【コラム/11月24日】日本学術会議問題と原子力

2020年11月24日

福島 伸享/元衆議院議員

 菅政権になってはじめての本格的な論戦が行われている臨時国会では、日本学術会議の問題が大きな争点となっている。私は、菅政権による6人の会員候補の任命拒否は、これまでの菅総理の国会等での説明である限りは、日本学術会議法に違反する行為であると考える。同法では、憲法に定める学問の自由を保障するため、会員の任免に関する政治や行政による裁量権を著しく制限しているからだ。

 人文社会科学であれ、自然科学であれ、特定の科学分野について、イデオロギーや政治的立場によってそれを否定することは、文明的なことではない。今回の菅政権の対応を批判する人たちの中には、原子力や遺伝子組み換えといった特定の科学分野を否定しようとするダブルスタンダードの人は果たしていないであろうか。どんな科学であっても、それが技術として人間社会に適用される時、ベネフィットとともに、リスクやハザードがある。しかし、それを克服していくことも科学であるという「学問の自由」なき社会には、新たな創造はないのだ。

 一方、私は、世論は意外と冷静で穏健であり、政治判断はノイジー・マイノリティ(声高な少数派)に惑わされるべきではないと考える。11月18日に村井宮城県知事、女川町長、石巻市長が再稼働の同意を東北電力に伝えた。その発端は、9月に女川町議会が再稼働に賛成する商工会の陳情を賛成多数で採決したのがきっかけである。11月15日投開票の柏崎市長選挙では、東京電力の柏崎刈羽原発7号機再稼働を容認する立場の現職桜井氏が、再稼働反対の近藤氏に約3倍の票差をつけて圧勝した。同日に行われた刈羽村長選挙でも、再稼働を容認する現職品田氏がつけた票差は7倍以上だ。

 反原発派から見れば、立地自治体の住民は「原発マネー」に惑わされて再稼働を容認していると言うのであろうが、それは地元住民を愚弄する話である。私も、原子力施設が多く立地する地域の住民であるが、「原発マネー」の恩恵を受けている自覚などないし、本当に原発の再稼働が身に迫った危機と感じるならば、たとえ経済的な利益が多少あったとしても再稼働に反対するであろう。思うに、原子力施設の立地地域であるほど、稼働している施設を身近に目にし、そこではたらいている人たちとリアルに接し、さまざまな情報を他の地域よりはるかに多く知り、共に暮らすことによって住民は冷静に判断しているのだろう。それが、選挙結果にも現れているのだ。

 このことは、世論調査の結果からも導かれる。日本原子力文化財団が2019年に実施した「原子力に関する世論調査」では、「原子力発電所の再稼働を進めることについて、国民の理解は得られていない」は50.3%、「新規制基準への適合確認を経たとしても、再稼働は認められない」の絶対反対派は14.5%。つまり、イデオロギー的な絶対反対派は1割ちょっとにすぎず、半数は情報不足やコミュニケーション不足による不安感が再稼働への否定的な回答につながっているのである、この層は適切な情報提供やコミュニケーションを重ねることによって、自らの冷静な判断をすることができるのだ。

 原子力発電への態度についても、「原子力発電の即時廃止」は11.2%、「徐々に廃止」が49.4%、「原子力発電を増加」と「維持」は合わせて11.3%となっており、絶対反対派、絶対賛成派はそれぞれ1割ちょっと。「徐々に廃止」派は、「原子力発電所の再稼働を進めることについて、国民の理解は得られていない」と回答した層と同様で、判断を留保しているからこそ「徐々に廃止」なのだろう。

 こうして見てみると、「原発ゼロ」を掲げる政治勢力が、それをテコに大きな政治的なムーブメントを起こすことができないのは当然である。原発ゼロにこだわる国民は1割ちょっとなのだから。一方、「東日本大震災による原発事故以降、原子力に対する世論が厳しくなった」として本質的な議論から逃げ回るのも、国民世論を見誤っている。多くの国民は、科学的知見に基づく適切な議論がなされていないからこそ、再稼働や原発自体に対して最終的な判断をすることができないでいる。原発絶対反対、原発絶対賛成の二項対立を超えた、科学的知見に基づくエネルギー政策の議論を行うことこそが、今必要なのである。

 本来、日本学術会議のようなアカデミズムの場がそうした役割を果たすべきなのであろうが、設立時の崇高な理念と比べてそのような存在感は日本学術会議にはない。原子力委員会も特定の科学技術の専門家の御用機関のように思われていて、国民の理解を得られるような権威はない。政策立案や政策決定にアカデミズムが貢献できていない構造こそが、日本の宿痾なのかもしれない。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。