【特集2】系統安定化対策を徹底討論 慣性力を確保し再エネ導入へ
再エネ大量導入に伴い、カギを握るのが巨大な発電機特有の慣性力だ。火力発電設備の減少とともに慣性力不足の懸念が起きる中、打開策はあるのか。

【出席者】岡本 浩/東京電力パワーグリッド 取締役副社長(右)、中澤治久/火力原子力発電技術協会理事
本誌 足元では再エネが大量導入され、電力の安定供給、つまり需給調整の作業が大変に困難な状況になっています。そうした中で、交流の系統安定化を維持するための「慣性力」という言葉を聞く機会が増えています。言葉自体は理解できますが、慣性力が電力系統の安定化にどんな役割を果たしているのか。一方、電力広域的運営推進機関では2030年ごろには、東日本エリアの電力系統で慣性力が不足する事態になると想定しています。再エネ導入量や火力発電の減少シナリオ次第ではありますが、課題になると考えられています。まずは慣性力についてコメントや解説をお願いします。
中澤 慣性力がどういうことか残念ながら世間では理解されていないと思います。岡本さんには釈迦に説法ですが、大きな物体としての回転機が回っている、つまり同期発電機として回転していることの意味って、交流である電力系統の安定化にものすごく有効です。
一方、われわれは電気屋ですから技術的に擬似慣性力を作り出せることは分かっていますが、コスト的にも量的にも簡単ではない。その辺の技術レベルを理解した上で、必要となる慣性力が系統に並列できるような仕組みを作らないといけないと思っています。
かつて東京電力ではいくつかのサイトでロータリーコンデンサー(同期調相機)を導入したことがありました。でも、大型火力や原子力の発電機による回転体の慣性力の方が圧倒的に系統の安定化に有効だということが分かりました。
本誌 岡本さんにお聞きします。疑似的な慣性力と、物体自体が回転する慣性力との違いを分かりやすく教えてくれますか。
岡本 火力や原子力は同期発電機で、同期機というのは大型タービンと発電機が一体で回転し続けています。この回転体に運動エネルギーが蓄えられ、一定の速度で回転し続けようとする慣性を持っています。そして、次の点が極めて大切なポイントですが、電力需給が変動した時に生じる周波数変動に対して、同期機として慣性によってその変動を吸収できるのです。
慣性力の機能とその威力 極めて重要な「母島」での実証
本誌 例えば車を運転していて、アクセルを踏み離しても、そのまま移動し続けます。それは慣性力があるからで、その慣性力が電力系統の安定化に寄与しているということですね。
岡本 そういうことです。裏を返せば、太陽光のような発電は、非同期電源で、需給変動を吸収できません。だけど、非同期電源でも、イミテーション、つまり慣性力に模した動きに似せることはできます。具体的にはインバーター側で、エネルギーを吸収したり吐き出したりするエネルギーのバッファー機能を持たせるわけです。バッテリーやコンデンサーなどを組み合わせて、エネルギーを瞬時に出し入れすることで、あたかも「同期と同じような動き」をさせる技術で、われわれも開発中です。
ただ、火力のような大型発電機とは異なり、非常に小さな多数の分散型電源に疑似慣性力を持たせる場合、系統全体を見渡した時に、安定的に制御できるのかどうか、その辺の技術検証はまだ十分ではないため、われわれも離島の母島でNEDO実証として、24年度から進める予定です。
本誌 東電は新島でも離島実証していました。
岡本 新島では、再エネ比率22~24%を想定し、その断面で調整力不足をどう補うか。例えばバッテリー設備などでいかに制御するかを実証しました。ただ、今後直面するのは慣性力不足の世界で、この事態にどう対応するか。母島では極めて重要な実証になります。
本誌 東日本全体で慣性力が不足する見通しですが、北海道では、電力系統が小さいにもかかわらず、洋上風力など大量の非同期電源が入っていくことから、こうした慣性力不足の問題はすぐに顕著になるかと思います。一方、北海道電力と本州では、系統がつながっているとはいえ、慣性力とは切り離された、いわば同期系統ではない直流連系の系統です。ですので、東日本全体の慣性力を議論することも大切ですが、北海道エリアのローカルなエリア内で慣性力がどれだけ必要なのか、業界全体が真剣に考えないといけないのかなと思います。そうした中で母島の実証には注目したいと思います。さて、システム改革の中で需給調整市場を立ち上げ、調整力についての議論を進めています。
需給調整市場と調整力 改革議論は机上の空論?
中澤 電気の需要と供給を一致させるために必要な電力が調整力で、調整力(⊿kW)と一言で片づけられてしまうことが多いのですが、実際には慣性力のようなコンマ何秒の短いものから、数分単位の周波数調整、数時間から1日単位、さらには季節間の需給変動とあらゆる時間軸に対応する必要があり、いろいろな工夫や多様な機能を組み合わせながら電源側としては調整力を供給しています。短時間の対応には火力発電と系統との並列が前提ですが、長期のものは予備力として待機していることもあり、それらの機能を「調整力」と十把ひとからげにして無理やり市場設計に入れ込むのは、机上の空論のようで、火力のような大型発電機の特性をはっきりと理解されないのではないかと懸念しています。
岡本 フレキシビリティーという言葉をいろいろな意味で使っています。需給変動を、すごく長い時間軸の変動から、慣性力が必要な極めて短いオーダーまで全てを調整する。そうした中で慣性力を保有する火力発電は、電力の需要に合わせて発電量を調整する能力があり非常にフレキシブルです。
ところが、今後大量に入ってくる再エネは、電力の需要と全く関係なく発電します。火力を減らしながら再エネを増やしたらどうなるか。フレキシビリティーの必要性は増す一方で、フレキシビリティーの機能がどんどん減る。ここに問題の本質があります。
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