【コラム/3月22日】米国における電力自由化の評価

2021年3月22日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

米国では、1997年にロードアイランド州で産業用需要家に限定した電力小売自由化が、そして1998年には、カリフォルニア州とマサチューセッツ州で家庭用需要家も対象とした電力小売全面自由化が始まり、その後本格的な電力の小売自由化時代に突入した。しかし、電力小売自由化の道のりは決して平坦なものではなかった。カリフォルニア州では、2000年夏場から2001年の冬場にかけて、電力需給の逼迫に端を発した電力価格の高騰や大規模停電が発生した。卸電力価格は、2000年12月には前年比で10倍、また2000年8月には小売料金規制が撤廃されていたSDG&E地区で、小売料金が同年4月比で2倍に高騰している。この電力危機は、電力供給が州管理下に置かれるという最悪の事態で幕を閉じた。

さらに、2003年8月14日には、北米大停電が発生した。米国北東部とカナダで起きた大停電では、最大6180万kWの電力供給が停止し、約5000万人が影響を受け、経済・社会の蒙った被害は約60億ドル規模に達した。原因としては、設備の脆弱性や系統連系の弱さなどの系統上の問題があったところに、自由化で長距離大容量送電が増えたことが挙げられた。完全復旧までに2日以上かかっている 。復旧に時間がかかった理由の一つは、発送電分離により、発電側と送電側の情報交流がスムーズにいかなかったことである。

このような出来事の結果、すでに電力小売自由化に踏み切った州でも自由化を中断、延期、また自由化法を廃止する州が続出し、米国では電力小売自由化の動きは後退していった。このような出来事から約20年たった現在、あらためて米国の電力小売自由化はどのように評価できるだろうか。現在、小売全面自由化を行っている州は、コネチカット、デラウェア、イリノイ、マサチューセッツ、メリーランド、メイン、モンタナ、ニューハンプシャー、ニュージャージー、ニューヨーク、オハイオ、ペンシルベニア、ロードアイランド、テキサスの14州とコロンビア特別区である。これらのうち、家庭用需要家による供給事業者の変更率が高いのは、テキサス州(約8割)、オハイオ州(約7割)、イリノイ州(約6割)であるが、テキサス州は規制当局による強制的措置として供給事業者の変更を行った結果であり、あとの2州は、自治体によるアグリゲーションプログラムの結果である。また、ペンシルベニア州では約3割の家庭用需要家が供給事業者を変更しているが、これは州の公式の価格比較サイトの存在によるところが大きい。これら以外の州における供給事業者の変更率は、2割を下回っている。

 電気料金(家庭用)については、1997年当時、全米平均8.4¢/kWhに対して、自由化州10.1¢/kWh、規制州7.2¢/kWhであったが、2019年では、全米平均12.8¢/kWhに対して、自由化州14.6¢/kWh、規制州11.5¢/kWhとなっている。自由化州と規制州の料金格差は、1997年では2.9¢/kWhであったが、2019年には、3.1¢/kWhまで拡大している。

米国の事例から、自由化が電気料金を引き下げたかといえば、否である。電気料金は、自由化州でも規制州でも1997年以降、上昇基調にあるが、料金動向に大きな影響を及ぼしているのは、供給コスト、とりわけ燃料(天然ガスなど)価格であり、自由化要因ではない。米国では、1997年に小売自由化に踏み切ったが、その限界も見えてきている。このような状況の中で、連邦政府が発布した電力関係の規制(オーダー)では、DR、省エネルギー、エネルギー利用効率向上などが重視されている。政策の重点は、市場自由化から環境へシフトしつつあるといえるだろう。わが国でも、グリーン成長戦略がポストコロナの重要政策として打ち出されているが、電力政策もやがて自由化から環境へ大きくパラダイムシフトしていくことになるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。