【3分で読める小説】三途の清掃


気づいたときには、河原にいた。

あれ? おれ、何してたんだっけ……?

ぼんやりとそんなことを考えていると、突然、声をかけられた。

「バイトの方ですね?」

そうだ、自分はバイトをしに来たんだった……。

うっすらと思いだしながら、おれは声のしたほうを振り返った。

肝をつぶしたのは、その瞬間だった。

目の前に立っていたのが人間ではなかったからだ。

赤い身体に二本のツノ、虎柄のパンツ……。

それは明らかに鬼だった。

そのとき不意に、さっきまでの記憶がよみがえってきた。

もともとは、ネットでバイトの募集を見つけたことがきっかけだった。掃除をするだけで高額の報酬をもらえるということで、おれはすぐに飛びついて、とある雑居ビルに足を運んだ。

が、通された部屋にはベッドがあるだけで、肝心の清掃はどうするのかなと首を傾げた。そして、そのことを尋ねようとスタッフのほうを向いた瞬間、壺のようなものを振りかざしているそいつの姿が目に入り、直後、鈍い衝撃が頭に走った。

記憶はそこで途切れていて、次にいたのがこの場所だった……。

「あの、ここは……」

おそるおそる尋ねると、にこやかな笑みを浮かべながら鬼が言った。

「賽の河原です」

「賽の河原……?」

「ええ、三途の川の河原のことです」

「えっ!?」

おれは耳を疑った。

「それって、死んだってことですか……!?」

鬼は、いえ、と首を横に振った。

「あなたは単に、一時的に生死のはざまをさまよっているだけです。先ほど、頭に壺を振り下ろされたでしょう? それで意識を失ったんですよ。ですが、基本的には安心して大丈夫です。殴るほうもプロなので、バイトが終わって目覚めたあとも後遺症などは残らないようにやっていますので。もっとも、もしものときのお見舞金の意味もこめて、高額なバイト代を支給させていただいているわけではありますが」

鬼は、いろいろと恐ろしいことをさらりと言った。

絶句しているおれに向かって、鬼はつづける。

「ということで、さっそく仕事をお願いします」

そうだった、と、おれはそのことを思いだす。ツッコミどころは満載ではあるものの、とりあえず仕事をして金をもらわねば……。

おれは尋ねる。

「それで、今から何をすれば……」

「ゴミ拾いです。ほら、あたりをよく見てみてください」

言われておれは、周囲を見やった。

瞬間、うわっ、と叫んだ。

あたりにゴミが散乱していたからだ。

「三途の川って、こんなに汚かったんですね……」

思わずこぼすと、鬼が言った。

「前はこんなことはなかったんですがね」

鬼は呆れたような口調でつづける。

「このゴミは、ここを通る死者たちが捨てていったものなんですよ。もともと、死者にとって未練があるものはここに来るまでに具現化することがあるんですが、そういったものは天国にも地獄にも持っていけないので、あちらに設置しているゴミ箱に捨ててもらうようにしていたんです。ですが、近ごろはゴミ箱のところまでわざわざ行くのが面倒くさいと、そのへんに捨てる死者が急増していましてね。それでこのありさまというわけです。最近の死者は無責任で、マナーもなってなくて困りますよ」

「あの……」

おれは素朴な疑問を口にする。

「ゴミをこんなところに捨てしたりして、それこそ、それが原因で地獄に落とされたりはしないんですか……?」

「そうしたいのは山々なんですが、あまりに数が多いのでキリがないんです」

「なるほど……」

「ただ、三途の川のゴミ問題は深刻化するばかりなので、放っておくこともできません。なので、ちょっと前にそちらの世界に強めのクレームを入れましてね。その結果、生者の中からバイトを派遣するという取り決めが交わされまして、いまのあなたのように生者が掃除に来てくれるようになったんです。ちなみに、生者は三途の川を渡ることができませんので、対岸のゴミは地獄に落ちた罪人どもに拾わせています。おかげで、この頃はゴミ拾い地獄という新しい地獄ができまして。落ちたゴミがなくなるまで、休憩なしでずっと拾いつづけねばならないという地獄です」

そんな新手の地獄があるだなんて……。

おれは驚きながらも、こんなことを考える。

そのゴミ拾い地獄とやらを生みだしているのが同じ元人間だというのは、なんとも皮肉なものだな、と。いくら罪人だとはいえ、同族の愚かな行いで苦しめられるとは……。

しかし、その直後には、いや、と思い直した。

誰かの捨てたゴミが、ほかの誰かを苦しめる。

生者の世界のゴミ問題も、構図は別におんなじか……。

やがて鬼からは、トングとゴミ袋を渡された。

「ゴミは仕分けたりしなくて構いませんので、片っ端から袋に詰めていってもらえれば」

そうして、おれはさっそくゴミを拾いはじめた。

河原には、いろんなものが落ちていた。

子供の未練が具現化したのか、サッカーボールが転がっていたり、女性の未練が具現化したのか、ブランドもののバッグが転がっていたり。

そんな中、圧倒的に多かったのが、飲み食いへの未練からだろう、ペットボトルや弁当箱のゴミだった。最後にここでバーベキューでもやったのか、紙皿やプラスチックのコップ、焼き肉のタレの容器なんかも落ちていた。

おれはそれらをトングで拾い、どんどんゴミ袋に入れていった。

十袋くらい集めたところで集積場に持っていくと、さっきの鬼が待っていた。

「どうもどうも。いいペースですね。適度に休憩を入れてくださいね」

それじゃあと、おれは近くの石に腰かけた。

鬼は別のバイトが持ってくるゴミを次々と受け取り、積み上げていく。

おれはふと、鬼に尋ねた。

「あの、鬼さん、この集まったゴミはどうするんですか?」

鬼が答える。

「我々はエコですからね。もちろん無駄にはせずに、利用します」

「利用……?」

「燃料にするんですよ。灼熱地獄で罪人を炙るときの」

「えっ……?」

「灼熱地獄の燃料代も、バカになりませんからね。それを少しでもまかなおうというわけです」

おれはなんとも複雑な思いになった。

罪人とはいえ、人を炙るための燃料集めに加担していたとは……。

同時に、あることも気になった。

エコを謳っているのなら、ゴミを分別しなくていいのかということだ。

おれは尋ねる。

「あの、このまま燃やしたりしたら、さすがに有害物質が出るんじゃないんですか……?」

鬼はあっさりうなずいた。

「もちろん出ますよ。ダイオキシンが」

「ええっ? いいんですか……?」

「はい、というか、むしろ積極的に出しているくらいのもので。我々はエコですからね。利用できるものは利用するのが、真のエコというものでしょう?」

なので、と鬼はつづけた。

「このゴミ問題の副産物として、最近ではもうひとつ、新しい地獄ができましてね。ダイオキシンを吸いつづける、ダイオキシン地獄というものが」

(了)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動している。書き方講座の内容は、2020年度から使用される小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。17年には400字作品の投稿サイト「ショートショートガーデン」を立ち上げ、さらなる普及に努めている。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に情熱大陸、SWITCHインタビュー達人達など多数。 田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/