1万1000kcalに増えるので、その熱量変更に伴い、あらゆる家庭のガス器具、工業用のガス設備などを変えなければならない。LNG導入の一番のハイライトは、そこだと思います。

広瀬 私は74年に入社し、配属先が熱変事業所(東京・南千住)でした。当時、約1500人の社員がいて、朝一斉に現場に出て、3日間で5000件ぐらいのお客さまの器具を変更します。当時、「転換地獄」と言われるくらい大変な職場でしたね。

 LNGを導入するため、東京ガスは3大プロジェクトと言われる、気の遠くなるような計画を打ち出します。一つ目は製造設備です。神奈川・根岸や千葉・袖ヶ浦市にLNG基地を建設しました。二つ目はガス供給のために、東京湾を囲む環状の高圧幹線を建設しました。三つ目がお客さまの熱量変更です。いま考えると、当時の経営者は本当によく決断したなと思います。

橘川 熱量変更が行われ都市ガスの普及が急速に進み、日本はLNG大国になりました。

広瀬 その要因ですが、LNGプロジェクトは数兆円の投資となり、それを民の力を結集して実現させたのが商社です。供給側と消費側の間をコーディネートし、多くの業界を取り込み、結実させました。商社無しに今日のLNG大国はなかったと思います。

 電力・ガス会社が協力して進めたことも大きかったと思います。日本は資源がなく、燃料・原料の輸入までは一緒の方が安く、国益や利用者利益の面でよいわけです。その後は「オール電化がいい」「料理はやっぱりガスがいい」というのはお客さまの選択の問題です。まさに協調と競争で、その良い面が発揮されました。

 さらに忘れてはならないのは、商品開発、技術開発の努力です。都市ガス会社は日ごろからお客さまと対面でお付き合いをしてきました。新しいエネルギー、LNGをお客さまのニーズに合わせ、機器メーカーさんと一緒にカスタマイズしてきました。そんな地道な取り組みも大きかったと思います。

育ての親「アジア諸国」 三菱商事の果たした役割

橘川 一昨年、ブルネイを訪れましたが、LNGプロジェクトでの三菱商事の存在感を実感しました。ブルネイはメジャーのシェルの力が強い国で、多くの取り組みを経て、メジャーや産ガス国と関係構築してきたかと思います。

柳井 アラスカの後、ブルネイでのプロジェクト投資を決断しました。失敗したら会社がつぶれてしまうほどの投資で、当時の社長、藤野忠次郎はサインのとき、手が震えたそうです。

 三菱商事は昭和四日市石油をシェルと共同で運営していたので、シェルとは親しい関係でした。シェルがブルネイに大きなガス田を持っていて、開発に当たり「三菱商事も資本参加を」と話がありました。社内では賛否両論でしたが、結果、清水の舞台から飛び降りる覚悟で決断したわけです。この投資で三菱商事は、LNG事業のサプライヤーサイドに立つことになりました。それが結果的に良かったと思っています。

 大規模プロジェクトは、サプライヤーとバイヤーとの信頼関係が必須です。日本のガス・電力会社は、長期契約で15年間ほど引き取る保証をしてくれました。また、当時LNGのマーケットがない中、原油価格リンクの方式をつくりあげました。これらが両者の信頼関係を構築する上で、非常に大きな役割を果たしたと感じています。

 その後、LNGの需要、輸入数量は増えてビジネスは拡大し、三菱商事としてもマレーシア、オーストラリアへと投資しますが、それは常に信頼関係があったからだと思っています。そしてこのことが、結果的に日本の安定供給につながったと考えています。またシェールガス革命で、北米からのLNG輸出も幸いし、今後の安定供給源として期待されています。

広瀬 日本のLNGの歴史を見ると、アラスカが「生みの親」、アジアが「育ての親」だと思います。そのアジアの先駆けがブルネイです。私は日本ブルネイ友好協会の会長を務め、度々ブルネイを訪れています。その度に三菱商事さんがこの国・地域の発展に果たした役割の大きさを実感します。ブルネイのプロジェクトはLNGの歴史の中で大きな意味を持つと思います。

橘川 いま、西欧諸国では天然ガス価格が数倍に上がり、電気料金も上昇しています。しかし日本では値上げ幅は一定程度に抑えています。最大の理由はLNGの長期契約です。スポット市場での価格上昇に比べて、はるかに穏やかな値動きです。なかなか注目されませんが、ぜひメディアが取り上げてほしいと思っています。

ガス事業が抱える課題 メタネーションへの挑戦

橘川 当面、業界は「対需給」が課題です。中長期的には温暖化対策が大きな課題になると思います。今後の課題認識や取り組み方、加えて、次代の方々へメッセージをお願いします。

広瀬 現在、東京ガスの歴史で初めてのことが二つ起きています。一つが小売り全面自由化と導管分離です。製造、供給、利用の垂直統合モデルでしたが、導管部門は4月に別会社になりました。制度改革の趣旨に沿い、導管新社は安定供給と安全確保に万全を期し、一層の効率化に努め、小売り分野ではお客さまニーズに合わせガス、電気、サービスを一体とした営業力の強化に努めなければならないと思います。

 もう一つがカーボンニュートラルです。創業以来、原料は石炭、石油、LNGと変遷してきましたが、いずれも化石エネルギーです。これを、今後カーボンニュートラルエネルギーに変えていくという非常に厳しい取り組みですが、次代を担う若い方々にも受け継がれている挑戦と革新の精神で乗り越えられると考えています。

橘川 ガス業界はCO2と水素から合成メタンをつくるメタネーションに取り組んでいます。

広瀬 メタネーションの社会実装実現に向け、コスト面が非常に大きな課題です。しかし、50年カーボンニュートラルを目指す中、頑張らなければなりません。既に技術開発に取り組んでいますが、われわれの力だけでは限界があり、官民一体で進める中、メーカー・商社さんなどの協力が必要です。われわれとしては、まずはしっかりとパイプラインで供給できるように、またお客さまに安全に使っていただけるようにすることが使命だと思っています。

柳井 移行期のエネルギーとして引き続き重要な天然ガス以外に、メタネーションや次世代エネルギー、再エネなども加えた合わせ技で対応する必要があると思います。水素など数多くある脱炭素対策の選択肢の中で、メタネーションのメリットは、LNG船・基地、パイプライン、ガス器具・設備など、既存インフラ・設備をそのまま使えることです。従って比較的、ゴールが見えやすく、手をつけられやすい分野だと考えています。われわれとしても、LNG導入のようにサポートできたら思っています。

 また、若い方々に伝えたいのは、「日本には資源がない」という認識のもと、先人たちが大変な苦労をして、いろいろな場所でいろいろなエネルギー調達に挑んで今に至っていることです。このノウハウは、今後の取り組みにも生きてくる、ということを伝えたいですね。

橘川 業界は、今度はメタネーションでエネルギー利用の歴史を変えるかもしれない。困難かもしれませんが、やりがいがあるのではと思います。本日はありがとうございました。

きっかわ・たけお (左) 1975年東京大学経済学部卒、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。一橋大学教授、東京理科大学大学院教授を経て2021年4月から現職。

ひろせ・みちあき(中) 1974年早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。 2006年執行役員企画本部総合企画部長などを経て14年代表取締役社長、 18年取締役会長。

やない・じゅん(右) 1973年早稲田大学法学部卒、三菱商事入社。2013年代表取締役副社長執行役員エネルギー事業グループCEOを経て16年から現職。