【特集2】高まる次世代燃料の導入機運 活用促進に不可欠な多様な視点

2024年9月3日

製造コストの削減が焦点 水電解装置の稼働率向上も

橘川 温度帯が似ている点では、LPG船にも転用でき、船が発着できるインフラもすでに整っています。

村木 アンモニアは、海上輸送で現在年間2000万tの実績があり、輸送面での安全対策は十分にできています。ただ、船の燃料としてアンモニアを燃焼させる場合、狭い機関室でのアンモニアの連続利用なので、新たな対策が必要です。日本郵船が8月にタグボートでのアンモニア燃料の利用を開始します。これは、安全対策の確立に向けた初めての重要な取り組みです。

アンモニアタグボートの完成予想イメージ

橘川 社会実装の可能性は、値差補填の比率に象徴されると思うのですが、アンモニアの比率は今後高まるでしょうか。

村木 今回の値差補填では、天然ガスから製造しCO2をCCSで除去するブルーアンモニアと、再エネ電力で水を電解した水素から製造するグリーンアンモニアが対象になります。現状グリーンアンモニアの価格はブルーアンモニアの倍近くしますので補填額は大きくなります。ブルーアンモニアと石炭の値差はアンモニア100万tで500億円以上になります。15年間で3兆円の予算枠が設定されている中で、どれだけの数量が選定されるのかは今後の流れに大きく影響します。カーボンプライシングなどが入ってくると、リプレース側の燃料価格が上がり、差額は徐々に縮まるはずです。それを加味した導入時期の予算配分はこれからの議論だと思います。一方で、グリーンアンモニアでは水電解装置が高いという課題があり、導入を通じてコストダウンを進めることも重要な課題です。

燃料転換を検討する四国電力の火力発電所

橘川 水電解装置は稼働率の低さも課題です。原子力、ゼロエミッション火力を電解合成に使うことも考えるべきです。

村木 確かにグリーン水素・アンモニアの製造では、ゼロエミッション電力の稼働率をいかに上げるかはコストダウンの鍵の一つです。アンモニアのメリットとしては、輸送しやすさが挙げられます。内陸にある工業団地や自家発電などに運んで直接使うだけでなく、日本で開発しているオンサイトアンモニアクラッキングシステムで水素供給も可能です。水素社会推進法では、ハブ・アンド・スポークによるインフラ形成が推奨されています。大きな基地をある程度限定して、そこから各拠点に2次輸送する方法は、アンモニアだからこそできることです。

第7次エネ基の電源構成 ゼロエミ火力が高まる予想

橘川 推論の部分もあるのですが、第7次エネルギー基本計画では前提条件が非常に厳しくて、19年比で35年までに60%削減が公約になると思います。40年のエネルギーミックスで置き換えると、ゼロエミッション電源の比率を現在の59%から80%に引き上げざるを得ません。その中で、水素・アンモニアは30年で1%、40年で5%ぐらいでしょう。再エネが30年で約30%、40年は良くて45~50%ぐらいだとすると、原子力が25~30%も必要になり、現実的には難しい。すると水素、アンモニアの比率をかなり引き上げる必要があり、CCSを含めゼロエミッション火力は、50年に約30%と予想しています。

村木 水素基本戦略での水素・アンモニアの導入目標は40年に1200万tで、そのうち導入済みの200万tを除くと、新たな需要は1000万tです。例えば、この半分の500万tをアンモニアに換算すると、3000万tです。われわれはこれから40年に向けたロードマップを作りますが、例えば、日本が持っている超々臨海圧(USC)2200万kWにアンモニアを50%混焼すると、約2800万tが必要です。他にも工業用、自家発の石炭火力に使っていけば、3000万tは荒唐無稽な数字ではありません。国の50年目標を前倒しして、40年に達成できると思います。

 また、発電利用において、水素とアンモニアはそれぞれ得意分野が少し異なります。アンモニアは燃焼速度が遅く石炭火力とは親和性があります。一方、水素は燃焼速度が速く高温燃焼が可能で大型ガスタービンには向いています。また、アンモニアは着火しにくいので、アンモニアをクラッキングした水素を着火用に使います。このようにアンモニアの直接燃焼とアンモニアからの水素による水素燃焼を最適に組み合わせることを進めていく必要があると思います。

CN化への道筋を示す 燃料利用が切り開く可能性

橘川 ハーバー・ボッシュ法は素晴らしい発明で、合成アンモニアは言わば人類を引っ張ってきた原動力です。今度はそのアンモニアを違う用途に使うことで、再び人類の未来を切り開こうとしている。非常に面白いことが起きつつあります。

村木 すごく重要な指摘です。アンモニアを燃料として使うことで、市場が大きく広がり、またグリーンアンモニアの製造に向けて新たな技術開発も進んでいます。一方で、農業用肥料のアンモニアの価格が上がるという懸念も聞きますが、これは誤解です。燃料用アンモニアは、LNGと同様、長期契約で購入するため、農業用市場とは直接競合しません。むしろ、燃料として使うことで、さまざまな技術開発やプラントのスケールアップによってコストは下がるはずで、農業分野にも良い影響になると思います。

 水素キャリアの中でアンモニアが今のところ最も安いものの、化石燃料に比べるとまだ高い。プロセスの効率化、大型化、水電解装置のコストダウンといった取り組みは進んでいきます。とはいえ、カーボンプライシングなどの政策が導入されないと自立は難しいと思います。最初はサプライチェーンの支援策で導入を進め、カーボンプライシングや長期脱炭素電源オークション、グリーンプレミアムなどによって、継続的に脱炭素に貢献できる形を取っていく政策的な展開が必要だと思います。 橘川 CNにとって、コストが最大の問題ですが、コスト削減には二つの方法しかありません。一つは予想を超えたものを生み出すイノベーションです。もう一つが、イノベーションに取り組むことを前提に、既存インフラを徹底的に活用すること。新興国で最も比率の高い石炭火力はすぐに停止するのではなく、とにかく使い倒す。燃料アンモニアは、その道筋を示す上で、日本が世界に誇るべきアイデアです。人類全体でのCN化の実現に向け、アンモニアはコスト削減に大きく寄与していくはずです。

きっかわ・たけお 1975年東京大学経済学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。東京大学・一橋大学・東京理科大学教授、国際大学教授・副学長を経て、2023年9月から現職。

むらき・しげる 1972年東京大学工学部卒、東京ガス入社。ニューヨーク事務所長、原料部長、R&D本部長、エネルギーソリューション本部長、副社長を歴任。22年から現職。

1 2