【コラム/11月16日】2050年CO2ゼロ宣言を考える~技術楽観論でなく科学的・現実的選択論を

2020年11月16日

飯倉 穣/エコノミスト

 地球温暖化の影響による災害が日常化する中で、菅総理がインパクトある所信を表明した。2050年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにすると宣言した。また再生可能エネルギーのみならず原子力を含めてあらゆる選択肢を追求すると答弁した。経済水準維持に必要なエネルギー量の確保は容易でない。今後のエネルギー選択は、化石エネなしで、再生可能エネルギーと原子力となる。限られた選択肢の下で当たり前のエネルギー政策の確立が肝要である。今後は再エネ拡大は無論のこと、原子力縮小政策を見直し、安全な新規原子力発電の建設を推進したい。 

 今年の球磨川豪雨(7月)や 台風10号(9月)は、温暖化による大気中水蒸気量上昇と海面水温上昇の影響を見せつけた。自然災害が日常的となり、居住・生産環境の変化や被災者になった場合の不安を掻き立てる。CO2削減で閉塞感が覆う中、インパクトある所信表明演説があった。

「菅首相、温暖化ガス2050年ゼロ、初の所信表明、産業・社会に変革」(朝日2020年10月27日)、「首相、温暖化ガス2050年ゼロ表明、成長へ技術革新号砲、エネ政策抜本見直し」(日経同)。

 東日本大震災以降、公論は原子力縮小、省エネ・再生可能エネルギー傾斜に引き寄せられた。そして再エネの夢と現実を浮き出した。コストと国民負担の限界(19年度賦課金約2.4兆円)、国土利用未考慮の乱開発と地域紛争等に直面している。国土環境に適応した利用の姿を描き切れていない。また科学技術としての原子力利用を蔑視し、化石エネ依存を継続した。

政官民に温暖化ガス削減のお題目はあったが、強い意思はなかった。「福島の復興なくして日本の再生なし」に代表される政治的・社会的情緒の下、時は流れている。福島浜通りの復興は、原発再構築が鍵である。原発は、地場産業だった。なければ自然経済に戻るか、自然に帰るであろう。政府の施策、地元の期待は、地域資源・経済の根本を見間違えている。将来残るは公共投資の所産のみである。

 菅義偉首相は、演説7主題中の3番目「グリーン社会の実現」で、温暖化ガス排出を実質ゼロにすると宣言した。また達成に向け「再生可能エネルギーのみならず原子力を含めてあらゆる選択肢を追求する」(11月28日代表質問に)と答弁した。

とりあえずゼロ宣言は政治的目標で、今後人口、経済水準、産業構造、エネルギー需給、研究開発状況、都市構造、インフラ、国土利用等の検討があろう。留意点は経済水準とエネ選択である。

経済水準は、投入エネルギーの価格と量に大きく依存する。石炭時代は産業革命、石油時代は大量・安定・安価原油で戦後高度成長を起因し、現水準がある。オイルショック後ゼロ成長に近い。再エネも原子力も石油代替の域を出ていない。

課題は明快で、水準維持に必要な経済的エネルギー量の確保である。エネルギー供給は、50年非化石エネルギーだけとなる。核エネルギーと再生可能エネルギーの選択しかない。電中研の19年試算が好例になる。50年CO2量80%削減の場合、発電量約1兆2千億Kwhに対し、再エネで最大限供給可能量8千億Kwh(地熱、風力、太陽光等:現在の10倍)と見る(実現性は?)。残りは、原子力とLNG火力である。発電規模は、水力・バイオ・地熱59百万Kw、風力75百万Kw、太陽光356百万Kw、蓄電池215百万Kw、揚水25百万Kwを見込む。少なからず原子力(29百万Kw)を必要とする。

大胆に試算しても現技術水準延長の再エネのみでは、不十分である。化石エネは使用禁止である。経済水準維持に原子力発電の展開が鍵となる。困難なら人口抑制・経済水準低下の選択も検討せざるを得ない。

故に技術開発に期待が高まる。研究開発状況は、将来のエネルギーに係る「革新的環境イノベーション戦略」(内閣府20年1月)が参考となる。5分野16の技術課題を挙げる。再エネ主力電源、水素、原子力・核融合、CO2分離回収、人工光合成、バイオ等である。代わり映えしない寄せ集めの感もある。技術開発に成功すれば、世界CO2排出量10年490億トン(エネ起源以外も含む)に対し、総計850億トンの削減効果を目論む。過去の米国(ブッシュ・ジュニア、オバマ政権)のような技術楽観論は慎みたい。

当たり前に考えれば、緊要の課題は原子力の扱いである。福島第一原発震災事故で、推進は頓挫した。自然災害だったが、科学者・技術者の信用と志気が低下した。その状況で菅総理の「ゼロ宣言」は、地球生態系の保持と経済水準の維持を立案する上で、原子力の再活用を図る契機と言える。今、CO2削減に必要なことは、安全な新規原子力発電の建設である。

「国民から信頼される政府」は、科学的思考の下に現実的な政策をまず作成・推進すべきである。菅総理の宣言が、鳩山首相「温室効果ガス25%削減、世界に宣言」(09年9月)の二の舞にならないことを祈念したい。

【プロフィール】経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。