【特集2】ウクライナ侵攻で気運高まる 欧州がヒートポンプ導入加速

2023年10月3日

脱ロシア政策が進む中、ヒートポンプ(HP)の存在感が国際的に増している。電化戦略を進める欧州事情を、ヒートポンプ・蓄熱センター(HPTCJ)の旭氏に聞いた。

【インタビュー:旭 貴弘/ヒートポンプ・蓄熱センター 国際・技術研究部課長】

あさひ・たかひろ IEAヒートポンプ技術協力プログラムの日本の副代表として運営に従事。海外のHP政策情報の収集や海外への発信などに取り組む。2020年12月から現職。

―ウクライナ侵攻など国際情勢の変化がヒートポンプ(HP)に与える影響をどう考えますか。

 脱炭素化に向けて、欧州におけるHPの政策的な位置付けはもともと高いものでしたが、ウクライナ侵攻によってエネルギーセキュリティーが差し迫った課題として顕在化したことで、HPへの機運が一気に高まりました。

 ロシアによるウクライナ侵攻開始の翌々週の2022年3月、EUはロシア産化石燃料依存からの脱却を目指す「リパワーEU」を発表しました。その中で、HPの導入ペースを2倍、向こう5年間で1千万台導入という数値目標が掲げられました。

 HPは今やクリーンな暖房技術としてだけでなく、エネルギーセキュリティー、エネルギー貧困などのコスト面の課題も含め、いわゆる「三つのE(エネルギーの安定供給・経済効率性・環境適合)」の全ての面で期待されています。侵攻をきっかけにHPのエネルギーの安定供給の価値が見直されるようになったことは個人的には悲しいですが、世界のエネルギーの実情はそうなっています。

脱炭素化実現策で注目 政策支援やハードな規制も

―昨今の欧州のHP事情をどのように受け止めていますか。

 22年11月に国際エネルギー機関(IEA)から世界規模でHPに特化したものとしては初の報告書「The Future of Heat Pumps」が発行されたことが、これまでにない盛り上がりを表しています。

 HPは元来、建築物脱炭素化の有効な技術として注目されていました。特に脱炭素化政策が盛んな欧州では、ウクライナ侵攻以前から電化を戦略の中核としていました。20年7月の「EUエネルギーシステム統合戦略」の中でもHPは、建築物の暖房や低温産業プロセスの脱炭素化、変動性再エネ生産の拡大を支えるフレキシビリティ源としての貢献など、欧州のカーボンニュートラルを実現する主要なエネルギーシステムとして認識されています。

―具体的な支援策は。

 欧州全体の動きと並んで、それぞれのEU加盟国でも補助金や研究予算をはじめとする手厚い政策支援が行われてきました。例えば、HPに関して欧州では比較的後進であった英国でも20年の「グリーン産業革命のための10項目計画」で、28年までに計画発表時の約20倍に相当する年間60万台ものHP設置という果敢な数値目標が掲げられています。

 これは翌年の「熱・建物戦略」に引き継がれました。この戦略では、HP市場の拡大や研究開発への投資などが描かれると同時に、35年以降の天然ガスボイラーの新設禁止が掲げられています。

 他にも、フランスでは所得により最大で補助率9割にも上る補助金が設けられているほか、ドイツ、イタリアを含む多くの国で手厚い支援策が設けられています。

 導入補助だけではありません。フランス、オランダ、オーストリア、ドイツなど、新築住宅に対して単体のガスボイラーを禁止、または実質的に使用できなくするような規制を設ける国が出ています。

欧州委員会の本部に掲げられた「リパワーEU」の垂れ幕(22年11月) 提供:HPTCJ

―欧州の暖房設備の成り立ちと現状はどういうものですか。

 ボイラーを熱源とする温水暖房が主流であった欧州では、HPと言うとエア・トゥ・ウォーター(ATW)を指すことが多いですが、南欧ではルームエアコンなどのエア・トゥ・エア(ATA)も暖房に多く用いられています。熱の供給先が空気か水かによらず、HPは暖房の脱炭素に貢献しますので、ATAも含めて普及が図られるべきと考えます。

 日本では、北海道など一部の寒冷地を除けば、温水を用いない暖房が主流です。そこでもやはり化石燃料が多く用いられているのが実情ですが、業務用を中心に、以前からATA(エアコン)暖房が使われており、これは化石燃料暖房と比較してCO2削減に一定程度寄与してきたはずです。今後は、家庭用も含めてエアコン暖房がもっと活用されるべきだと考えます。

―日系メーカーの展開やポテンシャル、技術力などの評価は。

 今後見込まれる欧州市場のさらなる拡大は日本には商機です。既にダイキン工業、パナソニック、三菱電機は、欧州域内で工場新設・拡張への投資計画を発表しています。日本のメーカーは圧縮機やインバーターなど基幹技術で世界をリードしてきました。各社ともここ十数年で寒冷地HPの開発で進展を見せるなど、技術的な優位性があると思われます。ただし、産業用HPやデジタル化をはじめ、欧米など海外でも研究開発が盛んで、日本が優位性を保つためには、技術革新の歩みを止めず、さらに発展させていくことが必要です。

HPの活用促進へ 産業界を巻き込み拡大

―欧州のヒートポンプの今後の成長や実用化をどう見ていますか。

 政策的な後押しを背景に、今後も成長するでしょう。ここ数年で、欧州の議論はHPを活用すべきかどうかではなく、実装に必要な生産・施工のキャパシティ、人材育成、投資など、現実的な議論へと移行した感があります。

 現在、欧州委員会は産業界の提案を受けてステークホルダーを巻き込み、導入に向けたプラットフォームの創設、コミュニケーション・人材育成、法制面の整備、融資などのアクションプランを策定中で、年内に発表予定です。産官を挙げての一大産業ムーブメントといっても過言ではないでしょう。

―日本への期待は。

 給湯、寒冷地の暖房、産業プロセスなど、日本でも化石燃料からHPに置き換える余地はまだ大きい。現在は数ある省エネ機器の一つという位置付けですが、HPが用いる大気などの熱には再エネ、国産エネルギーとしての価値もあります。

 また、エネルギー供給側も含めて考えると、政府の計画に従って電源がクリーン化すればHPの脱炭素効果は一層大きくなります。こうしたベネフィットも考慮すれば、HPへの一層明確な政策の方向付けが望まれます。

 将来ロックインを起こさぬよう「いいストック」を築くには、早期普及が大事です。私共もスピード感を持って取り組みたいと思います。

※報告書の日本語版はヒートポンプ・蓄熱センターのウェブページから閲覧可能。