【目安箱/12月23日】エネルギー業界は「戦争」に備えよ
日本の安全保障戦略の見直しが打ち出された。それに応じて、エネルギー業界も万が一の戦争に備える時期になったと思う。エネルギー業界の端にいる私が、実務に関わる責任ある方々に言うのは恐縮だが、その呼びかけの文章だ。

◆防衛政策の転換、エネルギーの重要性
岸田文雄首相は12月16日に記者会見し、防衛政策の転換を打ち出した。中国による台湾への侵略の可能性、北朝鮮によるミサイルや核兵器による威嚇、ロシアのウクライナへの侵攻と日本への脅威。こうした安全保障情勢の変化を受けて、国家安全保障戦略など防衛3文書を見直し、敵地攻撃などの能力を高めるとした。これまでの防衛戦略から、転換し少し積極性を持つものだ。
この戦略文章では、「エネルギーや食料など我が国の安全保障に不可欠な資源の確保」という章が加えられ、「資源国との関係強化、供給源の多角化、調達リスク評価の強化等に加え、再生可能エネルギーや原子力といった自給率向上に資するエネルギー源の最大限の活用、そのための戦略的な開発を強化する」と述べた。前回の国家安全保障戦略より記述が詳細になり、「原子力」と「再エネ」という言葉が文章に入った。
◆エネルギーインフラは戦争で狙われる
この変化で、エネルギー業界の日々の業務が変わるわけではないが、国の行動にエネルギーへの配慮が少し加わった。そして政府がここまで状況を深刻に認識し、世論がそれを認めているという、安全保障環境の変化をエネルギー業界は考えるべきだろう。
この10年、原子力が使えないことで日本の発電に占めるLNG火力の割合は7−8割を占めてきた。日本が輸入するガスは半分が電力、半分が民間の都市ガスと産業の都市ガスに使われ、年間26兆円(21年、貿易統計)の巨額になる。
ガスの輸入は10%がロシア(20年)だが、今後は減る見込みだ。残りは中東諸国とインドネシアだ。シェール革命で産出が増えた米国産ガスの輸入は本格化していない。そのガスは、中国が制海権と制空権を握りつつある南シナ海を通る。日本郵船、大阪商船三井、川崎の大手3社の持つ、日本の輸入に使われるLNG船は191隻(21年末、NYKファクトブック)。船はペルシャ湾から20日、インドネシアから7日で日本に到着する。往復を考えると数十隻の日本向けのLNG船が南シナ海、東シナ海を常時、無防備で航行している。LNGは長期間備蓄できない。そのために南シナ海が通れなくなったら、日本は即座にエネルギー面で大混乱に陥ってしまう。海上交通路が日本の敵国による船舶攻撃などで、何らかの形で遮断する可能性があるだろう。
また現在のウクライナ戦争で、完全勝利の望めなくなったロシア軍が今年秋から、電力やガスなどの民間企業の設備を攻撃し、エネルギーの禁輸を続けている。ウクライナの厳しい冬を、エネルギー不足でより厳しくし、継戦能力や民間活動を弱めようとしている。同国は電力、ガス不足に直面している。
日本周辺の有事の場合には、国内外の日本のエネルギー企業の権益、設備が攻撃されるリスクが大きい。
◆想像できないことに向き合う
日本が無謀な太平洋戦争を始めたのは、石油の輸入が米国などに止められたことが一因だ。その経験や2度の石油ショック、福島第一原発事故、今の電力危機など、エネルギーを巡って、国が揺らぐ問題が繰り返し起きているのに、みんな忘れてしまう。仕方のないことかもしれないが、エネルギー業界が真面目で供給が途切れることがないように頑張ってしまったために、誰も気にしないという面もある。
戦争は民間企業の対応できるところではないし、想像もできない。しかし、それに直面することを想定しなくてはいけない状況になりつつある。「何も想定していない」というのが、多くのエネルギー企業にとっての答えだろう。しかしやらばければいけない。購入し運搬中のガスや石油の外国軍による攻撃、従業員の勤務中の死傷、自社設備への破壊やテロ、日本周辺の海上交通遮断の時の事業継続など、論点は山のようにある。できる限りの対応法を、エネルギー業界も考え始めるときだ。
キューバ危機を描いた「13Days」という映画で、ケネディ大統領のスピーチライター、セオドア・ソレンセン(実在の人物)が、核戦争を想定した演説を頼まれた時に、「想像さえできない世界を、どうやって書けばいいのか」と、重い表情で絶句する場面がある。エネルギー業界の人も、その同じ状況に直面しつつある。絶句せざるを得ないだろう。それでも、やらなければいけない。日本のために、国民のために、会社のために、自分と家族のために、エネルギーを安定的に供給し、国民生活を守るのだ。