【記者通信/6月13日】福島原発ドラマ『THE DAYS』が問い掛けるもの

2023年6月13日

凄まじいまでの迫力と緊迫感に満ちたドキュメンタリードラマだ。3.11で発生した東京電力福島第一原発事故を描いたNetfrix(ネットフリックス)配信ドラマ『THE DAYS』を観た。全8話からなる本作の企画・脚本・プロデュースを担当したのは、『白い巨塔』をはじめとした骨太の社会派ドラマを手掛けてきた増本淳氏。門田隆将氏の『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫刊)を原案に、共同通信社・原発事故取材班の『全電源喪失の記憶: 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』(新潮文庫刊)、「事故調査報告書」、「吉田調書」を柱に脚本を書いたという。そんな増本氏と『コード・ブルー』シリーズで長年タッグを組んできた西浦正記氏、『リング』シリーズの中田秀夫氏がダブル監督を務め、この大作を作り上げた。

政府、本店、現場…極限状態で交錯する人間模様

福島原発が大地震直後の巨大津波に襲われる初回から、息詰まる緊迫したシーンの連続だ。原発施設内、電力会社本店、政府部内と異なる三つの視点で、ドラマは展開する。全電源喪失による致命的な大事故を回避すべく、所長(役所広司)、当直長(竹野内豊)、ベテラン運転員(小林薫)をはじめとする現場従業員がまさに命がけの作業に当たる中、放射線量上昇、冷却水の水位低下、消防車の不足、炉内温度の上昇、格納容器の圧力上昇、炉心融解など、想定外の重大問題が次から次へと発生する。

そんな極限状態の現場をよそに、強烈な政治圧力をかける官邸サイド、右往左往するばかりの原子力安全・保安院、紋切り型の対応に終始する原子力安全委員会、政府の顔色をうかがい現場に無理難題を押し付ける本店幹部――。それぞれの人間模様が交錯する中で、ついに1号機が水素爆発、続けて3号機の水素爆発、そして4号機の使用済み燃料プールの水位低下と、事態は最悪の展開に向かって刻々と進んでいく。もし、チェルノブイリ級の原発事故に発展すれば、東日本一帯は何十年も人が住めない地域となり、日本列島は北海道と西日本とに分断されてしまう。さあ、どうする!?

視聴者をベント現場に引きずり込む見事な演出

2020年3月に公開された『Fukushima50』もリアリティにあふれた映画だったが、本作の迫力は明らかにそれを上回る。全8話・約7時間という長尺をフルに生かし、政府や会社組織、原発内でのやり取りを事細かに再現。特に、停電して真っ暗な制御室から懐中電灯の明かりのみで建屋に入りベント作業に挑んでいくシーンは、作業員の荒い息遣いと暗闇に鳴り響く線量計の警報が聞こえるのみ。否応なしに、視聴者をその場に引きずり込む。観ているこちらまで息苦しくなる、見事な演出だ。津波襲来や水素爆発の場面では、あまり表に出ることのなかった凄惨な現場模様が克明に映し出される。そしてラストシーンに向かう7話から8話にかけては、最後まで原発施設内に残った吉田所長以下、現場関係者の思いや覚悟、やり場のない被災者の悲しみに触れ、多くの人が涙腺崩壊状態になるのは間違いない。

「俺たちは死ぬために(原発に)残っているわけじゃない。やることがあるから残っている。必ず原発事故の暴走を止める。それで、みんなで家族の元へ帰ろう」(吉田所長)

本作を一気に見終わった後、改めて思った。これは民放では放映できないなと。そもそも投げかけているテーマが重すぎる。一般の人が本作を観たら、「やはり原発は危ないから止めたほうがいい」と率直に思うだろう。しかし、本質はそこではない。原発が想定を超えた重大事故の危機に直面したとき、他の誰よりも現場を熟知する従業員が自らの経験や判断を信じて、家族のため、地域のため、ひいては日本のために、命がけの行動を取ることができるのか。公益事業者の使命・在り方を鋭く問い掛ける。

人の力が果たす大きな役割

原発事故において最初に命の危険にさらされるのは、地域の住民ではない。施設内にいる従業員だ。そんな状況に置かれた彼らが身を挺して事故対応・復旧作業に挑めるかどうかが、原発の行方を左右する。3.11にしても、現場作業員の命がけの行動がなければ、事故の被害は一段と深刻化していた可能性は否定できない。新規制基準に基づくハード面の安全対策強化が重要なのは言うまでもないが、いざというときには、やはり人の力が大きな役割を果たすことになるのだ。

競争導入を柱とする電力システム改革が進み、電力会社が普通の民間会社と化していく中で、公のために身を粉にして働くという現場の意識、いわば公益事業者としての矜持は、どんどん薄れているように思える。首都直下、南海トラフ・・・。そう遠くない将来、巨大地震は必ず起きる。果たしてそのとき、直面する事態から逃げ出さず、職務を全うできる現場関係者が、今の電力会社にどれほどいるのだろうか。誤解を恐れずに言えば、現在の東京電力ではこのドラマは生まれないかもしれない。

教訓は規制運用体制の再構築

いずれにしても、そんな現場の安全を支えるのが、規制の運用体制である。本作では、その運用体制がぐだぐだなおかげで、現場の混乱に拍車が掛かり、結果として作業員の安全が脅かされる様子が克明に描かれる。ちなみにエネルギーフォーラム5月号では、福島伸享衆院議員が自身のコラム『永田町便り』で、こんな指摘を投げ掛けていた。〈これまで日本では、事故が起きるたびに「規制の強化」が行われてきた。しかし、それは形式的な規制の量が増えるだけで、規制の質の高度化はなされていない。規制の運用体制が注目されることもなかった。国会は、規制を定める法案の条文を審査する能力を持たず、ましてや規制の運用を顧みることはほとんどない。(中略)。規制そのものより、規制を作る統治機構そのものの問題を私たちは認識しなければならない〉。実に正鵠を得た問題提起といえよう。

今国会で脱炭素電源法案が成立し、わが国では3.11以降停滞を続けてきた原子力政策がようやく本格始動する下地が整った。日本経済・国民生活を支える電力の安定供給、およびカーボンニュートラル社会の実現を目指す上で、原発は欠かすことのできない重要電源だ。だからこそ、政府も、事業者も、われわれメディアも、福島事故の教訓を決して忘れるべきではない。教訓は、脱原発にあらず、規制運用体制の再構築である。その意味で、ネットフリックス会員限定ではあるが、脱炭素電源法が成立した今この時期に、あの福島事故を疑似体験できる本作を、一人でも多くの関係者にご覧いただきたいと思う。