【コラム/1月6日】新しい資本主義の具体化と日本経済2023年を考える~壊れゆく日本に理性を求めて
飯倉 穣/エコノミスト
1,新しい資本主義実現会議(以下会議という)は「成長と分配の好循環」に向けた具体的検討を継続している。報道はその一部を伝える。「ユニコーンを100社に増やせ 政府のスタートアップ育成5カ年計画」(朝日デジタル2022年11月24日 )、「与党税制大綱決定 NISA恒久化、非課税無期限に 貯蓄から投資 後押し」(日経12月17日)。
直面するマクロ問題対応の政策もある。原子力発電の活用である。「原発回帰「結論ありき」新規建設・60年超運転 審議会が了承」(朝日同17日)
このような様々な施策は、短期・中期・長期の日本経済にどう貢献するだろうか。政府見通しは、23年度実質1.5%成長である。新しい資本主義の具体化と23年経済を考える。
2,22年経済は、欧米でコロナ放置・経済回復に伴う需要復活・供給制約で、年越しの物価上昇の中、2月ウクライナ戦争、ロシアへの経済制裁等で資源エネルギー価格高騰となった。物価上昇・金融引締めがあり、経済は下方に向かう。我が国は、予防行動の継続・ワクチン・治療薬の普及でコロナ感染抑制等に奔走し、経済水準維持を目論む。輸入価格・物価上昇、所得流出で、経済は縮小均衡調整となる。菅直人政権の非合理的な原発停止が、貿易収支の赤字幅を拡大し、今回の国際均衡の危うさとなる。膨大な予算措置は継続するが、経済活性化への効果は疑問である。経常支出(138兆円含補正分)の国債依存(62.4兆円、依存率45%)は、公的債務残高(1,055兆円不含補正分)を償還困難な水準に押上げる。浪費癖の準禁治産者状態である。マクロ経済大変動の恐れが顕在化しないことを祈るばかりである。その延長に23年経済がある。
3,現経済を打開する政策はどうか。当面は、総合経済対策(10月28日)・補正予算(12月2日)で諭す。中長期には、新しい資本主義で、実現朦朧たる「成長と分配の好循環」を目指す。
政策は、第一に成長戦略で①科学技術・イノベーション、②デジタル田園都市国家構想等による地方活性化、③カーボンニュートラルの実現・GXの実行、④経済安全保障を目指す。第二に分配戦略で①所得の向上につながる「賃上げ」、②人への投資の抜本強化、③未来を担う世代の中間層の維持を追求する。第三に全ての人が生きがいを感じられる社会の実現を挙げる。
4,最近の会議は、企業間の労働移動の円滑化・リスキリング・構造的賃上げ(11月10日)、資産所得倍増プラン(25日)、スタートアップ育成5か年計画及び資産所得倍増プラン(28日)を取り纏めた。新たな事業再構築のための私的整理法制(30日)も検討した。
検討事項の多くは、バブル崩壊後の苦難の打開策として90年代に芽生えた。爾後手を変え品を変え登場する施策である。
5,例えば労働移動は、「経済改革研究会(平岩レポート)」(93年12月16日)で「転職しやすい労働移動」、「構造改革のための経済社会計画(95年12月1日)で「円滑な労働移動を可能とする・・・労働市場を整備」。小泉改革「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」(01年6月26日)で、「円滑な労働移動が促進され、労働力の再配置が円滑に実現するように環境整備を進める・・」と。
「経済財政運営と改革の基本方針」(13年6月13日」は、三本の矢(金融、財政、民間投資喚起)を掲げ、日本再興をめざし「行き過ぎた雇用維持から労働移動支援型への大胆な政策転換、民間人材ビジネスの活用等により、成熟分野から成長分野に失業なき労働移転を進める」とした。
その考え方は、政策で成長実現そして成長分野に労働移動という文脈と労働の流動化で成長実現という思いが込められている。成長力の乏しい経済の本源を見失っている。経済の目的を雇用第一と考えるなら、経済実態に沿わない労働移動は、不安定雇用(現非正規雇用割合38%)を助長し、社会保障コストを積み上げる。
6,スタートアップ(起業)はどうか。90年代シリコンバレーの成功に触発されて、成長牽引の新規事業への期待で、ベンチャー企業等への資金供給の円滑化等を措置した。その後ベンチャー育成は、ベンチャーキャピタル機能強化を経て、大学等技術移転促進法の制定(TLO活動支援:98年)、大学発ベンチャー1000社構想(01年)。小泉改革「骨太の方針」の「チャレンジャー支援プログラム(貯蓄優遇から投資優遇、起業・創業重視の税制等検討)」(01年)となる。「アベノミクス日本再興戦略2016」(16年6月)もベンチャー創出力の強化は成長戦略で重要と位置づけた。ユニコーン期待、シリコンバレー人材派遣(16年)。そして新しい資本主義でスタートアップとなる。
この政策への執念は、公的関連機関の組織と公的資金を拡大した。30年間経済成長率年平均0.8%程度を省察すると、効果不明である。起業に財政依存体質が蔓延している。
ベンチャーは、米国型を追い求めたが、見果てぬ夢のままである。日本型の模索が必要である。近時、企業は自らコーポレート・ベンチャー・キャピタル(例三井化学)を設立・活動している。このような民間企業の取り組みこそ経済活性化を招来するのではなかろうか。その際、企業経営を混乱させている株主・投資金融重視の現コーポレートガバナンスや株主代表訴訟等の見直しが必要である。
7,このように新しい資本主義の検討施策は、とにかく「昔の名前で出ています」にある「忍が渚」になるような看板書き換えが多い。実現希望課題を現施策の塗り替えで新機軸的印象を伴わせ再提出する意味は、現行制度維持や予算確保という思いに加え、まだ実現不十分でもうすこし継続したいという意味合いもあろう。だが30年間も同じようなものを提案し続けることは、知恵の無さを想起させ哀しい。つまり政策担当者(行政)、政治家、会議参加の一部エコノミストのいずれもが、マクロ経済運営のあり方で誤解・錯覚・混迷している。
8,思考錯誤的施策の遊びでなく、現経済に大きく影響する永続課題がある。その最たるものがエネルギー資源確保問題である。経済は、エネルギーの流れの中で構築されている。必要エネルギー確保こそ経済水準維持、経済成長の基礎である。
カーボンニュートラルの下での化石燃料開発の縮小、ウクライナ戦争による化石燃料不足・価格高騰、再エネ開発の限界、原子力開発の停滞でエネルギー供給不足が現出している。この結果経済はより停滞する。この状況を打開する有力な策は、省エネでは足りず、非化石エネルギーの供給増である。再エネ開発の加速が念頭に浮かぶが、現開発スピードを見れば、長期は別として短期は限度がよぎる。故に種々問題を抱えているが、原子力エネルギーの活用が現実的な解となる。
今回漸く経産省資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策部会は、「原子力の活用」(22年12月16日)の取りまとめで、安全最優先で再稼働、廃炉の建て替え、運転期間の延長を提言した。合理的な原子力利用を掲げ、今回・将来のエネルギー危機解決に向けて一歩踏み出した。
繰言になるが、原子力発電は、準国産エネルギーで海外事情と離れて数年間は稼働可能なこと、変動費を資本費に置き換えているため発電コストの安定性があること。発電量が多ければ、化石エネ需給に影響を与え価格安定に寄与すること。この結果日本の貿易収支の改善に貢献し、また国内投資を喚起することでマクロ経済にも寄与する等の利点が認められる。
勿論安全性の確保、事故が起きたときの対応の工夫は常に必要である。東日本大震災の経験が活きることを思えば、よりよき対応が可能である。
経済論として、マクロ経済運営で明るい材料が決定的に不足する中で、新しい資本主義の目玉となる。
9, 23年経済は、原子力利用拡大で貿易収支等の改善は多少あろうが、現政策を見ると、生産面で新胎動がみられず、支出側でも企業設備投資、住宅投資、輸出に動意が乏しく、財政出動拡大でも実質経済成長率は、0~1%の状況であろう。そして現経済の中身は、借金まみれの高水準横ばいで心神喪失状態でもある。23年は、フィクションの経済政策・エネルギー政策を超えて、政策に成長を求めることでなく、民間企業の創意工夫の中に成長を求めたい。
近時、経済にとってUnknown Unknowns(知らないことを知らないこと)が頻発している。自然災害に加え20年新型コロナ感染拡大、22年ロシアのウクライナ侵略等である。23年はどうであろうか。経済ショックへの対応が経済活性化維持のキーになる。そのような予期せぬことに対応できる均衡のとれた力強い経済の構築が常に必要であることにも留意したい。
【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。