【論考/7月9日】石油需要と排出ネットゼロ IEA2報告の交点はどこに

2021年7月9日

国際エネルギー機関(IEA)による「50年排出ネットゼロに向けた工程表」が、化石燃料需要が減少していく脱炭素化への道筋を示したと注目されている。一方、IEAは石油需要は2022年までにコロナ禍以前の水準に回復するとも報告している。IEAも、将来のエネルギー需給の姿について、正しい見解を持ち合わせていないようだ。

石油輸出国機構(OPEC)とロシアを中心とする主要産油国でつくる「OPECプラス」は6月1日の閣僚協議で、協調減産規模を7月まで段階的に縮小する既定方針を再確認した。イラン核合意を巡る協議の帰趨が不確定であるが、昨年の大幅需要減の反動で何よりも米中の石油需要が順調に回復していることを受けて、足元の原油相場(WTI)は、2018年8月以来、6月8日に70ドルを超え、7月2日の時点で75ドルを窺っている。

OPECプラスは7月減産量をサウジアラビアの独自減産量を含め日量576万バレルとすることとしており、減産態勢が維持されれば、原油相場は当面堅調で推移するとみられる。

(需要は22年末までに回復)

そうした中で、国際エネルギー機関(IEA)は6月11日に発表した石油市場月報で、今後の石油需要に関し、「世界の需要は22年末までに新型コロナウイルス流行前の水準を回復する」との予測を示した。同報告は21年の世界需要量は前年比日量540万バレル増の9640万バレルと見通されるとした。さらに、22年平均の予測は同310万バレル増の9950万バレル、ただし、四半期別には22年第3四半期に1億バレルの大台に回復するとした。

さて、IEAが5月に発表した「50年排出ネットゼロに向けた工程表」は、さまざまなメディアで大きく取り上げられたが、同レポートの手法はバックキャスティング(あり得べき未来を想定して今何を行うべきかを逆算)であり、その内容は見通しではなく、また実現される可能性は誰も保証するものでない。

国際社会における脱炭素の潮流が既定のものになったにせよ、足元の現状分析はこれまで通り重要である。IEAが3月にまとめた「石油2021」(Oil 2021)は、足元の実勢の積み上げによる分析であり、「2026年に向けた分析と見通し」の副題が付されている。本稿では、「石油2021」における26年までの見通しが「50年までの脱炭素工程表」とどこで交点を持つかを考えてみよう。

報告書は、まず、「世界経済と石油市場は20年に広まった新型コロナウイルスにより引き起こされた石油需要の崩壊から回復しようとしている」とした。次いで「20年に積み増された石油在庫は戦略備蓄を除いてコロナ前の水準に戻りつつあるが、コロナが収束しても石油市場はもはや従来の平常に戻ることはないだろう」としている。その理由は、「コロナ禍は人々に、リモートワークとビジネスと余暇のための移動の減少に代表される行動変容をもたらしたことである。また政策的には脱炭素の勢いを加速させたことも重要である」とした。「石油2021」の主要論点を要約する。

(行動変容がピーク決める

①当局の厳格な政策と国民の行動変容が石油ピークの時期を決める。石油ピークがこれから数年間のうちに到来するためには、強い政治主導と行動変容が推進されねばならない。

②そのような政策と行動変容の一つが、輸送部門における燃料効率改善の加速である。燃料効率の改善が毎年もたらされるならば、26年の需要量は基準ケースを日量90万バレル下回るだろう。

③政府は、リモートワークを増やして自動車の使用減を奨励する。OECD加盟国で週に3日と非加盟国の2日間のリモートワークを導入すれば、世界全体のガソリンとディーゼル消費量は年間日量80万バレル節約することができる。

④それらに加えて、仮に企業がコロナ禍前のレベルから航空機による出張を2分の1に減らすことに決め、そうした風潮が航空機利用者の行動全般で見られるなら、ジェット燃料油の消費量は26年までに日量100万バレル減少され得る。

⑤基準ケースでは、世界全体の電気自動車フリートは26年までに6千万台に達する。政府と民間部門からより充電インフラの改善を含め強い誘導があれば、電気自動車フリートは同年までに9千万台に50%増大する。全体として、ガソリンおよびディーゼル消費量は26年までに日量160万バレル減少させ得る。

⑥しかし、石油需要にピークを打たせるには、それ以上の行動が必要とされる。これには、プラスチックの需要の減少と発電部門における燃料消費を一層削減させる厳しい措置が含まれる。 また燃料税の増額と助成金の撤去は、石油消費の減少の一助となる。

(答えは読者の判断に)

結論的には、「石油2021」は、こうした措置の組み合わせは日量250万バレルの節約をもたらし、これらの政策が全て既定の政策に代替されると、世界の石油消費は日量560万バレル減少し、需要量が19年の水準に戻ることを防ぐことになる、との視点を提示する。

ならば、IEAの中期石油市場見通しの積み上げとバックキャスティングの工程表は、どこで交点を持つのか。IEAのスタンスは、その答えは読者の判断に委ねているように見える。

須藤繁 帝京平成大学 客員教授

1973年中央大学法学部法律学科卒。石油連盟、三菱総合研究所、国際開発センターを経て2011年帝京平成大学教授。専門は石油産業論。