【特別対談】深刻化する地政学的対立 危機で進む原子力開発

2023年2月6日

澤田哲生(エネルギーサイエンティスト)/小山 堅(日本エネルギー経済研究所 専務理事

ロシアのウクライナ侵攻で世界のエネルギー情勢は劇的に変貌した。

混迷が長期化する中、専門家は原子力・核燃料サイクルの重要性を強調する。

澤田 日本が今抱えるエネルギーを巡る問題を考えると、まずウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰があります。高騰が国民、経済活動を圧迫し始めている。

小山 世界で今起きていることは、半世紀に1度の大きな変化をもたらすものかもしれません。2023年は第一次オイルショックから50年です。エネルギー危機という点で、現状は当時と重要な類似点があります。まず、危機が起こる前からエネルギーの価格が高騰を始めていたこと。つまり需給ひっ迫は危機が深刻化する前から起きていた点です。それから、特定のエネルギー供給源への依存が問題となっていたこと。石油危機では中東、今回はロシアです。

 危機前の需給ひっ迫と特定地域への依存の組み合わせによって、価格高騰だけではなく、エネルギーが手に入らないかもしれないという、物理的供給不足への恐怖が欧州をはじめ世界を震撼させたことも共通です。その対応として、各国でエネルギー安全保障政策が強力に展開されたことも同じです。この政策には、ものすごくコストがかかり努力も要る。しかし恐怖感から「やるべきだ」となった。

澤田 物理的供給不足は先進国だけでなく、特にアジア、アフリカなどの途上国にとっては致命的な問題ですよ。

小山 今回、ロシアのガスに依存していた欧州は、供給をどんどんと絞られた。この冬は何とかなると思いますが、今年から来年にかけての冬は状況がより深刻で、十分な供給量が手に入らないかもしれない。

 ただ、欧州のエネルギー関係者と話すと、「私たちはプレミアムバイヤーであり、他者より高い値段を払って調達できる」と言う人がいる。LNGを高額で奪い取るように買ってでも、自分たちの供給確保を考えていることになる。

露骨な欧州のエゴイズム ダブルスタンダードが明らかに

澤田 それはものすごいエゴイズムだ。欧州諸国が日ごろ強く唱えるSDGs的な理念から大きく外れている。

小山 今、欧州の自己中心的な姿勢が浮き彫りになっているように見えます。彼らは他国が買うかもしれなかったLNGを高いお金を払って買っている。ドイツはLNGの輸入基地を造っています。その基地向けのLNGの追加調達は米国や中東など既存の供給元からです。その一方、LNG供給を増やす投資には後ろ向きです。

澤田 石油については昨年、バイデン米大統領がOPEC(石油輸出国機構)プラスに増産を要請し、増産されましたが、価格低下などで大きな効果はなかった。物理的供給不足に対抗するには、上流の開発に力を入れなければいけません。しかし、脱炭素の潮流と市場の自由化で、投資メカニズムが機能していない。

小山 ロシアから供給されていた天然ガスや石油を他から買おうとするなら、供給力拡大が無ければ限られたパイの取り合いになります。しかし、「化石燃料投資はいけない」というのが欧州の基本スタンスです。これは問題です。

澤田 おかしいですね。

小山 自分の国では補助金を付けて料金を安くする。それは「お金持ち」だからできる。他方、値段が高騰して、ガスが買えなくなった途上国は石炭をより多く焚いている。つまり、欧州による必死のガス・LNG調達は、巡りまわって途上国などの石炭消費を増やしてCO2排出拡大につながっているとも考えられます。

澤田 まさにダブルスタンダードだ。

小山 今年、日本はG7の議長国になります。G7は自国の利益だけでなく、世界の利益・地球益の議論をすべきです。

澤田 厳しい需給ひっ迫はどれくらい続くと見ていますか。

小山 相当長く続く可能性があります。ウクライナ侵攻前、国際的なエネルギー市場は市場機能を働かせて、最も効率的に資源配分ができると考えられていた。しかし侵攻後、起きたのは市場の分断です。西側に対して中国・ロシア、それ以外のブロックという構図ができ、市場が地政学的に分断されてしまった。以前のような自由な取引ができる市場に戻るのは、かなり困難な状況が続きそうです。

澤田 言われたような地政学的な対立、分断の中で、日本もエネルギーの安全保障を考えざるを得ないことになる。「国産エネルギー」として再生可能エネルギーが主力電源と位置付けられ、カーボンニュートラルの政策もあり普及が進みました。しかし急速に進めたため、国民負担の急増など、いろいろなひずみが現れてしまっている。

小山 エネルギー安全保障、地球環境問題は市場の外部性に関わる問題です。市場メカニズムだけに任せていては解決できない。政府の関与・対応が以前に増して問われています。再エネは導入量が増えますが、太陽光発電や蓄電池に必要なものとして、特定の国に偏在するレアアース、クリティカルミネラルの問題がクローズアップされると見ています。

澤田 再エネは発電コストでも不透明な点があります。

小山 発電コストは低下していますが、自然変動型の電源が増えれば、その供給間欠性に対応するための火力発電、バッテリー、送電線網の増強や水素による対応などが必要になり、追加コストも増えていく。総合的な経済分析をして、本当のコストを国民に示していかなければいけません。

澤田 お話を聞くと、やはり日本としては原子力のオプションを捨てられない。原発で使用するウラン燃料はほとんどがオーストラリア、カナダ産で、供給面でリスクが少ない。さらに、いったん燃料を入れると3年間は発電を続けられるというメリットがある。

 政府もようやく、原発再稼働、運転延長、それに次世代革新炉を開発・建設する方針を打ち出しました。

小山 今回の政府の方針は非常に意味があると思います。危機によって、西側の国々で原子力開発が大きく動き出すようになったことを実感しています。

 欧州で専門家と議論をして、「福島事故で多くの原発が止まっているが、もし安全性確保の上、再稼働したらCO2排出削減、低廉・安定的な電力供給ができる。日本はそういう非常に大きなオプションを資産として持っている」と言われました。欧州のエネルギー業界では、そういう見方をする人たちがいます。

澤田 確かにヨーロッパから見ると、「なんで使えるものを使わずに、天然ガスに依存しているんだ」と思うかもしれない。原発再稼働で天然ガスの使用量が減れば、それを途上国などに回して世界のエネルギー安定供給に貢献できる。そう考えると、日本もまたエゴイストですよ。

 ただ、再稼働は進むかもしれませんが、新増設は疑問です。政府は推進を打ち出しましたが、膨大な費用がかかる事業に電力会社などが投資するかは分からない。

新設に総括原価主義を採用へ 自由化「模範国」を参考に

小山 英国は原発の新設を促すために規制資産ベース(RAB)モデルという、総括原価主義に近い制度を導入する考えです。英国は電力市場自由化の模範とよく言われますが、実際には、「原子力発電はこれだけ要る、再エネはこれだけ要る」と投資目標を政府が決めている。しかも、それを実現するために総括原価主義的な制度も入れていく。

 もちろん市場メカニズムには重要な効用があり、その効用は活用すべきです。しかし、市場原理の「陰の部分」は、政府が政策や制度できちんと対応しなければいけない。そうすることで初めて投資が行われ、それが実際の供給につながっていく。自由化のお手本の国が実際に行っていることを、よく参照していく必要があると思います。

澤田 英国は大陸側と送電網などがつながっていますから、他国からのエネルギー供給に依存することができる。それでも、原発新設に総括原価主義まで導入しようとしている。 近隣国からの供給が期待できない日本は、より原発の新増設、さらにウラン燃料をリサイクルする核燃料サイクルに本腰を入れなければいけない。当然じゃないでしょうか。

小山 日本にとって原子力は本当に重要ですから、政府も産業界も共に真剣に取り組まなければいけません。さらに再稼働などだけでなく、澤田さんが言われたように核燃料サイクルもトータルとして考えていく。まさに今がそれを行うべき時だと思います。  今年、恐らく次のエネルギー基本計画の議論が始まります。前回の改定ではいわばカーボンニュートラル一色で議論が進む側面がありました。今回はウクライナ危機を踏まえて、エネルギー安全保障がいかに重要であるか、また市場原理の効用と限界をどう考えるのかをしっかり検討して、改定に向けた議論をしてもらいたいと思っています。

さわだ てつお
1980年京都大学理学部物理学科卒。ドイツ・カールスルーエ研究所客員研究員、東京工業大学助教などを経て2022年から現職。専門は原子核工学。

こやま けん
1986年早稲田大学大学院経済学修士修了、日本エネルギー経済研究所入所。2020年から専務理事・首席研究員。専門は国際エネルギー情勢など。