【コラム/7月5日】英国の電力自由化を振り返る

2021年7月5日

矢島正之/電力中央研究所名誉研究アドバイザー

英国は、1990年に欧米先進国ではいち早く電力の小売自由化に踏み切った。当初は、小売の部分自由化であったが、1999年には全面自由化に移行している。卸電力市場では、小売自由化の開始とともに集中的な取引制度である強制プールが導入されたが、主要な発電事業者による市場支配力の行使が排除できなかったため、2001年に相対取引制度であるNETA(New Electricity Trading Arrangements)が導入された。NETAは、2005年にはイングランド・ウェールズのみならずスコットランドもカバーするBETTA( British Electricity Trading and Transmission Arrangements )に発展している。NETAの導入時に、英国政府は需給調整市場の設立のみに責任を負い、取引に強制プールのような規制的な要素を排除し、民間の自由な市場活動を重視した。

しかし、その後10年ほど経ち、英国は急速に規制に回帰するようになった。その背景にあるのは、市場メカニズムに依存するだけでは、低炭素社会の実現や供給保障の確保は困難と判断したことが挙げられる。そのため、英国政府は、2011年に電力市場改革 (Electricity Market Reform: EMR)を発表し、自由化市場の下での低炭素電源促進のために、1)再生可能エネルギー電源、原子力、CCS設置の石炭火力等を対象に差金決済型の固定価格買取制度(Contract for Difference Feed-in Tariff: FIT-CFD)の導入(2014年から実施)、2)CO2排出価格の下限値の導入(2013年から実施)、3)新設火力のCO2排出基準(年間450g/kWh)の導入(2014年に建設許可を受けたプラントから適用)を決めるとともに、供給保障の確保としては、キャパシティメカニズム (Capacity Market: CM)を導入することとなった(2018年から実施)。

また2019年には、英国政府は、原子力発電に対して、FIT-CFDとは異なる新たな価格設定方式として規制資産ベース(regulatory asset base: RAB)の価格設定を提案している。FIT-CFDは、政府と原子力発電事業者との間で合意された投資回収に必要な基準価格(strike price)と卸価格に基づき算定される指標価格(reference price)との差を事後的に決済するものである。これに対して、RABは、資本収益率も考慮し、すべての費用を積み上げ総収入を決定し、費用は最終的に需要家に転嫁するものである。しかも、FIT-CFDとは異なり、建設段階から安定的な収入を得られるようにし、大きな影響を及ぼす経済的、政治的リスクへの対処にも政府が支援するとしている。これは、独占時代の総括原価主義への回帰といってよいであろう。

また、同じ2019年には、高齢者や経済的に困窮している需要家層が多く契約している標準料金が割高に設定されているとのマスコミ等からの批判を受け、価格競争は完全には機能していないとして価格上限規制を導入している。

1990年の電力自由化から20年ほど、英国は自由化の旗手として、欧米各国のお手本を示したが、現在では最も規制色の強い国となってしまった。自由化当初は、多くの識者は、環境保全や供給保障の確保は市場の自由化と基本的に矛盾しないと述べていた。果たしてその見解は正しかったのであろうか。実際は、市場の自由化が環境保全や供給保障の問題の解決を難しくしたというのが正解であろう。言い換えれば、自由化市場に大幅な制約を設けなければ、環境保全や供給保障の問題の解決は難しいことを、英国の例は示したといえるだろう。

【プロフィール】国際基督教大修士卒。電力中央研究所を経て、学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授などを歴任。東北電力経営アドバイザー。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力改革」「エネルギーセキュリティ」「電力政策再考」など。