トリチウム水放出への懸念 問われるコミュニケーション能力

2021年1月11日

【処理水の海洋放出】小島正美

トリチウム水の海洋放出は、風評被害を抑えるために事実を正確に伝える必要がある。
一方、トリチウム等汚染水については、状況を常に公開し、説明していくコミュケーションが重要になる。

福島第一原子力発電所の敷地内のタンク内にたまり続ける処理水をどう解決したらよいのか。悩ましい問題だが、二つの本質的な課題をクリアできれば、解決は可能だ。その二つとは、「情報の透明性」と「分かりやすい明快なリスクの説明」である。これがクリアできるかどうかは、日本政府と東京電力のリスクコミュニケーション能力がどれだけ高いかが問われる試金石になる。

タンクにたまり続ける処理水は、原発事故で溶け落ちた燃料デブリを冷却した後の各種放射性物質を含んだ水と、壊れた建屋に侵入した地下水が混ざったものを処理した水だ。汚染水から各種放射性物質を除去するのが、一般にアルプスと呼ばれている多核種除去設備(ALPS)だ。

ALPSでストロンチウム89など62種類の放射性物質を環境へ放出する場合の基準(告示濃度比総和1未満)以下まで除去し、除去が困難なトリチウムだけを残した水を何らかの形で環境に放出するというのが現在進行中の計画である。

トリチウム水は世界中の原子力施設が放出している

タンク内に2種類の水 トリチウム等汚染水が7割

この問題を国民に分かりやすく伝えるには、2段構えの説明が必要だ。つまり、タンク内にある水は2種類あることをまず伝えることだ。一つは、トリチウムだけを含む「トリチウム水」。もう一つは、トリチウムのほか62種類の放射性物質を含む「トリチウム等汚染水」だ。タンク内にたまっている水の約7割は告知濃度限度以上の放射性物質を含んでいるトリチウム等汚染水の方だ。

トリチウム水とトリチウム等汚染水では、リスクを伝える上で問題の扱い方が全く異なることを知っておく必要がある。つまり、誰がどのようにリスクを伝えるのかという視点に立つと、トリチウム水の放出は主に日本政府の説明力が問われ、トリチウム等汚染水は東京電力のリスクコミュニケーション能力が問われる問題だといえる。

では、トリチウム水の放出で最大の難関は何だろうか。このトリチウム水に関する新聞やテレビの報道を見ていると、トリチウムが海の魚介類を汚染したり、周辺の人々の健康に悪影響を及ぼすといった危険性を強調するニュースはあまり見当たらない。

トリチウム(三重水素)は水素の一種であり、原子の構造が不安定なため放射線を出すが、その力は弱い。通常の原子力発電所で発生するだけでなく、私たちの周囲の空気にも、雨水にも、水道水にも、また体内にも存在する。こういう事実から、ほとんどのメディアはトリチウムが危険だというニュースは流していない。

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