【3分で読める小説】夜行の子


目覚ましが鳴って、ぼくは反射的に音を止めた。


起きたくないなぁ……。

布団の中でもぞもぞしていると、お母さんがやってきた。


「もう十九時なんだから、早く起きなさい!」

無理やり布団を引っぺがされて、ぼくはしぶしぶ起き上がる。


夕食のトーストとスクランブルエッグを食べて準備をすると、ランドセルを背負って「行ってきまーす」と玄関を開ける。もわんとした空気がすかさず家の中に入ってきて、ぼくは素早く扉を閉める。


エントランスで、同じマンションの友達とたまたま会った。

「こんばんはー」


そう言いながらエントランスの向こうに目をやると、外は陽が落ちてすっかり暗くなっていた。街灯がぽつぽつ灯っているけど、景色のぜんぶはわからない。

そのとき、装着していた暗視ゴーグルのモードが自動的に切り替わった。


途端に視界は明るくなって、綺麗に色づく。

通勤したり通学したりする多くの人たちに交じって、ぼくも夜道を登校する。

教室に入るとカラッとした涼しい空気に包まれて、ぼくはポケットクーラーをカバンにしまった。


先生が入ってきて、夜のホームルームが開始する。

「じゃあ、今日も一日、元気に行こう。こまめな水分補給だけは忘れるなよーっ」


はーい、とみんなで返事をして、授業がはじまる。


算数、国語、社会につづいて、四時間目の授業は環境だった。

「充電がないやつはいないかー? はい、じゃあ、このあいだのつづきを出してくれ」


ぼくは手元のタブレットをタップして、電子教科書を表示する。

これまでの環境の授業では、温暖化の歴史について勉強してきた。

その中で、ぼくは温暖化が騒がれるようになったのは六十年以上前の一九八〇年代のことだったのだと初めて知った。最初のほうは、地球の気温があがっているなんて間違いだと言う研究者も多かったらしい。でも、実際に世界各地で気温が高い日が増えてきて、氷河が解けだしていることも判明して、温暖化はたしかに起こっているようだと認められるようになっていった。

このままだと、地球の環境は激変する。今すぐに、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスを削減せねば。

そう叫ばれるようになったけどそれは一部で、世の中の危機感は薄かった。

まあ、どこかの誰かが何とかしてくれるだろう。

よくわからない未来のことなんかより、今このときをどう生きるかのほうが重要だ。

そういう人がたくさんいた。

中には温暖化の事実は認めつつも、違う方向を向いている人もいたらしい。温暖化の原因は人類が出す温室効果ガスにあるんじゃなくて、太陽活動や地球の自然なサイクルなどの別の要素にあるんじゃないか。そんな考えを持った人たちだ。

その人たちは、人類の活動には関係なく気候は変わるものなんだから、気候の変動に備える必要はあっても温室効果ガスを削減する必要はないと主張して、なかなか足並みがそろわなかった。その温室効果ガス以外が影響している可能性は、今でもゼロではないという。ただ、それだけでは起こっている現象をうまく説明できなくて、やがて支持する人は減っていった。


そうこうしているあいだにも、熱波に襲われる地域は年々増えて、異常気象も明らかに多くなった。日本でも冬は暖かくて夏は猛暑であることが普通になって、みんなの中でようやく本気で対策をしないとという雰囲気ができあがった──。

ここ最近の授業では、人類が温室効果ガスを削減するためにやってきた具体策について勉強していた。クリーンな発電法に移行したり、ガソリン車を電気自動車や燃料電池車と入れ替えたり。


そして、今日からぼくたちは、人類が導入した別の制度を学ぶことになっていた。

《昼夜逆転の生活について》

そんな文字がタブレットに現れて、先生は言った。

「知っている人も多いと思うが、いまから二十年ほど前までは、みんな今とは真逆の生活を送ってたんだ。朝起きて日中に活動して、夜になると寝るという生活だな」

タブレットに、古くて粗い映像が流れはじめる。ギラギラと太陽が照りつけるなか、道行く人たちは日差しの中をいかにも暑そうな感じで歩いている。

それは、みんなが日中に活動していた頃の映像だった。同じような映像はこれまで何度か見たことがあって、ぼくはお父さんやお母さんからも昔の話を聞いたことがあった。でも、いくら映像を見ても話を聞いても、ぼくは本当にそんな時代があったのかなぁと、いまいちピンと来ていなかった。

先生は言った。

「その頃の日本では、夏場に四〇℃を超える日がつづくようになっててな。今でこそ四〇℃くらいじゃ誰も驚かないが、そのちょっと前までは扇風機だけで過ごせる日なんかもあったから、とんでもない異常事態だったんだ。特に熱中症は大きな社会問題になって、根本的な対策を迫られた。そうして大激論の末に導入されたのが、昼夜を逆転させる制度だったというわけだ」

先生は、教科書を使いながらこんな話をしてくれた。

制度がはじまる前からも、暑さを避けるための対策は世界中で行われていた。サマータイムというのがそのひとつで、夏は活動の時間帯をずらして生活していたらしかった。オンライン化もどんどん進んで、クーラーのきいた家にいながらいろんなことができるようにもなっていた。

でも、生きるうえでまったく外出しないというのは難しいし、やっぱり人に会ったり身体を動かしたりもしたい。そうなると、どこまでいっても熱中症にかかる人は後を絶たない。
だとしたら、いっそみんな夜に活動するのはどうだろう。

そうして導入されたのが、昼夜逆転の制度だった。

導入前は、太陽光を浴びないのは身体や心に悪い影響があるのではと心配された。もちろんその可能性は大いにあった。でも、もともと仕事などの都合で昼夜逆転の生活を送っている人はたくさんいたし、夜型の生活になると言っても多くの人は日が昇ってからの数時間を起きて過ごすはずなので、太陽光を浴びるチャンスはあるだろうと結論された。

逆転生活を送るのは、少なくとも日本の場合は夏だけでもいいんじゃないかという意見もあった。が、季節ごとに極端に生活を切り替えるほうが心身のバランスを崩すだろうと判断されて、一年じゅう逆転生活を送ることが決められた。

「制度が導入されたのは先生が教師になりたての頃だったんだが、いやあ、混乱したなぁ。慣れるまでは夜起きたときにまだ明け方だと思って二度寝しそうになったり、仕事が終わって飲みに行っても朝っぱらからお酒を飲んでることに罪悪感を覚えたりしてな」

ぼくは、お父さんやお母さんから聞いた話も思いだす。

昼夜を逆転させる制度は、お父さんたちが大学生だったときに段階を追って導入されていったらしい。学生はそもそも夜型の人間が多かったから、事前の予想ではこの制度に一番なじみやすいんじゃないかと思われていた。だけど、ふたを開けると夜型の人たちのほとんどは朝型の人に変わってしまって、お父さんたちもよくだらだらと昼更かしした。

みんな、結局は社会のリズムに合わせたくないだけだったんだろうなぁ」

そう言って、お父さんたちは笑っていた。

先生はつづける。

「さて、そうなると大事になるのが、暗い中でどうやって視界を保つかということだ。暗いと生活しづらいし、防犯上の問題も出てくるからな。街を灯りで埋め尽くす案もあったんだが、それだと電気の消費が膨大になる。だから、街灯は必要に応じて新しく設置しながら、基本的にはみんな外で暗視ゴーグルを着用するのが一般的になったんだ」

その暗視ゴーグルも急速に進化した。最初は見える景色は緑一色だったけど、画像解析の技術が発達して細かい色分けができるようになっていって、いまのぼくたちは明るい中で見る景色とほとんど同じのカラフルで鮮やかな映像を目にすることができている。値段も手ごろなものになって、重さもつけているのを忘れるくらいに軽くなった。

「しかし、本当に便利になったもんだよなぁ。昔はゴーグルをつけたまま明るいものを見たりしたら、眩しくて視界が真っ白になってな。そういうときは、いちいち手動でモードを切り替えないといけなかったんだ。それがいまじゃ、周りの明るさを感知して見えやすいようにオートで切り替えてくれるんだからなぁ……」

先生がしみじみ言ったところで、授業が終わる時間になった。

先生は教室を見回した。

「最後に、今日はみんなに宿題だ。来週までに、昼夜が逆転する前の生活を知る人を探して、当時の話をいろいろ聞いてみてほしい。次の授業では、それをお互いに発表しよう」

はーい、とみんなで返事をする。

放課後になると、ぼくはいつもの公園に行って友達と遊んだ。

世の中の公園には眩しいくらいに照明設備が整ったところも多いけど、電気代などの都合でそうじゃないところも少なくない。

でも、ぼくはここみたいに、まばらな街灯があるだけの公園のほうが好きだった。
理由のひとつは、照明設備のあるところは光が強すぎて、ぼくの暗視ゴーグルだと処理に時間がかかってときどきタイムラグが出るからだ。それなら別に、ゴーグルを外して裸眼で遊べばいいだけだけど、ぼくはいちいちゴーグルを外すのが面倒で、装着したまま遊べるこの公園に遊びにくる。

そうして、ぼくはみんなと一緒にドッジボールをしたり、鬼ごっこをしたり、缶けりをして楽しんだ。

友達がひとり遅れてやってきたのは、五時のアラートが鳴る少し前のことだった。

その友達は、今日は学校を休んでいて、どうしたんだろうと気になっていた。

それを聞こうとしたときだった。

ぼくは「あれっ?」と首を傾げた。

その友達が、暗視ゴーグルを装着していなかったからだ。

壊れたりして外したのかな、とも思った。でも、薄暗い中でも周りはちゃんと見えているようで、ぼくもみんなもわけがわからず混乱した。

「ねぇ、ゴーグルつけてないけど大丈夫なの……?」


そう尋ねると、友達は笑って答えた。

「目の手術をしてきたからね。今日はそれで休んでたんだ」

ぼくは心配しながら聞いてみた。

「手術って、どこか悪いとこでもあったの……?」

視力の矯正手術なら、大人も子供もみんな普通にやっている。でも、それだと手軽で時間も全然かからないから、学校を休まなくてもいいはずだった。

すると、友達は首を横に振った。

「ううん、別に何もないよ」

「それじゃあ、なんで……」

「最先端のキャッツアイ手術ってやつを受けてきたんだ」

「キャッツ……?」

「猫の目みたいにする手術だよ」

ポカンとしているぼくたちに、友達はつづける。

「猫って、少しでも光があったら暗闇の中でも物を見ることができるんだ。目の中にあるタペタムっていう鏡みたいなもので光を反射させて増やしたり、瞳孔を開いたり閉じたりして入ってくる光の量を調整してさ。世の中には、生まれつき猫みたいな形の目を持つ人もいるらしいんだけど、そういう人たちとはまた違って、形だけじゃなくて機能も猫の目みたいになれるのがキャッツアイ手術で。わざわざゴーグルをつけなくても裸眼で何でもよく見えるから、すごくラクだよ」

ぼくは友達の目をのぞいてみた。

言われてみると、たしかにその目は猫っぽい感じになっている。

ぼくは単純にこう思った。

なんか、かっこいいかも……!

そのとき、眩しい光が差してきた。顔をあげると、いつしか空は朝焼けのオレンジ色に染まっていた。

友達が呟く。

「これからは、みんなが当たり前にこの手術をするようになるんじゃないかな。視力の矯正手術みたいにさ」

ぼくはまた、隣に顔を向けてみる。

友達は昇りくる朝陽を力強く見つめていた。

縦に細長くぎゅっと絞った、その美しい瞳孔で。

(了)