【目安箱/3月9日】「原子力ムラ」の問題点 復活はホリエモンに学べ

2021年3月9日

「原子力へ向いた逆風の風向きが変わった」「ようやく冷静な議論ができる」「今こそ政府に訴えよう」―。東京都内で開かれた原子力関係者の勉強会に最近、筆者は参加した。その中で、こんな意見が交わされていたことに、大きな違和感を覚えた。

2011年3月11日から始まる東京電力の福島原発事故の後で、原子力は大変な批判にさらされた。あれから10年近くがたち、原子力を巡る状況は確かに変わりつつある。今年1月の電力危機は、原発の長期停止による供給力不足が一因だ。一方で昨年秋、菅義偉首相は「2050年カーボンニュートラル社会実現」を政策の目標に掲げた。原子力発電は温室効果ガスを出さないため、カーボンゼロ政策の有力な切り札になる。

そうした状況下、原子力関係者がこれまでの萎縮から解放され、気分が高揚することは十分理解できる。しかし原子力を応援するものの「原子力ムラ」の外にいる筆者は、「ムラビト」たちの浮かれぶり、政府を動かしたいという希望に、「それでいいのか」と疑問を持ってしまったのだ。

民意が原子力から離れているのに、「原子力は素晴らしい」といくら政府に主張しても、大多数の人はしらけるだけだろう。そして福島の事故からの復興は途上だ。原子力を認める雰囲気が社会の中で広がっているとは思えない。民意におもねる気配の強い最近の政府が、かつてのように原子力を推進することはないだろう。

「国にお願いするのは昔のやり方ですし、時期尚早。慎重に動くべきです」と、筆者が言うと、研究会は白けてしまった。

◆説得や政治工作で物事は変わらない

あえて前述したが、反対派がよく使う言葉に「原子力ムラ」がある。原子力関係者を指す曖昧な言葉だが、「政官学財に巣食い、癒着し、閉鎖的で、利権をむさぼる悪の結社」(反原発派ジャーナリスト)という意味を込めているようだ。この言葉は問題を単純化しすぎ、幼稚な響きがある。

ただし閉鎖的という意味合いには一理ある。原子力関係者からは、そんな印象を受けてしまういがちなのだ。原子力は専門性が高く、そこで管理、研究などで取り組むためには高度な知的訓練が必要だ。このため、自ずと高学歴で男性中心の理系の知的エリートが中心になってくる。彼らは自分たちがそうであるように、「合理性と議論」で世の中は動く、または動かなければならない、と考える傾向が強いように思う。

しかし、この10年の経験を見れば分かるように、原子力を巡る議論は、合理的に解決するものではなかった。さまざまな人々の思いや感情、政治的な思惑が入り乱れ、迷走と混乱を続けている。にもかかわらず、ムラビトがいくら「原子力の素晴らしさ」を声高に主張したところで、世論を説得できるわけがないし、そもそもうまくいくわけがない。

◆「刺さる」新しい話を積み重ねる

では、原子力への反感を取り除くには、どうすればいいのか。もちろん、今までの原子力ムラの問題、そして原発事故への反省は必要だ。しかし、それだけでは原子力の閉塞した状況は動かない。筆者は原子力を活用すべきという立場であることから、原子力のプラスになることを提言したい。

参考になる話がある。元ライブドアの創業経営者で、証券取引法違反で有罪になり、今はネットでその発言と活動が注目されるホリエモンこと堀江貴文氏が、遺伝子組み換え作物とその関連商品を販売するモンサント社の日本法人(現バイエル)のシンポジウム(2018年開催)に出た。遺伝子組み換え作物では、世界的に反対運動が広まっている。原子力発電と同じように、感情な批判が多く、さらに政治団体も絡んでビジネス展開を阻害している。そんな現状打開のために、堀江氏を呼んで意見を聞きたがったのだろう。

そこでの質疑応答で、あるジャーナリストが、「世の中に、遺伝子組み換え作物問題だけではなく、原子力発電、ワクチン摂取など、感情的な批判でこじれた問題がたくさんある。堀江さんだったら、状況をどのように変えるか」と聞いた。

筆者の要約と解釈の範囲だが、これに対し堀江氏は概ね次のような回答をした。

「全員の賛成を得ようと思うのは、あきらめたほうがいい。論理的に説得しようとしても、無理だし時間の無駄。世の中には、理性が通じない話がある」

当たり前だが示唆に富む発言だった。原子力問題では、推進の立場の人が反対派を説得しようと試みて失敗してきた。さらに堀江氏はこうも言っていた。

「遺伝子組み換え作物に関わる人は、ビクビクする必要は全然なくて、『いいことをやっている』『世界の食料生産を支えている』『Save the world!』と堂々と、事実を伝えればいい。賛同してくれる人たちもいるはずだ。それが適切な問題の設定だ。原発や、反ワクチンでも同じだろう」、「過去は変えられないが、情報を上書きしていくことはできる。かっこいい情報を上書きしていく。例えば、新技術や、これによって社会が進歩して、みんなが幸せになったという成功例だ」、「P Rでは、理屈で攻めるよりも、まず素晴らしい具体的なモノ、それがなければワクワクする未来を見せる方がよい」、「何が刺さる(注目されるという意味)か、わからない。P Rのための題材は、お金と余裕のある限り、いろいろ試した方がいい。当たったらそれを掘り下げていく。真面目路線で世の中は変わらない」――。

実際に堀江氏は、自分のブランディングでこのように活動している。それだから、有罪の後で社会的に復活を遂げたのだろう。

◆具体的なモノ、ワクワクする未来を語れ

この話を聞き、思い出すことがあった。マイクロソフトの創業者で慈善事業家のビル・ゲイツ氏の行動だ。彼は途上国へのエネルギー供給と、温暖化ガス削減の手法として原子力に着目し、小型原発に投資している。ただ最近は、原子力の必要性を声高に訴えないのだ。中国企業と協力して開発を行っているからかもしれないが、まずは新型原子炉を形にすることを急いでいるように思える。かつて彼はパソコンのO Sを売り出すとき、理屈やアイデアだけではなく、まず製品にして企業に使ってもらうことにこだわったという。原子炉でも同じことを考えているのかもしれない。堀江氏の発想と通じるものがある。

考えてみると、原子力関係者は政府、学会、事業者共に、東電の原発事故の後で萎縮をし、反省と言う言葉を繰り返していた。事故の前は、誰からも好かれようとしていた。振り返ると、そうした行動は原子力の支持を増やすことに効果はなかったように思える。

原子力が復活するには、新技術によって具体的に社会を変え、「こんなに原子力は役立つ」という事実を、社会に示すことが必要ではないか。理屈や政治工作だけでは、復活は難しい。日本には、期待できる世界最先端の原子炉の研究があり、その生み出す大量の電力を使って国民の生活が豊かになった歴史がある。東電の事故以来、そうした技術革新や進歩が停滞しているように思えてならない。

原子力関係者はぜひそうしたイノベーションを社会に生み出してほしい。原子力によって変わる未来を示す新たなアプローチが、原子力の再生につながるはずだ。堀江貴文さん、ゲイツさんの考えは、そこで参考になるだろう。