電柱強度診断の効率化に向けて 映像から劣化状態を分析

2022年12月4日

【電力中央研究所】

今後、国内で標準期待寿命の65年を迎える電柱の数が増えると予想される。

高経年化した電柱の劣化状態を数値化する「電柱劣化診断技術」の開発が急ピッチで進む。

 増え続ける高齢者、現役世代の減少―。社会保障制度の維持が大きな課題となっているが、電柱をはじめとする送配電設備も同様の問題を抱えている。

国内にある電柱の多くは1960~70年代の高度成長期に施設され、本格的な経年対策が求められている。その一方、電気保安分野への入職者の減少に歯止めが掛からないことが指摘される。この難局を乗り越えるには、技術革新による電気保安の効率化が必要だ。

経済産業省の諮問機関であるスマート保安官民協議会は2021年、「電気保安分野 スマート保安アクションプラン」を策定し、デジタル化などによる業務効率化を促すために規制や制度の見直しを発表した。

さらに同年、電力広域的運営推進機関が「高経年化設備更新ガイドライン」を策定。このガイドラインはレベニューキャップ制度の事業計画に盛り込まれ、一般送配電事業者はガイドラインに基づき、各設備のリスク量を評価したうえで設備更新計画に反映させなければならない。

託送料金は直接的には小売り電気事業者が負担するが、最終的に電気料金として需要家に転嫁される。安定供給だけでなく、国民負担の観点からも電気保安の効率化は避けられないといえよう。

微細な揺れを1000倍に強調して可視化

画像処理を用いた最新技術 初となる電柱への応用

現在、電柱の更新や補強は、その劣化状態に応じて各事業者が行っている。更新の手法や考え方は事業者間でほぼ同じだが、設備の設置地域・経年・電柱の傾き・湾曲・ひび割れなどを基に、それぞれの経験や知見を踏まえ、巡視点検で設備更新の必要性を判断している。

しかし、スマート保安を実現するためには、劣化を判断する科学的根拠が必要だ。経験豊富な巡視点検者の主観的な判断に頼るのではなく、電柱が安全強度を満たしているかを比較可能な客観的数値で示さなければならない。

現在、電柱にセンサーを設置し、傾きや振動、変位によって損傷を検知する試みが行われているが、膨大な電柱の数を考慮するとセンサー設置のコストがかさむ。またセンサーを設置した箇所の振動や数値解析に基づくものが多く、電柱全体の振動姿態(対象がどのように揺れているか)については分からない部分が多かった。

電柱の安全強度を、より客観的に、より早く、低コストで判断できないか―。その解を追い求めるのが、電力中央研究所のグリッドイノベーション研究本部ファシリティ技術研究部門の高田巡上席研究員だ。

高田さんの専門は「画像処理」。構造物の強度変化は「外から加えられた力にどのような反応を示すか」(外力に対する応答特性)によって確認でき、特に局所的な損傷の影響は振動姿態に現れるから、電柱の安全強度の判断には画像処理が最適だ。それを分かっていながら、これまでは技術的な制約などにより電柱に応用できずにいた。

そんな中、NECが画像処理による「光学振動計測技術」を開発。カメラで撮影した構造物の映像から表面の微細な「動き」を捉え、対象の劣化状態を診断する。カメラで対象を撮影するだけで、構造物に近接することなく劣化状態を簡単に調査できるのだ。橋やトンネルといった巨大な構造物で実証が行われている。

質・スピードが格段に向上 電柱強度診断の未来

頑丈な電柱だが、人が押したり、風が吹けば微細に揺れる。電柱の強度診断に光学振動計測技術を応用できるのではないか―。

そこで高田さんは、横須賀地区にある電力中央研究所の試験用電柱を市販のカメラやスマートフォンで撮影。その映像をNECの光学振動計測技術で分析し、振動姿態を可視化した。実用化への第一歩を踏み出したのだ。

今後は振動計測精度を検証するため、他のセンサーの計測結果との比較などを行う。また安定的な精度を得るための条件や適応範囲を明らかにし、さまざまな状態の電柱で活用できるように研究を進めていく。変圧器など、対象を電柱上の配電設備まで広げた点検ができる可能性もあるという。

高田さんの研究で、電柱の強度診断の未来は大きく変わるかもしれない。巡視員がカメラで撮影した映像を現場からサーバーに送る。光学振動計測技術で振動姿態を計測し、安全強度を確認する―現場作業の質・スピードが格段に向上することが期待される。

電力という重要インフラを守るべく、高田さんは今日も電柱と向き合っている。

実験を行った電柱と高田さん