【コラム/11月28日】原子力発電推進を考える~経済的批判の今日的意味~

2023年11月28日

飯倉 穣/エコノミスト

1,運転延長はあったが

原子力発電の再稼働で、立地地域の合意形成に揺れる中で、原子力発電の運転延長が認められた。報道は、伝える。「川内原発を巡る県民投票案否決 鹿児島県議会」(朝日23年10月27日)、「川内原発、運転延長へ 原子力規制委が議論 60年稼働可能に」(日経夕同11月1日)、「川内1・2号機規制委延長認可 原発「40年超」運転常態化 計6基60年運転可能に」(朝日同11月2日)。

原子力活用は、日本経済や地域経済に、引き続き有用と考えるが、課題は尽きぬ。現状、他の原子力発電の再稼働は先にあり、新規建設の計画は定かでない。原子力開発批判、とりわけ経済的批判の今日を考える。

2,原子力開発の理解は戻ったか

世論調査は、経済の流れ、エネ需給・価格等の状況、原子力発電事故、政争等により左右される。東日本大震災前は、原子力発電推進・維持が78%だった(内閣府「原子力に関する特別世論調査」09 年 11 月 26 日)。時の政権・党も、エネ安定供給を考え、原子力は、安全第一、着実な取組と。

東日本大震災・東京電力福島第一原発事故(以下福島事故)があった。世論は、原発再稼働について、反対58%、賛成28%だった(朝日世論調査13年6月)。政権は脱原発に。それから12年たち賛成51%、反対42%である。また原子力政策転換の一つである原子力発電新規建設は、「建て替えを進める」賛成45%、反対46%である(同23年2月)。

ウロ戦争・化石エネ供給不安・エネ価格高騰の下で、現政権は再稼働・運転延長を後押し。現下は、福島事故(11年3月)の収束過程にあり、国民の中に様々な意味で、なお原子力開発に疑問・不信がある。

3, 技術的批判の現在、止揚で

原発に対する批判は、イデオロギー的な思考や巨大開発批判の側面も根強くあるが、80年代以降技術問題が主流だった。利用物質、利用施設、放射能汚染、管理時間(人間的時間スケールとの乖離)に係る事項である。技術的に対応できるかという原子力技術水準問題から原子力技術者の能力、経営・管理能力に疑問を投げかける。また原子力利用システム技術と自然災害・シビアアクシデントへの対応能力問題も指摘する。

前者は、国際的な原発の状況から見て、現行技術で対応可能であろう。また技術者・経営管理者の能力問題は、運転・経営実績、運転・経営体制から判断せざるを得ない。自由化の影響が気懸りだが、モチベーションと規律の維持は継続している。後者は、今回の福島事故で課題の全容が見えた。規制や被災対応の検討・対策が進展している。また人智として経験を活かし、専門に走ることなく、常識(教養)も踏まえ、原子力工学からリベラルアーツを含めた原子力学に転換することで解決を見出す動きもある(岩田修一東大名誉教授講演:構想エネ21研究会21年10月26日)。

4,経済的視点からの問題提起

バブル経済崩壊後、各産業はリストラに追い込まれた。公益事業怨嗟もあり、90年代後半以降高物価構造是正で総括原価方式見直し・電力自由化論議となる。併せて原子力発電の経済的意味、経済性について疑問が提起された。そして福島事故後、経済政策視点の原発推進の論に対し、経済学的見地かつ再エネ重視の立場から非議も強くなる。勿論批判は時代環境を反映している。 

原発がなくとも経済的に問題なしという見方である。例えば、①原発停止で経済破綻はなかった。②貿易赤字は国富喪失と関係なく、原発なしでGDP、貿易収支に問題なし。③原発の経済性は優れていない。費用便益の考えを入れ、且つ発電コスト+政策費用で判断すべき。④脱原発が電力需給と電力価格に与える影響は小さい。実際電力不足起こらず。今日再エネ電源とその電力コストは低下している。またメリット・オーダー効果・卸売市場創設で電力料金は低下可能。⑤脱原発と電力改革は再エネ推進上も意味あり。⑥原発立地地域の経済と雇用は、再エネ開発で十分代替可能。⑦技術的に再処理・高速炉・高レベル放射性廃棄物は困難である。核燃料サイクルは、構想であり、非現実的である。それらを指摘し、既得権打破・電力改革、省エネ、再エネの大胆な推進による脱原発と脱温暖化を提案する。(明日香壽川・朴勝俊「脱「原発・温暖化」の経済学」18年2月等参照)。

種々熟慮した見解だが、10年代後半の政治・経済・エネ・社会状況の時流に乗った意見であった。これらの批判が今日も底流にある。

5,国際的・国内的環境変化が批判の論拠を希薄に

その後の情勢は、自由化による電力供給不安の顕在化(21年5月)、再エネ立地問題の生起(21年9月)、ウロ戦争(22年2月)によるエネ情勢の変化、エネ・電力価格高騰・輸入物価上昇・経済運営の混迷等新たな事態の生起となる。つまり批判の根拠が変幻している。

一般論(異見となろうが)を述べれば、第一に経済変動における破綻の意味である。エネ需給不安定によるマクロ経済運営への影響の理解が異なる。経済は、水準低下や先行き不安でも大関心事である。3・11はその事態であった。破綻でなくとも深刻な状況であった。第二に国際的化石エネ価格変動による貿易収支の一進一退は、経済運営の制約要因となる。赤字放置はできない。第三に今日の原発稼働電力会社の相対的料金低位の評価である。第四に脱原発等による電力供給の不安定、再エネ賦課金負担の継続による消費者不安が存する。第五に脱原発と再エネ推進の関係性不明。電力改革で供給責任の所在が不明となる。そして供給不安である(まさに市場化の姿)。その対応策が弥縫的で、屡々政府介入である。第六に原発立地地域の経済と雇用は、再エネで代替可能か否か。現実は厳しい。第七に核燃料サイクルの歴史的経過から見た実用化の現実性の過小評価となろう。

6,エネ需給の安定では、意味曖昧な電力自由化市場は機能しないようである

必要なことは、需給一致や逼迫でなく、やや供給余力(予備力)の存在が望ましい。また50年カーボンニュートラル(CN)に向けて、再エネで現発電量1兆kW時を市場ベースで達成可能か否か。経済的視点から見れば、原子力発電も同時に拡大していくことが得策である。

従来の批判は、経済の見方で、中長期視点の経済変動、経済成長、経済運営、国際的なエネ需給・価格の動向全体の姿とその理解を念頭に置いていたか疑問が残る。再エネも重要だが、前回述べたように経済・エネで原子力開発の歴史的理解も重要である。

7,原子力発電成立の政治・経済・社会条件を念頭に

原子力開発を展開するうえで人々の受容が肝要である。その鍵は、政治の安定、経済の安定、そして科学的精神であろう。

第一に政治的安定は大切である。政争の具になれば、政策の朝令暮改で、事業主体等関係者が様子見か躊躇する。第二に経済の安定は、大規模かつ建設に長期を要する投資の前提となる。インフレとなれば投資の前提が揺らぎ事業性の見通し難となる。1980年代米国の原子力発電建設、近時の米国の風力発電開発の例や1990年前後のブラジルのインフレによる民間投資の中断も記憶に残る。国内経済運営では、エネルギー変動による負の経済変動を最小化する姿を願望したい。第三に科学的精神も重要である。開発サイド、受け入れサイドでリベラルアーツが求められる。原子力発電は、原子物理学の延長にある。原子力エネルギーの原理や利用技術について理解を深めながら建設的に意見交換することが望ましい。いずれも当たり前のことである。

そして鍵は立地である。国民経済論を踏まえて、利害関係が強く働く立地地域の人々が、原子力開発の意味を一住民としてのみならず、一国民として理解していただけることを引き続き期待・模索せざるを得ない。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。