【書評/1月31日】従来の芭蕉論を超えた新人物像を提示する力作

2024年1月31日

江戸時代前期、それまで言葉遊びに過ぎなかった俳諧を、人生観や哲学を十七音で表現する文学へと昇華させ、俳句の源流を確立した“俳聖”松尾芭蕉。日本各地を旅し多くの作品を残した。中でも、晩年に奥州、北陸道を巡り記した紀行文『おくのほそ道』はあまりにも有名だ。それだけに、各時代の研究者によって研究しつくされてきた同作だが、昨年11月、これまでの芭蕉研究に一石を投じる力作、「もう一人の芭蕉――句分百韻でたどる曾良本『おくのほそ道』」(平凡社)が出版された。

A5版、506頁、定価4950円(税込み)。全国の大手書店やネット書店で販売

上梓したのは、大阪ガスの副社長を務めるなどエネルギー業界に多大な貢献をした有本雄美氏。序文の「面八句を庵の柱に掛置」という言葉をヒントに、同作全編が連歌の伝統である(一巻が百句で成り立つ)「句文百韻」という形式を踏まえたものではないかとの仮説を提示。これを裏付けるために、原本の一つである「曾良本」に残された芭蕉自らの朱筆から推敲の形跡を丹念にたどりながら分析することで、従来の芭蕉論を超えた「もう一人」の芭蕉像を明らかにしている。

本書は大きく、①分析の手法を明示する「立証編」、②それぞれの分析内容を吟味する「内容編」、③さび、不易流行、しほり、かるみという芭蕉が到達した境地を考察する「俳論編」――という3篇で構成。あたかも推理小説をたどるような展開で、読者を惹き付ける。

〈『おくの細道』は百韻で構成されている。「表八句を柱にかけおく」とした序文の謎を、実証的に解き明かす意欲作。これまでの研究にはない、新しい芭蕉の姿が見えてくる。「面八句を庵の柱に懸置」。奥の細道への芭蕉の旅立ち、また著者の芭蕉への旅立ち、その端緒となるひと言です。「面八句」が百韻連句の冒頭であることに目をとめ、『奥の細道』全篇を百韻形式と見定めて、全作をこの定型に沿って読み解こうと構想された一書。この名作紀行文にどう向き合うか、読者が試される新たな刻がやってきた〉。国文学者の藤田真一・関西大学名誉教授は、平凡社のウェブサイトで、本書に対しこんなコメントを寄せている。

有本氏は、大阪ガス退社後の2007年に関西大学文学部に入学。12年に同大大学院文学研究科を修了し、大学院文学研究科修了。同著の執筆には6年の歳月をかけたという。同著を手に取り、著者とともに新しい芭蕉を探す旅に出てみては。