【コラム/11月9日】電気事業のデジタル化と価値創造ネットワーク
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
電気事業のデジタル化への対応は、プロダクトやプロセスのみならず、組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革、協調の文化の醸成、およびカスタマーセントリック思考などの様々な観点から論じられなくてはならない。組織、イノベーションマネジメントについては、それぞれ以前のコラム(2018/07/09、2020/10/05)で触れたので、今回は、価値創造ネットワークについて述べてみたい。
企業が、新たなデジタルプロダクトを自力で作り上げるための十分な資源やノウハウを有していない場合、価値創造ネットワークは一つの解決策を提供する。通常、価値創造ネットワークは、新しいプロダクトを生み出すための異分野の企業とのコアコピタンスの融合である。また、同じ分野の企業が価値創造ネットワークで協調することもありうる。そのような場合は、競争と協調が同時に行われる”coopetition“と呼ばれる。
デジタル化は、価値創造ネットワークのための技術的なベースを提供する。それは具体的には、拡張可能で、マルチクライアント対応で、汎用インターフェイスを介して他の多くのソフトウェアとネットワーク化できるクラウドベースのソフトウェアソリューションである。ドイツにおける電力会社と異分野企業との価値創造ネットワークの例としては、エネルギー自立を支援する包括的なソリューションを提供するために、Mannheim Energieが、2014年にBaywa r.e.およびGlen Dimplexなどとの協調で立ち上げたBeegy のほか、自動車メーカーBMWとsmartlab Innovationsgesellschaft(シュタットヴェルケが充電ステーション整備のために共同で設立した組織)との協調(公共充電サービスChargeNow)が挙げられる。
ネットワーク化は、価値創造を目的とするものだけにとどまらない。日々の業務における企業とビジネスパートナー、顧客、従業員とのネットワーク化が進展しているが、そのドライバーとなっているのは、標準化されたインターフェイスを通じて、多くのシステムとのネットワーク化を可能にするソフトウェアプラットフォームのようなデジタル技術である。
ビジネスパートナーは、企業とのシステム間の相互接続を行うことで、自動購入(電子調達)やプロダクトデータの自動的な交換などを可能にする。顧客は、セルフサービスポータルを利用して疑問に対する回答を自ら見出したり、チャットサービスを利用して企業とリアルタイムでコミュニケーションしたり、プロダクトに関する評価をレビュープラットフォームやソーシャルメディアで行う。企業側では、トラッキングソフトウェア(Google Analytics, Webtrekk, intelliAd等)のような分析システムを用いて、すべてのコンタクトポイントを通じてリアルタイムで顧客の行動を分析し、コミュニケーションやプロダクトの最適化を行う。また、顧客が私生活で用いる簡単なデジタル技術(OneDrive, Office 365, Evernoteなど)は、使い勝手の良さ、低価格化などから企業内のソフトウェアにも浸透している(いわゆる”consumerization“)。
さらに、従業員と企業とのネットワーク化については、在宅で、また外出先で仕事をする従業員が、企業のネットワークにVPN(virtual private network)を通じてアクセスできるようになってきている。リモートアクセスの活用により、場所、時間などでフレキシブルな仕事が可能となり、新しい働き方の模索が始まっている。このような動きは、今回のコロナ禍で一層加速していくだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。