【コラム/3月3日】想定すべき海上封鎖リスク 日本に「エネルギー継戦能力」はあるか

2023年3月3日

杉山大志/キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

自衛隊には弾薬の備蓄が二か月分しかないと報道されるなど、日本の「継戦能力」が問題視されるようになった。このような事態を改善すべく、防衛費は倍増されて国内総生産(GDP)の2%となったことはよく知られている。

その一方で、武器弾薬だけあっても、戦争は継続できない。エネルギーや物資の海上輸送が無ければ日本は干上がってしまう。

米国戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書が話題になった。台湾有事のシミュレーションで、中国が台湾へ上陸作戦を仕掛け武力統一を図るというものだ。米国と日本が戦争に巻き込まれ、双方ともに多大な損害を出すが、中国の台湾上陸部隊の艦船を米国がことごとく沈めることによって、中国は台湾の占領には失敗する、というものだ。

だが、このシミュレーションは最初の1カ月だけである。これが泥沼化して長期化するかもしれない。

あるいは、米国が介入をためらって中国は台湾併合に成功するかもしれない。

さらには、中国は台湾への政治工作に成功し、台湾政府が中国への「自主的な」併合を表明するかもしれない。このような平和裏の併合こそ、中国が最も望んでいる形であろう。

武力を伴うか伴わないか、このいずれにせよ、台湾が中国の勢力圏にひとたび入るとどうなるか。中国は太平洋へのアクセスを強め、日本のシーレーンを脅かすようになることは間違いない。

そうすると、中国は日本の輸送船を攻撃できるようになる。潜水艦に何隻か輸送船を沈められると、保険料は莫大になり、海上輸送が大幅に減少するような事態がありうる。これは事実上の海上封鎖になる。完全な海上封鎖でなくても、経済活動には大きな影響を与えうる。

もし1カ月で屈服する程度の備えしか無ければ、中国は実際に日本への海上封鎖を試みるかもしれない。そうではなく、海上封鎖されても1年は戦い続けることが出来るようになっていれば、中国はためらうだろう。

戦争というものは、敵に勝てると思わせてはいけない。簡単に勝てると思ったら、戦争を仕掛けられてしまう。「日本は手強い、そう簡単には屈服しない」と思わせておかねばならない。

心もとない石炭とLNG備蓄 原子力活用拡大がベストアンサー

継戦能力の確保において、武器弾薬に次いで重要なのはエネルギーの供給だ。日本の現状はどうなっているか。

政府の資料によると、日本のエネルギーの在庫水準は図のようになっている。

出所:政府資料

石油は官民合わせて200日の備蓄があり、在庫も合わせるとこれ以上の日数になる。LPGも100日分の在庫がある。だが石炭は1カ月程度、LNGは1週間ないし2週間程度しかない。

備蓄については、量は十分なのか、増やす方法はないのか、攻撃に対する備えを強化できないか、という3つの点で検討が必要だ。

石炭は、これまではコスト低減の観点から、在庫が極力少なくなるようなオペレーションになっていた。石炭は長期貯蔵すると自然発火することもあるので技術的な検討は必要だが、数カ月分を蓄えておくことはできるのではないか。

LNGは極低温の液体であるため、断熱性の高い容器に貯蔵していても、蒸発による損失はどうしても避けられない。したがって長期保存には向かない。だが一定のコストを受容するならば、もう少し備蓄量を増やすことが出来るかもしれない。

化石燃料とは対照的に、原子力発電はひとたび燃料を装荷すれば通常は1年、非常時であれば3年ぐらいは発電を続けることができる。さらには、原子燃料の形で備蓄をすれば、それよりも長く発電を続けることができる。海上封鎖に対する回答として、原子力は最も魅力的である。

攻撃に対する防御という点で言えば、いま日本の防御はいびつな形になっている。原子力発電だけがテロ対策を強化されていて、そのための稼働停止までしている。

だが実際には、原子力への攻撃は最もハードルが高いのではないか。石油の備蓄施設、石油・ガス・石炭の火力発電所などは、携帯型の兵器やドローンなどでも破壊できてしまう。原子力だけ一転集中のテロ対策は意味がない。

要するに「エネルギー継戦能力」の向上のために必要な検討事項は以下3点だ。

  1. ①原子力のエネルギー安全保障上の価値を確認し再稼働・新増設をする
  2. ②原子燃料・化石燃料の備蓄状態を確認し、可能ならば備蓄を積み増す
  3. ③エネルギーインフラへのテロや軍事攻撃に対する防御をバランスよく強化する

ウクライナではロシアが発電所や変電所などの電力インフラを攻撃している。このため全土で電力供給に支障が出ているという。その一方では復旧作業も進められ、ウクライナは屈服することなく戦争を継続している。どのような攻撃が在り得るのか、いかにそれに対応するのか、この戦争から日本が学ぶべきことは多いだろう。

なお、海上封鎖されたときに太陽光発電、風力発電にどの程度の意義があるかについても検討を要する。化石燃料輸入に頼らなくてよいのはメリットである。

他方で、火力発電が不足し、また電力系統全体が攻撃を受けてぜい弱になっているときに、変動性の電源をどこまで使いこなせるか、大停電時にかえって復旧の妨げにならないか、といった視点もあろう。

【プロフィール】1991年東京大学理学部卒。93年同大学院工学研究科物理工学修了後、電力中央研究所入所。電中研上席研究員などを経て、2017年キヤノングローバル戦略研究所入所。19年から現職。慶應義塾大学大学院特任教授も務める。「亡国のエコ 今すぐやめよう太陽光パネル」など著書多数。最近はYouTube「キヤノングローバル戦略研究所_杉山 大志」での情報発信にも力を入れる。