【コラム/3月14日】ドイツの陸上風力法
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
国内外でカーボンニュートラルの実現のために、再生可能エネルギーの拡大が急がれている。しかし、再生可能エネルギー、とりわけ陸上風力の大規模な増大は、景観への影響や騒音問題から地域住民の抵抗に会い、順調には進展していない場合が多い。
ドイツでは、陸上風力発電設備と住宅地の最低離隔距離を定めるルール(1000-Meter-Regelung)が存在しており、最低離隔距離を1000メートルと定めることで、設置に対する住民の抵抗を減じようとしている。しかし、この規定に対しては、風力発電の設置可能な土地が大きく減少するとの批判があった(この規定の適用により、風力発電の建設可能な土地は半減するとされる)。
さらに、州は独自のルールを制定している。バイエルン州では、10-Hルールという独自のルールが存在している。これは、風力発電所と最も近い住宅地との最低離隔距離が、風力発電の高さの10倍でなくてはならないというものであり、それは、通常2,000メートルとなる。住宅地とはいっても数件でも住宅地となり、バイエルン州では、風力発電所を設置することは非常に難しかった。
このような事情もあり、連邦政府は、2022年に「陸上風力法」を成立させ、2030年における風力発電の導入目標達成のため、ドイツ全土の2%を陸上風力発電の設置が可能な区画として指定することになった。このため、州ごとに設置可能な「区画の貢献値」を定め、2027年末と2032年末における達成を州に義務付けている。同法では、この法的に定められた面積目標を達成できない場合は、州で定められる最低離隔距離のルールは適用されないと規定されている。バイエルン州は、70,541km²の面積を有するドイツ最大の州であるが、5年後には州面積の1.1%、10年後にはその1.8%を風力発電の優先地域に指定しなければならない。
バイエルン州は、リヒテンシュタイン、オーストリア、チェコ共和国と国境を接するアルプス山脈の麓にあるドイツ南東部の州である。州都のミュンヘンは、毎年10月に開催されるオクトーバーフェストと呼ばれるビール祭り、美術館、華やかなニンフェンブルク宮殿などで知られ、カラフルで美しい街並みは人々を魅了する。また、ドイツ観光街道の一つであるロマンチック街道は、北西部のヴュルツブルクからのどかな村や中世の町を通って、ドイツ南部国境近くのアルプスの麓まで続く。街道の南の終着点のフュッセン市の南5kmにある優雅なノイシュバンシュタイン城はわが国でも有名である。筆者も何回かこの城を訪問したが、周辺の美しい緑の牧草地や咲き誇る野花などバイエルン州の自然の美しさは、筆舌に尽くしがたい。このような観光資源を有するバイエルン州の多くの住民は、当然のこととして、風力発電が数多く建設されることには反対である。因みに、筆者も、この観光地に風車が立ち並ぶ風景は想像したくない。
しかし、「陸上風力法」では、この法的に定められた面積目標を達成できない場合は、州で定められる最低離隔距離のルールは適用されないとしている。このため、バイエルン州の建設大臣クリスティアン・ベルンライターは、「『陸上風力法』により、風力発電は住宅の数百メートル先にも建設されることになり、人々の保護より風力発電所を優先している」として批判している。 ドイツは、再生可能エネルギー法2023で、2030年までに、再生可能エネルギー発電の総電力消費量に占める割合を少なくとも80%にする目標を設定しているが、そのためには、太陽光発電と風力発電の容量を倍増させる必要がある。太陽光発電、とりわけルーフトップ太陽光発電の設置は、これからも順調に進むだろうが、風力発電は住民の反対が多く、現状では大幅な拡大は難しい。そのため、同国は、風力発電の拡大のために、強権的な手段を用いざるをえなくなったようだ。そのための大義名分が、「再生可能エネルギーは、最も重要な公共の利益」(再生可能エネルギー法第2条)なのだ。このような再エネ至上主義的思考は、良い意味でも、悪い意味でもさすがにドイツ的と言わざるを得ない。