【コラム/8月2日】第6次エネルギー基本計画論序説

2021年8月2日

福島 伸享/元衆議院議員

 7月21日の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会で、第6次エネルギー基本計画の素案が公表された。私は、今年2月の「これでいいのか、第6次エネルギー基本計画」と題したコラム(https://energy-forum.co.jp/online-content/3974/)で、

【第5次エネルギー基本計画は従来の電源構成に焦点を当てた基本計画とは異なり、日本の産業構造全体の中での将来のエネルギー産業の姿を描いた革新的なものであること、技術や金融といったこれまでのエネルギー政策のツールとして中心的に捉えられてこなかった分野に焦点が当てられていること、などを指摘し・・・この路線を引き継いだ、革新的なエネルギー基本計画が策定されるのかどうかが、第6次エネルギー基本計画の見どころである】

と指摘してきたが、全体を通じて読んでみると、残念ながら革新的なものにはなっていない。今回のコラムでは、第6次基本計画の中身そのものへの評価の前に、その前提条件についていくつか思うところを述べてみたい。

 「はじめに」を読むと、冒頭東日本大震災及び福島第一原発の事故への言及がある。これは、ここ数次のエネルギー基本計画での通例ではあるが、さらに本文でも「東京電力福島第一発電所事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて、エネルギー政策の再出発を図っていくことが今回のエネルギー基本計画の見直しの原点となっている」としている。

確かに、福島第一原発事故で明らかになった原発の「安全神話」を反省した規制のあり方の見直しや、同原発の廃炉、福島の復興への支援などは重要な政策課題である。一方、基本計画の根拠となるエネルギー政策基本法では、第12条で基本計画は「エネルギーの需給に関する施策」に関するものであるとされている。簡単に「反省と教訓」と言っているが、福島第一原発の事故が、日本のエネルギー(・・・・・)()需給(・・)()関する(・・・)政策の何の問題を浮き彫りにし、どのような方向性を示したというのか。この計画では、何ら実証的、論理的に示されていない。まさか、「原発は危ないから頼るのはやめましょう」という、俗耳に入りやすい情緒論ではあるまい。福島第一原発の事故が「エネルギー政策の再出発」と書きながら、この点が明確でないことが、第6次エネルギー基本計画が何を目的とした計画なのか、その性格を歪める原点となってしまっている。

「はじめに」で次に出てくるのは、「気候変動問題への対応」である。これも、昨今の国際状況を踏まえると、見逃すことのできないエネルギー政策上のテーマであるが、果たしてエネルギー政策上の主役に位置付けるべきものなのか。エネルギー政策基本法では、第2条で「安定供給の確保」、第3条で「環境への適合」、第4条で「市場原理の活用」という順序で、エネルギー政策の理念が列挙されている。立法時に、環境が先か市場原理が先かはかなり激しい議論が繰り広げられたが、「安定供給の確保」がエネルギー政策上の第一の目的であることは、誰しも否定する者はいなかった。言うまでもなく、小資源国の我が国にとって、いかにエネルギーの安定供給を実現するかが国家の要諦であり、環境問題の制約にいかに対応するか、効率的な供給をいかに実現するかは、それに従属する政策課題である。

「気候変動問題への対応は、これを経済成長の制約やコストとする時代は終わり、国際的にも、成長の機会として捉える時代に突入し」たと書いてあるが、あまりに楽観的に過ぎるのではないか。当然、各国の持つ資源の状況、地政学的条件、現時点での技術力や産業競争力などは異なる。それぞれの国に、それぞれの領域での強みと弱みがある。そうした中で、国家の存亡をかけて、気候変動問題というパラメーターを使って、国家の基盤であるエネルギーの安定供給を競うゲームをしているのが、世界の現状なのではないか。そもそも、エネルギーの安定供給なき国に、「成長の機会」などありえない。

気候変動問題への対応は、環境省、外務省など他省や政府全体でも取り上げるべきものである。一方、エネルギー政策基本法に基づくエネルギー基本計画は、我が国のエネルギーの需給に関する政策を示すもので、資源エネルギー庁以外で責任をもって構築できる省庁はない。「はじめに」の「日本のエネルギー需給構造の抱える課題の克服」に書かれている、エネルギー設備の高経年化や自然災害の問題、電気料金の高止まりは、日本のエネルギー需給構造の本質的な問題ではない。結局のところ、第6次エネルギー基本計画は、そうした本質的な問題には踏み込まず、政権からの目先の政治的要請とメディアが注目する点に応えようとするに過ぎないものになってしまっているのではないか。

この基本計画を読んでいるとそもそも、エネルギー基本計画とは何のためのものなのか、我が国のエネルギー政策の目標とは何なのか、資源エネルギー庁の役割とは何なのか、という根源的なところが日本政府の中で曖昧になっていることに、大きな危機感を感じざるを得ないのである。

【プロフィール】東京大学農学部卒。通商産業省(現経産省)入省。調査統計、橋本内閣での行政改革、電力・ガス・原子力政策、バイオ産業政策などに携わり、小泉内閣の内閣官房で構造改革特区の実現を果たす。2009年衆議院議員初当選。東日本大震災からの地元の復旧・復興に奔走。