震災事故から12年の現場を取材 処理水放出を巡る「風評」問題の実情

2023年3月6日

【東京電力福島第一原子力発電所】

今年春から夏ごろにALPS処理水の海洋放出開始が見込まれる福島第一原発(1F)。

1F作業員と福島の海で生きる人々の思いは、どちらも「風評被害を最小限に」だった―。

2月初旬、東日本大震災から12年を迎えるのを前に福島第一原発(1F)を訪ねた。そこには、廃炉の完遂に向け汗を流す人々の姿があった。

作業員の多くは、防護服を着ていない。それもそのはず、がれきの撤去や敷地舗装が進んだことで放射線量が低減し、現在は敷地内の95%以上の場所で防護服を着用せずに作業が行われている。

防護服を着た作業員を見ないからか、敷地が奇麗に舗装されているからか、1F構内に足を踏み入れてから、過酷な作業が行われている雰囲気は感じられなかった。しかし原子炉建屋を目の前にしてその気持ちは一変した。ほぼ〝あの日〟のままの原子炉建屋が、廃炉作業の困難さを物語っていた。

震災事故当時の姿が残る1号機

デブリ取り出しに踏み出す 処理水で魚介類の生育実験

廃炉作業の最大の山場は、格納容器の底部に溶け落ちた燃料デブリの取り出しだ。格納容器内は放射線量率が高く、人が立ち入ることはできない。まさしく〝国内外の英知を結集〟しなければ、この峠を乗り越えられないのだ。

昨年2月、ようやく燃料デブリの取り出しに向け、第一歩を踏み出した。遠隔操作ロボットで1号機の原子炉格納容器内にある堆積物を確認。今後は今年度後半を目途に、2号機で試験的に燃料デブリの取り出しを開始する予定となっている。とはいえ、取り出す量は〝耳かき一杯〟程度というから、道のりは長い。

1F構内でひと際目立つのが、大量に並ぶ水色のタンクだ。約1000基を超えるタンク内には、ALPS(多核種除去設備)処理水が貯蔵されている。タンクの使用率は90%を超えているが、廃炉作業に必要なスペースを圧迫する恐れがあり、これ以上増やすことはできない。

ALPS処理水の貯蔵タンクは1000基を超える

こうした状況もあり、政府は21年4月、処理水を海水希釈した上で海洋放出する方針を決定した。開始は今年の春から夏ごろが見込まれ、1Fから約1㎞先の海上までの放水トンネルが建設中だ。

政府方針は、処理水の海水希釈後のトリチウム濃度を1ℓ当たり1500ベクレル未満と定める。これは世界保健機関(WHO)が定める飲料水のトリチウム濃度の5分の1以下で、ここだけ見れば〝飲料水より安全〟となる。しかし、「安全」を「安心」と捉えられないのが人間のさが。それに付け込み、不安をあおるメディアや政治家も少なくない。

そうした風評の影響を最小限に抑えるべく、1F構内では昨年9月からある実験が行われている。「海水」と「海水で希釈した処理水」、双方の環境下でヒラメとアワビを飼育し、生育状況に有意な差がないことを確認する実験だ。現在のところ、異常は見られておらず、今後は海藻類として、アオサ、ホンダワラを飼育する予定だ。

福島の漁業再興ほど遠く 漁協は「反対」の姿勢崩さず

福島の海で生きる人々は、処理水の海洋放出をどう考えているのか。1Fを視察した翌日、いわき市の小名浜漁港を訪ねた。

小名浜漁港では、魚類の放射性セシウムについての独自検査を行っている。小名浜漁港で水揚げされなかった魚種についても、ほかの市場から届けてもらい、検査対象はいわき市内で水揚げされた全魚種に及ぶ。

日本の一般食品の基準は1kg当たり100ベクレル、福島県が行う検査の基準は50ベクレルで、この基準でさえ米国の1200以下、欧州連合(EU)の1250と比べて極端に厳しい。しかし、小名浜漁港の検査基準は25以下で、「そこまでする必要があるのか」と思うほどの徹底ぶりだ。これ以上に魚介類の安全性を示すデータが存在するだろうか。

いわき市内で水揚げされた全魚種の検査を行っている

ところが、どんなに安全でも、売れるかどうかは別問題だ。福島県沖で魚介類は獲れるが、県の水揚げ量は震災前の20%ほどにしか回復していない。なぜか─。

理由は、やはり風評だ。福島県沖で獲られた魚介類が、「福島県産」になることを嫌い、あえて茨城や千葉、宮城県で水揚げされるのだという。仲買人の中には「もっと福島に水揚げを」と言う人もいるが意見は分かれ、漁業関係者の思いはかみ合っていない。

魚介類は漁師が水揚げしても、仲買人が買わなければ消費者のもとには届かない。仲買人の購買行動は、消費者のニーズに比例しており、漁師がより確実に売れる漁港に水揚げしたいと思うのは当然だろう。結局のところ、福島県の漁業が復活するかは、消費者次第なのだ。今回話を聞いた漁業関係者は、とある人が別居している家族に福島県産の魚を送った時、食べられずに捨てられてしまった話をトラウマのように語っていた。

このような状況で処理水が海洋放出されれば、震災直後のような状況に後戻りするのではないか―。漁業関係者がそんな不安を抱くのは想像に難くない。実際に漁業協同組合の全国組織や福島県の漁協は、海洋放出に反対の姿勢を崩していない。

15年には政府と東電が福島県の漁協に対して、「関係者の理解なしに海洋放出などの処分はしない」との見解を示しており、漁業関係者との溝をどのように埋めていくのか、注目が集まる。

廃炉の〝前進〟である処理水の海洋放出が、復興の〝後退〟にならないことを強く願い、福島県を後にした。