【コラム/10月4日】資産所得倍増を考える~願望、貯蓄から投資の30年にため息

2022年10月4日

飯倉 穣/エコノミスト

1,政府は、「新しい資本主義の グランドデザイン及び実行計画 」と「経済財政運営と改革の基本方針 2022 」(22年6月)で、「成長と分配の好循環」のため、貯蓄から投資の旗印を掲げ「資産所得倍増プラン」策定を打ち出した。その具体策が見えてきた。

報道は伝える。「「貯蓄から投資へ」3つの道 金融庁が方針「NISA」「教育」「販売」」(日経9月1日)、「投資促進 NISA恒久化 首相表明」(朝日9月24日)

平成時代、貯蓄から投資は、経済活性化のキーワードだったが、効果が見えないまま今日に至った。今回提案された「資産所得倍増」を考える。

2,令和時代の「資産所得倍増プラン」は、新しい資本主義に向けた重点投資分野の一つである。我が国の個人金融資産(2,000兆円)に着目し、その5割を超える預金・現金が投資に向かうことを期待する。

その狙いは、第一に預貯金でなく自己の資産運用努力による収入増である。ゼロ金利を続ける金融政策が個人をリスクある投資に追い込む姿に見える。第二にその投資マネーが、成長資金としてスタートアップ(新規創業)に回ることである。成長分野へリスクマネー供給で経済成長を画策する。起業家が成功すれば、個人投資家とウインウイン関係となる。

その具体的施策は、税優遇(NISA拡充等)、金融教育、販売における顧客本位の姿勢のようである。過去の経験を紐解けば、ため息となる。果たしてうまくいくか。

3,「貯蓄から投資」は、90年代前半まで経済摩擦対策であり、90年代後半以降経済成長期待のリスクマネー供給志向となった。

80年代後半、内需拡大策で貯蓄率引下げ・消費拡大を目論んだ。消費生活の充実を強調した。所得減税や貯蓄の優遇税制廃止・縮小が行われた。優遇税制廃止で貯蓄率低下はなかった。

90年代、米国ベンチャー・NASDAQ市場に触発され、米国物真似のベンチャー期待となった。ベンチャーキャピタル機能の強化を図った。ナスダックジャパン等の開設があった。貯蓄を株式市場に流入させる政策の端緒となった。そして低金利下、個人金融資産の有利運用もお題目であった。自己責任原則を強調し、個人にリスク分担を求めた。

その後2000年前後の株価対策(株価指数連動上場投資信託:ETFの導入等)を経て、00年代小泉構造改革が登場する。

「骨太の方針01年」は、7つの改革プログラムを提示した。その一つチャレンジャー支援プログラムは、頑張りがいのある社会システム構築の実現で、起業・創業の重要性を訴えた。税制を変更し、従来の預金中心の貯蓄優遇から株式投資などの投資優遇へ金融の在り方を切り替た。株式投資に有用な源泉徴収税率等の税制改革(03年1月)を実施した。その期待効果は不明瞭のまま、リーマンショックで雲散霧消した。

10年代を象徴する「経済財政運営と改革の基本方針」(13年6月)は、企業投資やリスクファイナンスを通じた新たな成長を企図した。金融面で、小額投資非課税制度(NISA)の創設(14年)で家計資産の多様化等を求めた。効果不明である。アベノミクスは、機動的な財政出動で国債残高を償還困難領域に持ち込み、日銀は大胆な金融緩和で国債購入し日銀B/Sを膨張させた。成長は年平均1%未満であった。三本の矢は、無責任な金融、垂流し財政、過剰期待成長であった。無為無策で民間任せの方が賢明だったであろう。

これまでの貯蓄から投資への政策は、自己責任や個人のリスク分担を訴えたものの、家計の現預金割合は5割強である。米国のように株式中心になっていない。平均消費性向も、65%前後で上昇していない。 

4,経済活動の成果である貯蓄でさらに一儲けすべきか。貯蓄とは何か。日本人の貯蓄志向は、ライフサイクル説を超えて伝統的である。貯蓄の目的は、病気・災害・老後への備え、教育・住宅への蓄え等である。日々の稼得から積み立てを行う。運用方法は、堅実で、安全・安定を旨とする。貯蓄の性格を反映した運用の姿が自然である。故に直接金融でなく、間接金融システムが存在する。日本人の貯蓄姿勢を考慮すると、米国型は考えにくい。貯蓄から投資への転換は容易でなく、日本人の伝統的貯蓄の仕振りと齟齬がある。

5,成長とは何か。00年代金融システム不調で低成長という論調が好まれた。且つ金融セクターの健全な発展が成長を高めると主張された。先進国で妥当するだろうか。経済成長は、技術革新、それを体化する設備投資、生産性の向上という姿である。その際金融サイドが企業に資金融通できれば十分である。

経済成長では、この国の技術革新力がまず問われる。90年代バブル崩壊で企業の研究開発能力が低下した。ポスドクⅠ万人計画(96年)は、博士を大量生産したが、期待に添う展開に至っていない。むしろポスドクの有期雇用が研究社会の不安を煽っている。又国立大学は独立行政法人化(04年)で迷走している。大学の国際競争力低下である。国立研究所の独法化も依然成果不明である。理化学研究所の研究系職員2,893人の77%にあたる2,219人が任期制職員であることに驚くばかりである(22年4月1日)。米国の大学のポスドクの人々の必死の調査研究の姿を思い出す。彼らは、研究に挫折すれば、異分野の進路を厭わない。果たして日本ではどうであろうか。雇用の安定が必要な年齢になっても彷徨う人を見かける。生活不安で研究どころでない。必要なことは金融よりも考える人を大切にすることであろう。

国民の預貯金を投資に誘導する今回の試みで、日本人の貯蓄志向は変わるであろうか。曲がり角の資産市場は助かるかもしれないが、貯蓄から投資へ流れが変わるとも思えない。

平成以降、日本経済の先行きに懸念が生じると、新聞は「構造改革」の言葉を書き立てた。30年以上の構造改革で、経済は破綻模様である。これまでの構造改革と同様、資産所得倍増がさらに社会の不安定を招かないことを祈るばかりである。