【目安箱/9月22日】処理水放出で関係者の動きを考察 残念な日本学術会議の沈黙
福島第1原発の処理水は8月24日から海洋放出された。この問題で、それぞれの関係者の行動を「よく働き、自らの責任を果たしているか」という観点から、査定してみた。その中で分かったのは、日本の学会、科学者の動きが鈍いことだ。
◆予想外に頑張る経産省と西村大臣
今回の汚染水の放出で、当事者の東電は、長い期間、処理水をめぐる広報を丁寧に行ってきた。専門サイトを立ち上げ、大変詳細で、わかりやすい内容だった。この努力は評価されるべきであろう。
予想外の頑張りが目立ったのは日本の政治と行政だ。西村康稔経済産業大臣は、自らSNSでの発信、メディアへの露出を繰り返した。経産省、外務省、環境省は積極的に各種のSNSに情報を提供し「#STOP風評被害」と言う言葉を広めた。問題に直結する水産業を所管する農水省は目立たなかったように思える。
日本のメディアは、産経が「処理水問題は情報戦」と主張し、国内外の異様な報道や意見を強く批判した。その他のメディアは、処理水放出の意義について積極的に語らなかった。そそして懸念などマイナス面ばかりを述べ、消極的に批判していた。政府を批判する漁師が少ないために、どのメディアも、福島の同じ漁師を取材していたのは滑稽だった。特に東京新聞は、反対派の主張を詳しく報じた。同紙を一般の人々が「風評加害」と強く批判している。
◆海外からの批判は一服
処理水放出を批判する人は国益、そして福島、さらには自分の利益を考えてほしい。その放出は福島事故の処理を先に進め、それは福島の早期復興と国民負担の軽減につながる。
日本人の大勢はそのことをよくわかっていた。処理水放出に大きな批判はなかった。各種世論調査でも放出を認める意見は6割を超えた。ネット上では、放出を騒ぐ人々を強く批判する意見が目立った。しかし、それでも日本共産党、れいわ新選組などの政治勢力は処理水を「汚染水」と言い続け、政府批判に使った。日本の大半の人々から批判される一方なのに、理解に苦しむ行為だ。
韓国では野党や左派勢力が「汚染水」と騒いだ。しかし韓国政府は、原子力学会、企業が一体になって、科学的事実を伝え、「デマは韓国の水産業、飲食業に悪影響を与える」と批判した。
中国政府の攻撃は「日本の水産物の輸入禁止」など放出直後は強いものだった。また一般民衆が怒って日本に電話することが広がるなど、異様な行為も行われた。しかし9月になると中国政府の批判、嫌がらせは一服している。中国政府はいつものように、共産党の一党独裁政権での庶民の日常生活での不満を解消するため、日本を批判するように仕向けたように思える。
◆沈黙をした日本の科学者
処理水問題の関係者の中で残念なのは、日本の原子力に関わる科学者の動きが鈍かったことだ。メディアは処理水放出を認める科学者の意見を積極的に出さなかったが、それでも科学者の発信は少なかった。
日本学術会議は、日本の科学者を代表する機関で、政府に科学的知見を提供し、また政府からの諮問に答える役割がある。年間約10億円の国の税金が投入されて運営されている。しかし、政治的な動きが強いと世論から批判を受け、今、その運営の在り方が議論されている。
そんな状況にある日本学術会議は、今回の処理水問題で、声明や科学的分析を全く出さなかった。同会議のウェブサイトにある提言と広報一覧で確認できる。処理水問題は、その安全性の科学的評価が論点になっている。福島事故で出た放射性物質の危険性が外国や国内の一部勢力から批判されている。しかし、同会議はそれに沈黙している。
残念ながら日本原子力学会も問題に積極的にコメントしていない。
◆福島問題で日本学術会議は動かず
日本学術会議では、年間20−30の社会問題に対する提言を出すが、これまで福島事故と、放射能問題について、積極的に議論をしなかった。事故直後に同団体は2011年6月に政府の諮問に応じて、会長談話「放射線防護の対策を正しく理解するために」を公表した。そこで健康被害はないことを断言しなかった。そして2016年ごろに社会が落ち着いてから、健康被害の可能性は少ないと、いくつかの報告書を出した。
福島の放射能問題は、実際に健康被害は起きるものではなかったのに、「危険だ」という感情論で状況が混乱してしまった。その是正に学術会議は関わらなかった。
日本学術会議の会員は210人いて、任期6年で入れ替わる。福島事故前後に会員だった原子力関係者に、「なぜ福島の問題に取り組まなかったのか」と聞いた。同会議内部では、積極的に関与すべきという声はあったという。しかし2014年ごろまで反原発の動きは感情的で過激だった。学者の多くは、そうした罵倒や攻撃的な批判に慣れておらず、騒動に巻き込まれることを恐れた。そして事務局の役人も面倒を嫌がり、動かなかったという。「その一方で、文系の学者主導で反原発を主張する動きが常にある」と、その関係者は苦々しげに語った。
処理水問題での学術会議での沈黙の理由を筆者は調べていないが、同じ事情があるのかもしれない。
韓国では原子力の学会、関係者が処理水は安全だと政府と学会、科学者が一体になって、おかしな国内のデマに反論していた。当事者の日本の科学者が動かなかったのとは対照的だ。
◆不作為が、原子力・エネルギーの発展を妨げる
福島原発事故は、事故を起こしたことも問題だが、一方で事故後の混乱にも多くの問題があった。その混乱の理由の一つは、科学的知見が政策に反映されず、社会に広がらなかったことだ。そして科学的事実を活用せず、感情で物事が動いてしまった。
科学が感情に負けた。理由の一つは、原子力関係の科学者たちが、問題に積極的に向き合わず、積極的に社会とコミュニケーションを取らなかったことにあるだろう。前述のように、福島問題から逃げ出したように見える日本学術会議がその典型だ。
原発事故から12年経過しても、日本の科学者の多くが厄介な問題から逃げ出す傾向は変わらないようだ。そのことが一因になって、原子力やエネルギー問題の正確な情報が今も広がらない。その結果、社会からそれらへの支持が福島事故以来少ないままだ。原子力・エネルギーの学者、関係者の大半の不作為によって、発展が阻害されている。自分で自分の首を絞めているように見える。
今回の処理水問題でも同じ状況が繰り返される。科学者とエネルギーなど社会問題の関係は、このままでいいのだろうか。