処理水巡る風評払拭へ奔走 最前線のたゆまぬ努力

2023年12月4日

【電力事業の現場力】東京電力労働組合

脱炭素やデジタル化など、時代の変化に現場は何を思うのか―。

各事業者の労働組合にスポットを当てた連載で、現場の思いや課題を探る。

「ゴ、ヨン、サン……」8月24日、午後1時3分。福島第一原子力発電所のALPS(多核種除去設備)処理水放出を前に、カウントダウンの声とボタンを押す指は震えていた。放出が近づくにつれ、メディアは連日のように関連ニュースをトップで報じ、国民の関心は高まった。中国の過剰な対応により国際問題にまで発展。現場にはここまでこぎ着けたという安どより、緊張感が漂っていたようだ。

初の処理水放出の瞬間に緊張感漂う現場

放出実行の裏には、風評を生じさせないための現場の努力があった。東京電力労働組合は、昨年末から連合加盟産別組織や単組、支援する政治家などへの説明に奔走。組合としての立場で海洋放出に理解を求めるのではなく「ALPS処理水とは何か」「なぜ海洋放出が必要なのか」などといった「事実の共有」に重きを置いた。放出前後には連日、関係各所を訪問し、説明に回った組織や政治家の数は全国で500に上る。

ほとんどの組織や議員が理解を示したものの、処理水放出に反対する組織もあった。説明を聞いた担当者は「よく分かりました。でも組織としては賛成できないんです……」と苦しい様子だったという。やはり「科学的に安全」という事実には、多くの人が納得しているようだ。

放出に反対する団体や議員が、事実誤認に基づく請願書を地方議会に提出したこともしばしばある。そのような内容には、事実をベースに丁寧な解説を行った。

ALPS処理水と海水の攪拌機設置工事のミーティングを行う

今年度の東電の計画では、4回に分けての放出を予定する。既に3回の放出が終了しており、年明けには4回目を控える。事業者や自治体の懸命な周知活動もあり、風評は最小限に抑えられているが、中国による日本産水産物の全面禁輸で実害が生まれたのは周知の通りだ。


行き場を失うホタテ 新たな賠償に取り組む

特に被害が大きいのが、ホタテとナマコの関連業者だ。ホタテについては、昨年に日本が中国に輸出した水産物の半分以上を占める。殻つきでの輸出が多く、日本には加工する人手が不足。国民1人当たりがホタテを年間に5~7粒食べれば行き場を失った輸出分を相殺できるとして、9月には宮下一郎農林水産相が「ホタテを5粒食べて」と呼び掛けたほどだ。10月には東電が東京・御徒町で「ホタテ祭り」を開催した。

いま現場が苦労しているのは賠償業務だ。相談窓口では、4月から始まった国の賠償基準「中間指針」の見直しを受けて問い合わせが殺到。多くの請求者への対応を行う。5月には請求書の誤発送があり、発送先住所のチェックを念入りに行うなど人手不足の中でも質とスピードが求められている。こうした状況下で、現場は処理水の海洋放出に伴う新たな賠償にも取り組むことになる。

東電を巡っては、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に向けた動きも目まぐるしい。安定した電源の確保は日本全体の喫緊の課題だ。「気候変動問題、燃料費の高騰、そして脆弱な電源事情など、安定供給を確保した上で解決に導くには、複雑な事情を整理し、電源構成に対する現実的かつ建設的な国民的議論が必要だ」と東電労組の金谷慶國中央書記長は言う。

再稼働が近づけば処理水放出前と同じく、メディアの報道は過熱するだろう。そんな時こそ、安定供給を全うし人の暮らしを守る社員、先が見えぬ中で訓練を重ねている運転員や作業員の努力を思い起こしたい。「電力事業は一人ひとりの強い使命感で成り立っている」(金谷氏)のだから――。

建設中のALPS 処理水の放出口を眺める作業員