【コラム/1月20日】電力価格高騰のドイツ電気事業への影響
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
ロシアのウクライナ侵攻を契機に、天然ガスをはじめ化石燃料の価格が大きく上昇する中で、EUの電力価格も高騰している。このことが、電気事業にどのような影響を与えているかについて、ドイツの事例で紹介したい。
昨年10月19日のコラムで触れたように、EUは、2022年9月30日のエネルギー閣僚理事会で採択した規制(「エネルギー価格の高騰に対処するための緊急介入に関する規制」)で、需要削減、電力市場におけるインフラマージンの消費者への再分配など、電気料金高騰への対応策を講じることを加盟国に求めた。これを踏まえ、ドイツでは、2022年11月25日に、エネルギー価格を抑制する法案が閣議決定された。電気料金については、2023年3月1日から2024年4月30日まで、上限が課せられる。2023年3月には、1月、2月の救済額も遡及して適用される。家庭需要家と中小企業の需要家(年間電力使用量3万kWhまで)の電気料金は、租税公課、送配電料金などをすべて含んだグロスで40セント/kWhを上限とする。年間の予測消費量の80%の需要に適用される。産業需要家の電気料金については、13セント/kWhに租税公課を加えた金額を上限とし、使用量実績の70%まで適用される。財源は、経済安定化基金(WSF)および電力市場におけるインフラマージンである。EUは、2022年9月30日にエネルギー閣僚理事会で採択された規制でインフラマージンの上限を18 セント/kWhに設定することを求めている(2022年12月1日から2023年6月30まで適用。期間を見直し延長することも可能である)。
ドイツでも、電気料金にこのように暫定的な上限が課せられることになり、需要家保護策が講じられることになったが、電気事業の経営にはどのような影響が出ているであろうか。電気事業の下流に特化するe.onの企業全体の利益(EBITDA)は、2022年は、前年並みと予想されている。小売りは、料金転嫁を進めることから前年並みの利益が確保できる予想である。また、上流に位置するRWEの利益は大幅に増大すると予想される。再生可能エネルギー、原子力、褐炭を用いる発電プラントには、巨額なインフラマージンが発生しているためである。
これら2大電力会社に対して、ロシアからの天然ガス供給が停止したことから、スポットで調達をしなくてはならなくなった発電事業者uniperは、経営難に陥り、破綻を避けるため、ドイツ政府により国有化される(2022年9月21日発表、政府の持ち株比率99%前後)。また、EnBWが74%を保有するライプチヒに本社を置く天然ガス輸入業者VNGも国家による救済措置を申請している(2022年9月9日)。さらに、発電の多くを取引所から調達する公営ユーティリティ会社であるシュタットヴェルケは、電力価格の高騰で、財政難に陥っている。先物で電力を調達してもエネルギー価格の急騰に伴い、追加保証金が大幅に増えているためである。業界団体BDEWの調査では、エネルギー供給に従事するシュタットヴェルケの50%が、今後5年間に標準料金を提供する基本供給事業者の倒産が増加すると予想している。このままでは、エネルギーのみならず、交通、電気通信、街路清掃、上下水道、廃棄物処理などの公的サービスの提供に支障をきたすことが懸念されるため、シュタットヴェルケの全国的組織VKUは、州政府と連邦政府に財政支援や救済措置を求めている。
それでは、このような経験を踏まえ、電気事業の経営戦略は将来どのように変化していくであろうか。まず言えることは、市場リスクマネジメントとしては、価格が大きく高騰する状況では、従来のリスクマネジメントである先物では十分ではなく、PPA(Power Purchase Agreement)のような、より長期で安定的なコストで調達可能な契約の重要性が増すと考えられることである。とくに、グリーンPPAは、市場リスクを大幅に低減できるものとして、これまで以上にエネルギー供給事業者によって選好されるであろう。同時に、卸価格連動の料金制の採用も増えていくだろう。さらに、卸価格の高騰と電気料金の大幅上昇で、需要家は、省エネ、自家発・蓄電池の設置によるエネルギー自給自足により関心をもつと考えられることから、エネルギー供給事業者にとってエネルギー関連サービスのような新規事業のチャンスが増すであろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。