【コラム/4月14日】コンプライアンス違反と送配電の一層の分離
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
大手電力会社の送配電子会社が管理する新電力の顧客情報を、同じグループの小売会社に漏洩させていたことが発覚した。送配電子会社には、「行為規制」が導入され、情報交換のみならず、役員人事などの交流も制限されていた。しかし、送配電と小売りの情報遮断ができていなかったことから、法的分離と「行為規制」の限界を指摘し、送配電の中立性を高めるために、送配電の所有権の分離を含むさらなる構造分離を求める声が上がっている。そこで、本コラムでは送配電のさらなる構造分離について考えてみたい。
まず、欧米における送配電の構造分離について見てみたい。指摘しておかなくてならないことは、わが国では、ネットワークは送配電が一括で分離されているが、欧米では、送電と配電それぞれが分離されていることである。配電の分離については、別の機会に論じることとして、ここでは送電の構造分離に焦点を当てることにする。欧州では、送電については、大部分の国が、法的分離か所有権の分離を採用しているが、所有権の分離が主流である。2009年のEU指令で、これらに加え、米国にみられる独立系統運用者も採用可能だが、その例は2か国にとどまる。法的分離については、親会社との人材の異動の制限に加えて、独立の意思決定機関の設置と独立の資金調達・送電計画などが義務づけられており、厳しい規制が課せられている。所有権の分離が多いのは、欧州では電気事業は国営・公営である(であった)国が多いため、送電の分離は、議会の決定のみで可能であったことが大きい。これに対して、民営の電気事業の場合は、所有権の分離の強制は財産権に抵触することになる。
米国では、送電を所有する電気事業の大部分は民営であるため、所有権の分離は憲法上難しいとの判断から、送電資産は電気事業のもとに残し、系統運用のみを独立の機関に委ねる例がほとんどである。同国では、系統運用のみに従事する独立の送電組織は、ISO(independent system operator )またはRTO(regional transmission operator)と呼ばれる。RTOはISOの機能に付加して、複数州での活動、送電拡張の計画策定の責任を要件として加えた形式である。
つぎに、所有権の分離や、独立の系統運用者の設立など一層の構造分離のメリット・デメリットを考えてみたい。法的分離も構造分離の一形態であるが、以下に述べるメリット・デメリットは送電の構造分離が一層進むほど顕著に現れる。メリットは、系統へのアクセス条件を整備することによる競争の活性化である。デメリットには技術的な問題と経済的な問題とがありうる。技術的な問題は、通常は生じないが、事故の復旧の際に情報交流などで生ずる可能性がある。例えば、2003年の北米大停電では、復旧に時間がかかった理由の一つは、送電分離により、発電側と送電側の情報交流がスムーズにいかなかったことが指摘された。経済的な問題としては、まず、範囲の経済性の喪失がある。多くの実証分析が垂直統合の経済性を明らかにしているものの、電力自由化はこのような研究成果を十分考慮していなかったとの指摘がある。
経済的な問題としては、さらに、発電と送電が分離されることによる取引コストの増大が挙げられる。米国の自由化優等生と言われる独立系統運用者pjmの例では、RTOの設立で、発電事業者は、RTOに対して発電電力を入札するが、戦略的な行動を防ぐための膨大なルールが存在し、その監視のためのコストが増えている。従来の電気事業体制では、発電はメリットオーダーに基づき、送電部門によりコマンド・アンド・コントロールでディスパッチされていた。コマンド・アンド・コントロールでは、このような取引コストは発生しない。
一層の構造分離の是非は、このようなメリット・デメリットの比較に基づかなくてはならない。今回の出来事は顧客情報に関するコンプライアスに起因する問題であるが、電気事業は、この機会に、コンプライアンスの総点検をしてみる必要はないか。電気事業としては、これ以上の信用失墜は絶対に避けなくてはならいだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授、東北電力経営アドバイザーなどを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。