【論考/4月13日】トリチウムは増えているか 海洋放出を巡る誤解

2021年4月13日

政府は、福島第一原発サイトにたまり続けるトリチウム水を、今後30年ほどかけて海洋放出することを決定した。これに関して、今も発電所ではトリチウムは増え続けていると国民の誤解を招く報道がある。齊藤正樹東工大名誉教授は、「トリチウムは増えておらず、むしろ自然に減っている」と指摘する。

日本の代表的なマスメディアが、2021年4月9日(電子版)、「東京電力福島第一原子力発電所で増え続けるトリチウムなど放射性物質を含む水の処分方法について、政府は来週13日にも関係閣僚会議を開き、海への放出を決定する方針を固めたことが分かりました」とトリチウム水の海洋放出について報道した。

この記事を読んだ時、筆者は「一般の国民は発電所のトリチウムは、今も増え続けていると思うのでは」と心配した。この報道は誤解を招く恐れがある。発電所のトリチウムは増えていない。

10年前の東日本大震災で核分裂反応が停止した時点から、一個のトリチウム原子すら敷地内で生まれていない。理由は、トリチウムが生まれるには中性子が必要であり、発電所内での中性子は核分裂反応で発生する。地震で原子炉の核分裂反応が自動的に停止した後は、中性子が存在しないためだ。

むしろ、自然崩壊(トリチウムの場合は半減期が約12.3年)で、事故後10年経過している現在では、核分裂反応が停止した時点での発電所内のトリチウムの総量から、約半分近くまで自然に減っている。事故後50年経つと、さらに約数%程度まで自然に減少する。

発電所で増え続けているのは、「水」だ。地下水(雨水が主な由来)が、原子炉建屋内に流入し、燃料デブリを冷却した汚染水の量を増やしている。地下水の建屋への流入を防ぐ種々の対策がされた後は、流入する地下水の量は大幅に減ってはいるが、それでも流入は続いているので汚染水の量は増えている。

処理水は増えているが、事故発生時からトリチウム自体は増えていない

この汚染水は、多核種除去設備(ALPS)などにより放射性物質を除去した処理水(除去が困難なトリチウムを含むため通称「トリチウム水」といわれている)として、発電所内のタンクに貯めているが、増え続けている。保管するタンクを増設するため、土地の造成やタンクの並べ方の工夫などがおこなわれているが、2022年夏頃にはタンクが満杯になる見通しである。そのため、政府は海に放出することを決定する方針を固めたのだ。

「トリチウムは増えている」と一般の国民が誤解することは、海洋放出を行う際、風評被害を拡大させかねない。マスメディアには常に科学的根拠に基づいて、国民の誤解を招かない情報発信を行うことを希望したい。

齊藤正樹

さいとう・まさき 1972年大阪大学工学部卒。2008年東工大グローバル原子力安全・セキュリティ教育院院長。内閣府原子力安全委員会専門委員、内閣官房参与など多くの公職を歴任。