【コラム/12月21日】欧州における原子力発電拡大の動き
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
最近、欧州の主要国では、エネルギー自立の動きがあることを6月22日のコラムで述べた。フランス、英国における原子力発電の拡大は、その一環である。欧州最大の原子力大国であるフランスは、2月13日に、2050年までに最大14基の原子炉の新設を発表している(少なくとも6基の原子炉の新設とさらに8基のオプション)。4年前には、原子力発電への依存度を減らす政策の一環として12基閉鎖するとしていたが、拡大に方針転換し、安全が確認された既存の原子力発電については、すべて延命措置を講じる予定である。2月24日のロシアによるウクライナ侵攻により、フランスの原子力発電拡大路線はより強固なものとなっている。7月6日に政府は、原子力発電の新設をバックアップするために、財政難に苦しむ電力会社Électricité de France(EDF) の完全国有化を発表(現在84%のシェア)している。
英国では、4月6日に発表された、「英国エネルギーセキュリティ戦略」(“ British Energy Security Strategy “)で、原子力発電については、2030年までに最大8基を稼働可能にするとしている。また、2050年までに現在の約3倍にあたる最大2,400万kWの発電容量を確保し、国内電力需要の最大25%までを賄う計画である。このため、5月13日には、「未来原子力実現基金」(”Future Nuclear Enabling Fund”:NEF)を立ち上げ、新規の原子力発電所の開発を支援する1億2,000万ポンドの補助金交付制度の設立を発表している。
フランス、英国のような主要国以外でも、原子力発電の開発・拡大に踏み切る国は多い。ベルギーでは、2003年の連邦法で原子力発電の新規建設が禁止されるとともに、既設炉の運転期間は40年と定められたことから、7基ある原子炉は、2025年12月には運転停止される計画であった。しかし、ウクライナ危機を踏まえ、政府は、2022年3月に、2基の運転期間を10年間、2035年まで延長することを発表している。また、オランダは、昨年12月に発表された2021-2025年の連立政権協定で、2030年以降に2基の原子炉の新設を発表したが、今年11月に、設置場所を同国唯一の原子力発電所があり、インフラが整備されているボルセラにすることを決定している。新規の原子力発電所は、2035年までの運開を目指す。
ルーマニアでは、11月上旬、チウカ首相は、米国との戦略的パートナーシップに基づき、同国の融資を受け、チェルナボダ原子力発電所に新たに原子炉(CANDU6)2基(3・4号機)を建設することを発表している。建設工事は、米国、カナダ、フランスの企業連合が担い、2030年までに建設を完了させる予定である。また、昨年11月にルーマニアのNclearelectrica は米国の民間企業NuScale Powerと、モジュール炉を設置する契約を締結しているが、今年5月には、最初の小型モジュール炉を建設するサイトを選定している。
チェコでは、2015年の「国家エネルギー戦略」で、原子力発電のシェアを当時の約30%から2040年には約60%にまで引き上げる必要があると明記し、既存のドコバニとテメリンの両原子力発電所で1基ずつ、可能であれば2基ずつ増設するための準備が必要としていた。そのうちドコバニ原子力発電所の最初の増設(5号機)については今年3月に入札を開始、今後2024年には選定企業と正式な契約を締結し、2036年には建設を完了させる予定である。また今年3月に、チェコの国営電力会社は、テメリン原子力発電所に、チェコのおける最初の小型モジュール炉を2035年までに設置すること発表している。
ポーランドでは、モラヴィエツキ首相が、現在の地政学的状況において、同国では原子力発電は必要不可欠であるとして、10月末に、3つの原子力発電所、6基(6~9GW)の建設計画を発表した。同国最初の原子力発電所は、米国のウェスチングハウスが約200億ドルをかけて建設する予定である。2番目の原子力発電所については、ポーランドのエネルギー企業であるZE PAKとPGE、韓国水力原子力発電株式会社および両国政府は、 韓国炉建設に関する 基本合意書と覚書を両国担当大臣が署名したことを発表している。また、3番目の原子力発電所については現在協議が進行中である。興味深いのは、ポーランドのアンナ・モスクワ気候・環境相は11月10日に、政府のエネルギー戦略の一環として、石炭の増産も計画していると発表したことである。同国では、石炭の国内消費の2/3は国内炭であり、モラヴィエツキ首相は、原子力とともに再生可能エネルギー発電の開発は進めるものの、「我々は安定したエネルギーを必要としており、それは今日、石炭によって確保されている」と強調している。同様なことは、ドイツについても言える。同国では、ロシアからのガス輸入が停止する中で、褐炭火力の発電増も余儀なくされている。地政学的リスクが増大する中では、気候変動問題を先送りしてもエネルギーの安定供給を優先することは当然だろう。
以上述べてきたように、欧州における原子力発電拡大の動きは、ウクライナ危機を踏まえてより確かなものとなっている。振り返って見れば、欧州では、原子力発電は、エネルギーセキュリティ確保の観点から、1970年代に大いに拡大した。それが、1979年の米国のスリーマイルアイランド原発事故や1986年のウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故 で、開発は停滞した。しかし、欧州連合では、2009年の気候変動・エネルギー包括指令で温室効果ガス削減に向けての目標が設定されてから、原子力発電が再び注目されるようになった。そして、さらに最近では、天然ガスの高い域外依存からくる地政学的リスクの高まりから、エネルギーセキュリティの観点からもその重要性が再認識されているといえるだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。