【コラム/4月5日】福島事故の真相探索~はじめに~

2024年4月5日

石川迪夫

連載に当たって――格納容器内部写真からの随想推理

福島第一原子力発電所の事故から13年が経った。米国のスリーマイルアイランド(TMI)事故を含めて、これまで4基の軽水炉が炉心溶融に加えて水素爆発を起こしている。これらの共通点は、原子炉の水が少なくなり、高温となった炉心を冷却する目的で入れた水が炉心に達した直後に、炉心溶融と水素爆発(福島第一2号機は水素ガスの大量放出)が起きていることである。

 僕はこの点に着目した。原子炉材料の中で、水と反応して大量の水素を発生させ得るものは、燃料棒の被覆管ジルカロイ(ジルコニウム合金)が高温になった時だけで、高温の燃料棒に冷却水が降りそそげば、表面にできた酸化膜が破れて、高温のジルカロイが水と接触してジルカロイと水との化学反応が起き、水素ガスの発生と大きな発熱を生じる。このことは、1978年に米国の中間基準として作製された、大口径破断冷却材喪失事故に対する安全基準にも述べられている。本稿では、この現象を「ジルカロイ燃焼」と仮に呼ぶこととする。

東京電力が2012年に発表した「福島原子力事故調査報告書」に基づいて、福島事故の経緯を分析すると、事故に到った3基の原子炉は、いずれも冷却水が炉心に達した時刻ごろにジルカロイ燃焼が起きて、爆発している。この状況はTMI事故にもピッタリと当てはまる。

拙著『考証福島原子力事故:炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』(電気新聞刊)は、各炉の事故経緯に基づいて、事故の進展理由を説明した書である。最悪の事故と言われる炉心溶融だけでなく、安全審査でも議論されない水素爆発を引き起こす事故を、これ以上起こしてはならないと考えての発表だった。その反響は大きかった。

しかし、事故の原因であるジルカロイと水の反応については、原子力関係者の中でもあまり知られていないこともあって、半信半疑の理解にとどまっている。拙著の発行当時は、主張を証明する証拠は、大量の水素発生以外に何もなかったことによる。

写真が新たに伝えたこと

昨年4月、東京電力が発表した福島第一発電所1号機の格納容器内部の写真は、この状況を覆し、事故究明の材料となる痕跡を数多く提供している。中でも、僕の目を引いた写真が3葉あった。その一つに、原子炉を真下から支えるコンクリートの壁(ペデスタル)全面にわたって、床上高さ1~2mほど、奥行き深さ50㎝程が空洞化して、中にあったはずのコンクリートの砂利がどこかへ失せて、鉄筋のみが残るという、前代未聞の壊れ方を写した写真がある。

原子炉の炉心から、高さにして15ⅿくらい下にあるペデスタルの床の壁が、なぜ炉心溶融によって空洞をつくったのか、この謎解きが本稿の主題である。コンクリートの専門家は、コンクリートは1200℃以上の高温の熱によって結合力を失い、砂利に戻るという。

とすれば、炉心溶融の発熱は原子炉の中で起きたのではなく、ペデスタル床上で起きた事になる。それが可能となるには、炉心冷却の注水がペデスタル床に溜まり、そこに高温の燃料棒が落下して、ジルカロイ燃焼が起きたと考える外にない。ジルカロイ・水反応は水中発熱であるから、壁全面わたってほぼ同一の空洞が出来たことも合点がいく。1号機の格納容器内部撮影写真は、約10年前に拙著で述べた、ペデスタル床上でのジルカロイ燃焼の存在を証明している。

真相を知る資料を基に解説

このホームページの連載で紹介する撮影写真は、上述のように、原子力事故の真相を伝える資料であるから、第1話は、僕の目を引いた写真3葉の紹介をできる限り正確に紹介する。未説明の2葉の写真は、格納容器に付着した奇妙な突起状堆積物と、制御棒駆動機構の覆いであるハウジングが3本、形状を崩さないで落下していると見られる写真である。

第2話では、その映像の成り立ちと事故との関連について説明する。説明の大方は、ジルカロイ燃焼による事故状況の説明であるので、第3話、第4話ではジルカロイ燃焼を起こす原因といえるジルカロイ・水反応と、反応によって被覆管表面につくられる酸化ジルコニウムの皮膜の特性について詳しく説明する。

さらには、燃料の被覆管として世界でジルカロイが使われている理由について述べ、簡単な計算も交えて事故との関連を具体的に説明する。ジルカロイ燃焼の激しさ、発熱の大きさ、水素ガスの発生量などについて、事故の実例を基に、驚きの実体を説明する。先ほど述べた、空洞が出た理由についても説明する。

第5話は、ジルカロイ燃焼の防止方法の説明である。防止対策があるから、僕はジルカロイを最高の燃料被覆管材料だと今でも思っている。この防止策が、既に福島事故で実証されていた、また防止対策には二通りの方法があると言えば、読者は僕の頭脳を疑われるであろう。 だが、僕は正気だ。この話はホームページ第7話までお預けとする。

最終の第8話は、今回の写真分析を通じて僕の頭に浮かんだ随想推理である。随想推理と名付けたのは、基となる写真が実体をどれだけ正確に現しているかが誰にも分からないためで、不確かなものを基に行った推理考証であるためであるが、決して非科学的な書き物ではない。ここでは、1号機炉心溶融の主因であるジルカロイ燃焼が、格納容器の中で大嵐を吹かせたこと、原子力関係者の多くが信じて疑わない、熔融炉心は流れ落ちるとの一般常識が間違いであることの理由を述べ、最後になぜ原子力という科学でこのような間違いが信じられるようになったのかを、僕の原子力での経験を基に反省を述べる。

いしかわ・みちお 東京大学工学部卒。1957年日本原子力研究所(当時)入所。北海道大学教授、日本原子力技術協会(当時)理事長・最高顧問などを歴任。