【ニュースの深層/9月19日】なぜ大手電力ばかり悪者に? 「東北値上げへの公開質問」に大きな疑問
宮城県内の学生らでつくる気候変動問題や食糧支援などに取り組む2団体が9月14日、電気料金を値上げした東北電力に対し公開質問状を提出したというニュースが報じられた。それによると、質問状では、電気料金の値上げによって生活困窮者が増えていると指摘。その上で、今年度に過去最高となる2000億円程度の経常利益が見込まれる中で、電気料金の値下げを検討しない理由や、女川2号機の再稼働に向け巨額の費用を投じている理由など7項目で回答を求めている。質問状を受け取った東北電力は「内容を精査して回答する」方針だ。

利用者に豊富な選択肢 全面自由化の理解進まず!?
この報道を見て、正直あ然とすると同時に、何だか悲しい気持ちになった。日々の生活費に困る苦学生がかわいそうだからではない。2016年の電力小売りの全面自由化から7年以上もたつのに、その現実が全く理解されていないように思えたからだ。
「電気料金をねん出するために食事を削ったり家賃を払えなくなったりという相談がすごく増えてきている。貧困が広がっている深刻な状況について(東北電は)分かっていないのではないか」。質問状を提出した学生は、ニュースの中でこう話していた。
だが、今や全面自由化によって規制料金以外の選択肢は豊富にある。まず東北電の中でも多様な料金メニューが用意されているし、もし東北電が気に入らなければ、比較サイトなどで他の新電力の料金を調べてみて現時点で最も安そうなメニューにスイッチングすればいい。そのメニューが自分の希望に沿わなければ、また別のものを選べばいいのだ。切り替える機会は、常に提供されている(平均的な料金水準は概ね市場動向に左右されるので、その点は仕方ない)。そうした自由化の現実を、逆にこの学生は分かっていないのではないか。
だいたい、電気、ガス、水道、電話、インターネット、交通、家賃、食料品といった必需品の支払い中で、値上がっているのは電気代だけではないのだ。むしろ、生活困窮者として公開質問状を突き付けるべきは、物価高の主因である円安の加速に有効な手立てを打てない政府といえよう。
大胆に値下げすれば困るのは新電力 大手電力独占に戻る可能性も
いずれにしても、規制料金の値上げで過去最高の利益を上げている東北電はけしからん、と思わせるような、メディアの報じ方だった。メディア自身、大手電力が自由市場ではなく、いまだに地域独占・総括原価制度の下に置かれていると考えているのではないか。そして、燃料費の変動が料金に反映されるまでのタイムラグや燃調上限など料金制度の仕組みが収益に大きく影響し、21、22両年度の連続大幅赤字から今年度の大幅黒字予想への転換が起きているという実情も理解していないのではないか。
何よりも、生活困窮者を救えるレベルにまで規制料金を大胆に引き下げる(月額数百円どころではない値下げになる)と、電源の内外無差別に抵触しかねないうえ、大半の新電力が太刀打ちできない水準となり、結果として大手電力回帰の現象を引き起こしてしまう可能性があることを、分かっているのだろうか。必然的に、競合する新電力から「規制料金は不当廉売ではないか」との批判が高まるのは、想像に難くない。
もしそこまでやるなら、いっそ自由化前の完全地域独占時代に戻した方が、利用者的にもすっきりしよう。そんなのできるわけがない、というのであれば、「再エネ賦課金の停止」という禁じ手を解禁する裏技も考えられる。ともあれ、現在の局面下での規制料金の大幅値下げというのは、さほどに『無理が通れば道理引っ込む』ような話なのだ。
自由化に合わない経過措置の撤廃を 都市ガスは大半がすでに廃止
「大手電力の収益改善を巡ってこうしたミスリードの報道が後を絶たない。利益が期ズレ差益によるものであること、そもそも規制料金の比率が減少していること、大手電力が嫌なら電力会社を切り替えられることなど。全面自由化したことが、すっかり忘れ去られているようだ」「学生の気持ちはわかるが、一連の値上げが、燃料費高騰という外部要因であることや電力システム改革の影響であることを、大手メディアはしっかりと利用者が理解できるように報道する必要がある。そもそも新聞代だって値上げしているわけだから」――。
X(旧ツイッター)にこうポストしたら、いつになく「いいね」がたくさん付いた。世間の誤解に対しては、電力業界も遠慮せずもっと積極的に物申したほうがいい。政府にしても、全面自由化してから相当な時間がたっているわけだから、制度の主旨に合わない「経過措置規制料金」を早急に廃止すべきだ(解除基準は設定されているが、その基準自体が実態に即していないことに大きな問題がある)。一方、生活困窮者対策については、税制措置など電力事業とは別の領域で行うのが筋。政治的配慮からか、規制料金を無理やり存続させていることで、世間のいらぬ誤解を招くことになるのだ。
そもそも、都市ガス料金については、大手の東京ガスや大阪ガスをはじめ、今や大半の旧一般ガス事業者で規制料金が撤廃されている。制度上の解除基準を満たしたためだが、新規参入者が事実上存在しないエリアの事業者であっても撤廃されていることから、基準そのものがおかしいことは明らかだ。
「大手電力会社は全国の利用者への影響が大きいなど、政治的理由で規制料金を外せない」「規制料金を撤廃してしまうと、大手電力へのグリップが効かなくなる」――。そんな時代錯誤の理屈から、経産省は一日も早く脱却することが求められる。