【コラム/2月15日】電気事業のデジタル化とカスタマーセントリック思考
矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー
電気事業のデジタル化への対応は、プロダクトやプロセスのみならず、組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革、協調の文化、およびカスタマーセントリック思考の様々な観点から論じられなくてはならない。組織、イノベーションマネジメント、価値創造ネットワーク、マネジメント改革と協調の文化については、それぞれ以前のコラム(2018/07/09、2020/10/05、2020/11/09、2020/12/14)で触れたので、今回は、カスタマーセントリック思考について述べてみたい。
電気事業のデジタル化への対応として、カスタマーセントリックの考え方を強化することが、とりわけ重要な課題と考えられる。エネルギー市場自由化による競争激化や電力生産の分散化は、顧客の意識や行動および電力会社との関係を変える。また、デジタル化はこの傾向に拍車をかけている。デジタル取引に慣れた顧客は、顧客体験の期待の高まりから、既存事業者へのロイヤルティは減少していく。電力会社は、顧客の要求に最も相応しい提案を行わなければ選択されない。そのため、企業経営において、カスタマーセントリックの考え方が中心に据えられなくてはならない。
カスタマーセントリック経営では、顧客に感動体験を提供することを重視する。顧客が感動体験を得るプロダクトに関しての企業とのコンタクトポイントは、プロダクトの購入決定前と決定後に分けられる。購入決定前の段階では、コンタクトポイトは、デジタル化により大幅に増やすことができる。伝統的なコミュニケーションのチャネルは、店頭、新聞雑誌、ダイレクトマーケッティング、スポンサリングなどであるが、近年、ウェブサイト、オンラインマーケッティング、ソーシャルネットワークなどのデジタルチャネルも増大している。とくに、潜在顧客に対しては、ますますデジタルチャネルを通じてコンタクトされるようになってきている。とりわけ、コンテンツマーケッティングやレコメンデーションは非常に重要な意味を持つようになってきている。コンタクトポイントの数が増えるにつれて、コミュニケーションの内容の一貫性は大変重要となる。また、顧客の情報行動も変化している。顧客は、購入決定前に、選好するデジタルチャネル(カスタマーレビュー、比較ポータルなど)を通じてより良い情報が入手可能となっている。購入決定前のマーケティングに関しては、プル戦略とプッシュ戦略の組み合わせが重要と考えられている。
購入決定後は、なによりも、プロダクトの約束および顧客の購入前の期待が満たされなくてはならないが、長期的に顧客を繋ぎとめ、その満足度を維持するためには、顧客との持続的で積極的なインタラクションと顧客サポートや保守などのサービスの質が重要である。満足している顧客は、当該プロダクトを推薦し、レビューサイトでの評価を通じて、企業にフィードバックを行うインセンティブを有する。企業は、デジタルチャネルを通じて、顧客に新たなデジタルプロダクトを提案することが可能である。例えば、セルフサービスによる請求書のデータに基づく簡単なゲーミフィケ―ションにより、電力会社は顧客に対してスマートホームソリューションの長所を示すことが可能である。
また、電力会社は、顧客についての知識を継続的に拡大していかなくてはならない。電力会社は、ソーシャルネットワークでなどで、顧客についての知識を深めるほど、その顧客に特化した対応が可能になる。さらに、電力会社は、顧客行動分析を通じて、早期にどの顧客が他社にスイッチングしそうか把握でき、早めに対応を図ることが可能である。デジタル戦略における顧客とのインターフェイスは、一貫性のある、顧客に固有なコミュニケーションや情報、サービス品質、ユーザビリティなどに関して、最適化されなくてはならない。
本コラムでは、ドイツを事例に、電気事業のデジタル化への対応を多面的に述べてきた(2018/07/09、2020/10/05、2020/11/09、2020/12/14、2021/02/15)。これまで紹介してきたドイツにおける電気事業のデジタル化への対応や議論は、わが国における今後の経営を考える上で重要な情報を提供しているといえるだろう。
【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。