【コラム/12月14日】電気事業のデジタル化とマネジメントの課題

2020年12月14日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

電気事業のデジタル化への対応は、プロダクトやプロセスのみならず、組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革、協調の文化の醸成、およびカスタマーセントリック思考の様々な観点から論じられなくてはならない。組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワークについては、それぞれ以前のコラム(2018/07/09、2020/10/05、2020/11/09)で触れたので、今回は、マネジメントの課題であるマネジメント改革と協調の文化の醸成について述べてみたい。

 デジタル化に伴うマネジメント改革の重要性はいうまでもない。とくに、イノベーション創出への期待の高まり、スタートアップとの協調、アジャイルに代表される新しい開発手法の導入、従業員のデジタル能力の醸成などは、従業員のマネジメントのあり方に影響を及ぼすからである。重要なことは、デジタル企業やスタートアップで経験を積んだ若い従業員は、新たな視点や期待を有していることへの留意である。

デジタル企業におけるマネジメントは、伝統的企業のそれとは大きく異なっている。その大きな違いは、デジタル企業が小規模であることに起因すると見方もあるが、Google、Microsoft、Amazonの例から分かるように、今日では、デジタル企業は、超大企業の規模に達しているものも多い。しかし、これら企業のイノベーション創出力、フラットなヒエラルキー、経営のスピードは現在まで失われていない。それゆえ、マネジメントの違いは企業の規模だけに帰することはできない。

マネジメントの違いは様々であるが、1つには、デジタル企業では、従業員は通常、階層を超えて大部屋でチームで協働し、マネジメントは、チームの中央に座し、要求されれば素早く支援や決定を行う。また、ミーティングは、しばしばアドホックで招集され、短時間開催される。さらに、いくつかの企業は、経営者との週例の全社的ミーティングを開催しており、従業員が経営者に対して直接質問できる制度があるほか、キャフェテリアでの無料の食事の提供やサークル活動などを通じて、普段仕事で関係しない従業員同士のコミュニケーションの増進を図っている。

デジタル企業では、経営者は、唯一の意志決定者というより、むしろコーチやファシリテータと見なされている。決定はチームによって、客観的なデータに基づいて下される。また、経営者は、オープンエンデッドなプロジェクトや失敗を受け入れ、従業員によるトライアルアンドエラーを伴う挑戦を許容する。重要なことは、初めから完全なプロダクトを目指すのではなく、数多くのアイディアをテストし、そのうち多数ものは破棄し、いくつかの大変成功する可能性のあるものを見出すことである。

 経営者にとって、協調の文化を醸成していくことも重要な課題となっている。すでに述べたイノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革は、企業の組織構造を中長期的に変化させる。とくに、「サイロ型システム」といわれる伝統的企業に特徴的な「縦割り組織構造」は減少し、デジタル化の進展とともにアジャイルなプロジェクトチームに見られる分野横断的な組織が増大していくだろう。そのような分野横断的な組織では、協調が重要なキーワードとなる。例として、顧客視点から一貫した「エンドツーエンド」の業務プロセスが設定される場合、顧客視点からの成果のみが決定的な重要性をもち、企業内部の強い協調が求められる。協調を促進するためには、経営層の役割が極めて重要である。デジタルプロダクト創出のために、経営者は分野横断的な協調を一層促進していかなくてはならない

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。