【特集2】「福島事故」後に高まる安全性 放射性物質放出に抑制目標値

2021年3月3日

福島第一発電所事故を踏まえて、原子力発電所では多くの対策が取られ安全性が向上している。
また原子力規制委員会は万一の際の放射能放出を抑制するため、安全目標値を設定する。

宮野 廣/元法政大学大学院デザイン工学研究科 客員教授

世界は再び真剣に環境問題と向き合うこととなった。わが国も、ついに2050年にカーボンフリーとすることを宣言した。約77億人の人口を抱える世界で、使用されるエネルギーは、石油換算で年間約140億tである。エネルギー需要をこれほどまでに大きくした人類には選択の余地は少ない。重要な役割を担うのが原子力発電である。同時に、原子力発電が担う安全確保の責任は重い。そこで、原子力発電はどこまで安全なのかについて紹介する。

福島事故の後、原子力発電所の安全性は大きく向上した(女川発電所)   提供:時事

放射線の影響から防護 まず崩壊熱を除去

原子力発電の根源的なリスク要因は核分裂反応に伴って発生する核分裂生成物に由来する。核分裂生成物の約90%は放射性物質であり、核分裂反応を止めても放射性核種それぞれの半減期に応じて崩壊する際に熱(崩壊熱という)を発生し、この熱を十分に除去できなければ、核燃料とともに核分裂生成物を閉じ込めている金属製の被覆管が破損し、最悪の場合には、環境に放射性物質、すなわち放射能を放出することになる。
崩壊熱量は時間とともに減衰するが、ある一定期間原子炉(燃料棒)を冷やし続ける必要がある。また万一、燃料棒が破損して放射性物質が放出されたとしても外部に放出されないように閉じ込めることが求められ、格納容器が設けられている。
原子力発電所の安全確保の基本は、事故につながるような①異常の発生防止、②異常の拡大防止と事故への発展の防止、③放射性物質の異常な放出の防止―である。
原子炉施設の機能から捉えると、異常あるいは事故状態に陥った場合、あるいは陥る可能性がある場合には原子炉を「止める」「冷やす」「閉じ込める」ことが原則となる。そのために必要な反応度制御、冷却設備、機器などは多重性、多様性および独立性を持たせてきた。
放射性物質の放出抑制・防止については、ウラン燃料をセラミック状に焼き固めたペレットとし、これを金属製の被覆管で密封し、さらに燃料棒の存在する原子炉は圧力容器に収めて、その上、圧力容器および1次冷却系配管系統を気密性の高い格納容器内に配置して多重障壁を設けて管理している。

規制委が安全目標を提示 環境の頻度に目標値

福島第一発電所事故を踏まえて、わが国の原子力発電所では多くの対応策が取られた。これにより安全性はより大きく向上した。
また、原子力安全委員会(当時)で議論がなされ、死亡リスクという形で安全目標案が提案されていたが、ようやく、福島事故を踏まえた、原子力規制委員会からの新たな形での安全目標案が提示された。放射性物質の環境への放出を制限する案である。
広域の環境汚染は、長期にわたり周辺住民の生活基盤を奪い、多大な損害を与えている。除染費用も国民に重い負担を強いることとなる。このことから、安全目標に、大規模な環境汚染に関わる指標とその許容または容認頻度を提案するものである。国際原子力機関(IAEA)では、原子力発電所の基本的安全原則を定め、そこでは定量的な安全目標が明記されている(表参照)。原子力規制委員会の安全目標の案は、ⅠAEAの基準を十分に満たしている。
原子力規制委員会は、原子炉事故時の環境への影響を目標値として与えることを提案した。セシウム137で100兆ベクレル(Bq)相当とし、その頻度の抑制目標値を10のマイナス6乗/年(1原子炉・年当たり100万分の1)とした。世界の多くの国が定めている大規模放出頻度(LRF:Large Release Frequency)に相当するものである。
これは、わが国に多い110万kW級の軽水炉では土地汚染をもたらす代表的な元素であるセシウム137(半減期は約30年)を例とすれば、通常運転時のセシウムの原子炉内内蔵量(およそ20京Bq)に対して放出される量の割合を800分の1(排気筒放出)から4500分の1(地上放出)程度の放出にとどめることを意味している。

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