【コラム/1月26日】物価超え賃上げ期待を考える~インデクゼーション類似志向の浅はかさ

2023年1月26日

飯倉 穣/エコノミスト

1,輸入物価、企業物価、消費者物価上昇の下で実質賃金が低下している。日本労働組合総連合会(連合)は、実質的な賃上げで経済を回すことが今まで以上に重要と主張する。政府も、経済活性化策不発の中、賃上げを奨励する。

報道もあった。「首相年頭会見「インフレ率超す賃上げ」要請」(朝日2023年1月5日)、

「首相要請「物価高上回る賃上げを」労働移動・学び直し一体で」(日経同)。

 資源エネルギー価格高騰に伴う物価上昇による実質賃金低下で、インデクゼーション(物価スライド制)類似の施策は適切だろうか。また賃上げ成長期待、賃上げ消費増・景気拡大等の思いは合理的だろうか。現経済状況の賃上げを考える。

2,最近の賃上げの論拠は、様々である。2010年代なら、アベノミクスの関連で、例えば賃金上昇で可処分所得増加・消費拡大、経済活性化目的で労働分配率の引き上げ必要。賃金と物価の相互作用で、賃金が上昇すれば物価上昇となり、デフレ克服可能。賃金上昇がなければ、旧来型の低生産性ビジネス継続の問題、賃金上昇で高生産性分野へ労働移動すれば生産性上昇実現可能等々である。

 現在、政府は賃上げで成長基盤作りを掲げる。「賃上げと投資という2つの分配を強固に進め・・力強い成長の基盤をつくり上げる・・実現を目指すのは、成長と分配の好循環の中核である賃上げで・・インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい(1月5日)等の言葉が散乱する。

いずれも生産・所得・支出という経済の基本的な流れや成長概念を捻じ曲げた考えで疑問である。

3,一般的に物価は需給、賃金水準は生産性を反映する。我国の従来の物価の合理的な見方を紹介すれば、企業物価上昇は、プルデマンド、コストプッシュ、輸入物価上昇のいずれかが要因である。そして消費者物価上昇は、経済成長に伴う産業間の生産性格差の調整(生産性の低いサービス産業等の賃金上昇)という見方であった。故に財政・金融政策の節度や生産性基準の賃上げが大切となる。今回のような輸入物価上昇は、海外への所得移転で国内経済の縮小となるが、受容せざるを得ない。(下村治博士の考え)

4,1970年代に欧米でスタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)があった。その打開策として所得政策が提案された。つまり「実質生産量の伸びを上回る名目配分所得の伸びを抑制することを意図し生産要素報酬率に直接影響を与える施策」(経済審議会物価・所得・生産性委員会報告:72年5月)である。実質生産量がポイントになる。目的は、物価安定でとりわけコストプッシュインフレの抑制である。

その一案としてインデクゼーション(物価スライド制)が主張された。インフレ時に賃金等の名目価値と実質価値の差を埋めるため、賃金等を一定の方式で物価指数(インデックス)にスライドする。米英で行われた。功を奏せず、オイルショックで最悪の循環となる。

失敗の理由は、物価上昇(インフレ)時に、インデクゼーションで物価上昇を抑制するために、金融引締め、財政支出抑制も必要なことをお座なりとしたことであろう。(J.A.トレヴィシク「インフレーション」78年10月参照)

5,第一次オイルショック(73年)が到来した。この時輸入物価上昇に対し、74年企業物価は前年比28%上昇、そして消費者物価は約23%上昇となった。賃上げ(ベースアップ込み)は、20%増(73年)、32%増(74年)となった。繰り言になるが、この時下村治は、輸入物価の状況を見て消費者物価の約3/4は、便乗値上げと指摘した。故に価格高騰・需要縮小で便乗分は剥落すると見越した。また輸入価格起因の物価上昇対応の賃金引上げは、スタグフレーションを招くと警告した。日本政府も理性的であった。緊縮財政・金融引締めを行い、また物価の下方を考え、賃上げ交渉時期を遅らせた。結果は75年消費者物価上昇11.5%、同年賃上げは13.1%に収まった。これで日本経済は、企業のエネ価格高騰対応もあり、コストプッシュインフレ、スタグフレーションを回避した。

6,今回はどうだろうか。コロナからの経済回復で、欧米は供給制約等から物価上昇傾向となった。22年2月ロシアのウクライナ侵攻が、資源エネルギー価格を高騰させた。原油価格(WTI)は、22年平均約94ドルと前年比1.4倍となった。天然ガス価格は、日本で18ドル/MBTUと1.7倍、欧州は40ドル/MBTUと2.5倍、石炭は、豪州炭が345ドル/トンと2.5倍となった。

 エネ価格上昇を主因とする我国の輸入物価指数(22年12月)の前年総平均比は1.41倍、企業物価指数は、1.14倍である。また消費者物価指数の上昇率は4%程度である。輸入物価上昇が、国内消費者物価上昇に影響している。目の子算なら、数量一定と置けば、22年推定投入量価格520兆円、輸入物価上昇約35兆円とみれば、国内物価は3~4%程度上昇と試算される。故に現在の物価上昇は、便乗もなく経済の流れに沿っている。

7,他方賃金は生産性基準が基本である。生産性は実質GDP伸び率で捉えることが適当である。実質GDP伸び率は21年度2.1%、22年度見込み1.7%、23年度見通し1.5%である。賃上げは、21年1.6%、22年1.9%(厚労省賃金引上げ等の実態に関する調査)、民間主要企業春季賃上げ妥結状況でも、21年1.86%、22年2.20%である。民間主要企業の賃上げは、実質GDP(生産量)の伸び率≒賃金伸び率なら、合理的な範囲である。

8,23年度の賃上げで、連合・政府・経済界等に積極的なあるいは前向きな発言が目立つ。発言内容を考察すれば、生産性、賃金と物価の関係をマクロ的にどう捉えているのか甚だ疑問とである。前提となる経済認識の思い違いに加え、政治・社会情勢、マスコミの煽りも問題である。

また国民所得で雇用者報酬割合を増加すべきという考えは一時的な分配率変更である。企業の在り方に関係する。従来は売り上げ増重視の下で、利益と雇用維持があった。今は利益増を狙い、雇用をカットしている。そこに日本型経営システムの揺らぎがある。投資金融重視の会社の在り方を反省し、働く人重視に転換すべきではなかろうか。 

日本経済の現実の実態(経済成長率、経済の均衡状況、エネルギー状況、国際競争力、技術水準)をもう一度冷静に調査し、課題を明確にし、対処すべき理論も熟考し、政策を見出して頂きたい。マクロ政策について、議論もあろうが過去の経済企画庁的な機能を有する岡目八目的で且つ理性的・中立的・独立的に政策の調査・立案を考える機関の創設と人材育成(人への投資)が必要であろう。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。